EpisodeⅠ 前兆
――オンネトロア王国・外れの町――
海よりも青く、どこまでも広がる大空。
何かを守ろうとするかのように大きく聳え立つ白い山々。
キラキラと日光を反射する雄大な湖。
切り株の上に座る幼き少女ロアはゆっくりと瞼を開けた。
「ロア、何を見ているの」
木の枝から枝へと吊るした紐に洗濯物を干すロアの母『セシリア=ブラックチェリー』が口を開いた。
ロアは黙って空を指さす。
空高く飛ぶ、伸び伸びと羽を広げる鷹。
「鷹ね」
セシリアはロアの隣に立つと、空飛ぶ鷹をじっーと見つめる。
「タカ?」
「そう! タカ。鷹はね、とっても強いんだよ」
「へぇー」
興味なさそうに母親の横顔を見ながらロアが返事をする。
「さぁ、ロア。もうすぐお昼の時間よ! みんなが待っているわ。帰ろうっ」
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天帝国主王宮、第5階層。
とある一室にいる軍人4人が談話を始めようとしている。
椅子に座る大柄の男『ニヤ』。
その男は白い長ズボンに黒いシャツを装い、その上からは天帝軍の幹部が着用するとされている白コートを羽織っていた。
顔の上部はわからないが、口周りはジョリっと音を立てそうな短いヒゲを生やし男前にも見える口を開いた。
「おい、ばばぁ。このままいくと、とうとう天帝国内で戦争が起っちまうぜ」
「誰がばばぁだって? てめぇ! レディの扱い方を一から全て教えてやろうかぁ!」
と、怒鳴る椅子に座るばばぁと呼ばれた女性『五英傑3席:アダマス』は片腕を自身の顔前へと出し……
天に向かい2本の指を上げるとすぐさま指先を床へと下ろした。
――と、その瞬間。
――ドガァアアア。
ニヤはアダマスの能力によって額を床に打ちつけ、芋虫のような体制へとなる。
「イッテエエエエ」
「お前さんは学習がない男だねぇ」
それを見て苦笑いする14歳の少年ロカ。
「ニヤ、ふざけている場合じゃないだろ。五英傑を2人も呼び出して重要な話ってなんだ。オレたちも暇じゃないんだ」
そう、窓の外を見つめるアップルグリーンの髪の男が言葉を吐いた。
五英傑2席『ホーク=ブラックチェリー』。特別な五英傑1席を除いて、現天帝国内で最強の戦闘力を誇っていると言われている。
スッーと風が吹き抜けるような顔立ちにアップルグリーンの髪色と瞳。筋肉質な体格と高い身長。黒いスーツとその内側に着たアップルグリーンの色シャツ。そして五英傑ならではの豪華な白いコートを羽織っている。
「わぁーかってるよ」
ニヤは立ち上がると椅子に重く座った。
「ホーク、じゃあ単刀直入に言うぜ。お前の所属してる現第2王のカデナの野郎がこの国を支配しようとしている」
ホークは目を見開き、驚いた様子でニヤを見つめた。
「何を言っている? お前の言う通り、第2王宮は五英傑2席のオレが所属する管轄だ。たしかに第2王のカデナ様は何かを企んではいそうだが今はそういった怪しい動きは全くない」
机にひじをつき、頭を抱えるアダマスがゆっくりと口を開く。
「自然能力をコピーできるアビリティリングの製造。そして、そのリングを作るために必要な鉱石の発見……」
それを耳にした瞬間、ホークは額に汗を流し驚きを隠せない様子で2人を見た。
「なっ……。もう、そこまで知っているのか」
「あぁ。内(第3王宮)の管轄のばばぁ……。あっ、すまん。五英傑3席のアダマスさんと裏で探り入れてたら案の定、色々とでてきてな」
「まぁ、そんなもんが常時製造できるようにでもなれば国としてはすごい戦力になるわけだし、それを今ある天帝国を支える第3国のどこかが掌握しようなんて考え出したら、たまったもんじゃないわけだな」
「そのたまったもんじゃないことが起きようとしているわけだけどねぇ」
アダマスは焦り動揺した様子のホークの面を見た。
「なぜ、オレは何も気づけなかった……」
そうホークは1人でに言葉を吐き、瞳孔を揺らし続ける。
ホークの顎から床にしたたり落ちる雫。
(オレをそばにおいたのは、オレに気づかれないようにするためか……。監視していたつもりが、逆に監視されていたということか)
「やっぱ、その様子じゃカデナに騙されてたみたいだな」
「くそっ……約束と違うだろ。第2王」
急ぎ足で扉へ向かうホーク。
――バンッ。
ホークは扉を強く開けるや部屋からそそくさと出ていった。
「おい、ホーク!」
「止めても無駄わい。あやつの素性も素性だからねぇ。それに決定的証拠がないわしらが今手を出せば違う理由で戦争になるわい。民衆の大義も得られずにねぇ」
一瞬、ニヤは沈黙する。
「まぁ、とりあえず言いたいことはいっぱいあったけど、あいつが後悔しねぇように動ければそれでいいさ」
そう呟くニヤは背後に立つロカへと視線を移した。
「おい、ロカ」
「はい」
「すまねぇな。危険な仕事になるが頼めるか。オレたちまでの役職になるとそう簡単には動けねぇし、すぐにバレるからよ」
「わかりました。……おやっさんはホークさんのこと気にかけてるんですね」
「まぁな。なんやかんや昔からの仲だからよ」
照れくさそうにニヤは口元を緩ませる。
と、それにつられるようにロカもニコリと笑い返した。
「さぁ、この平和な時代にも終止符がうたれるよ」
そう、アダマスが言うと3人は緩んだ口を固く閉め、強い眼差しでゆっくりと眉をひそめた。
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第2王宮に向かい主王宮直属大橋の上を急いで走るホーク。
ホークのまっすぐと揺るがぬ眼差し。
「オレが止めねぇと。リアとの約束が守れない」
「オレしか、オレにしか、この問題は止めれないんだ……」