外伝 プリランテ 死がもたらすもの
「キサラ!」
ディオールが駆け寄る。斬撃はキサラの体を斜めに切り、キサラはすでに息絶えていた。ディオールにかつてないほどの動揺があった。過去、肩を並べともに剣を振ってきた仲間の死は何度もあった。互いに死を覚悟しあったそれらの死は、もちろん悲しみや無念さはあったが、戦場に置いては当然にあったことであった。キサラは、ディオールが一線を退き軍の育成に関わるようになってからの教え子だった。もちろん戦場に出た以上一兵士として扱うが、それでも以前の仲間の死とは違う悲壮さがあった。守るべきもの、愛しみの対象。それは実の子どものいないディオールにとって、サラやロゼと関わることでより明確に芽生え、認識させられた感覚であった。その愛は、プリランテの若き兵士、そして国民全てに向けられていることを自覚し、だからこそ必死に兵士の育成に取り組んできた。その教え子の死が、目の前にあった。
ペンダグルスが一体、ヨークに向かっていく。一瞬の動揺、それは戦場に置いて命取りであることをディオールがもっとも知っているはずであった。
ーーーくそ
ディオールは、いつにも増して重たい剣を持ち上げ、ヨークの方を見る。20メートルほどの距離があった。ヨークは呆然とキサラの死体を見ている。ペンダグルスの右腕がヨークに向かって振り上がる。間に合わない。
すんでのところでペンダグルスの右腕が止まる。ペンダグルスの鋭い爪がサラの剣とぶつかる。
サラはなんとか剣をいなし、ペンダグルスの爪を右へ流すと、ヨークの体を引きずり後ろへ下がる。
「ヨーク!ぼけっとするな!」
サラが怒鳴った。ヨークが小さく顔を上げた。あの訓練の時、ガルイーガを刺せなかったサラが今ここに置いてはもっとも冷静であった。あれ以降、サラは任務で何体もモンスターを倒しているが、サラにとって仲間の死は初めてであった。しかし、何よりもこの場の現状の把握が早かった。ヨークが呆然としている。それだけではない。あの偉大な叔父ディオールにまでも動揺が感じられた。だからこそ、かわいい後輩のキサラの死を前にしてもサラは冷静でいられた。
「ヨーク、剣を握れ!」
サラは怒鳴ると、次に唱えた。
『ベリサマ!』
剣を振る。サラの大きな炎がペンダグルスに向かっていくと、その上体に直撃する。
ヨークはふらりと立ち上がると、燃え上がるペンダグルスをずぶりと刺した。それは訓練で習った、左袈裟を切る、というペンダグルスの弱点を狙ったものではなかった。一度その腹に刺すと、今度は燃える頭に刺した。怒りをどこかにぶつけるような、苦しみのやりどころに、剣のその先があった。
ディオールは自らの動揺を恥じた。キサラの死も、この現状も自らのせいだ。だが、サラがなんとか最悪の状況からは救ってくれた。キサラに死をもたらした斬撃の主の方を見る。茶色い小川を挟んで、男がいた。ゆっくりと近づいてくる。大斧を持った、戦場で何度も見た男。
「キリオス、貴様」
「ディオール、久しぶりだ、なあああ!」
とキリオスが大斧を振る。
『ブリギットクロス』
ディオールもまた、剣を十字に振った。十字の炎が斬撃とぶつかると、激しい音ともにあたり一体が散逸する。土煙が舞う。
「衰えてねえなあ」
煙の向こうでキリオスの声がした。
「キリオス、このモンスターたちはお前の仕業か」
ディオールは、アーズたちの話をセバスから訊いていた。もちろんキリオスのことも。だが、向こうには知っていない体で話しかけた。少しでも情報を得るためにも。
「ああ、しかしモンスターへの対策が早えな。ダマスケナのようにはいかねえなあ」
「ダマスケナ?」
「惚けんなよディオール。ははは、まあ、面白いもんが見れた」
煙の向こう、キリオスはチラリとヨークの方を見たかと思うと
「あばよ」
とやはり大斧を振る。再び土煙が風に舞った。煙が消えるころには、キリオスの背中は小さくなっていた。
「これ以上追撃はないだろう。ランス、キサラを運ぶのに部隊を呼びに行ってくれ」
ランスはディオールに言われ、すぐさま走り出した。
キサラの死体と、ペンダグルスを刺し血まみれになったヨークと、無言で立つサラがいた。
ディオールは、なおも燦々とある太陽を見上げることができなかった。




