キヅモさん、ぶつぶつ喋る。
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無数にある空の光。それは夢。落ちてくることはない。見上げるだけ。欲しいと願っても、届くことはない。見上げるだけ。見上げるだけ。ただこの場所で、惰性のままに見上げるだけ。見上げるだけなら、傷つくこともない。何もしなくていい。ただ、心の苦しみを時の解放に委ねるのみ。そう、私は一個の傍観者なのだから。彼女たちはどこへ行っただろう。いいんだ、そんなことは。私に明日がなければ、私が希望を持つこともない。彼女たちの現在など、彼女たちの未来など、関係のないことなのだから。私はただ、未明を彷徨いながら、ただ永遠の未明に酔いしれればいい。この夢を、ただ見ていれさえすればいいのだから。
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村に来て数日、相変わらず朝は来ない。さて、空き家と言われて通されたこの家だが、小綺麗でなんだか生活感がある。村人の話も含めると、ここは元は夫婦が住んでおり、旦那が死んで未亡人の家になっていた、とのことだった。しかしバツの悪い顔をして村人は深く話そうとしない。
「んなこたどうでもいいだろう。ったく、どうすりゃこの村から出れんだ」
ポックが悪態をつく。
「うーん」
と頭を悩ますシュナ。ユキも真似をして「うーん」と悩んだような表情を浮かべている。
「グウォールの記した『日誌』には明確に村の名前は記述してありませんでしたが、私の予想は間違っていませんでした。やはり、晩年のグウォールはここに滞在していたようです。すでに林となっていましたが、滞在していた家と思わしき場所がありました。そして、『日誌』には、この村に救いを求めた、とあります。この村に何があったのか、はたまた救いとなる人でもいたのか、まあ当然もう亡くなっているでしょう。もう少し調査を続けたいところですが、行き詰まってしまいました」
キヅモさんがぶつぶつと喋っていると
「うるっせえな!」
ポックが苛立ったように言った。
ガラガラと扉が開くと、珍しく外へ出ていたカズさんが戻ってきた。
「何か、わかりましたか?」
「ああ、カイ、こりゃ魔法だな」
とあくびをしながら答えた。
「魔法、ですか。閉じ込められているのも、朝が来ないのも」
「ああ。凄まじくでけえ魔法だが、デカすぎて発生源がいまいちわかんねえな。魔力探知できるわけじゃねえし。まあ、今日はもう日が暮れるこったし、明日にするか」
とカズさんは酒瓶を取る。
「馬鹿、明日になっても夕方スタートなんだよ!」
ポックの正論もどこ吹く風、カズさんは酒をグビリと飲んだ。
翌日も翌々日も、あまりいい情報は得られず。村人も、丘の上の羊も相変わらずそこにいて、代わり映えがない。日数が経っても余所者は余所者で、村人たちは表面的には愛想は良くてもどこか警戒心がある。
今日はポックと二人、夕方の丘を歩く。先に、羊飼いの少年がいる。
「どうしてもあの橋を出れねえんだよなあ」
ポックがぼやいた。
夕日に毛を染めた羊たちが少年に連れられている。ぼんやりとその光景を眺めながら、ポックに言う。
「あの橋ってのは、いわく付きの橋か?」
言いながらに、俺は少年とすれ違い、軽く会釈する。少年も会釈した。ポックは、羊を眺めながらに言う。
「そうだよ。村を出ようとした男女が橋から落ちて死んだっつう」
ポックの言葉に、はっと少年が立ち止まった。一時を置いて、再び少年は歩き出した。
「なんでだろうな、ったく、ずっとこんなところにいるわけにはいかねえぞ」
ポックは足元の草をちぎり、奔放に投げた。草は風に舞い、地に落ちた。
その夜、家の戸をノックするものがいた。
「君は」
羊飼いの少年が、無愛想にも立っていた。しかし、目に妙な力があった。他の村人にはない、目力であった。




