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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝 地下の戦い 柱の影

 盾は粉々に割れていた。ディオールは、右手をつき、なんとか立ち上がった。激しい痛みが左側にあった。ディオールの左手から肩口が、ねっぽうの凄まじい突進を受けてあらぬ形をしていた。

 

「ディオール!」


 カロス王が声を上げる。シーノとヨークはまだ気を失っており、イサークは心配そうにディオールを見ている。


「大丈夫です、王」


 となんとか声を振り絞り、ディオールはなんとか立ち上がった。ディオールの剣は、体の大きさに反して細身であった。プリランテでは古くから愛用されている、大剣というよりはスモールソードに近いものだ。その細身の剣を前に突き出し、ぐしゃぐしゃになった左腕を後ろにして半身の構えでねっぽうを睨んだ。息遣いは荒い。立っているのもやっとである。だが、確かに空間を気圧すほどの迫力がディオールにはあった。ねっぽうは、その気迫に押されてか、追撃のチャンスを逸し、ジリっと後ろ足をさげた。


「はあ、はあ、サラ、ねっぽうの口を開け」


 ディオールの指令に、サラは強く頷いた。

 ディオールの脳内に、幼い頃のサラがつと浮かぶ。サラが産まれた頃は軍の仕事で忙しく会えなかった。初めて会ったのは、サラが今のロゼと同じぐらいの歳になってからだった。サラはディオールを一眼見て泣き出した。その大きな体に。あたふたと動揺したディオールを、周りは朗らかに笑った。10もいくつか越えた歳になったサラが、ディオールに憧れて軍学校に入ったことを聞いたときは驚きとともに、嬉しさがあった。我が子がいたのならば、こんな感覚なのだろうかとサラを愛おしく見てきた。


ーーーねっぽうの口を開け


 単独では危険な指令だ。だが、今の危機を越えるには、サラに頼るほかなかった。ディオールは気を集中させる。一発で、必ず成功させるという決意を持って。

 サラはチャクラムを投げた。ねっぽうは敏感にそれを尻尾で叩いた。ディオールの方を向いていたねっぽうが、サラの方を向く。サラは駆ける。再びねっぽうは、その尻尾をサラに向けて振りまわす。ねっぽうの動きを読んでいたように、サラは高く跳んで尻尾を避ける。空中で剣を振り、唱える。


『ベリサマ』


 ねっぽうは、素早く横に移動しサラの炎を避けると、落ちてくるサラに尻尾をぶつける。


「ぐはっ」


 とサラが尻尾に打ち付けられ、吹き飛ばされる。

 トドメと言わんばかりに、ねっぽうはサラに向かって口を開く。


ーーー今だ


 ディオールの中指にした赤いリングがきらりと光る。その細身の剣を鋭く突き、唱える。


『ペレヌス』


 黄色い炎が、凄まじい速さでねっぽうの開いた口に向かっていく。口内へ炎が入ると、ねっぽうの体内からぐぽぽぽぽぽと奇妙な音が立ち、その細く長い目がむき出しになる。悲鳴にならない悲鳴をコシュー、コシューと二度したかと思うと、ねっぽうはどすんと倒れた。焦げ臭い匂いが地下に充満する。


ーーーなんとか、やっと


 ディオールは、左腕の痛みを感じながらも、サラの方に目を遣る。あの小さかったサラが、愛らしき姪っ子サラが、ねっぽうを引きつけ、ダメージを負いながらもディオールの指令をこなした。誇らしさと、しかし心配があった。

 サラは、柱のそばで倒れていたが、なんとか立ち上がる。それを見て、ディオールは安堵した。そこでようやく、左腕の激痛を感じた。それでもなお気丈に振る舞おうと、膝をつくことはない。


「お、叔父さん。やったね」


 とサラがディオールの方を見た。にっこりと無邪気な笑顔は、昔と変わらない。


「サラ」


 とディオールが歩み寄ろうとしたそのとき、柱の向こうから、二つの影がサラの背後に現れた。小柄な老人と、黒髪の女。女のその目は赤く充血しており、体からは赤い瘴気がすうっと生じている。ディオールは直感的にわかった。アーズだ。


「サラ!逃げろ!」


「ふふふ」


 アーズが不気味に笑い、サラに手をやる。


「お、叔父、さん」


 サラは、がくりと頭を項垂れる。


「サラ!」


 サラの体から赤い瘴気が生じる。


「ハハハハハ、行け!」


 アーズが言うと、サラは立ち上がった。剣を片手に走り出す。向かう先は、ディオールではない。


「カロス王!」


 ディオールは、叫びながらにカロス王の方へと走り出す。痛みを忘れ、必死に。

 とんと、ディオールの足が止まる。ディオールは腹を見た。腹に剣が刺さっている。


ーーー誰が


 後ろを振り返る。


「ヨ、ヨーク、貴様」


 ディオールは、なんとか右手に持つ剣を振り、ヨークを突き放す。ヨークは無表情のままディオールから剣を抜くと、後ろに引いた。

 ゲホッと咳き込むと、ディオールは血を吐いた。下を向くことはない。前を向いたまま、血を吐いた。喉に、鎖骨に、胸に、自身の血が垂れ流れる。なおも、膝をつくことはない。


「サ、サラ、や、やめろ」


 ディオールの声が、小さく儚く、落ちた。

 赤い瘴気を纏ったサラが、カロス王を斬った。

 カロス王は、霊廟の前で倒れた。

 アーズの高笑いが地下に響いた。

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