空白大陸の旅人・後編
「場所、調べる」
淡々とレミリスが宣言し、杖をくるりと回転させる。
彼女を中心に四方に光球が散り、それぞれ見えない誰かがペンを走らせるように動いて魔法陣を形成していく。
待つほどもなく魔法陣は完成し、レミリスは光の円に囲まれた状態のまま空に浮き上がった。
「お、飛んだ」
「高いところから見るのかな。でもそれだとおっぱいにやらせた方が早いんじゃない?」
「それは儂のことか。乳ならロータスめも充分あるじゃろ」
「ふ。漆黒の黒き暗黒と呼ばれて幾百年、その名を捨てておっぱいと呼ばれるのもやぶさかではない」
「黙れ変態。いやメイもイレーネもほんと話を明後日に飛ばすのやめてくれ、久々に真面目な案件なんだから」
見ていると、レミリスは空中でさらに巨大な魔法陣を展開する。
最初は差し渡し数ヤードだった魔法陣は、いつしか空を覆うような大きさの光条の陣を広げ、明らかに空前の大魔術といった様相を呈する。
「……あんな派手な魔法陣展開して何するんだ……? あんなん用意したら城ごと吹き飛ばそうって魔術も使えそうじゃねえか」
「魔法陣は適した魔術であれば効率化・増幅の作用がある。探知の魔術であれだけの規模の魔法陣は見たことがないが……そうなのだとしたら、軽くベルマーダの一国くらいは掌握できそうだな」
ロータスが解説してくれる。
レミリスはアーラウス大陸に転移してから大した規模の魔術は使っていないが、転移時に使用した「即席魔法陣」作成技術を自分の中で発展させる努力は、今も怠っていないらしかった。
「小国規模で何でも丸見えってことか。貴族には便利そうなもんだが」
「もし機能すれば、だな。ああいう陣を正攻法で描くとなれば、規模が大きければ大きいほど作成難易度が増す。少しでも陣が歪んでいれば結果に繋がらない。魔族クラスの技術があってようやくモノになろう。今のリド大陸では、アスラゲイトでも実用できるかどうかというものだ」
そんな複雑な魔法陣をマナそのもので自在に描画し、使用する。
言うは易し、行うは難しだ。一般的な魔術師は自分の手を離れたマナを思うように制御することさえ難しい。
今のレミリスならば、ボルト系の魔術を全て必中にすることも簡単だろう。
「サーチ……完了」
しばらくしてレミリスはふわりと降りてきた。
「ここから20マイルくらいのところに魔族、いた。20人くらい」
「20?」
イレーネが眉を上げる。
「なかなかの数ですね……」
ファルネリアも少し顔を強張らせる。
魔族全てが強敵とは限らないが、イレーネやガルケリウスのような強さでも決しておかしくはない。弱敵と侮ることは決してできない相手だ。
「全て魔族で間違いはないのか」
再びイレーネが確認する。レミリスは頷く。
「一人ひとり、マナ量、ルクラードのありんこより高かった」
「……むぅ」
「創造体って線は……ないか」
「ありえんわけではないが、こやつより高いものが複数となると、創造者の手に負えぬはずじゃ」
イレーネは毒々しい色の宝石を袂から出して弄ぶ。
ありんこ、つまり蟻人間ジオリード、そして一緒に封印したベンジャミンという魔族の成れの果てだ。
「って、まだ持ってたのかよソレ」
「当然じゃ。下手に手放せばこやつに死を許す。さすれば即座にアスラゲイトで蘇り、かの街の親子に害を為そう」
「……それもそうか」
ホークなら地面に埋めるなり湖に捨てるなりしてしまいたいところだが、それで万一結晶体が傷つき、彼らが死んでしまえば復活の可能性がある。
死んでいないからこそ蘇れないのだ。無責任なことはできないのだった。
「それだけいるとなれば……ホーク様の技を下手に見せなくてよかったかもしれませんね」
「そうか?」
「使役されたモンスターなら、使い魔として視覚を飛ばしている可能性もあります。その場合、切り札を向こうに把握されてしまいます」
「把握されたからどうだって話ではあるけどな」
「切り札は隠しておくに越したことはないでしょう。ホーク様は先手を取れば無敵ですが、後手に回れば攻略される危険はないわけでもありませんし」
「……まぁな」
ホークの「盗賊の祝福」による攻撃は、目標を認識してさえいれば逃れようもない。
だが、もし完全な意識の外から……ホークを直接的に殺すのではなく、強力な昏睡の魔法などで意識を刈ってから料理するなどの手を打たれれば、それに対抗する術はない。
パリエスのアミュレットはあるが、魔族相手となれば万全というには不安が残る。
未だホークは、難攻不落の正真正銘たる「破壊神」にはなれていないのだった。
「そういやファル、お前は今、魔剣ないよな。俺よりお前の方が危なくないか」
ファルネリアの魔剣は、この大陸に来る前に失われている。
亜空間魔術の干渉でジルヴェインの暗黒空間に弾け飛んでしまったらしく、同じようにメイの道具袋も空になっていた。空間崩壊とともに消滅してしまったのだろう。
が。
「それはご心配なく。枝でも棒でも……支障はありませんよ」
適当な棒切れを拾い、ファルネリアは腰に差す。
相変わらずの山国衣装ではあったが、美貌の王女が真顔で剣のような長さの棒切れを帯びている姿は、どう見ても何かを勘違いしている出で立ちだった。
「……ちゃんとした木剣作ろうぜ」
「あ、いえ、本当に私はこれでも」
「見た目悪すぎるんだよそれ!」
ホークは少し太めの木をガイラムの短剣で切り倒し、ちょうどいい木剣を作ることにする。
出発は一刻ほど遅れた。
◇◇◇
ホークの作った木剣を軽く素振りして、ファルネリアは、うん、と小さく頷く。
「悪くない感じです。木の剣はあまり扱ったことはありませんが」
「それでどうやって剣の稽古してたんだよ」
「刃引きした鉄剣を使っていましたよ? 幼少の頃から」
「……どこにどうコメントしていいのやら」
子供の腕には鉄剣は重すぎたのではないか、とか、危険ではなかったのか、とか、練習用なら折れたり曲がったりも多いだろうに鉄剣なんて贅沢じゃないか、とか。
……しかし、その才能がはっきりした時から魔剣使いとして戦うことを宿命づけられたファルネリアだ。
魔剣より軽い剣を振れても意味はない。危険やコストなど、有り余る財力と王宮付きのパリエス神官によってカバーされるのは自明だ。
そして、その結果として生まれたのがこの“勇者姫”である。
その実力は、もう一人の怪物魔剣使いであるジェイナスとは別の形で突き抜けている。
今さらどうのこうのと疑問符を打つなど野暮に過ぎた。
「『エクステンド』や『スパイカー』の能力を付与するのは控えた方がよさそうですね。剣本体に負担がかかりすぎるかもしれません。……燃えてしまうことを考えれば『フレイムスロウ』や『イグナイト』も……それに『デストロイヤー』も無論の事、選択肢としては外しておくべきでしょうか」
「……今さらだけど、お前のその『魔剣化』ってどういう理屈なんだ? 手に持っていればだいたい何でも魔剣と同じように変な効果がつくのだけはわかるんだが」
「理屈……と言われましても」
ファルネリアは木剣を下ろし、困ったように首を傾げる。
「私としては元々魔剣から感じていた力の流れを……手元の剣に上から『貼り直す』感覚なのですが」
「……俺にもできんのかな」
ホークの“盗賊の祝福”……いや「リプレイス」は、メイやファルネリアにも扱えるようになった。
それは“気づき”……悟り、とも言える僅かな覚醒によって、ホークのそれが人の中に当たり前に存在する可能性として発見され、共有されたからに他ならない。
ならば、逆にホークもファルネリアの真似ができてもいいはずだ。
「やってみますか? ホーク様の短剣でもできるはずです」
「お、おう」
ファルネリアがなんでもないことのように言うが、それをイレーネが止めた。
「軽く言うでない。立体魔術式の逆形成なぞ、言って聞かせて他人ができるものか。まだしもレミリスめの魔術を真似させる方が容易い」
「……そうなのか? っていうか逆形成って何の逆なんだ」
「……とりあえず魔剣の理屈から説明せねばならんのじゃが聞くか」
「興味ないわけじゃねえ」
ホークは魔導帝国の生まれだけあって、魔術やそれに類するものにはそこそこに興味も知識もある。外野なりに、というところだが。
常に追い立てられ、先を急がなくてはならなかった魔王戦役の時には悠長に聞いていることもできないような話だとしても、のんびりと旅するだけの今は特に焦ることはない。
イレーネならわかるように噛み砕いてくれるだろうし、ファルネリアやメイに「リプレイス」を背負わせることになった手前、ホークも彼女らの境地にいずれは至り、同じ事ができるようになるべきだ、とも思っている。
が。
「魔剣とはな。人が握ることで完成する魔法回路……魔法陣の一種じゃ。人の肉体のマナの流れと、剣士の闘気を利用し、時間をかけた詠唱とマナの加速を省略する。いわばドラゴンの炎の発生原理にも近い生体魔術機関化装置……いや、外付け魔術機関というべきもの。普通の魔術ならばそのマナ加速やコントロールも含めて口述や記述していくべきところを、人間の肉体を利用して魔術発生にこぎつけるゆえに、早く、そして知識がなくとも扱いやすい」
「……俺に全部理解できてるかはともかく、わかる範囲では都合のいいことばかりに聞こえるが」
「実際のところ、効率面では今の人類の持つ魔術では魔剣の力には一切届かん。七度の魔王戦役のうち、六と七を除いた五度までを魔剣使いが制していることからもわかろう。人が魔王に届くほどの力への最短距離じゃ。……ま、そこはどうでもよい。原理の方じゃな」
イレーネは図を地面に書く。
「つまりは、魔剣とは人間そのものを高効率の魔法陣たらしめる道具。じゃが、それをファルネリアは独力で再現しているのがどういう無茶か……例えばここに速く走る馬と、それを用いる騎士がおるとしよう。……馬が騎士を失ってなお、同じように戦闘を継続する。できると思うか」
「……馬がものすごく頭が良くて、騎士の代わりに敵を見つけて自力で蹴り殺せば、何かおとぎ話としては泣ける感じになりそうだな」
「ファルネリアのやっておることは、馬がマナで騎士を本物そっくりに再現し、剣を振らせ、号令を飛ばさせるようなことじゃ」
「……怪談じゃねーか」
「しかも一度乗ったきりの者を含め、多数の騎士を再現できる。なんなら幾人もの長所を混ぜた理想の英雄騎士も作れる。自らのマナだけを使ってな。……そういう馬じゃ」
「ほんとに怖いな!」
「勇者ジェイナスはひたすらに力強い馬じゃ。乗り手を選ぶが矢も槍もものともせず、日に500マイルを走るほどのな。じゃが、ファルネリアの能力はそういう単純な強さとは別次元じゃ。そんな馬はもはや馬ではなく、神仙の一種じゃろう」
「…………」
ファルネリアを見れば「そんなに言うほどでは」とでも言いたげな困り笑いをしているが、こと魔剣に関しては歴史の生き証人たるイレーネの見立てより正確なものはない。
「正直、信じ難い。魔剣の複雑な魔術回路をマナそのもので即席成形し、運用するだけでも、およそ想定できる神業を三つ四つ飛び越しておる。そのうえ一度手にしただけの『アクセル』や『ゴールドウイング』をも完全に記憶し、戦いながら瞬時に再現するなど……まだホークが今から魔術を覚えてリド大陸に直接転移する方が現実味があるほどじゃ」
「……地味にファルが一番ありえないことしてる?」
「儂から見ればな。『リプレイス』も真似の仕方など見当がつかんが、やってできるからには、人間にとっては有り得る才能なのじゃろ」
皆がそれぞれに辿り着いた神話領域。
いずれは皆が己の領域のヒントを与えあい、ジルヴェインが言うように全方位において万能の世界に辿り着く……そんなふうにホークは考えていたが。それもそう簡単ではないらしい。
まだ魔法も魔剣も初歩にすら辿り着いていないホークにとっては、踏み入れる段階が多すぎる。
「……ちょいと危機感感じるな」
それぞれの能力を保ちながら、ホークの「リプレイス」にも踏み込んだファルネリアとメイ。
今のところ、単一技能者でしかないホークやレミリスは、一歩遅れていると言えそうだ。
今さら争う相手がいるわけではないが、少しだけ劣等感と焦燥を感じるホークだった。
◇◇◇
20マイルの移動は警戒含みであり、明るいうちに方針を決めたものの、現地と思われる場所に辿り着いたのは夜半近くだった。
その間にも幾度か斥候らしきモンスターが近づいてきたが、ホークたち前衛の戦闘距離までは近づかず、レミリスの放ったファイヤーボルトによって逃げ去る程度の様子見。
「居心地が悪いな。一眠りしてから乗り込もうかと思ってたが、あんなんが見てると思うと気が休まらねえ」
「20マイルくらいの行軍でそう疲れることはないだろう」
「ロータスはそれでいいんだろうけどな。お子様たちに夜更かしはさせたくないもんだ」
ホークの発言にメイは口を尖らせる。
「子供扱いしないでよう。だいたい、あたしの目は夜だって全然平気なんだから」
「毎晩一番に寝るじゃねえかお前」
「してないだけで徹夜だって全然平気だもん! ホークさんよりずっとずっと体力あるもん!」
メイをいなしつつ、見えてきた光景をじっくりと眺める。
夜の闇を染める明かり。自分たち以外の手によるものは随分久しぶりに出会うもの。
森に浮かび上がるその中心には、得体の知れない四角の建造物がそびえていた。
「……懐かしいものじゃな。昔の様式じゃ」
「昔って……1000年前のか」
「うむ。まさか残っておるはずもない。儂の同類が懐かしんで建てたものじゃろ」
「周り全部ガラス? 嵐とかどうすんのあれ」
「多少石や小枝が当たった程度では割れぬ。それどころか人の振る程度の力ではハンマーでも効かぬくらいには作ってある」
「ガラスなのに!?」
メイが驚く。リド大陸の現在の技術では、ガラスの窓はそう分厚くもできず、衝撃にも弱い。
「正確にはガラスに似た別物じゃな。宝石の方が近い。リド大陸では人間にそんな技術を見せつけるのも大人げない、こんなものを建てる者はおらんのじゃが」
「明かりも蝋燭の類ではないな……魔術か?」
「機械じゃな。どうやら技術面に明るい奴と見える……」
と。
イレーネが言葉を切り、空を見上げる。
四角い建物の高い屋上から、何者かがホークたちを見下ろしている。
見た目は人間ほどの大きさ。月光でシルエットになっていて細部はよくわからないが、見た感じから男女のペアに見える。
「……さて」
「言葉通じるかね」
「なに、通じんかったら仕方ない、暴力で話を通すしかなかろう」
得物を構えるロータスとホーク、腕組みをして見上げるイレーネ。
ファルネリアとメイはレミリスを背後に守って、油断なく陣形を維持する。
はたして、男女はよく通る声を投げ下ろしてきた。
「よく来た、下賤な人間ども! 禁じられたこの地にノコノコ近づいた蛮勇は褒めてやろう!」
「私の魔物ちゃんたちをよくも皆殺しにしてくれたじゃない! ……覚悟はできてるのよね!?」
ホークとロータスは顔を見合わせる。
「どう思う」
「どうやら我々を何か勘違いしているようだ。禁じられた……などということは、この付近に別の人間の集落があると考えるべきだろう」
「だよな」
言葉が通じない、ということはないようだ。それがわかったことのひとつ。
そして、無人大陸ではなかったようだ、というのもひとつ。
禁じるというのは約束事。約束はする相手があってのことだ。少なくとも彼らにとって既知の「下賤な人間ども」は、ホークたち以外にいるのだ。
「レミリス。あいつらは探知した魔力の持ち主で間違いないのか」
「多分。……どれも魔族水準。まともにやりあうと危険」
「やりあわねえけどな」
ホークは見上げ、叫ぶ。
「おい! 代表者を出せ!」
「……なんだと?」
「お前らの頭目を出せって言ってんだ! 雑魚と細かく揉めるのも面倒臭ぇ!」
「ホークさん、それ素で言ってる?」
「ただの挑発ですよね……」
メイとファルネリアが構えながら呆れる。
ホークはニヤッと笑った。
「は、こちとらお行儀がいいのは専門外だ。初対面に下賤だなんだと礼儀のねえ魔族なんぞに、上品ぶった口を利いてやる義理はねえ」
「ククク。道理よの」
イレーネが久しく見せていなかった獰猛な笑みを浮かべる。
そうだ。今のホークたちは魔王と戦う正義の英雄などではない、盗賊一味だ。
相手が魔族だからといって下手に出てやる理由は何もない。
「雑魚だと……思い上がったものだな! 俺たちは貴様らがどうにか倒せた魔物などとは話が違うぞ!」
「誰を潰してやろうかしらね!」
飛び降りて来る二人。
両方とも青白い肌に金の髪、そして黒と白の反転した目を持つ魔族だ。
「……見覚えがなくもないのう」
「俺たちは貴様など知らんぞ」
「妙な魔力を感じるわね。……本当に人間?」
イレーネに怪訝な顔をする二人。
イレーネはこめかみに指をあてて考え込み、そして。
「まだ例のネクロマンサーにやられた後遺症で昔のことがぼんやりしておる。ちと思い出すのも骨じゃ。ホーク、やってしまえ」
「俺がやると殺しちまうぞ」
「は、好きにせよ」
丸投げされて、ホークは溜め息。
そして青白い肌の男女に、逆手で短剣を握ったまま指を向け。
“盗賊の祝福”、発動。
「っ……!?」
「えっ……な、なにっ……!?」
ガクン、と男女は力が抜けたように崩れ、座り込む。
「頭目を呼べよ。雑魚ども」
ホークは指を突き付けたままでもう一度要求する。
……二人の持つマナを“祝福”でギリギリまで奪い取り、空気中に拡散させてしまった。いきなり殺すのはさすがにどうかと思ったのだ。
これで魔術やそれに類する力の行使はできない。肉体能力だけになる。
そして、そうなれば、もう。
「おのれ……なんのカラクリかは知らんが、人間如きが……」
「ふっ、ざけ、ないでよっ……!」
力の抜けたことの意味に気付きながらホークに襲い掛かろうとする魔族に、ロータスとメイの体術が炸裂する。
メイは男の方の腹に拳を突き刺し、ロータスは女の方に絡みついて腕を極めてねじ伏せた。
「聞き分けなよ。魔族如きがホークさんに勝てるわけないでしょ」
「折ってもよいのだぞ」
「いぎ……っ……く、くそっ……なんなのアンタたちっ……!」
大きく吹き飛んで意識を失ってしまった男の方は放っておき、女の方に皆の視線が集中する。
「ふふん。“正義の大盗賊ホーク団”だよ」
「あなたたちこそ名乗りなさい。ホーク様は敵にそう優しくはありませんよ」
「おい」
まだ“正義の大盗賊”は有効なのか、とホークは未練たらしく正そうとする。あとホーク団ってなんだ。
「私は……ベロニカ……痛い、放してよ……っ! 魔族ってなんなのよ……!」
「魔族じゃないの?」
「知らないよ、そんなのっ……私らはロード……上位種っ……! あんたたち、どこの誰なのよ……!」
半泣きで妙な説明をする女に、ホークたちは困惑する。
イレーネに説明を求めると、イレーネは少し困った顔をして。
「……なるほど。つまりここでは『魔族』などと名乗る習慣がないのじゃろ」
「は?」
「魔族というのはリド大陸で数百年かけて儂ら自身が決めた呼び名じゃ。この大陸では通用せん可能性もある」
「……じゃあ指してるものは同じってわけか?」
「じゃろうな。それにしても……うむ。とにかくこやつらの頭目を探さなければな」
◇◇◇
ホークたちは建物の中に入る。
入口が見当たらなかったため、喜々としてファルネリアが木剣を振るって何らかの魔剣攻撃を披露しようとしたのを止め、ホークが全員を順に室内に「リプレイス」する。
「なに……それ……」
ベロニカは自分自身も室内に一緒に放り込まれて呆然としていた。男の方は相変わらず伸びていたので放っておいた。
「ただの神業だ」
ホークはそれだけ言って彼女に案内を促す。
奇妙なまでに静謐で汚れひとつない空間を歩き、近づけば音もなく左右に開く不思議な扉をいくつもくぐり、やがてホークたちはベロニカと同じ金の髪、青白い肌、反転した瞳を持つ者たちが10人ほど集まっている部屋に辿り着く。
「……父上」
「その者が来客か、ベロニカ」
中央に座る男の周囲には、あられもない恰好をした同じ種族の女が幾人も侍っている。
そして、そんな者たちの中心にいた彫像めいた美男子が、女の服の中に手を差し込んでまさぐりながら、無表情にベロニカを一瞥、そしてホークたちの姿を順に眺め……イレーネを見て目を見開く。
「……レティラヌスのイレーネ……」
「……とんでもない悪趣味じゃのう、コフェンドールのアイテウス」
イレーネは心底イヤそうに彼と彼の周囲にいる女たち、そして執事のように控える男たちを見る。誰も彼も美しいが、ホークはふと、彼らが人形のようだと思った。
そう。誰も彼も美しすぎるのだ。
同じ色の髪、目、肌に、同じような美しさが揃う。まるで鋳型で作られたように。
「知り合いか」
「残念ながらな。……アイテウス。旧交を温めに来たつもりじゃったが気が変わった。ここごと貴様を滅ぼす。おぞましい」
「おい!?」
ホークは慌てる。何か話した末の決裂ならともかく、何が何だかわからないうちに宣戦布告されてはたまらない。
アイテウスと呼ばれた男も慌てた。
「ま、待て、イレーネ。急に来てそれはないだろう。……いや、ここには私と同じ戦闘力の持ち主が20人いるんだぞ、それでも暴れるつもりか?」
「それがおぞましいというのじゃ!」
毒々しい色の魔毒を生み出して今にも投げつけようとするイレーネをホークは必死に止める。
「おい、誰でもいいから手伝え! この馬鹿止めろ!」
「やめなよおっぱい魔族!」
「ホーク様の命令ですよ!?」
メイとファルと三人がかりで抑え込む。
アイテウスもそうだが、他の「ロード」たちもおろおろと困惑している。その困惑の仕方も皆揃えたように似ていて、ホークはますます違和感が強くなる。
レミリスがぽつりと呟いた。
「……気持ち悪すぎる。イレーネに、賛成」
「レミリスまで!」
ホークはふと、自分が何をしているんだろう、と思って空しくなる。
こんなわけのわからない仲裁をやりたくて来たわけではない。この大陸の、そして帰り方の情報が欲しかったから手に入れに来たはずなのに。
◇◇◇
しかし、イレーネとレミリスの説明を聞いて理解した。
してしまった。
「魔族、すなわち旧時代の次世代人類種は、一属一種一人。生物種としてたった一体しか生み出されぬ。生殖能力はなく、その枷を自分で外せるようにもなってはおらん」
「……お、おう」
「それがあれだけおるというのはどういうことかわかるか。……増やしたのじゃ。己の切り身を培養し、改造して」
「あれ、全部本人みたいなもの。父上なんて言わせてたけど全部、性別情報を書き換えた自分。それを六人も七人も自分に絡みつかせて嬉しそうにおっぱい揉んでた。超きもい」
「……うげ」
ホークは想像してげんなりする。
性欲はある、とレヴァリアに聞いていたが、そんな解消法を選ぶとは。
「なまじに美形なだけに余計気色悪いな。どれだけ自己愛が深いのだ」
ロータスも同意。
「確かに自らのスペアボディを作るという手法自体はあるのですが……魂はどうしたのでしょう」
「ファルネリアさんの体もたしか姉姫さんの魂くっつけられてたでしょ。適当に人間の魂奪って植えたんじゃない?」
「……本当におぞましいですね」
ファルネリアも決意した顔で木剣を抜こうとする。
「や、やめとけよもう! そんなのに関わりたくもねえし俺たちは帰れリゃいいだろうが!」
「この地の人々がこれ以上犠牲にならぬように滅ぼすべきです」
「ガルケリウスに比べりゃ全然マシだろ!」
言ってから自問自答。本当にマシだろうか。マシなのだろうか。
ベロニカがおずおずと話に入ってくる。
「あの……ロードはこういうふうに増えるものって、父上から聞いてたんだけど……その、普通は違うの……?」
「普通は増えない」
増えない、ということを当たり前に受け入れ、将来の滅びも肯定しているリド大陸の魔族も少々どうかと思うが。
「それじゃ、寂しくない?」
「……寿命のない生き物が寂しいからって安易に増えるのもおかしいと思うけどな」
ホークは極力フラットな回答をする。本当ならもっと投げやりかつ攻撃的に答えるのがホークらしいとは思うが、これ以上変に感情的になってトラブルを起されても困る。
「寂しいなら下賤とかなんとか言って人間を見下すのやめなよ」
メイの指摘に、ベロニカは困った顔をした。
「だって、人間は弱いし……」
「俺だって人間だ。ファルだって、レミリスだって。……メイは犬だけど」
「お・お・か・み!」
「ううん……」
ベロニカは悩み始めてしまった。
ホークたちはごく少数の例外だ。ホークたちの存在があるからといって、人間は彼女らにとって対等に付き合うべき存在になるかと言われれば……難しいところだろう。
だが、それだけの価値を持つ可能性があるというのは、彼女らにとって小さくない意味があると思う。
「それより。……我々以外に人間がいるのか。いや、人間の集落があるのか、この大陸には」
ロータスが軌道修正する。
ベロニカは戸惑いながらも頷く。
「え、えっと……うん、ある、けど……この大陸じゃないとしたら、あなたたち、どこから……どうして来たの……?」
拳を握り、やったね、と喜び合うメイとファルネリアを見ながら、ホークはなんと言ったものか迷う。
リド大陸から。魔王との戦いの果てに。
そんなことを言ったところで、狭い世界で生きている彼女に理解してもらえるのだろうか。
……いや。
「ちと長い話になる」
ホークは焦るのをやめる。
焦る必要はどこにもない。
時間はいくらでもあるのだ。
……これが最初の「魔王討伐の自慢話」になるな、と苦笑しながら、ホークは語り出した。