ポック、苛立つ。
ペンダグルスの右手が振り上がる。最後尾のキヅモさんがその下にいる。
「くそっ」
とポックが素早く振り返り、腰に指していたナイフを投げた。ペンダグルスはそれを簡単に振り払うと、今度はポックに狙いを定め突進してくる。盾を突き出し、無防備になったポックを庇うように前に出る。
「ぐはっ」
体が飛ばされる。激しい衝撃。痛え。
「カイ!」
「あ、ああ、大丈夫だ」
立ち上がりながら、ポックに言った。
普通のペンダグルスよりも、パワーが段違いだ。当のペンダグルスは、シュナがペンダグルスのやや後方におり、そちらを気にしてか立ち止まっている。
「ユキ!」
俺が声をかけると、それまで及び腰だったユキがペンダグルスに向き直り、「はい、です!」と返事をすると短剣を抜いてペンダグルスに向ける。
『アイス!』
ユキのまだ幼い声が草原に響く。大きな氷の礫がペンダグルスに向かっていく。ペンダグルスは右手を振り下ろすと、ユキの氷をいとも簡単に砕いた。破片を礫がわりに拾い、顔面に向かって投げる。機敏にもペンダグルスはしゃがみこんで避けた。シュナが背後からその左袈裟を狙う。ペンダグルスは右腕がより発達しており、狙うなら左側、というのはセオリー通りだ。しかしペンダグルスはやはり機敏に体を半身にずらすと、シュナの剣を避けた。体勢の崩れたシュナを、今度はペンダグルスがその右手で襲う。
「くっ!」
とシュナは横へステップするが、尚もペンダグルスが追い討ちをかける。
「シュナ!」
素早く盾を構え、シュナの前にたつ。ペンダグルスの右手の爪が、俺の盾をかする。ポックが間髪入れずに弓を放つ。ペンダグルスは胸を庇うように左腕を前に出すと、弓がそこに刺さる。
「ありがとう、カイ」
「ああ」
とシュナと二人後ろへ下がり、ペンダグルスの様子を伺う。
「大丈夫だ、左腕は毒が効いて」
ポックが言葉を止めた。ペンダグルスは右手で器用に左腕に刺さった弓を抜き取ると、何事もなかったように左腕を動かしている。
「んだと、左腕だけでも麻痺るはず」
とポックが再び矢を番る。
「普通のペンダグルスじゃねえ。第三世代以上は軽い麻痺毒ぐらいじゃ効かねえぞ。さあどうする流星群」
後方で、なんだか余裕そうにカズさんが言った。
「黙ってろくそヒーラー」
「落ち着けポック。カズさん、指示は」
「カイ、お前に任せる。俺も駒だと思っていい」
カズさんはなんだか妙に落ち着いている。結構危機な気もするんだが。
パワーも俊敏性も耐久性も普通のペンダグルスより遥かに高い。でかい魔法が欲しいが。チラリとユキを見る。あわあわと慌てている感じが手に取れる。
「カズさん、キヅモさんを守りながらユキにヒールを。ポック、気をちらせ。俺が右、シュナが左。ユキの魔法は、カズさんのタイミングで」
ポックとシュナがうなずく。任せるって言われたけど、ユキの魔法のタイミングぐらいカズさんに頼んでいいよね。
「オーケー」
カズさんが言うと、それぞれ配置につく。カズさんがユキにヒールをかける。回復ではなく、気持ちを落ち着かせるヒール。ユキが落ち着きを取り戻したのを見て、ポックが
「いくぞ!」
と矢を4本番え、角度を上げて射る。降り落ちる矢に、ペンダグルスがさっと右に飛び出てくる。右側から俺が、左側からシュナが斬りかかる。そのペンダグルスの強靭な右腕が向かってくる。俺は斬りかかる素振りは見せているが、はなから斬ろうとは思っていない。すぐさま左手に持った盾を構え、そのペンダグルスの伸びてくる右腕を受ける。激しい衝撃に飛ばされる。
気の逸らされたペンダグルスは、左側から襲いくるシュナに浅くではあるが左袈裟を斬られる。すぐさま爪を立てた右手でシュナを襲う。
「いまだ、ユキ」
カズさんの掛け声とともに
『アイス!』
とユキが唱えた。
氷の礫が、ペンダグルスの正面からぶつかる。それでもペンダグルスは倒れない。体勢を崩すだけで、しかしポックがその頭に弓を射る。まだ動くペンダグルスに、シュナが左袈裟を今度は深く斬りつけ、そこでようやくどしんと倒れた。
「原種じゃねえな。多分第三世代だ。まあ、お前らこんだけやれりゃあ及第点だ。ユキはもう少しだな」
とぽんぽんとユキの頭をカズさんが叩いた。第三世代。原種とその子供である第二世代、そして原種の孫に当たる第三世代まではそれ以降の繁殖した普通のガルイーガやペンダグルスよりも強力である。
「普通ならペンダグルスは群れで動く。それは第三世代、第二世代、原種も同じだ。一体相手だからある程度予想通りにいったが、そこんとこも覚えておけよ」
とカズさんが付け加えた。ちゃんとプロ勇者らしい姿を初めて見た。
「あれ、消えてる」
シュナがペンダグルスが倒れていた場所を見て言った。
「なんでだ!?」
ポックもマジマジと見た。カズさんは素知らぬ顔である。なんか知ってんな。
「カズさん、どういうことです」
「まあ、お前らもその辺はまだまだだな。これは幻術みたいなもんだ。俺も途中で気づいたんだけど。そろそろ解けんぞ」
カズさんが言っているうちに、あたりが暗くなると星空が光出した。
羊が、やはり空を見上げてそこにいた。




