表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
108/259

外伝プリランテ サラの思い①

 モンスターの散策へ出かけたその夜、サラは再度ディオール家でリーフの一団と共に食事に招かれた。昨日黒い火を発したロゼはすっかり元気になっている。モンスターの動きが世界で活発になっていること、グラスがサラとほとんど年齢が違わないことなど話題は多岐に及び、食事は和やかに進んだ。サラは、会話の途中でも時折、いや、常にセバスの視線が気になった。気にしないように敢えて見ないようにもしたがそれはそれで不自然で、とにかく自然体を装った。


「ロゼ、絵本を読んであげる」


 とロゼを口実に食席を離れた。

 ロゼがうとうととし始める。サラは、ロゼの自分と同じ赤い髪の毛を撫でる。3年も一緒だと、自分の子供じゃなくても我が子のようにかわいい。これが母性なんだろうか。子供。お母さんになる自分。相手は、いや、そんな、何を妄想に耽っているんだ。サラは急いで頭を振り妄想を払う。私には夢がある。叔父さんのような、ゲンさんたちのような立派な兵士となって国を、みんなを守る。妙に熱くなった胸をポンと叩く。ロゼを寝かせると、「今日は帰るわ、叔父さん」とディオールに言い、セバスの方をなるだけ見ないように、まだまだ話の盛り上がっているディオール家を出た。

 夜風が冷たい。満月が近かった。ざざんと波の音が静かに響いている。海岸にはちらほらカップルがあった。サラは再び頭を振る。ふと、ポケットに手を伸ばす。ハンカチがない。どこかで落としたんだろうか。ロゼの顔を拭いて、ポケットに入れて、帰り際玄関で躓きそうになったけど、その時落としたのかな。でも、ハンカチぐらい。それにどのみちまたディオール邸には行くんだ。後日受け取ればいい。ハンカチ。ハンカチ。しかしサラの頭に、どうしてもセバスの顔が現れる。今日の態度はやっぱり良くなかったかな。食事中敢えて目線を合わせないようにしたり、帰りもそっけなく出てきてしまった。嫌な女だと思われただろうか。だめだ。ああ、もう。ハンカチ、取りに行こう。サラは踵を返した。

 ディオール邸が見えた。ちょうどサラが戻ってくると、玄関が開いた。お手伝いのスーザンさんが帰るところだった。


「あら、サラさん」


「スーザンさん。ハンカチを落としてしまって」


「あら。落ちてたかしら」


 とスーザンさんは虚空を見ながらも「じゃ、また明日ね」と去っていった。

 サラは玄関に入った。薄暗い玄関の隅に、水色のハンカチがあった。

 玄関の向こう、食席がいやに静かである。さっきまであれだけ盛り上がっていたのに。ふと気になり、聞き耳を立てる。


「セバス、何か情報を掴めるかもしれない。ロゼの黒い火について御三方に聞いておいたほうがいいのではないか」


 ディオールの声であった。いつにも増して真剣みがある。

 一息置いて、セバスが言う。


「ロゼは、私の子供なのです」


 セバスの言葉に、キュッとサラの胸が締め付けられる。何となく、そんな予感はしていた。ロゼを見るセバスの表情。叔父ディオールに急に子供ができるとも思えなかった。しかし事実としてそれを叩きつけられた時、サラはひどく心が重くなり、何かもやもやと消えないかすみに体全体を支配しされたようになった。つっと体が動かなくなった。衝撃はそこで終わらなかった。セバスが語り出したダマスケナでの出来事。カリサという女。セバスの、セバスたちの壮絶な過去。ぽたりと涙が落ちた。なんの涙だろう。わからない。

 セバスが話し終える。ディオール邸を静寂が支配する。

 サラは、なんとか体を動かすと玄関を出た。冷たい風がぶわりとサラを通り過ぎた。涙を拭こうとポケットを弄ったが、ハンカチがなかった。話に夢中になってまた落としたらしい。もう取りに戻ろうとは思わなかった。途端に自分が薄っぺらい人間のように感じた。平和な世界でただ安穏と剣を振っていただけ。セバスのあの背中は、時折見せる哀愁は、ロゼへの果てのない愛惜は、海の向こうを見る悲しみは。セバスにただならぬ過去があるとは思っていた。知りたかった。知りたいと思っていた。でも、やっぱり知りたくなかった。私は、恋をする権利なんてない。私は私の人生すら全うしていない。私はこんなにもちっぽけで。

 海の方をふと見た。どこまでも広がる海。月明かりが海面に揺れている。対岸は見えない。セバスの故郷は、サラの目にはやはり見えなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ