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俺は勇者じゃない。  作者: joblessman
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外伝 プリランテ ダルク砂漠

 西陽差す通りに露天が並んでいる。小さな風が北西より吹いた。サラサラと砂が小さく舞った。セバスチャンはその方を向いた。


「ダルク砂漠。図書館にしか行かないあなたは初めてかもしれませんね」


 言いながらに、自分でも嫌味な言い方だなとサラは思った。セバスは出歩いても町外れの図書館にしか行かない。調べ物があるのか、熱心に通っている。ましてやディオールの家がある海沿いとは反対側にある砂漠に面したこんな場所には来ない。プリランテは南に乾燥地帯、東に海、そして北側には砂漠地帯に面している。


「この向こうには、何があるの?」


 露天で買ったキャンディーを片手に、ロゼがサラに尋ねた。


「リーフの国よ。この死の砂漠の向こうにね」


「死の砂漠?」


 やはりロゼはキョトンとサラを見る。


「ええ。誰もこの砂漠を越えようとは思わないわ。まあ、500年前ぐらいまではダルク砂漠の真ん中にオアシス帯があって、商人たちも行き来してたみたいだけど」


「なぜなくなってしまったのですか?」


 今度はセバスがサラに尋ねた。


「えっと」


 とサラが記憶を辿っていると


「死者の軍勢じゃよ」


 と小柄な爺さんとも婆さんとも言えるフードを被った婆さんが言った。


「アルゴホールのこと?」


 今度はサラが老婆に尋ねた。


「そうじゃよ、火神・ディオールの娘よ」


「姪っ子よ」


 とサラはふんと鼻息を強く出した。


「ロゼがパパの娘だもん!」


 とロゼは頬を膨らませ言った。

 ほお、と老婆はロゼに顔を近づける。「同じ赤毛じゃが」とチラリとセバスを見た。ぎくりと後ろに引くセバス。


「まあいい。平和に蝕まれたプリランテだ。余所者の血が混じるのも悪くはない」


 老婆はそう言い残し、去っていった。


「なんだったんでしょう」


 セバスは、小さくなる老婆の背中を見ながら言った。


「さあ」


 街の片隅で見たことのあるような、しかしサラには明確な老婆の記憶がなかった。


「死者の軍勢、と言ってましたが」


 セバスが珍しくもサラにものを尋ねた。サラは妙な心地よさを持って答える


「ええ、アルゴホールのことね」


「アルゴホール、確か、ダルク砂漠に生息しているという」


「人の見た目をした人でないものよ。発生から何から何まで解明されていないわ。頬は痩せこけ、目に色はなく、ぼうっと歩いている。ごく稀にダルク砂漠から彷徨うようにプリランテに現れることがある。アルゴホールを、死に飢えたものたち、と呼ぶ人もいるわ。インボルクの祭も一説にはアルゴホールのためにあると言われている」


「アルゴホールが原因で500年前にダルク砂漠が閉ざされたのでしょうか」


「あの老婆曰くね。まあ、大蛇伝説があったり、そもそも広大な砂漠は危険だし、それに船の発達もあるしね。一概には言えないでしょう」


 そうですね、とセバスは感心したようにサラを見た。サラは、我ながらダルク砂漠の閉ざした要因を客観的にいくつかあげれたなと得意げになる。


「歴史のこととなると興味があるのね」


 いつもより質問の多いセバスに、サラは言った。


「ええ、前にいたところは文献が限られていましたから」


 セバスは、いい終わり、はっとサラを見た。


「あなたが他所からきたなんてのはみんなわかってます。今更そんな表情は意味がないでしょ。歴史も本もいいけど、今のこの国を知るもの大事じゃなくって?」


 サラは、トコトコと人混みに向かうロゼを追った。セバスも、小走りでサラを追うように来た。背中にセバスの足音を感じながら、なんとなく、サラの胸のうちはドキドキしていた。セバスの知らない表情を、人としての可愛げを見たような気がした。


ーーーーー


「サラ、ここんとこ叔父さんの家に入り浸ってるそうじゃねえか」


 隊舎にて、同期のヨークがつっかかってきた。


「入り浸ってはいないわ」


 訪問回数が以前より増え、夜ご飯を一緒に食べることは確かに増えたが、入り浸っていると言われるほどずっといるわけではない、とサラは心のうちでもう一度言い聞かせるように言った。


「あの男が目当てなんじゃねえのか?」


 にへらと笑いながら、ヨークが尋ねた。


「んなわけないでしょ」


「ヨークは拗ねてんだよ、はっはっは」


 先輩の兵士が茶化す。


「んなわけないっすよ!なんでこんな女に!」


「ムキになるんじゃねえよ」


 笑い声が飛ぶ。

 いつもの平和な隊舎に、サラはいつもは感じないもどかしさを感じた。明日にはリーフ国の勇者たちと合同演習があるのだ。毎日の訓練にみんな不真面目だというわけではない。ただ、差し迫る危機のないプリランテにおいて、実践経験の乏しさと意識の低さは補えないだろう。セバスは、あの者の背中に霞がかった消えない過去は、なんなのだろう。あの時折見せる深く悲しい瞳は、ロゼを見るあの愛惜は。

 サラは大きく首を振る。明日の合同演習はセバスも参加する。しかし意識がセバスに囚われていてはいけない。推薦してくれた叔父・ディオールのためにも、プリランテの軍人として気を引き締めねばと早々に隊舎を出た。


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