アーズ渦中①ロゼの葛藤
夕日が落ちかけている。ロゼの赤い髪の毛が風に小さく浮いた。背筋の伸びた背中、意思のこもった瞳、中指にひかる赤いリング。呼吸を整える。
いつもの私だ。そう。いつもの私。
「ロゼ、大丈夫?」
シュナの言葉に、ロゼははっと後ろを振り返った。シュナが心配そうにロゼを見ている。
「大丈夫に決まってんだろ、シュナ。ロゼってやつは天地がひっくり返っても動じねえよ」
ポックがわざとらしくあくびをしながら言った。
「ポック、あんたはいつも私を貶して!」
とロゼが言い返すと
「まあまあ、我らがリーダー。そう怒らずに」
金色の髪の毛をさらりと揺らし、アルトが言った。その向こうで、同じく金色の髪の毛を長く伸ばした女、アルテがいた。ポックとは違い、本当に眠そうにあくびをしている。
「アルテ、しゃんとしなさい!」
ロゼが言うと、「ふぁ〜い」とアルテから気のない返事が帰ってきた。
「おーい、お前ら、早くいくぞ」
向こうで、カイが言った。その隣にはカイより頭ひとつ小さいユキがちょこんといる。
「こら、私がリーダーで、私が室長よ!」
ロゼは、言いながらにいつの間にか、自身の肩の力が抜けていることに気づいた。ふとシュナの顔を見ると、にこりと笑っている。
そうだ。みんな、私の事情を知っているんだ。惑い。恐怖。因縁。私は気丈な風を装っていたけど、どこかでいつもと違って。シュナは、みんなはそれに気づいて。
「シュナ、ありがとう」
ロゼは、シュナを、親友を抱きしめた。
私には仲間がいる。私の父を、祖国を、プリランテを滅した人型モンスターアーズ。セバスとともにあの延々と続く砂漠を超えたことは、昨日のことのように覚えている。憎い。ただただ憎い。だけど。
ロゼは、シュナの顔を見つめる。
「ロゼ?」
やはり心配そうなシュナが言った。
「大丈夫よ、シュナ。私は勇者。まずは目の前の任務を果たす」
ロゼは力強く言い切った。
Aポイントへ向かうレイ先生の部隊は先行して出発した。
「さあ、いくぞ」
とカリュが歩き出すと、ロゼ、シュナ、カイが続く。三つ編みをカチューシャのようにして髪の毛を止めている。気の強そうな目は少しつり上がっている。年齢は二つ上で勇者歴も4年あるというが、小柄で自分と同じか年下にも見えるカリュに、ロゼは最初不安を持った。だが、素早く自分たちの魔法と長所を把握し、陣形や行程の説明をされた時、すぐにその思いを払った。この人は、私や、私たちよりはるかにプロだと、それは当然のことなのだが、ロゼは自分がいかに自惚れているかがわかった。暗がりのトンド市の路地を歩く。街の際に街灯が一つぽつんとあった。向こうから、アタッシュケースを引きずった、土色のハットを被った老人が歩いてくる。すれ違う。ロゼは、老人の視線を敏感に感じ取った。ロゼもまた、チラリと老人を見返した。土色のハットを目ぶかに被った、小柄な老人を。老人は素知らぬ顔でそのまま歩き去った。何か嫌な感じがロゼに残った。知らない人だ。だが、なんだろう。理由なく、ただただ気持ち悪かった。
「ここからは隊列通りに行く。ロゼ、聞いてるか」
「は、はい!」
とカリュに言われ、ロゼはキリッと背筋を伸ばした。街を出たら、どこでモンスターと遭遇するかわからない。アーズとの対峙も考えられる。頭を一度小さく振ると、ロゼは再度身を引き締めた。




