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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝 プリランテ 南西部での戦い

 街を南西に抜けると小さな丘があった。点在する民家を抜け、なだらかな傾斜を下っていくと斜面からその先の平野の結構な範囲に果樹が植えられていた。果樹は大柄なディオールより頭二つは高いほどで、視界は開けていない。


「キサラ、遅えぞ!」


 ヨークが最後尾の女兵士、キサラに声をかけた。


「は、はい、ヨークさん」


 とキサラは健気に答えた。おっとりとした大きな目。いいところのお嬢さんであるが、同じ地区の一つ上のヨークが軍隊に行くというので憧れて同じく軍隊を志望した。ヒールが使えるので重宝されたが、如何せん体力があまりない。ヨークはキサラのことを少し出来の悪い妹のように思っており、キサラの恋心には気づいていない。


「軍長」


 ランスの冷静な声がディオールの足を止めさせた。サラやヨークたちより3つ上で、ディオールを慕う寡黙な兵士である。聴力強化があり、索敵に優秀であった。


「どうした、ランス」


「前方40メートルほどの位置に何かが動いています。数までは分かりませんが」


 ディオールは、前方を凝視した。見えないが、ランスがいうならやはりいるんだろう。情報では3体のペンダグルスがいるとあった。ただ、果樹園の視界は悪いのでもっといるかもしれない。さて、どうするか。先に見た地形図を思いだす。


「軍長、もう少し歩けば開けた場所に出ます。そこまでは慎重に進んでは」


 サラが、ディオールに言った。仕事上に口調を改めている。

 ディオールは、サラを少し驚きの目で見た。南西部に行くのを決めたのはディオールで、指示を受けた4人はすぐさま隊舎をでた。訓練でも使われないこの地で、地図を確認しているのは自分だけだと思っていたが、サラは瞬時にマップを確認していたらしい。


「あと15メートル進もう。音は出すなよ」


 ディオールの言葉に無言で4人は頷くと、歩を進めた。視界が開ける。石垣が段々になっており、そのさきにペンダグルス二体が歩いている。


「ランス、他に何か聞こえるか?」


「いえ」


「よし。サラ、二体の気を散らせ。俺は右の一体をやる。ヨーク、奥の方はお前に任せる。左手の茂みから攻撃しろ。サラ、ヨークのスタンバイを持って、合図だ」


「果樹は、燃えてしまっても?」


「気にするな、サラ。シーノには俺から報告しておく」


 内政長のシーノはとにかく損失に怒る。が、今回ばかりは許してくれるだろう、とディオールは思った。

 ヨークとディオールは静かに動き出す。ディオールは、ペンダグルスがしっかりと見える位置に付いた。赤い瘴気、充血した目、背中を丸くして歩いているが、果樹よりも大きい。ヨークやサラは、リーフとの訓練以降の任務でペンダグルスとも対峙している。サラにも敵を殺す覚悟は備わっている。ただ、この少人数で二体を相手にするのは初めてのはずだった。ディオールは長らく現場を離れていたので久しぶりの実戦である。内内にある小さな興奮を抑え、冷静を保った。戦争が良いとは思っていない。ただ、戦闘が好きなのは仕方がない。だが、好き勝手暴れていた若い頃とは違う。その興奮の抑え方も心得ていた。常に冷静に。国のため、みんなのため、ロゼのため。老成したディオールが、目的を履き違えることはない。


『ベリサマ!』

 

 サラの声が響いた。大きな赤い炎が二体のペンダグルスを割るように向かっていく。ペンダグルスは炎を避けるように二手に分かれた。ディオールは剣を片手に飛び出した。ペンダグルスがディオールに気づく頃には、その左袈裟がディオールによって綺麗に切られていた。すぐさまディオールはもう一体の方を見る。

 ペンダグルスの呻き声が果樹園に響く。ヨークが見事にもう一体の左袈裟を切り下げていた。


「いいぞ、ヨーク」


「普通ですよ」


 謙遜した物言いはしたが、ヨークはチラリとサラの反応を伺っているようだった。


「ナイス、ヨーク」


 とサラが近づいていく。

 ヨークは、やや大袈裟に剣を払った。昔なら自慢気に何か言っていたところだが、最近はサラに対しては妙にキザである。


「だ、大丈夫ですか、ヨークさん。何か、お怪我は」


 とキサラが小走りでヨークの元へ。


「大丈夫に決まってんだろ、俺だぞキサラ」


 とキサラの前ではいつものお調子者のヨークに戻った。

 ディオールはヨークの倒したペンダグルスを見た。見事な切り口であった。かなりの鍛錬を積んだんだろう、と小さな感心をもった。しっかりと若い兵士が育っている。


「東から30メートル。何かが近づいてきます」


 ランスの言葉に、再び緊張が走る。


「待ち構えよう。石垣から待ち伏せて」


 ディオールが言いかけると、ランスはさらに言う。


「西からも来ます。30メートル。早い」


 挟まれた。呻き声に反応したか。まさか両側にいるとは。作戦を立てる時間もない。数までは分からないが。


「ランス、どっちの方が音がでかい?」


「西です」


「西は俺一人でやる。東はお前ら4人でやれ」


「了解!」


 ヨークが一番に答えた。ランスも剣を抜く。ランスは接近戦もできる。キサラは、ごくんと唾を飲み込み、ようやく剣を抜く。


「キサラは最後尾。ヨークと私が前線、ランスさんは真ん中で私たちに敵の距離を。隙があれば戦闘に加わって」


 サラがすぐさま陣形を伝える。

 足音が近づいてくる。

 ディオールは、4人に背を任し、西を向いた。剣を右手に、左手には中盾を持っている。大きな足音が近づいてくる。ガルイーガか。4人の気を煩わせるわけにはいかない。右手の中指に、きらりと赤いリングが光った。レバント家に代々伝わるリングであった。一帯を燃やしたら、流石にシーノは怒るだろうか、とそんなことを考える自分に、歳をとったものだなとふっと小さく笑った。


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