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エイリの黙示録  作者: 昴
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明滅

三日続きの雨は、未だ止む気配もなく、うなだれ、首元が朽ちてるカーブミラーには露が垂れている。まだ梅雨は終わらないようだ。

鏡面の像と目が合わないよう、松村昂はカーブミラーの根元を、半ば道路を視界に写しながら、ほぼ直角に曲がり直進した。一時停止し、左右を睨みつけ、つまずかないよう爪先を上げ、踵を信号のない横断歩道の線に踏み込んで足を運ぶ。

特別意識していたわけではないのだが、すっぽり空いた穴を塞いでくれるような、そんな淡い希望が無意識下のうちに行動に移してしまったのだろう。

自分の救いようのなさに絶望するのはもう止めた。

将来に空虚な理想を描くのはもう止めた。

何もかも止めた。

唯一止められない自分とゆう存在が憎くてたまらない。

憎悪と嫌悪の混沌の中、昂は三年一組の教室にぬるりと入室する。

クラスメイトなのかもしれない者達がこちらに目を向くが直ぐに話し相手に話しかける。いつもの事である。

教室の最後列の教壇に向かって左窓際に着席する。確か佐々木とかゆう前の席の女子が一瞬こちらに微笑んだ、というより口角を歪に吊り上げたような気がしたが、気にも留めず、下界に蓋をするように装着していた朱色のヘッドフォンを外し、机に無造作に放って、スマホの画面をなんとなく眺めてみる。

八時三十分。

今日はどうも雨雲が特段大きいらしい。

確かに、窓から覗く毛むくじゃらは、ドブでも吸ったかのような淡い鼠色で、時折ちかちか点滅していた。

担任がけたたましく入室し、朝のSHR(short home room)を開始する。

「麻生、阿部、井上、宇藤、鬼塚、小川·····小川」

「きてないですぅ」

「またか。連絡は」

「ないですぅ」

「良くないなぁ」

小川とゆうのは空手部の全国大会の立役者の小川健太である。6つの頃から空手に励み、日本代表予備軍とも呼ばれる程、実力と成績を有している。

体格は小柄で、背も俺より低かった。しかし、引き締まったいい体をしていて当然太刀打ちできないだろう。

美男子と言えば、美男子で、可愛いと言えば、可愛い顔で、体格の差などお構い無しにつっかかる性格の上、根性も誠実さも持ち合わせている、俺にも声をかけてくれる好青年だが、どうも調子が悪いのか、ここ二日は来ていない。

「珍しいな。放課後、連絡先の分かる者は一言LINEでも送ってくれ。先生も連絡してみる」

小川は成績優秀とゆう程でもなかったが、性格の良さが加算して教員の間で人気であった。

「では、点呼を続ける」

松村の名が呼ばれ、少し気だるげに答えて、個人的に蛇足と思われる進路説明会の告知も終えて、SHRが終了。皆、一時限目の英語の授業に備えた。

一方、昂は英語(の教員)が特に苦手であったので、甚だ憂鬱だった(いつもだが)。

和訳のような文章を行雲流水発声して、なにか問題があるとねちっこく指摘してくる。その様はメディアでよく見る詭弁の列挙の達人であった。

そんな生態が何故か英語の教員には見られた。

他は大丈夫なのだ。特に数学は、基本面倒臭がりなので、長話が少なく、落ち着いて聞いてられる。声も良い。

心の内で愚痴を垂れ流していると、熊のような様相の英語科担当高宮が軍靴を鳴らすように勇ましく(風に見せて)、(虚構の)自信をもって入室してきた。昂はもうたまらなかった。虫唾の走るのをなんとか堪えた。

「ソレデハジュギョウヲハジメマス」

これも軽蔑する理由。舌足らずの早口。

「キョウハレッスンフォーデスネ」

あさましく思い、昂は外を眺める。

呼応しているのか、数分前よりも黒さが増加し、雨脚が一層激しくなっているように見えた。

警告を鳴らすように叫ぶ木々は窓越しでも、これぞ生命たる緊迫感を演出していた。

明らかに誰も使用していないだろう、渡り廊下にぽつんと置かれ、涙のようにも見える雫をぽたぽたと垂らしている、足がすっかり錆び付いたプラスチックの板のベンチがそこはかとない悲壮感を醸し出している。昂は、死別の物語のモノクロ映画に感動した。雨が遺す地面に真っ逆さまの残像を見ると、ふと、思い出した。

(黒い雨だ)

いよいよ稲妻が騒ぎ始めた。

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