外伝ディオール ひと月ぶりの帰宅
前回の襲撃から、モンスターの動きは落ち着いていた。ディオールは、嵐の前の静けさのように感じていた。しかし、国として大きな対策が取れているとは言えなかった。北方の国に比べると歴史的にもモンスターの脅威に晒されたことがなく、知識も人員も開発力も圧倒的に足りていなかった。とにかく、やれることを積み重ねるしかない、そのもどかしさとどうしようもない不安はずっとあった。
「お前が倒れたら終わりじゃぞ。たまには家に帰れ」
珍しくもシーノがディオールに労わるような言葉をかけた。当のシーノもほとんど家に帰れないほど忙しそうだが。
シーノの言葉に甘えて、久方ぶりの家であった。少しの緊張を持って家に入る。
「パパ!」
ロゼが抱きついてくる。ほっとディオールは胸を撫で下ろす。
「ロゼ。元気にしていたか」
「うん!これ、パパに!」
ロゼに手渡されたのは、絵葉書だった。ディオールの顔らしきものが真ん中で豪快に描かれている。サラにも
昔もらったことがあった。幼稚舎で父親宛に描くものだった。サラは幼くして父を亡くしていたので、ディオール
がもらった。実はいまだに大切に残してあった。
「ありがとう、ロゼ」
「似てる!?上手!?」
「ああ、とっても上手だ」
「幼稚舎で描いたんだよ!ロゼのが一番おっきく描けた!」
葉書一面に書かれた顔は、確かに大きかった。ディオールはにっこりとロゼの頭を撫でる。
「大丈夫ですか、ディオールさん」
セバスが料理を運びながらも、心配そうに声をかけた。
「ああ。ようやく落ち着いた。『メメント・モリ』が近いから、すぐに忙しくなるが」
とディオールは食席についた。
「『メメント・モリ』!お祭りだ、お祭りだ!」
ロゼがはしゃぐと「食事中にはしゃいではいけません、ロゼ」とセバスが嗜める。
『メメント・モリ』とはプリランテで年に一度行われる祖霊祭である。インボルクの日と合わせて、二大祭だ。
「今度、王に昼食に招待されてな。ロゼと近い年の子がいる。王子になるわけだが、ロゼも招待されててな」
ディオールが何かロゼに伺うように尋ねた。ひと月ぶりとあって、ディオールの中に距離感の掴めなさがその言い方に出ていた。
「しょうたい?」
ロゼはキョトンとディオールを見た。
「ええっとだな、一緒に、ご飯食べましょうって誘ってくれたんだ」
「行く!ロゼも行く!しょうたい!」
ロゼは変わらぬ屈託のなさで答えた。
ディオールはやはり胸を撫で下ろし、「そうだな。一緒にいこう」とこの子には勝てないなと思った。
「ロゼ、粗相のないようにしないと。そんな大声をあげでは王に失礼になりますよ」
いつものようにセバスがロゼに小言を言ったその時、ドアがノックされるとサラが入ってきた。
「サラ。大丈夫か?」
ディオールが声をかけた。キサラの死が、やはり頭にあった。軍部で顔を合わせることがあっても、あまり話をすることができない日々が続いていた。
「叔父さん!私は元気よ。叔父さんこそほとんど寝ていないんじゃ」
「まあ、俺は大丈夫だ。ヨークは、どうだ?」
ヨークとも、言葉をかけることはできても、じっくりと話す機会はなかった。時折見かけるヨークは、前よりも静かに見えた。
「ええ。前みたいな元気はないけど、すごい真面目になったというか。模範生になった感じかな。ちょっと話しかけづらい感じはあるけど」
「うちにはもう来ていないのか?」
ヨークが休日にセバスと訓練していたことを思い出し、ディオールは尋ねた。
「うん。あれからはもう」
「そうか」
ヨークの上官から話は聞いていた。前よりも真面目に、従順にもなっていると。棘が無くなったが、その分大人しくなっているらしい。
「サラ、聞いて!ロゼ、王とご飯に行く!」
なんとなくしんみりした食卓に、ロゼが声をあげた。
「カロス6世と?」
「そうだよ!ロゼがしょうたいされた!しょうたい!」
「王に招待されてな。王子がロゼと同じ年頃ということもあってな。平日の昼食になる。幼稚舎は休んでもらうことになるが」
「いつ?」
「3日後だが。非番か?王にお願いすればお前たちも」
「いや、そんな、無理にはいいわよ」
とサラはややぎこちなく答えた。
「なんで!?みんなで行こうみんなで!」
「その日はパパと二人だ。だめか、ロゼ?」
ディオールが問うと、ロゼは少し悩んだふりをして
「いいよ!しょうがないな!パパと二人!」
と明るく答えた。
サラは非番の日には欠かさずディオール宅にきていた。ロゼに火の魔法の指南をし、セバスに剣術を教えてもらっている。ディオールはそれを思い出し、頬を小さく染めどこかよそよそしいサラにほっこりした。最近は特に訓練に精を出しているが、サラも20の女なのだ。セバスのような色男と二人になれるとあっては、心高鳴るだろうことは容易に想像できた。あの小さかったサラが、と先の戦闘でのたくましさも思い出しながら、ディオールは寂しいような嬉しいような気持ちになった。そしてセバスの方をチラリと見た。洗い物を下げるセバスは、いつもと変わらない様子であった。
サラがセバスの洗い物を手伝い始めた。
「ありがとう、サラ」
セバスが言うと
「ううん」
とどこか無感情を装うようにサラは答えた。
ディオールは、どこか居た堪れないような、どんな表情をすればいいのかと妙にソワソワした。娘が彼氏を連れてきたらこんな感じなんだろうかと今度はロゼを見た。むしゃむしゃと口端にソースをつけながら晩飯を食べていた。俺も年老いたな、とやはり嬉しいような寂しいような気持ちになった。と同時に、これが平和な時代であればと、苦しさが心の底にこびりつくようにあった。




