アーズ渦中 サントラ、潜入③
りっちゃんは、物心着いた時からそばにいて。いつも私のお兄ちゃんと遊んでた。私は二人に着いていきたくて、でも二人は私を邪魔者扱いして。でも時々りっちゃんは、サントラ、早く来い、って私の手を引っ張ってくれて。りっちゃんは学校の人気者で、でもいつもドジな私を気にかけてくれていて。りっちゃんはなんでもできた。頭も良くて運動もできてリーダーシップがあって。私が勇者学校に行くって決めた時、りっちゃんは俺もなるって言って同じ学校に行った。当時勇者はいいイメージがなかったから、将来有望なりっちゃんの進路決定に周りはみんな驚いた。りっちゃんは自分の夢とか、将来何になりたいとか、誰にも言っているのを聞いたことがなかった。だからこそみんなは、りっちゃんがすごい人になるんだろうって思ってた。私が勇者学校に行くって決めたのは、本当はりっちゃんが理由だった。なんだか気恥ずかしくて伝えてないけど。9歳の時街の外れで遊んでいるりっちゃんとその友達について行こうとして一人迷っちゃったんだ。大きな赤い犬。涙でぼやけていたけど、今思えばあれはガルイーガだった。襲ってくるガルイーガに、私は動けないでいた。その時、りっちゃんが私を庇うように立ってくれて、りっちゃんは背中に傷を負った。すぐに勇者の人が来てくれて、なんとかその場は収まった。りっちゃんは、私が勇者学校を進路に決めた理由を、その勇者の人に憧れたんだと思っている。でも、違う。本当は、その時のりっちゃんがカッコ良くて、そんなりっちゃんみたいになりたくて。りっちゃんが背中に傷を負ったのも、りっちゃんが勇者という進路を選んだのも、私のせいなんだ。だけど、ほんとはだめなんだけど、私はりっちゃんが一緒に勇者学校に行ってくれて、嬉しかった。勇者になっても助けてもらいっぱなしで。頑張って立派な勇者になろうと色んなことをしてきたけど、本当はりっちゃんの方が何倍も能力がある。私のワガママが、私のエゴが、りっちゃんというすごい人を隠してしまって、そして、私のわがままが、りっちゃんの背中の傷と、そしてりっちゃんの今の状況に繋がってるんだ。私が、りっちゃんを救わないと。私が、りっちゃんを。
その日の夜、サントラはこっそりと泊まり場を抜け出した。見張りは定期巡回のみでその時間もこの数日で把握していた。
村の東にはガルイーガが檻に入れられて人を食べていた。この二日間は村人を連れて行っている様子はない。サントラは、あのダンという老人が帰ってきてアーズの様子が少し変わった、と見張りの兵士たちが話しているのを盗み聞きした。ガルイーガのいた場所から少しずれて北東の方に、サントラは違和感を覚えていた。リラードのように魔力探知ができるわけではないが、あのガルイーガの檻を見た時に、何かそちらにもモヤっとした魔力のようなものを感じたのだ。何かがあるに違いないと睨み、サントラはこっそりとそちらを調査しようと決めた。外に出て、ゆっくりと慎重に村の出口あたりまできたとき、
「わっ」
と何かにぶつかった。何にもいないはずなのに。
「静かにしろ、なんだ」
男が突如として現れた。サントラに見覚えがあった。「あなたは!」とすぐに身構えた。
「ばか、バレるだろう!」
と男が必死にしゃがみ込むよう言うので、サントラも従った。しかし油断はせずに。だが、様子がおかしい。サントラは、この全国指名手配を受けており、アーズ陣営にいるはずの男に小声で言う。
「トーリ、さんですね」
トーリ。新進気鋭のモンスター研究家で、モンスター研究所に所属しながら ヴェリュデュール勇者学校の講師をしていた。それは表の顔で、実はアーズのスパイであり、学校の敷地内でマラキマノーを初め多くのモンスターを召喚させ、指名手配犯となった。魔法は透明化だ。
「ふん、勇者組合の潜入者か。ここを抜ければ見張りもいなくなる。それまでついて来い」
サントラは、トーリの言葉に従った。アーズ側ではないなと言葉から察したからだ。
村を抜け、木々が点在する平野に出た。木の影で一旦止まる。
「どういうことです。あなたはアーズの手下のはず」
「違うね。操られていたんだ」
「こちらのデータでは、自ら、と」
「ああ、最初はそうだ。と言うより、モンスターのそばにいた方がよりモンスターを知れるだろうと思ったんだよ」
トーリは世間的にもとても有名だった。甘いマスク、舌鋒鋭くモンスター研究の分野にメスを入れてきた男。しかしその物腰は柔らかなものもあり、女性人気はすごかった。ただ今は、なんとなく飲んだくれのやさぐれた男というような印象である。
「で、なんだ、操られてるのか自我が残ってるのか、わからんままいたっていうかな。まあ可愛い生徒だとも思ってたんだ、反省はしてる。だがしかし生のマラキマノーを見れたのは素晴らしかった。あの大きさ、吸い込みの威力といい、そして驚くべきはその皮膚の硬さ、これは」
ダラダラと嬉々として喋るトーリに、サントラは本当に反省しているんだろうかと疑問に思った。
「まあなんにせよ、俺もアーズにははらわた煮え繰り返ってんだ。この俺様を操りやがって」
なんだかテレビとは違う俺様気質に驚きながらも、サントラは一旦はこの男を信用することにした。その時、一匹の羊が草をむしゃむしゃと食べながら歩いてくる。
「なんだ、羊じゃねえか、しっし」
邪険に扱おうとするトーリに、サントラは
「やめてあげてください。羊さんもお腹が空いているのでしょう」
と止めた。あの時の、ガルイーガの檻を見たときにいた羊だ、と思った。
ぎろりとトーリを睨んでいた羊は、サントラを見て
「ふむ。やはり今の若者も捨てたものではないな」
と言った。ような気がした。羊がさっと通り過ぎたので、トーリもサントラもしゃべった羊を唖然と見ながらも、
「まあいい。いいのかわかんねえが。とにかく、ここからもう少し行った森の中で奴らが何をしているかがわかる」
と言い切り、へたりと座り込んだ。
「どうされました?」
「魔力切れだ。体力もねえ。腹も減った。逃亡生活の果てにこの村の情報を得た。頼んだぞお。アーズに一泡吹かせるんだ」
と情けなくトーリは言った。
サントラは、なんとなく不憫になってポケットにあった飴玉とクッキーを渡した。むしゃぼり食うトーリは、
「お前いい奴だなあ」
と神様を見るようにサントラを見た。はあ、となんとなく返事をしながら、サントラは意を決して木の影を出た。




