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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝 プリランテ モンスターの背後

 四人に背を託し、ディオールは西へわざと音をたていくらか歩く。足音がディオールの音に反応し、向かってくる。ぴりりと殺気が大気中に渦巻く。等間隔に並ぶ果樹の間から、ガルイーガが現れた。凄まじい早さで突進してくる。深追いは不要だが、とにかく目の前のガルイーガにディオールは集中する。


ーーーガルイーガの突進を正面で受けるな


 ディオールが若い兵に教える時、まず言うことであった。その突進力はモンスターの中でもずば抜けており、大木をもえぐり倒す。人が受けてはひとたまりもない。だが、後ろの4人の方へ向かわせるわけにもいかない。

 ディオールは左手に持つ中盾を前に、やや半身になって構えた。ガルイーガの突進がくる。ディオールは少し姿勢を下げ体を丸めたかと思うと、ガルイーガの突進方向に対して、低い角度から力をぶつける。全ての力をぶつけるのではない。体を支える右足に力を残しながら、くいっと相手の気先を逸らす分だけの力をぶつけた。激しい衝突音。ディオールを支える右足がその突進に地面をえぐりながら後ろへ圧されたが、ぴたりと止まった。ふー、ふーと息が荒いのはガルイーガである。盾とガルイーガがぴたりとくっいている。

 100の突進力が、半分ほどに抑えられた。ガルイーガの突進に対してのその冷静さ、微細な力加減、そもそもの体の強さもあるが、歴戦のディオールにしかできない芸当であった。


「うおおおおおお!」


 左肩から腕に力を込め、ガルイーガの頭を盾で払った。態勢のよろけたそれを、ディオールはそのまま右手に持つ剣で突刺した。すぐさま体勢を整え前を見る。果樹の間から、それぞれガルイーガが4体覗いている。一体がディオールに向かって動き出す。別の角度から、もう一体が時間差で向かってくる。ディオールは先に動き出したガルイーガに盾を投げた。投げながらに、その大きな体で跳んだ。飛んでくる盾に気先を制されたガルイーガは、さらに上から跳んでくるディオールに体を突刺される。ディオールはすぐさま剣をそれから抜き取ると、突進してくるもう一体に今度はその剣を投げた。右足をいくらか切るが、ガルイーガは小さくよろけただけでなおも突進してくる。ディオールの動き出しは速い。やや態勢の安定しないガルイーガの右側に回り、腰に差した短剣を抜くとその右足をさらにぶっ刺した。倒れたガルイーガにとどめを刺す。

 残りの二体がディオールの隙を狙い突進してくる。


「すまんな、シーノ」


 とディオールはシーノの怒った顔を思い浮かべながらも、短剣を前に出し唱えた。


『インボルク』


 大きな炎が二つガルイーガにぶつかると、ガルイーガの断末魔が響いた。さっき投げた剣を拾いとどめを刺す。一本の果樹が燃えていた。煙が空へ立ち上る。5体のガルイーガが、あっさりとディオールによって一掃された。

 ディオールはすぐさま振り返ると、東へ走り出す。若い兵士たちは無事か、と。


「ヨーク!待ちなさい!」


 サラの声が向こうから響いた。

 縫うように果樹を抜けると、ディオールは「どうした?」とそこに立つサラとランスに尋ねた。


「斬撃のような、強い風が吹いて、キサラが逸れました。その隙にペンダグルスがキサラを引きずるように連れて行ってしまって、ヨークがそれを追って」


「ヨーク!待て!」


 ディオールが叫んだ。

 向こうでガサガサと音がするが、返事はない。


「いくぞ!」


 ディオールが走り出すと、サラとランスも続く。悪い予感があった。各地に現れたモンスター。ガルイーガとペンダグルス、違う種類のモンスターが同時に。ペンダグルスの動きにも違和感がある。キサラを引っ張っていくように、何か誘導するように連れて行った。


−−−斬撃のような強い風


 ペンダグルスがそんな斬撃めいたものを出せるか。裏に何かがいるのは明白だ。だが、とにかくキサラの救出が最優先か。

 ヨークが、強く剣を握りながら、歯軋りしながら立っている。


「よく耐えた、ヨーク」

 

 とディオールはヨークの肩をポンと叩いた。今突っ込んでいっても、敵の罠にかかっていただろうとディオールは推測した。キサラは無事か、いや、無事なはずはない。しかしなるだけ集団で向かわなければ。ディオールの額から汗が吹き出す。


「ランス、ペンダグルスの位置は?」


「果樹の森の先にいるものと思われます」


「よし。サラは左へ、ヨークは右側から迎え。ここを抜けて、俺が真っ直ぐに魔法で仕掛ける。その隙にキサラをすくえ」


 果樹の森の向こう、開けた場所にでた。開けた場所の右側に、ペンダグルスがキサラの腕を咥えて引きずるようにいる。キサラは息荒くも、まだ生きている。ヨークが少し離れた茂みに向かっているのが見えた。

 ペンダグルスは、こちらを伺うように見ている。明らかに何かある。だが、応援を呼んでいる時間もない。

 悪い予感は拭えなかった。だが、ディオールには他に選択肢がなかった。

 ディオールは、剣を鋭く突きながら唱えた。


『インボルク!』


 ディオールの弾丸のような炎がペンダグルスの頭に当たり、その上体がのけ反る。ペンダグルスの予想を越えたスピードの炎であった。ペンダグルスの口からキサラが解放される。怒ったペンダグルスは、上体を戻し右腕を振り上げる。キサラに向かって振り下ろそうとしたそのとき、茂みからヨークが現れた。ヨークは力任せにペンダグルスの首を切り下ろした。ペンダグルスがどさりと倒れる。


「キサラ!」


 ヨークがキサラを抱き止める。

 サラが左の茂みから現れると、倒れたペンダグルスの周りを警戒しながらも確認する。

 キサラは息荒くも、生きている。


「ヨ、ヨークさん、怪我を」


 とヨークの腕の切り傷にヒールを施そうと、キサラは震える手を伸ばす。


「いいんだ、俺は大丈夫だ。もう大丈夫だからな」


 とヨークがキサラに言葉をかけたそのとき。

 ディオールの肌に、ゾワリと強い気が当たる。なんだ、なにがいる。


「お前たち、はやく引け!」


 ディオールは、その強い気の正体もわからぬままに叫んだ。ほぼ同時に、ランスが叫ぶ。


「前方40メートル、何かいます!」


 ディオールは、ヨークとキサラの先を見た。茶色い川を挟んで、枯れ木が幾らか並んでいた。大地には太陽が照りつけていた。一際大きな影があった。枯れ木の影よりも大きい。枯れ木の影の幅ではない。枯れ木の影と、その隣に立つ大柄な男の、合わさった影であった。大柄な男は、すでに大斧を振り上げている。

 ヨークとキサラが、なんとか駆けてくる。だが、


−−−間に合わない


「伏せろ、ヨーク、キサラ!」


 ディオールは叫んだ。

 大柄な男が、大きな斧を振り下ろした。

 小さな川が横に割れる。凄まじい力のそれが大地を割る。

 その圧に、ヨークは咄嗟に剣を後ろに出した。それが精一杯の抵抗だった。斬撃と剣がぶつかると、ヨークは吹っ飛ばされる。斬撃が、吹っ飛んだヨークをよそに通過する。その先に。

 南西部の土は水を含みやすい。プリランテには貴重な、果樹も育つ土地だった。短くはあるが、緑の草葉が逞しくも大地を縫って生えていた。

 赤い血がぶしゅりと飛ぶと、小さくトプンと落ちた。草葉が赤く染まる。


「キサラああアアア!」


 ヨークが叫んだ。


 キサラは、斬撃にばたりと大地に伏した。

 プリランテの強い陽は、他の大地と同様に、倒れたキサラにも照りつけていた。


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