カズさん、酒がなくなり動き出す。
その夜、家の戸をノックするものがいた。
「君は」
羊飼いの少年が、無愛想にも立っていた。しかし、目に妙な力があった。他の村人にはない、目力であった。
「兄が、死んだというのは本当ですか」
玄関先で、走ってきたのかはあはあと息荒くそれでも少年はじっと俺を見た。いくらか暗い空気を漂わせている。
「えっと、お兄さんが?」
「すみません、急に。えっと、男女が橋から落ちて死んだっていってませんでしたか」
「何言ってんだ。あんなの30年前の話だぞ」
ポックが呆れたように言った。
「ええ、わかってます」
何やら真剣な目つきなので、少年を居間に入れる。少年はリクトと名乗った。リクトは言う。
「兄は、ここに住んでいた女性と駆け落ちしたんです。30年前に、ここの村時間では、10日ほど前に」
「ここに住んでいた女?村時間?何言ってんだ?」
ポックが訊ねた。
「30年前から、この村は日にちが止まっているのです。同じ日を繰り返しているのです」
さらに兄と駆け落ち事情をリクトは話した。なんでもここに住んでいたのは未亡人らしく、兄が恋に落ちた。しかしその未亡人、村の若者何人とも噂があったようで、村人たちも白い目で見ていた。なので両親は二人の関係に大の反対、兄とその女は駆け落ちに踏み切った、と。そして、それから10日ほど経って、なぜか同じ日が繰り返すようになった。
普通なら納得できないようなとんでも話だが、しかしこの村の異常性を考えれば頷ける。朝が来ない、そしてなぜか外に出られrない。世界から外れたようなこの辺鄙な場所。
「村のみんなは日にちが繰り返していることに気づいているのか?」
「いいえ」
「なんで君は気づいているんだい」
「それは、わかりません。このままではいけないという意識はありますが」
30年も同じ日を繰り返してきたからか、少年は見た目よりも老成して見えた。その言葉遣いも丁寧で。
「原因は?」
とカズさんが珍しく話に入ってきた。
「あの羊です。丘の上にいる、一匹の」
「羊が?どうしてなのです」
ユキが素朴に訊ねた。
「どうしても何もわかりませんが、ただの羊ではありません。それよりも、兄はやはり死んでしまったのですか?」
「30年前の話だ、実際見たわけじゃねえよ。ただ、村の入り口になってるあの橋に駆け落ちしようとした男女が川に落ちて死んだって言う話があるだけだ」
「30年前なら、やっぱり符号があいます。やはり死んでしまったのでしょう」
とリクトは残念そうに言った。
「その死とこの止まった時間は関係があるのだろうか」
「多分、なんらかの関係はあるでしょう。はっきりとはわかりません」
カズさんが再び問う。
「なんであの羊が原因だと?」
ええっと、と一拍置いて、リクトは答える。
「すみません、推測です。30年いて、なんとなくあの羊だと思ったというか。あの羊は、ずっと生きているんです。時間が止まる前からずっと。祖父母が小さい頃からあそこの丘の上にいたって。あの羊しか、こんなことできるはずがない」
「えらく長寿な羊だな」
とポックは半分疑ったように言った。100年以上生きて、そして時間を止めることができる羊とは一体。
「明日、羊のところに言ってみるか」
空になった酒瓶を逆さにしながらカズさんが言った。
「酒が切れたからそろそろ出たいんだと」
「ポック、てめえは減らずぐちを!」
「本当じゃねえか!」
どこまでも呑気である。
シュナが剣の手入れをしている。
「なんかあったのか?」
「ううん。でも、明日はなんとなく剣を使う気がして」
戦士の勘というやつか?天才ってのは第6感が働くのだろう。にしてもこの村に来てから聞き取りという名の散歩するだけで何もしていない。俺も体を動かしておこう。




