外伝 霊廟地下墓室前の戦い
キリオスの初撃に対処し、返す刀で風の刃を放った。セバス自身も驚くほど冷静に、自然に体が動いた。風の刃はキリオスの大斧によって相殺される。小さく土煙が舞う。その先の、ニヤリと笑うキリオスを前にして、セバスの中に強い感情が沸いた。怒りだった。カリサの死が脳裏に過ぎる。フェルナンド公爵、父ダラディオス、セリーナおばさん、ダマスケナを背にした自分。その湧き上がる怒りは、それは隙であった。再びキリオスが大斧を振り下げる。セバスの剣を握る両の手は、先ほどよりも力が入っている。両の手だけではない。体全体に余計な力が、怒りの感情分乗っかってしまっている。魔力の調整に遅れが出る。半歩の動きに一瞬の鈍さがある。斬撃が、セバスを襲う。
かきんと斬撃が突如現れた何かにぶつかり、セバスの体から逸れる。
「若造、乱れるな」
地下階段の方に女がいた。右手をセバスの方に突き出していた。黒いマントの足元が小さく風に揺れる。平時より棘のある口調、切長の少し釣り上がった目はその気の強さを表している。目尻の皺は年齢を感じさせるが、それでもなお国一番の美女と言われたその女の立ち姿は美しく威厳に満ちている。
「ベルタ、久しぶりだ、なあ」
キリオスが、挨拶がわりだと言わんばかりに大斧を大きく振り上げる。
「国を捨てたか、キリオス」
言いながらに、ベルタはセバスのそばに視線を集中させる。一拍を置いて、セバスははっと隣を見た。ベルタがすぐ隣に移動していた。地下墓室がキリオスの斬撃にボロボロに崩れる。その地下墓室を間に、キリオスと二人が対峙する。
「あいつを足止めする。心を落ち着けろ。怒りは最後に取っておけ」
ベルタの言葉にセバスはうなずき、小さく深呼吸した。心の乱れは力みを生む。一瞬のやり取りで命を落とす。風を感じる。穏やかな小さな風。途端、風の波動が荒れる。キリオスの斬撃が二人を襲う。
ベルタが右手を突き出し唱える。
『ブラスフェミー』
大きな盾が右手より現れると、斬撃が弾かれる。が、盾もその斬撃により割れる。
『風哮』
セバスが剣を突き出し、崩れた盾の隙間から魔法を唱えた。一点に集中した風がキリオスを襲う。
「オラああああああ!」
キリオスが大斧でその風を叩き割る。
セバスの動きだしは早い。魔法を唱えるや否や、キリオスとの距離を詰めていた。下段からキリオスに斬りかかる。キリオスは後ろに大きく跳び、セバスの斬り上げを避ける。セバスの切先から、風が伸びる。風の刃がキリオスの右頬をぶしゅりと斬った。キリオスの左頬にはセリーナがつけた古傷があった。新たにできた右頬の傷より流れる血を舐めながら、キリオスはやはりにたりと笑う。
ーーー王族に伝わる盾ぞ。祖霊の日に罰当たりな奴め
どこからか声が聞こえた。セバスには聞き覚えのある声であった。老婆の声だ。
「祖霊?知ったこっちゃないね。使えるもんは使うよ」
ベルタは、およそ国のトップとは思えない口調でそのどこからか聞こえる老婆の声に答えると、今度はキリオスに殺された兵士に手を遣り、唱える。
『エスス』
途端に兵士の死体が動き出すと、キリオスを襲う。
「キリオス、終わらない戦いと行こうじゃないか」
「ベルタあ、相変わらず不敬なやつだ、ぜ!」
襲いくる死体をキリオスが大斧で一蹴する。
キリオスの側面をついて、セバスが斬りかかる。キリオスはすぐさま大斧を下段から振り上げ、セバスの剣を受ける。セバスはそれをいなし、今度はキリオスの腹を狙う。キリオスは後ろへ下がるが、セバスの風の刃がまたしても剣先より伸びる。キリオスの横っ腹が小さく切れる。ベルタの魔法で動き出した兵士の死体が3体、キリオスを囲むようにいる。
兵士の死角を縫って接近戦に持ち込めば、大斧を持つキリオスよりも自身の剣の方が連打には勝る。セバスは確信を持ってジリジリとキリオスとの距離を詰める。
「クソッタレ」
キリオスは呟くと、ふうと息を吐いて大斧を横に構えた。気が、空間が、ぴたりと止まったように静けさが訪れる。次に空間を支配したのは、冷たく鋭い殺気であった。
ーーーやばい
セバスは咄嗟に後ろへ距離を取る。
キリオスが、静かに、しかしそれまでで一番の鋭さを持って大斧を横に振る。
一閃。キリオスを囲んでいた兵士は真っ二つに斬られる。
『ブラスフェミー』
ベルタが右手を突き出し唱えると、セバスの前に盾が現れた。陽の光に黄金色の盾が輝く。キリオスの斬撃を受けると、その黄金の盾が割れる。が、セバスまではその斬撃は届かなかった。
「国宝『オハンの盾』じゃねえか」
とキリオスは離れたところにいるベルタを見た。
「セバス、下がれ」
ベルタの言葉を受けて、セバスは半歩後ろへ下がった。
「殺しすぎたか。めんどくせえな」
キリオスは、当たりを囲む動く死体に言葉を落としながらも、大斧を真一文字に振る。死体が真っ二つに割れていく。半身になった兵士たちは、流石に動かなくなる。
セバスは剣を強く握った。国宝級の盾をも割る斬撃。目の前の敵を倒すには、まだ、もっと力が必要だ。セリーナの言葉を思い出す。俺は風に選ばれたんだ。風はそこにある。キリオスがそこにいる。圧倒的威圧感。セバスに渦巻く感情は、恐怖よりもやはり怒りが強い。激しく、争い難い怒り。それをも抑え、風を感じ、風に感謝し、風の力を借りる。ダマスケナに背を向けてから3年が経った。この3年間、風と向かい合い、風を感じてきた。プリランテの温かな風を。その流れを。
「もっと下がれ、セバス!」
ベルタの指示を聞かず、セバスは動かずに立っていた。動くと、風の流れを感じることに支障が出るような気がした。妙な心地よさがあった。皮膚に触れる風が、寸の隙間もなく感じられる。風がある。流れている。
キリオスが大斧を振るった。静かで、殺気を帯びた、国宝の盾をも割った斬撃。前にいた兵士の死体を斬ると、その斬撃はいくらかであるが弱まる。それでも凄まじい斬撃がセバスを襲う。
セバスは剣を前に出すと、唱えた。
『風流・纏』
風の塊がセバスの前にできると、キリオスの斬撃とぶつかる。
土煙が舞う。
斬撃は、セバスには届かなかった。セバスは、視界が悪いままに、キリオスがいるであろう場所に向かって唱える。
『風流・槍』
土煙を払うように、風の槍が伸びた。
ーーー
大斧を振り下げたキリオスは、その風の槍のスピードに反応できなかった。風の槍は、キリオスに運よくも、彼の顔の側を過ぎた。キリオスの背後の木がその槍を受け、倒れる。
3年で、たった3年でーーーキリオスは、セバスを見た。憎きアレバロ家。なぜ憎い。セリーナ。そして目の前に立つその甥、セバス。
俺よりも、強い。
クソが。
「アーーーーズ!」
キリオスの呼び声には、いくらかの苛立ちがこもっていた。




