表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
120/259

外伝 セバス 因縁の敵

 『メメント・モリ』の日。中央通りには露天が並び、人々は祭りに賑わっている。モンスターの襲来から1ヶ月、暗い時勢からの開放か、例年よりも盛り上がりを見せている。雨季が終わり一時の涼しい時期になったとはいえ、その密度に暑さは強くあった。


「ロゼ、急いではいけませんよ。スーザンさんの露天に行くんでしょう」


 額の汗を拭いながら、セバスは言った。通りの真ん中の噴水周りが子供達の水遊び場になっており、ロゼが走り出したのだ。お手伝いのスーザンさんが露天を開いているのでそこへ向かおうとしていたのだが、しかしロゼを追いかけるのを諦め、セバスは近くのベンチに座った。裸足に白いワンピース、肩口まで伸びた赤い髪は水飛沫に濡れ、とびっきりの太陽のような笑顔がそこにあった。カリサに似てきたな、と思いながら、ふとサラの顔もセバスの頭に浮かんだ。いかんいかんと急いで頭をふる。サラの非番の日には一緒に訓練をする。互いに敬語を使わなくなってからと言うもの、やはり距離感が近くなる。カリサは人見知りなところがあって、二人になると途端によく喋った。そこが愛らしくもあった。辛い過去があり、どこか儚げで、だけど太陽のようなとびっきりの笑顔を持っていて。反対に、サラは誰に対しても明るく溌剌としている。軍にいるだけあって男っぽいというか。媚びの一切感じない真っ直ぐな性格をしている。気は強いが、時折見せる笑顔は少年少女のような純粋さと愛らしさがあった。しかし恩人の姪っ子であるし、カリサヘの愛は変わらずある。俺はそんなにも軽薄な人間か、とやはり頭を振る。というか、そんな状況ではないだろう。敵は近くに迫っている。うつつを抜かしている場合ではない。しかし、とやはり水場ではしゃぐロゼに一時の平和への逃避に酔う。


「幸せそうじゃの」


 急に話しかけられ、セバスはびくりと隣を見た。

 いつか見た老婆が隣に座っていた。確か、インボルクの日にロゼとサラといたときに会った老婆だとセバスは思い出した。


「お久しぶりです」


「幹部連中は祖霊の儀じゃな」


 老婆が空を見ながら言った。プリランテでは死後、共同墓地に埋葬される。東西南北の地に4つあり、その真ん中の位置に王宮の地下霊廟墓室があった。『メメント・モリ』は、祖霊の儀のためにあった。時の王が霊廟で祈りを捧げる。それを終えると王の演説が中央通りである。露天は朝より賑わい、その日は眠らない街となる。


「ええ」


 とセバスは老婆の視線の先をなんとなく追った。南の空。薄く張っている雲の合間から黒い鳥が見えた。王宮の方角へと飛んでいく。 


「あれは」


 一時の平和から抜け出せず、セバスはぼうっと老婆に訊ねた。抜け出さなくていいのなら、抜け出したくはなかった。自己欺瞞めいたのんびりとした口調に、自らを嫌悪しながらも、やはり老婆の言葉をまった。あの黒い鳥の答えを、自分の次の行動の指針を、この老婆は持っているだろう。そうセバスは漠然と、根拠なく思っていたからであった。


「王宮の方へ向かっとるの」


 と老婆は立ち上がり


「お主はよそもんじゃ、逃げるなら今じゃぞ」


 背中を向けて歩き出した。


「待ってください、あなたは」


「あら、セバスさん、遅いと思ったらこんなところに」


 反対側からスーザンさんに話しかけられ、振り返る。すぐに老婆の方を確認するが、とうにいなくなっていた。


「どうしましたの?」


「スーザンさん、ロゼを頼みます」


ーーー逃げるなら今じゃぞ


 逃げられるはずがなかった。カリサに、フェルナンド公爵に、セリーナ叔母さんに背中を向けて走った自らを、また同じことを繰り返すことはできなかった。一時でも平和に浸り、老婆の言葉に自身の行動の初動を託した数秒間に自らをやはり嫌悪した。人混みを走った。中央通りを抜けると、いくらか風が冷たくなった。王宮の門までやってくる。メメント・モリの日は王宮の庭園が一部開放されており、すんなりと門を抜ける。ちらほらと人がいる。城を迂回し森へと出る。そこまでくると人はいない。異変はさらに走ったその先にあった。汗が額からぽたりと落ちる。森を抜け、地下墓室の階段前の開けた場所に、見知った影が見えた。


「うおらあああああ!」


 その斬撃が飛んだ。兵士がいくらか舞う。倒れた兵士の剣をセバスは拾った。


「キリオス」


 冷たく、セバスは呟いた。

 キリオスはセバスに気づくと、やれやれと大斧を構え


「生き恥だな、アレバロ家の、落ちこぼれ!」


 と振り下ろした。斬撃がセバスに向かってくる。セバスは剣を右下段に構えると、風を纏わせる。半歩体をずらすと、その斬撃を斜め下より切った。返す刀で上段にあげた剣をそのまま振り下ろす。風の刃がキリオスに向かう。大斧をキリオスが振り下げると、風の刃は相殺される。キリオスがつまらなそうにため息をついた。その時、キリオスの腕の袖が、スパりと切れた。


「ほう」


 とキリオスは今度はニヤリと笑い、セバスを見た。

 セバスは剣を構えたまま、キリオスを睨んだままであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ