ユキ、呑気に飯を待つ。
翌日、聞き取りに村を回る。例によってポックとシュナは森へ飯を取りに。カズさんは酒に入り浸り、俺とユキが村へと班が別れた。
薄い夕日が小高い丘を染めている。何軒かのうちを周り、ある質問をした。昨日キズモさんから言われ、実際に村に住んでいる人たちはどうなのかと聞き取りに回っているのだ。「朝はちゃんときますか?」変な質問であるが、この二日間、村に来てからというもの、朝がないのである。起きればすぐに夕方になっている。村人たちも同じように朝が来ないのだろうか。
民家が見えた。そのそばで、岩に座りギターを弾いている青年がいる。ポロンポロンと、儚くもギターの音が夕日に包まれた田園にあった。お世辞にもうまいとは言えない。リーフの路上で弾いている人たちの方がよっぽど上手である。
「やあ」
爽やかに青年が言った。ぽろんとギターを弾く。
「こんにちわ」
「こ、こんにちわです」
とユキ共々挨拶を返す。
「どこからきたんだい?」
「リーフから、昨日」
「へえ」
と取り留めなく青年は答えた。
妙な沈黙がある。気まずくなり、
「ギター、お上手ですね」
ととりあえずお世辞を言った。
「まあ、少しはね。いつかは村を出てギターで生きていきたいなんて思ってるんだけどね」
とギターをぽろんと引くと、やはり切ない音が小さく鳴る。
「朝は、毎日きますか?」
俺の質問に、青年はキョトンとしている。
「朝?ああ、くるよ」
「いつも朝が?」
「ああ。変わらないよ、朝はいつも同じさ」
と不思議なものを見るように俺たちを見ている。そりゃそうだ。変な質問だ。
向こうから、農作業を終えた老夫婦が歩いてくる。
「父と母だ。晩御飯の支度をしないとね」
と青年はギターを弾くのをやめ、立ち上がるとその光りはじめた半月を見上げる。小さな風が青年の前髪をそよぐ。
「でもね、この景色とこの風と。僕はそれだけで満足でもあるんだけどね」
青年は何か物憂げに、俺たちに言い残すように言い、家へと入っていった。
すれ違う老夫婦に小さくお辞儀をして、その場を後にする。
昨日は来なかった場所までやってきた。小さな池があった。水面に月明かりが微かに揺れている。ある青年が、池のそばに座り、何か景色をぼうっと眺めている。青年ははっと俺とユキに気づき、好奇の目でこちらを見ると「やあ、どこからきたんだい?」と先程のギター青年のように問いかけてきた。
「リーフから」
「へえ」
と青年は視線を小さくそらした。
俺は、その青年の手にペンと紙があるのをめざとく見つけた。
「何か、書き物ですか?」
「ああ、詩を少しね。いつかは村を出て、僕の詩をどこかしらに投稿したいと思っているんだがね」
「どんな詩なのですか?」
ユキが素朴に尋ねた。
「最近はなかなかいいのができなくてね」
と青年はうつむき答えた。
風がそよぐ。少し肌寒い。妙に気持ち悪い沈黙だ。水面には半月の薄い光がやはりある。その向こうで、田畑が微かに残った夕日に映え、そのどこぞの原風景に、あるはずのない郷愁を感じる。
「まあ、僕はこの何気ない景色があれば、感動できるんだけどね」
と感傷的に青年は言った。まるで舞台演劇の人のように。
「あ、あの、突然の質問なんですが、朝は毎日きますか?」
「ああ、くるよ。どうしてだい?」
と青年はキョトンとしている。そりゃそうだ。
「いえ、深い意味はありません」
とその場を去った。
夕日が落ちると、半月の光が強くなる。キラキラと降ってきそうな星々が空一面にある。向こうの丘を、昨日もいた羊飼いの少年が羊の群れを連れて歩いている。少年は、俺たちに気づくと見下ろすように、じっとこちらを見た。
群れから離れたところに、一匹の羊が、やはり昨日と同じように月を見上げるようにいた。何か不気味で、ユキと足早に帰った。
「キズモさんは?」
うちに戻り、飯の支度をしているポックに尋ねる。
「知らねえよ!あいつすぐいなくなるんだ。ふらっと帰ってくるだろ。で、なんて?」
「みんな、普通に朝はくるって。そっちは?」
「森の端から何故か外に出れなくなる。閉じ込められてんな、やっぱ。で、どうすんだ?」
とポックはカズさんを見た。カズさんは、酒瓶片手に長椅子で寝息を立てている。
「と、とりあえずご飯にしよっか」
とカズさんを叩くポックを横目に、シュナが焼いたうさぎ肉を持ってきた。
「美味しそうなのです!」
とユキが無邪気にも言った。
なんか呑気だが、大丈夫か。




