外伝 プリランテの祭
「よし、っと」
サラは、腰大の、人型を模した藁をどすんと地面に置いた。
「サラ、これはなあに?」
真っ赤な髪の毛を夕前の朗らかな日に染めて、ロゼはキョトンとサラを見た。後ろにはセバスもいる。
「今日はインボルクの日よ、ロゼ。去年も一緒にしたでしょう」
言いながらに、サラは3歳の幼児の記憶に何を期待しているのだと自戒し、こほんと説明を始める。
「年に一度の祭よ。えっと、この藁を燃やすことで、生きながらえることへの苦しみからの開放、その機会を提供するのよ」
確かそんな説明を昔受けたわよね、と少しぎこちなくもサラは答えた。
やはりキョトンとサラを見るロゼに、どう説明をしたらと悩んでいると「あ、ほら、きたわよ」とサラはタイミング良くやってきた集団をほっと指さした。
向こうから、篝火を持ったものたちが柔かに近づいてくる。
「わあ、ありがとう」
ロゼは、その一人よりお菓子を受け取る。その間に篝火から藁に火が灯される。潮風が吹くと、ロゼに煙が寄せた。ゴホゴホとロゼが咳き込む。
「大丈夫ですか、ロゼ」
セバスが、煙からロゼを庇うようにたった。
「う、ごほ、ごほ、うん」
ロゼは、それでも燃えいく藁を不思議そうに見ていた。
煙がすうっと、風に溶けていく。空に染み込んでいく。
藁はついに燃え尽きると、そこに灰がサラサラと舞った。
「生きるのは、苦しいの?」
ロゼは、消えた煙をどこか目で追うようにして、誰となしに尋ねた。
生きるのは、苦しいの?
ロゼの問いに、サラは窮した。藁を燃やすことで、生きながらえることへの苦しみから開放される。もしかしたら、私もロゼと同じ問いを、ロゼと同じ歳のころ思ったのかもしれない。だけどその答えを見つけることもなく、いつしかその問いへの解を諦め、一つの形式的な儀式として毎年インボルクの日を過ごしてきた。やはり答えに悩んでいると、セバスが遠い海の向こうを見ながら言う。
「色々なのかもしれません。苦しんでいる命も、あるかもしれません。その命にとっては、死という形での開放は、救いになるのかもしれませんね」
ロゼはぼりぼりと貰ったお菓子を食べながら、いつになく真面目なセバスチャンを不思議そうに見ていた。
サラは、セバスのその答えに彼の得の知れぬ過去を見た。自身は軍人という道を選び、火神とまで言われた偉大な叔父ディオール・レバントに憧れ日々の訓練に献身してきたつもりであるが、しかしこの平和なプリランテで、命の危機もなくどこか安穏と生きてきた。だが、目の前に立つ不詳の男は違う。その着痩せする筋肉質な背中には、底のしれない奥行きと、そして触れてはいけない傷があるように思えた。
ぎいっと扉が開くと、ディオールとミーナが現れた。ミーナはディオールの妹であり、サラの母親である。
「サラ、ロゼとセバスさんを露天へと案内してあげて。ほら、お金も」
「いえ、私はそんな」
セバスが断ると、ミーナが世話をやくように言葉を被せる。
「いいじゃない、行ってきなさいセバスさん。ほとんど出歩いてないから地形もわからないでしょう。リーフとの合
同訓練にも参加するんでしょう?多少はプリランテのことも知っておかないと」
共通認識として、セバスはよその国の人というのがある。どこから来たかは知らないが、何となくわかるものである。
「嫌なら無理して行かなくてもいいんじゃないの」
サラのツンケンな言葉に、ミーナは素知らぬ顔で、腰をかがめロゼに言う。
「ロゼ、セバスさんとサラと3人で行きたいわよね?」
「うん!」
満面の笑みのロゼとミーナの押しに負けて「はあ」とセバスは渋々頷いた。ロゼはウキウキだが、サラはセバスの態度が気に食わなかった。気乗りしないものを案内する身になって欲しい、と喜ぶロゼの手を握りながら、セバスを後ろにさっさと二人で歩き出した。




