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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝 プリランテ 初めてのモンスター

 ゲンの振り下ろされる剣をセバスはさっと払った。そしてすぐに距離をとった。まともに受けたわけではないが、ゲンのパワーを感じ取ったからである。パワーでは勝てない。踏み込みの鋭さも一流。上段に構えたゲンを改めて見る。隙も見当たらない。


ーーーさて、どうするか


 セバスは息を整えながら、下段に剣を構えた。土の地面スレスレまで剣先を下げる。

 ジリジリっと距離を詰める。もう半歩で打ち合うだろう間合い。そこから、どちらも動かない。ごくりと唾を飲んだのは、見守る兵士たちであった。ゲンもセバスも、呼吸が見えない。瞬きすらしていないのではないかと思えるほど、どちらも動きがない。一息が、コンマ1秒が命取りになる間合い。静かだが、緊張の最高点がそこにあり、命のやりとりがそこにあった。

 強い風が吹いた。ざんと踏み込んだのは、ゲンだった。セバスはすぐさま後ろに下がる。ゲンの切り下げを避けると、剣を地面の土にめり込ませ、土ごと払い上げた。土埃がゲンの目を襲う。ゲンが土煙を嫌って小さく顔を背けたその瞬間、セバスは側面に周り切りかかった。すんでのところでゲンは剣を出し、セバスの剣を受ける。


「うおりゃあ!」


 とゲンがセバスの剣を払うと、セバスが後ろに飛ぶ。ゲンは改めて頭を振り、土埃を払うとセバスをすっと見た。

 セバスはすぐさま体勢を整え、今度は正眼に剣を構える。息をすうっと吐くと、セバスの周りに先ほどよりも強い風が集まっていく。セバス自身が、小さく揺れているような。風と一体化するように。そして、やはりぶわりと土煙が舞う。


「セバス、身体魔法以外は禁止だ」


 ディオールが諌めると、「あ」とセバスはプリランテに来てから一番の間抜けヅラで、口をぽかんと開けた。


「あんたねえ」


 と呆れたように、ゲンも剣を下ろした。

 訓練場にようやく穏やかな空気が戻った。がそれでも、兵士たちに唖然と驚きと焦りがあった。勇者組合、ゲンと対峙して肌で感じた本物の気迫。不詳の男セバスの実力。自分たちの未熟さ。いつもの訓練に不真面目に取り組んでいたわけではない。ただ、生きるか死ぬかを知るものと知らないものの真剣味は、毎日の訓練に皮一枚の差をもたらし、それが何年もの訓練になると大きな差となって如実に現れてしまっているのである。強くなりたい。サラだけでなく、ヨークやその場にいた兵士たちは皆思った。


「さて、こっからが演習の本番だ。持ってきて」


 とゲンは気を取り直し、後ろを振り返った。

 荷車に乗って、大きな檻が運ばれてくる。その檻の中にいる生き物に、サラの背筋がゾワりと凍る。犬。いや、それにしては大きい。牛よりも大きいか。真っ黒い体躯からは薄らと赤い蒸気が出ている。真っ赤に充血した目、大きな牙は敵意を持って剥き出しになっており、低く唸り声を上げている。


「ガルイーガだ。見たことは?」


 ゲンの問いに、ヨークが


「遠目では」


 と答えた。サラは遠目でも見たことがない。モンスター自体が初めてだった。島国のダマスケナほどではないが、プリランテもモンスターの出現率はリーフと比べると圧倒的に低い。それでも時折南方に現れるモンスター討伐には、中堅以上の兵士が駆り出された。若手でモンスターを見る機会はほぼないと言っていい。


「リーフより連れてきた。薬で弱らせているが、それでも凶暴だ」


 ゲンの言葉に「薬で、、」とサラは唖然と口を開けた。


「そうだ。薬だ。今回の訓練のためにリーフから連れてきた。ひどいか?」


 ゲンの問いに誰も答えない。ゲンはさらに続ける。


「勇者組合では依頼としてモンスターの捕獲を請け負うこともある。モンスター研究所に送り、研究に使うためだ。生きたまま解剖することもある。今回のように訓練に使うこともある。また、勇者の殉職で最も多いのが初めてモンスターと相対した時だ。いくら実践を想定した訓練をしたところで、本物の威圧感、凶暴性、憎悪に、誰もが足がすくみ動けなくなる。剣を構えろ」


 ゲンがその大きな目をギロリと兵士に向けた。慌てて剣を構える。


「ガルイーガは突進力は凄まじいが、横への動きは鈍い。突進をかわし、側面より足を切り付け動けなくしたところをトドメを刺す。ゴルドウ、檻を開けろ」


 ゲンに言われ、スキンヘッドのゴルドウが無言で檻を開ける。

 それまで低い唸り声を発していただけだったガルイーガであったが、檻を開けた瞬間に立ち上がり、真っ直ぐに若い兵士たちの方へ突っ込んでいく。薬のせいかさほどスピードがあるわけではない。だが、その鋭くでた牙、そして何より殺気。死が、そこにあった。サラの足が硬直する。動けない。怖い。


「う、うわああ」


 前にいた兵士が尻餅をつく。


「馬鹿野郎!」


 ヨークが兵士の腕を掴み、なんとか持ち上げる。しかしガルイーガは止まらない。

 風が舞った。これは、セバスの。いや、違う。勇者組合の黒いとんがり帽を被った、グラスという女の魔法だった。グラスの風がガルイーガの足元の巻き付くと、ガルイーガは前足をがくりと折る。ガルイーガの荒い息遣いと、兵士たちの唾を飲み込む音が大きく聞こえる。ゲンが、静かに、強く言う。


「これがモンスターだ。演習の最後だ。皆、一度そいつを刺せ」


「さ、刺せって」


 サラは、目に涙を浮かべながらゲンを見た。モンスターだ。モンスターには違いない。だが、この弱っている生き物を刺す。モンスターも人も切ったことのない若い兵士たちばかりであった。誰も刺しにいかず、硬直した冷たい空気がそこにあった。


「一度刺しておけ。本番で躊躇があれば、それは死に繋がる」


 ゲンの言葉はやはり冷たい。


「くそっ!」


 とヨークが剣を持ち、そのガルイーガの胴体を刺した。呻き声が上がる。次のものは、続かない。雲はやはり轟々と動く。太陽を隠すと、仄暗い大地にガルイーガの巨体が呻き声とともにあった。


「刺さんか!」


 ディオールの声が訓練場に響いた。怒気のこもった声だった。

 次の兵士がようやく刺した。やがてガルイーガの声も小さくなっていく。セバスを除いて、サラの番になった。最後だった。ガルイーガはそれでもタフで、息絶え絶えながらもギロリとサラを見た。サラの手が震えていた。モンスターは人を憎む。人を襲い、時に人を食う。敵。私たちは軍の兵で、敵から国を守るためにある。そこにいるガルイーガに、その目に、懇願や悲しみなどない。ただ憎しみが、サラに向けられていた。だけど。サラは、振り上げた剣を下ろせないでいた。誰も、何も言わない。皆がサラを見ている。モンスターを刺せない奴がどう実践に出るというのだ。涙がぽつりと溢れる。刺さないと。刺せ、刺せ、刺せ。サラは目を瞑った。刺せ。

 なぜ、刺せない。なぜ。

 その時、ぶしゅりと刺さる音がした。サラは目を開ける。ガルイーガの首元に、躊躇なく剣が刺さっていた。雲がやはり轟々と動くと、太陽が訓練場を照らす。だが、サラを覆う影があった。セバスだった。セバスがガルイーガをさしたのだ。ことりとガルイーガが生き絶える。


「死にました。これ以上は刺す必要もないでしょう」


 セバスは静かに言った。


「そうだな。若いものたちの初日にこれは少し過酷だったか」


 とゲンはゲンで、何かほっとしたように胸を撫で下ろし言葉を紡ぐ。


「今日はこれまでにしましょう。明日は班を二つに分けてガルイーガの実践的な立ち回りと、実際に南で出現情報があったので散策にも出かける」


 ゲンの言葉に、兵士たちはほっと息をついた。

 サラは剣を腰に戻した。俯いたまま、涙を袖で拭う。


「お、おいサラ、気にするなよ。剣術ならお前ほどの奴はいねえんだ」


 いつもおちゃらけているヨークの優しい言葉も、サラの耳には遠かった。


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