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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝プリランテ サラの思い②

 勇者組合一団はリーフへと帰国した。プリランテの軍は合同演習の刺激もあり、日頃の訓練に以前にはない締まりができた。

 あくる休みの日の朝、サラは布団の中にいた。

 頭を枕に沈める。でも。だけど、それでもどうしてセバスが頭に浮かぶ。セバスの過去を知ってしまいなんとなく気になっただけで、これは特別な感情なんかではない。そもそも私に恋をしている暇など、資格などない。だけど、だけど、もう。どうしようもない。今、何をしているだろう。

 サラの頭に、なぜか浜辺で歩くセバスが浮かぶ。セバスの隣に見えないはずの影が見える。赤毛の女。

 それは私ではない。セバスが愛したであろう女。なぜこんなにも苦しい。胸の辺りがざわついてほんのり熱く、キュッとしまったように苦しい。動悸が強くなる。出会った頃は別に何ら特別な感情を持たなかった。顔は良いけど少し暗い男。それだけだった。少しずつ、ロゼと接するセバスの笑顔、よく見ると背中は大きくどこか寂しく。ゲンさんとも打ち合えるほど強く、グラスさんを超える風魔法の使い手で、悲しい過去を持ち、海の向こうを遠い目で見る。少しずつセバスを追うようになり、セバスのことを考えることが増えた。私にむける微笑み。それは優しいけど、どこか他人行儀で。それがとっても辛くて。違う、別にだから、好きってわけじゃない!


「もう!」


 苛立ちをそのまま言葉に出すと、サラは立ち上がり剣を握った。

 外に出て剣を振る。


ーーー強くなれ!強くなりたいんだろう!


 モンスターを思い出す。リーフとの演習を思い出す。セバスの過去、ダマスケナの話を思い出す。次は、プリランテかもしれないんだ。


ーーーそうだ。恋なんてしている場合じゃないんだ!


 剣を振っている時だけは、セバスを忘れることができた。


「サラ、あんた今日兄さんに呼ばれてたでしょう」


 ミーナが延々と剣を振るうサラに呆れたように言った。


「わ、わかってる!今から行く!」


 数日前、ロゼの魔法適正診断の結果が返ってきた。ロゼの魔法適性が火だとわかった。デイオールはここ最近忙しいようで、サラに指導をとディオール直々に頼んできたのだ。


「あんたねえ、最近こん詰めすぎよ。訓練訓練って、ちょっとはセバスさんとデートに行くとか、って、あんた、そのまま行くの?」


 とミーナが呼び止める。サラがおよそ20の女らしくないラフな格好で、素振り後着替えもせずに出かけようとしたからだ。


「デ、デートなんて!良いでしょ別に、訓練なんだから」


「訓練ったって、ロゼはまだ3歳よ。ちょっと教えるだけでしょ。もう少しおしゃれしていけば、私の若い頃は」


「うるさいなあもう。格好なんてなんでも良いでしょ」


 肩を少し怒らせながら、サラは家をでた。

 私は恋なんてしていない。今からセバスとも会うだろう。でも、別にこんな格好で良いんだ。だって、別に好きでも何でもないんだから。

 ディオール邸の近くの浜辺に二つの影があった。サラの動悸が高鳴る。一つは小さな影。ロゼだ。もう一つは、やはりセバスだった。サラはその高鳴る動悸に、締め付けられるような心に、全てを諦めた。

 いつからだろう、セバスに特別な感情を持つようになったのは。好きだから、何。好きでも良いじゃない。別にだからどうしようってわけじゃない。今日はロゼに魔法を教えにきただけ。その付き添いにセバスがいる。不純な気持ちを持ってたらロゼに失礼だ。好きなのは仕方がない。でもそれは別。それは別!

 言い聞かせ、大きく深呼吸し、浜辺に足を踏み入れた。


「サラ!」


 ロゼが気づき、振り返った。セバスもまたサラの方を見る。やはり胸は高鳴るがそれを抑え「ロゼ。今日は特訓よ」と先生風を吹かせながらもニコりとロゼに笑いかけた。

 火の魔法は、幼少期のうちは暴発的に現れることがある。幼いうちからコントロールの方法をある程度訓練しなくてはならない。


「小さく、ゆっくりで良いわよ」


「うん!」


 とロゼは手から小さく火を出す。あの日現れた黒い火ではなく、サラやディオールと同じ真っ赤な火だった。最初はボワッと火を出してしまうが、少しづつ弱い火を出すことができるようになる。教えながらにサラは、ロゼの可能性に驚く。魔力コントロールを覚えるのが早く、魔力量もそれなりのものを感じた。とにかく器用だなと思った。休憩時間に、サラはロゼにプリランテの神様の話をした。


「プリランテでは火の神様が多いのよ。光の神ペレヌス、その妻ベリサマ、豊穣の神ブリギット。そのどれもが火の神様でもあるわ」


「インボルクの祭りでも火を焚いたもんね」


 ロゼがニコニコと言った。


「インボルクの祭りの火の意味は、元々は御先祖様の道標として年に一度帰ってこられるようにとの意味もあるそうですよ」


 セバスがにこりとロゼに言った。へえそうなんだとサラも初めて知ったことであった。セバスはよく図書館にいるので、プリランテの国の人よりもプリランテの歴史に詳しい。


「あ、ねっぽうだねっぽう!」


 ロゼが海の方を指さした。大きな平べったい生き物が海にいた。ねっぽう、つまり海ねっぽうのことである。プリランテでは神聖視されている生き物である。


「海ねっぽうは火の神様ペレヌスの使いだったと言われてるんだよ」


 サラが言うと「なんで?」とロゼは不思議そうに尋ねた。海の生き物なのに確かに何で火の神様の使いなんだろう、とサラも頭をかしげる。セバスが助け舟を出す。


「昔は陸にも生息していたようですよ。現在も、よく見ると小さくはなっていますが四つ足のようなものがあります。その皮膚は火に強く、皮は重宝されたようです」


「皮?ねっぽうの皮、とっちゃうの?」


 ロゼが悲しそうにセバスを見た。


「い、いや、まあ昔の話です。今はそんなことしませんよ、ロゼ」


 慌ててセバスが答えた。


「ロゼ、少しあそぼうか」


 サラの誘いに、「うん!」とロゼが頷いた。

 波は穏やかで美しい。海水が二人の足元に寄せる。ロゼがきゃっきゃと笑っている。やっぱり、軍人になってよかったなとロゼを見て思う。プリランテは平和ボケしている。私もまだまだそうだ。だけど、ダマスケナの話を聞いて、セバスやロゼの過去を知って、やっぱり私はこの国を、ロゼの笑顔を守りたい、守れるようになりたいと思った。剣を握らないと。もっと、強く。訓練日だけじゃダメなんだ。もっと強い人に教えを。もっと強い人に。

 夕暮れが海を染める頃、ロゼは遊び疲れとうとう眠ってしまった。セバスがロゼを背負い、ディオール邸までの海岸沿いをセバスとサラは並んで歩く。サラの胸はドキドキしていた。だが、開き直りもあった。好きだけど、でも、私にはしなければならないことがあるんだ。今朝あったモヤモヤは無くなっていた。


「サラさん、これを。洗濯しておいたので」


 とセバスは水色のハンカチをサラに渡した。あの日サラが忘れていったものであった。「あ、ありがとう」とサラは受け取った。なんとなくサラは、ぎこちなくなり黙る。静かに二人は浜辺を歩く。

 セバスが静寂を解いた。


「あの日、話を、聞いていましたか」


 話を。サラはすぐに理解した。セバスがゲンたちに語ったダマスケナでの出来事、つまりセバスの過去のことであった。


「すみません。ハンカチを取りに戻ったときに」


「そうですか」


 とセバスはただただ優しく笑っていた。それはやはり作られたもので、サラの心にもやもやが再燃する。めんどくさいな、とサラは思った。自分に対してか。この硬っ苦しい関係性に対してか。


「セバス、さん。聞きました。全て。あなたの過去、ダマスケナの出来事。それで、お願いがあります」


 キッパリと言い、セバスの方を真っ直ぐに見た。セバスは驚いたようにサラを見る。


「私に、剣の訓練をつけてください」


「そんな、私が訓練など」


「お願いです。私はこの国を、みんなを、ロゼを、守りたい」


 サラのまっすぐな瞳が、セバスに飛び込んでくる。

 セバスは、何か観念したように答える。


「ロゼにばかり教えてもらっていては不公平ですね。わかりました、サラさん」


「サラ、と。めんどくさいので。敬語とかも」


 ふふふ、とセバスは堪えるように笑った。サラは、セバスが本当に笑っているように見えた。初めて見るセバスの笑いだった。


「わかった、サラ。じゃあ俺のことも、セバスと呼んでくれ。敬語もいらない」


「わかったわ、セバス」


 サラは心熱く答えた。

 夕日は燃えるようにプリランテにあった。


 ディオール邸でセバスとロゼと別れ、サラは帰路にあった。高鳴る胸は、そこにモヤモヤはすでになく、明日への希望があった。フードの女が向こうから歩いてくる。すれ違い際、女がふらりと揺れたので支える。

「大丈夫ですか?」

 くりっとした目は瞳が大きく、吸い込まれそうなほうど蠱惑的である。

「ええ。ありがとう。綺麗な赤い髪ね」

 にこりと笑って女は歩き去った。

 真っ赤に燃えていた夕日は落ちかけ、赤黒い海岸沿いがあった。


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