EpisodeⅥ 父親
――オンネトロア王国の外れ：ロア湖沿岸の花畑――
花畑の中心で狡猾な表情をした男と向き合うロア。
「さぁ、おじさんと一緒においで」
「ママを待ってるの」
「ママ？……あぁ。そういやここに来る途中に会ったね」
ロアはその言葉を聞くと一瞬だけ安堵する様子を見せ緊迫した表情を柔らかく崩した。
「でも……」
――次の瞬間。
その男の一言でロアの表情は緊迫した固い表情へと戻る。
「もうママはここにはこないよ」
「どうして……」
「だって……おじさんが殺しちゃったから」
ロアは絶望の淵に立たされるように大きく開いた瞳孔を黒く染め、硬直する。
「さぁ、おいで」
ロアにゆっくりと近づく男の指先。
――その瞬間。
水面を渡る強い風が花畑の草花を揺らし……
ロアの全身を突き抜けるように吹き抜けた。
（待たなきゃ……）
その男の差伸びる手に合わせて一歩二歩と無意識に下がるロアの足。
だが、すぐさまロアの肩に追いつくようにその男の手が伸びきる。
――が、次の瞬間。
ロアは一心に振り返り、その男から逃げるように夢中で足を動かす。
「ガキが……」
そう言うとその男の右手5本指の先端が地面へと触れ……
――途端。
ロアの足元付近に白く光る円が出現し……
瞬時にその地表が爆発するとロアを爆風で吹き飛ばす。
――ドォォオオン。
地に額をこすりつけるように倒れるロア。
少し開いた口からもれる言葉。
「ママ……」
ロアはきつく目を閉じると今まで堪えていた涙をボロボロと溢れこぼす。
近づく大人６人の足音。
額を流血させるロアは恐怖心からか震えて身動きがとれない。
「さぁ、いい子だ」
と、もう一度倒れるロアに向かってその男の手が伸びる。
差し伸べる手が近づくにつれて強くつむったロアの目からは涙が流れ落ち、地を湿らす。
「助けて……」
――と、その瞬間。
強烈な暴風音とともに狡猾な表情をした男の背後に何かが現れる。
――ブオオォ――ン。
すぐさま聞こえる背後にいる天帝兵５名の悲鳴。
「きたか。五英傑２席」
狡猾な表情をした男は余裕そうな口振りで振り返ろうとするが……
「なっ」
気迫に満ち溢れたホークにすぐに襟をギュッと掴み上げられ、そのまま地面へと叩きつけるように投げられた。
――ダンッ！！！！
一瞬にしてボロくずのように倒れる天帝兵5人と１人。
辺り一面に広がる煙とともに静まりかえる花畑。
そして、その状況を察するようにロアはそっと振り返り……
目の前に立つ白髪の男の背を恐怖なからのか希望を見据えたのかアップルグリーンの瞳を揺らしながら見つめ続けた。
ホークもすぐにロアの方へ振り返る。
ロアを見つめるホーク。
（ロア……。今すぐにでもその震えた体を抱きしめてやりたい。でも……）
ホークは座り込むロアへと手を差伸べる。
目をギュッとつむるロア。
そして…ホークはロアの脇に手を入れるとそっとロアを立ち上げた。
ロアは戸惑いながら口を開く。
「あり、がとう」
「いえいえ」
ホークは大きく笑みをこぼしロアに視線を合わせ返事をした。
（おおきくなったな。ロア）
続けて自然に口を開くロア。
「タカさん。なの？」
「そ、そうそう君の味方さ」
ホークは少し戸惑いながら困った様子で答えた。
「ママの言ってた通り、タカさんは強いんだね」
ロアは万遍の笑顔でホークを見た。
（リア……そんなことを）
「あ、あぁ。とっても強……」
――と、次の瞬間。
ホークが背後の気配に気づく。
「へへっ。親子もろとも吹き飛べー！！」
地に倒れこむ狡猾な表情をした男がそう言いながら片手５本指で地に触れると花畑一帯を囲むように地表全体を円状に白光りさせた。
――そして。
ホークが腕を大きな鷹の翼に変化させた瞬間。
ロアの視線を白い光が包み込み……
――ドガァアアアアアアン！！
爆音とともに円内にいたホークとロア、狡猾な表情をした男と倒れる天帝兵５名が一斉に爆発する。
花畑一帯に立ち込める黒い土煙。
それは一瞬の出来事だった。
少しすると黒い土煙は晴れ、花畑一帯に空いた大きなカルデラが姿を現す。
花畑の中心に残った小さな円形の地上にいる２人。
「大丈夫かい」
その声に反応するようにロアがつむった瞳を開ける。
ロアの目の前には大の字で立ち皮膚から蒸気を放つホークが立っていた。
ホークの火傷した両手と皮膚。
擦り切れた衣服から見える傷だらけになったボロボロの肉体。
ロアはその光景に動揺した様子を見せた後、ふと口を開く。
「助けてくれてありがとう。怪我……」
「うん、大丈夫。オレはとっても強いからすぐに治るのさ」
「よかった……」
ロアは引き続き何か言いたげに口ごもる。
「ん？」
「あ、さっき、あの人が親子って……。タカさんは私のお父さんなのかなって」
ホークはすぐには返答せず口を閉ざし、少し暗い表情で俯いた。
（オレは父親らしいことを何もしてあげれてないし、これからもしてやれない……。オレは父親失格なんだ……）
額から血を滴らせるホークが小さく言葉を吐く。
「違うよ」
「そうだよね。タカさんは鷹さんだよね。ママはパパは死んだって言ってたから……そうだよね」
（寂しいよな……辛いよな……）
ホークは唇を噛みしめ視線を何度も上へと逸らす。
（本当にごめんね。ロア……）
そうしてホークは何とも言えぬ表情で空を見上げた。
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――ザッザッザッザッ。
遠くから現れる大量の天帝兵と金棒を持つ四天王の一人。
背後の強い気配に気づくホーク。
（新たな追手か……。でも、もう体が上手く、動かない）
ホークは荒く息を吐きながらロアの頭上に大きな手の平をのせる。
少し落ち込んだ様子で地面を見ていたロアがホークを見上げる。
「でもオレは君のお父さんを知っている」
「えっ……」
ホークはロアを背にし振り返ると口を開いた。
「君のお父さんは言っていた。君が元気で生きてくれることが一番の幸せだってね」
ホークは涙を頬から伝う。
（ごめんね……ロア。お別れだ）
ロアは黙ってその横顔をじっと見つめていた。
ホークはもう一度体を大の字に広げる……
そして娘に向かって大きく言葉を吐く。
「ロア（大好きだ）。走れぇ！！」
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――オンネトロア王国の外れ：森林道――
傷まみれのロアは全てを忘れるように何か使命感にかられるように、がむしゃらに意味もなく走り続けた。
森林道を風を切り裂く如く凄まじいスピードで駆け抜ける雷。
――ビリビリビリッ。
フードを被り天帝兵の衣服を着た人の形をした雷がロアの目の前で足を止める。
抜け殻のように黙って立ち止まるロア。
「大丈夫。君は必ずオレが助けるから」
と、そう言った天帝兵はロアの前でフードをバサッと脱ぐと少年ロカの面を見せた。
――と、その途端。
気が抜けたように目をつむり、ロアは体制を崩しながら青年ロカへと寄りかかった。
