羊、しゃべる
カズさんが言っているうちに、あたりが暗くなると星空が光出した。
羊が、やはり空を見上げてそこにいた。
カズさん曰く、さっきの草原から絶滅したはずのターシン、そして第三世代のペンダグルスは全てこの羊が作った魔法幻術だというようで。しかしこの規模の幻術はよっぽどの魔力がないといけないが、羊が魔法を使うとは。だがこの澄ました羊、そんな空気を醸し出している。
「やい羊!どういうこった!」
ポックが羊に凄むが、やはり羊はどこ吹く風。
「埒があかねえな、しかしあのガキが言ってたようにこの村の日にちが止まってるのもこいつのせいだとすると、よっぽどの魔法だぞったくはた迷惑な」
とカズさんも口悪くいった。この人はそろそろ街に戻っていろんな酒をあおりたいのだろう。
「い、いてててて」
その時、キヅモさんが頭をさすりながら起き上がった。
「大丈夫ですか?」
「ありがとう、シュナちゃん。はあ、グウォールの痕跡を探らなければいけないのに、私はなんと不甲斐ない」
とキヅモさんの言葉に、羊がぬるっと顔をこちらに向ける。そして、その妙に甲高い声でキヅモさんに尋ねる。
「貴様、なんと言った?」
「え、ええっと」
と戸惑いながらもキヅモさんは
「あ、ありがとう、シュナちゃん、はあ、グウォールの痕跡を探らなければいけないのに、私はなんと不甲斐ない」
律儀にも全て再生すると
「グウォール?」
と羊は訊ねた。
「はい、その昔この村を訪れたであろうあのグウォールですが」
ギヅモさんは答えた。
「4百と37年、65日の時を経てグウォールの言葉を欲すものがようやっと現れたか」
今度は急にしみじみと、羊は言った。舞台俳優のようである。
「奴が来たのはすでに奴が青年という時期を過ぎてからであった。奴は苦しんでいた。奴はどこぞから聞いたのか、私が全てを見通すと村を訪ねてきたのだ。そして奴は私に言った」
「言った?」
ごくりとキヅモさんが唾を飲み込む。
「『私は、魔王になってしまっていないか』と」
「『私は、魔王になってしまっていないか』と」
反芻しながら、やはりキヅモさんは唾を飲み込む。そして羊の言葉をさらに待ったが、沈黙がそこにあった。耐えかねてか、キヅモさんは訊ねる。
「それだけですか?」
「ああ。私は返した。大丈夫、魔王はお前の中にいないよ、と。それだけだ」
「はあ」
とキヅモさんはなんとなく返事をしながらもメモを取っている。
「んなこたあどうでもいいんだよ、それよりもこの村から出せってんだ」
とポックが悪態ついた。結構人類にとって大事な話題なのかもしれないが、確かに俺らにとってはまず村を出ないといけない。
「お前、言葉は悪いが意外と純粋だな。その目、才能がある。悪の気配を見るには、その目は必要不可欠となろう」
羊はポックを覗き込むように言った。流石のポックも気味悪くなってか、「なんだこいつ」とやや引き気味。
「お前たちには過去が必要で、そして明日が必要なようだな。村から出してやろう」
「ま、待ってください!」
少年が草原を駆けてくる。リクトだ。




