外伝プリランテ終焉 託す思いと最期の任務
夜の地下牢そば。ベルタはランスを伴ってそこにいた。ランスはディオールの腹心の部下だったものであり、聴覚魔法が使え索敵に向いている。
「ランス、人はいるか」
小声でベルタは訊ねた。
「牢屋番が二人のみ」
「行け」
ベルタが合図を送る。
ランスは駆けた。背後から牢屋番の一人を刺す。ランスは続けざまにもう一人も刺した。
「な、な、ぜ。ベルタさま」
ベルタが近づいていくと、牢屋番の一人がかろうじて言った。ベルタも顔を見知ったものだ。
「すまない」
ベルタが言うと、ランスはその牢屋番にトドメを刺した。
二人は地下牢へと続く階段を降りた。
薄暗い地下に、灯りが一つ牢の前にあった。牢の中の女。真っ赤な髪の毛は汚れている。
「サラ」
ベルタの愛した男の、その姪。小さい時から知っているだけに、ベルタの心は痛んだ。
サラは、ゆっくりと面を上げる。その目は虚だった。
「サラ。最後の任務だ」
ベルタは、しかし温情を持って告げると、牢の鍵を開けた。
サラは、動くことなく言葉弱く言う。
「私が、カロス王を殺したのに。叔父さんじゃなくて」
「アーズの魔法だ。お前でも、ディオールでもない。悪いのはアーズだ。今から託す任務は国に、人類に関わる大切なものだ。お前にかかっている。立ち上がれ。このまま死ぬ気か」
しかし、サラは俯いたまま動かない。
ばしりとベルタがサラの頬を叩いた。
「ディオールは最後まで戦った。国を思い、お前を思い。みんな、今も戦っている。シーノも、イサークも、兵士たちも、国民たちも。お前はまだ死んでいない。まだ、できることがある」
静かに、しかし鋭く、ベルタが言った。
サラの目から涙が溢れる。
ベルタは、首根っこをつかみ無理矢理サラを持ち上げると
「お前もレバント家のものだろう!あのディオールの姪だろう!」
涙を堪えながら、しかし声を震わせながら言った。
ベルタの気迫に、怒気にびくりとなりながらも、しかしサラは涙を拭いた。目に光が宿る。
「行くぞ」
ベルタが歩き出すと、サラとランスが続いた。
星空は痛いほど鮮やかで、その下にある延々と続く死の砂漠もまた、その流線は一ミリも無駄がなく犯しがたい完璧な曲美であり、人が足を踏み入れるのはどこか畏れ多いほどの美しさであった。
ベルタはランスに問う。
「周りに人は」
しんと静まり返ったあたりに、ランスは耳をそばだてる。
「100メートル以内には、人の動きはありません」
「よし。サラ、任務は道中話した通りだ。ランス」
ベルタに言われ、ランスは食料を馬上のサラに渡した。
「ありがとうございます、ランスさん」
サラがそれを受け取る。
ベルタは手を突き出すと
『ブラスフェミー』
と唱えた。
剣が現れる。大きくも小さくもない、鞘に収まった普通の剣であった。
「バルドールの剣だ。頼んだぞ。ミーナのことは大丈夫だ。イサークがリーフへ行けるよう周旋してくれている」
「はい、ベルタさん」
「サラ」
ベルタは馬上のサラを強く見上げる。
サラは、じっとベルタの言葉をまった。
「死ぬなよ。必ず生きろ。ディオールの血が、お前には流れている」
「叔父さんのことばっかり」
サラが、初めて笑った。ベルタは照れたように「行け」と言うと背中を向けた。
サラは最後に「必ず、果たします」と力強く言うと、馬を進めた。その広大な夜に、その広大なダルク砂漠に、その広大な、生に。
サラが去ると、ベルタとランス二人になった。
「ランス、お前でも良かったんだぞ」
ランスの腰に差した剣が、月明かりにきらりと光る。
「いえ、私はプリランテで死ぬと決めています。ディオール様の力になれなかった私に、未来へとつなぐ役割を果たす権利も力もありません」
「すまんなランス」
「私が決めたことです」
すっと、ベルタがランスを見た。
「お前、よく見るといい男だな。私がもう少し若けりゃな」
「今でも、嬉しいですよ」
ランスの言葉に、ベルタは笑いを堪えた。ランスの尊敬するディオールに似て、いや、ディオールよりも無骨で無口なこの男が、そんな冗談を言うとは。
ベルタは、ランスに顔を寄せるとその唇に唇を重ねた。数秒のことである。すっとベルタが唇を離すと、ランスは無表情のまま言った。
「人生で、一番の報酬です」
「本当かお世辞かわからんな」
言いながらに、年老いたなとベルタは思った。昔なら誰もが自分のキスを喜んだだろうと疑いを持たなかったが。
「本当ですよ」
ランスが、にこりと笑った。ぎこちない笑顔だったが、とても美しく、愛らしい笑顔であった。一時の間があった。ベルタは、別れの踏ん切りがつかず、ダルク砂漠をぼうっと見た。
「行ってください」
ランスの言葉に、ベルタはようやくダルク砂漠に背を向けると歩き出した。「すまない」唇を噛み、ランスに聞こえるか聞こえないか、小さな声でこぼすと、プリランテの街へと戻っていった。
翌朝、プリランテにニュースが走った。
サラの逃亡、牢屋番の殺人、そして、サラの逃亡幇助に関わったと思われる兵士の自殺であった。
次の日、リーフの船団が到着すると、国民の関心はすぐにそちらへ移った。




