86話からの続き カイ、飛ばされる
祭りを終え、街から砦に戻る。
「アルゴールが出たのか。明日の巡回まで間に合わなかったか。街にまで来ることはほとんどないんだが、災難だったね」
「ケントさん。アルゴールというのは」
「死なずのものたち。ダルク砂漠に生息している。こういうのはサントラの方が詳しいか」
ケントさんがサントラさんに話を振った。
「えっと、アルゴールはハザンドラの伝承とも繋がっているって言われてるんだ。アペプっていう蛇を操る悪い魔法使いがいて、たくさんの人が死んでしまった。だけど、死んだはずの人々が生き返った」
「そういえば、祭りでそんな劇をしてました」
「その、生き返った人々がアルゴールなんじゃないかって言われているよ。ハザンドラの住民はみんな恐れているんだけど、アルゴールに人が襲われた事件って実は残っていないんだ。噂話として襲われた、って話はあるんだけど」
「祭りでトマトを投げつけるのは」
「トマト祭りは1000年以上続く祭りで、アルゴールよりも歴史が古いらしくて。トマト祭りとアルゴールがいつの間にか関連づけられたみたい。昔はアルゴールという存在に憐れみの感情を持っていて、トマト祭りと関連づけることで彼らを天に送ることができたら、という思いもあったと文献にはあったよ。今ではアルゴールはモンスターと同じような扱いを受けているから、浄化というよりは忌避の念が強くなってしまっているけど」
「サントラさん、すごいですね」
素直にそう思った。若くして勇者組合の等級G1、仮免の試験官の資格を持ち、この博識。
「トラちゃんはすごいんだぞ!」
なぜかカリュさんが自慢気に言った。
「い、いや、いつもリュウちゃんとりっちゃんに助けられてばかりだし」
謙遜するサントラさんに、アルテが手を握り言う。
「サンちゃん、すごい」
「こらアルテ!サンちゃんじゃない、トラちゃんだ!というかさん付けしろ!先輩だぞ!」
とカリュさんがアルテの手を払った。
「ははは、今回の任務は賑やかだね。明日はダルク砂漠に巡回に行く。早めに寝るんだよ」
ケントさんが立ち上がった。
ダルク砂漠へ巡回か。祭りでのアルゴールの少女が思い出される。狂気の中でトマトを投げつける人々。なんとなく嫌な気持ちになりながら、眠りについた。
轟々と雲が動いている。雨が降りそうで降らない、微妙な天気だった。視界の先には延々と砂の流線があるのみで、その向こうの景色は見えない。この砂漠の向こうには、人型モンスター、アーズに支配されているプリランテという地があるはずだが。再度思う。ロゼは、この砂漠を越えたのか。
「行こうか、ユキ、カイ」
ケントさんがいうと、「はいです!」とユキが元気よく返事をした。俺も続いた。パーティの編成が変わっているのは、アルテのせいだ。
「サンちゃんについてヒールの肝を学ぶ。カイはずるい。ずっとサンちゃんといて」
とサントラさんと行くと聞かず、しかもヒールを学びたいからと取ってつけたような理由だが微妙に反論しづらいことを言ってきた。
「サンちゃんじゃない!トラちゃんだ!」
とカリュさんはお目付役と言わんばかりにサントラさんとアルテと同行すると言って聞かなかった。
「えっと、私、一応カイくんの試験官でもあるんだけど、どうしよう」
困った様子のサントラさんに、ケントさんは言う。
「まあ、いろんな先輩を見るのは悪くない。今回は俺がカイとユキを見るよ。サントラはアルテの点数つけてあげて」
「アルテなんて0点でいいよトラちゃん!」
「うるさいカリュ」とアルテは言いながらも、嬉しそうにサントラさんの隣に立った。
「こら、さんを付けろ!」
賑やかなメンバーに、呆れたようにケントさんが言う。
「チャパ。お前ついてってあげて」
チャパさんは、あくびをしながらその背中の白い羽を小さくばたつかせ、だるそうに言う。
「へいへい。サントラも、人が良いだけじゃやってけねえぞ」
と口の悪さは健在だが、アルテとカリュさんがサントラさんの親衛隊よろしくチャパさんを睨んだので「なんだなんだ」と流石のチャパさんも罰が悪そうであった。当のサントラさんは、「すみません、もっとしっかりしないと」と落ち込み気味である。サントラさんの落ち込む姿は確かに見たくない。
そんな下りが朝にあり、とにかくケントさんとユキと俺の3人でダルク砂漠を巡回する。
「まあそんなに何もないんだけど、ハザンドラ市からダルク砂漠の巡回を要請されていてね。アルゴールがハザンドラまで来ないように定期的に見回るのと、まあ昨日来ちゃったんだけど、あとはやっぱりこの向こうはアーズの支配領域になるから、念のためにね」
一応巡回ルートは決まっているらしいが、昨日アルゴールが現れたことでいつもより砂漠の奥地まで巡視してくれとの依頼があったとのこと。
「半日ぐらいかかるが、まあゆっくり行こう」
ラクダを一頭借りることができた。ケントさんが手綱を引いているが、誰も乗らない。「この砂は負荷がかかって歩くだけでもトレーニングになるね」とトレーニング大好きケントさんの言葉により、ユキも俺も歩くことになった。
結構な距離を歩いた。曇っているからか、意外と苦にならなかった。しかし足は重い。確かにトレーニングになる。
「ユキ、大丈夫か」
「大丈夫なのです」
とユキは前を向いてしっかり歩いている。一週間ぶりぐらいか、会うのは。しかし入学してからこんなにも離れたのも初めてかもしれない。たった一週間だが、ユキは逞しくなったように見えた。みんなそれぞれ色んな経験をして、成長しているのだろう。俺もそう見られているといいななんて思いながら、歩く。
結構なところまで歩いた。小休止をとる。ラクダに乗せた荷物から水分を補給する。
雲がやはり轟々と動いている。灰色の空をケントさんが見上げる。風が少しづつ強くなっている。
「まずいな」
「どうしたんですか?」
「カイ、砂嵐がくる」
その時、砂漠の起伏の向こうに影が見えた。小さな影だった。そこに目を取られていると、その影の向こうから、大きなうねりを持って黄色い風が塊となって向かってくる。轟々と猛々し異音が砂漠に鳴り響く。
「ラクダを壁にしろ!くるぞ!」
ケントさんの指示通り、ラクダを壁にして地面に座る。「は、はいです」とユキも慌てて俺の隣に座る。
突風が終わりなく続く。タオルで口を覆う。目も口も開けていられない。
急に、横殴りの風が来た。風が一方向ではない。体がよれる。飛ばされる。耐えろ。ユキは、大丈夫か。隣のユキに手を伸ばす。
「あ、うう」
ユキの必死の声が聞こえた。なんとか目を開け、ユキの方を見る。
さらに強い突風が吹いた。
体の軽いユキが、飛ばされる。
「ユキ!」
慌てて身を上げると、伸ばした体に風が容赦なく吹き付ける。
重心がばらつくと、いとも簡単に飛ばされる。体が浮く、というより抗いようのない力に弾かれる。ユキは、どこだ。目を開けていられない。呼吸をかろうじて行う。砂が痛い。風が痛い。どこまで飛ばされる。俺は、このまま死ぬんだろうか。
俺は、勇者じゃないんだ。




