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少年と鎧の魔人 後編

 マイケルの剣の扱いはつたない。

 今までにまともな稽古なんて付けてもらったことはないのだ。両手で剣を握る際、握りを上下に離す……なんてことすら知らず、まるで祈りのように両手を重ねて握り込んでいたりする。

 それをロドはいちいち指摘しない。なぜ力が入らないのか、なぜ受け止めきれないのか……そこに疑問を持たせてから、改めて教えるのだ。

「く……くそ、やっぱり師匠、強すぎる……」

「充分に調節している。一般的なロムガルド兵と同程度の反応速度と腕力で攻撃しているぞ」

「こ、こんなに強いのに……?」

「知っての通り、剣術などという特殊状況用の技能を我は持っていない。つまり、これはお前が普通の大人と対峙した場合の戦力差だ。まずはこの状態で我に当てられなければ話にならない」

「うへぇ……そんな、どうやって……」

「幸い、我はウーンズリペアを使用できる。お前に対する殺意も持っていない。何度でも勝利手段を試すことは可能だ」

 ロドは棍棒をマイケルに向ける。

「勝つ方法を模索せよ。同じ方法で戦おうとするな。力任せにまぐれを狙い、唸っても叫んでも効果はいくらも変わらない。新しい試みがなければ結果は同じだ」

「ひ、ヒントくれよヒント……こういう戦い方がいいとかさ」

「自分で発想するのだ。研究せよ。例えやり方を我に教わって勝てたとしても、本当にお前を襲う敵が同じ行動をしてくれるわけではない。……我は、お前に勝ち方を考える訓練をさせているのだ」

「うぅ……そんなの……」

「敵はいつも違うものだ。敵の攻撃を受け流し、華麗にやり返すような細かい技術を追うのではなく、常にどうやったら倒せるかを根本的に問え。正解をひとつ知って、いい気になってはいけない。相手が複数だった時、騙し討ちしてきた時、見たこともない武器を持っていた時……お前は何もできずに死ぬしかなくなる」

 ロドはマイケルに対し、根本的に勝利を考えることを強く推奨する。

 それは、ホークたちの姿を見て得た戦訓でもあった。

 彼らは常に対等の条件ではなかった。相手と純粋な勝負などできなかった。

 だが、それが戦いというものだ。負ければ死ぬというならば、どんなに相手が異質でも適応していくしかない。

 勝利への発想力は、ルール無用の混乱の時代だからこそ重要なのだ。

「相手を思い通りに動かせる布石を打て。三手四手先のことを考えて組み立てろ。危険性を排除し、自分が有利な瞬間を呼び込め。敵が力を籠められず、自分だけが力いっぱい急所を狙える一瞬をデザインするのだ」

「デザイン……」

「相手がどんな風に攻撃をしたいか見極め、それに対して自分がどう動けば効果が下がるかを、相手の立場で考えるのだ。観察せよ。そして試せ。幾度でも立ち上がらせてやる」

「い、一気に厳しくなってきた……」

「無意味に休ませていたわけではない。充分な休息と合わせた鍛え方が最短だったからだ」

 そう言って堂々と棍棒を構えるロドに、マイケルは仕方なく剣を構え、大きくかけ声を上げて打ちかかる。


       ◇◇◇


 最初の一週間は全く当たる気がしなかったが、ロドは言葉通り何度でもマイケルを立ち上がらせてくれた。

 そして、マイケルが自分の問題点に気づけば、その解決法をじっくりと語ってくれる。

 叩きのめされるばかりだったマイケルは、見る間にしっかりと構えが取れるようになり、足運びから無駄が消え、攻撃の連係という概念が備わる。

 少年ゆえの柔軟さ、そしてロドを大人物と勘違いしているために彼の言葉を疑わなかったことが、彼の腕をメキメキと上げていっていた。

「はっ! てい、やっ……せやっ!!」

 ロドの振るう棍棒を誘い、受け流し、踏み込んで足元を払い、バランスを崩したところに肩で突き飛ばして、急所狙いの一撃へと繋げる。

 ロドは逆らわずに自ら倒れ、一撃の貫通をかろうじて避けた。

「ズリィ! 生身なら入ってた!」

「その見解は間違いではない。ただし心の臓まで達していたかは疑問だ」

「……心臓じゃなきゃダメ?」

「急所を狙うのは敵を戦闘不能にするためだ。当たるだけ当たって有効打になっていないのならそれは失敗というべきだろう」

「……師匠って殺すことにはこだわるよね」

「戦闘術だ。遊戯ではない」

 ロドは立ち上がってマイケルをじっと見る。

「相手を確実に殺す能力を持たなければ、相手がその気だった場合には敗北する。実際の戦いで殺さずに済ますのはお前の自由だ。殺す能力あってこそ、殺さないという選択ができる」

「……でも、師匠に……本当に刺すのは、ちょっと……」

「それが躊躇の原因か」

 ロドは軽く溜め息をつきたい気分だった。呼吸をしていないので溜め息も出ないが。

 ロドの内部は空洞だ。そして、マイケルに狙わせるにあたって左胸はわざと脆い薄板に替えていたのだが、マイケルはその奥まで剣を突き込んでは来ない。やはりロドを鎧を着ているだけの人間だと思っているからか。

「心配をしなくとも、我はその程度では死なない」

「いや急所だから狙わせてるんでしょ」

「普通の人間ならばだ。我は普通ではない」

「…………」

 いっそのこと、マイケルに自分の中身を見せてしまおうかとも思う。

 だが、その場合はここまでの指導が無駄になってしまうだろう。本末転倒だ。

 ロドはマイケルを見つめたまま、どう言えばいいのかと考えを巡らせる。

 マイケルはその視線に対し、まるで叱られているような顔で口を尖らせて俯いたが、ややあって剣を手放し、近くの切り株に座り込む。

「師匠。……俺さ。強くなりたいって言ったけど……そういうのじゃねえんだ」

「……意味がわからない。我の指導に何か不満があるのか」

「違うんだ。……ちがうんだ。たぶん、師匠の方が正しいんだよ」

 マイケルは天を仰ぐ。

 森の中の小さな稽古場は、天頂の光だけが地面に届く。

「俺は……殺しはしたくないんだ。野盗なんかに負けたくないけど、別に人殺しが上手くなりたいわけじゃないんだ。師匠が言うのもわかる。殺せる奴が加減するのと、殺せない奴が殺せないまま戦うのとは話が違う。多分それはそうなんだと思う。でも、俺は……心臓をぶっ刺すのをいつも狙ってるような騎士になりたくないなって」

「…………」

「駄目かな」

「……それがお前の主義なら、我はそれに異論を唱える気はない」

 なんとなく、マイケルがそんなことを言い出す気はしていた。

 そしてロドはそれを非合理的だと思う。思うが。

「人間的だ」

 ロドはその一言で肯定する。


 それは最大限の肯定だった。


       ◇◇◇


 摩天楼の空をじっと見上げていると、彼の開発者の一人が近づいてくる。

「ロド。……最近よく物思いに耽っているな」

「わかるのか」

「わかるさ。お前の親だ」

「我に親は無く、子も無い。我はその可能性を持たぬことをもって、人の絶対の守護者たるものだ」

「生物的繁殖をしていなくても、親は親だよ、ロド。そしてお前は……魔導生命体だ。あの連中と同じくな」

 棚に並べられたミニチュアの次世代人類種像をコップで示す彼。

 都市国家ダルベルクで今までに製造され、敗北した魔導生命たちの立像だ。彼らは戦いの果てに敗れて死に、今のダルベルクにはロド以外にあと一人いるだけだった。

「語義の確認はした。だが、脈絡が理解できない」

「ロボットとは違うってことさ。お前は自分の気持ちを持つ自由も、自分を変える自由もある」

「…………」

 ロドは彼をしばらく眺め、質問を発する。

「それは重要なことなのだろうか」

 ロボット。

 ロドと同じく全身を鋼で鎧った、しかし魔導生命体としての構造を持たない純機械製人形。

 この時代、人類に奉仕する奴隷としての亜生命体は多かったが、代理戦争の花形たる「次世代人類種」と区別するために技術的制限を設けられたそれらの耐久力は低く、長くても10年と持たない。

 それを克服するためにダルベルクが近年実用化したのがロボットだった。見てくれは悪いが魔導構造を持たないために規制対象ではなく、的確にメンテナンスをすれば100年は使える、というのが触れ込みだ。

 彼らは人類のためにせっせと働いている。自分の方が多少デザインは優れているとはいえ、ロドは時々、全く疑問なく全思考を人類のために費やす彼らの存在に、憧れを抱いてすらいた。

 自分は間違っても人間ではない。人間と同等になれるわけでもない。それなのに、次世代人類種たちのような高い思考力を持って生まれてしまった。その煮え切らなさが美しくないと思えるのだった。

 役割は人類の守護。言い換えればロボットたちと同じ、人類への奉仕だ。

 ならば、そういう思考回路でもよかったのではないだろうか。

 だが。

「重要だよ」

 彼は笑った。

「そうだろうか。……我は、ロボットと同様の知能で充分だったのではないかと思うことがある」

「それは確かに合理的だ。だが、お前は人類の最後の友達として作られたんだよ?」

「……ならばこそ」

「所詮、次世代人類種の戦いは代理戦争だ。お前は次世代人類種と戦うために作られたが、その向こうにはヒトがいる。ダルベルクも安泰じゃない」

 彼はコップの中のマナリキッドを呷る。あの時代には一般的だった。疲れを取り、頭を冴えさせる効果が高い飲料だ。

「いつか、お前は考える必要がある。戦う相手のことも、守る相手のことも。だから俺たちはお前を『そう』作った。いつか誰よりも頼もしい人類の守護者になってくれるように」

「…………」

「好きに変わっていい。悩むのもいいさ。非合理を恐れるな。お前は人間にはなれないが、誰よりも人間的であってくれ。お前は便利であるために生まれたロボットなんかとは違う。お前が考え続けた果てに、それでも手を取る価値のある人類であることを、俺たちは自らに課している」

「…………」

「……そしていつか、この馬鹿な争いが終わった時に……次世代人類種じゃなくロドを作ったダルベルクが、結局一番賢かった……なんて言われる未来があるといいな」

 ロドは再び空を見上げた。


「それは、確かに望ましい」


 それから数か月後、あの「邪神」が生まれた。


       ◇◇◇


 人は迷い、変節するものだ。

 常によりよい未来を見つけ、一歩ずつ進む自由があるものともいえる。

 あの日、それを許されたことを、誇ってもらったことを……ロドは、これからも生涯忘れないだろう。

 だからこそ、ロドは自らの行いに合理を求めはしても、マイケルの心にまでそれは求めない。

 そして、だからこそ。


       ◇◇◇


「師匠……あれ……」

「村ごと焼かれている。略奪だな。村人より略奪者の方が多いようだ」

「なんで悪い奴がそんなにいるんだよっ……!」

 久しぶりにマイケルのために服でも調達しようと近くの村に向かった際、それを見つけてしまう。

 無法の極み。

 革命家を名乗る者たちの集団は、自分たちの集団規模を維持するために皆殺しによる農村略奪を繰り返していた。

 他ならぬ彼ら自身の攪乱によって南部の経済が機能していない今、真っ当な食料確保は難しい。それでも北の各国からの支援によって体裁を保つロムガルド政府に対し、数で正面から対抗していくためにはそんな破滅的な戦略を取るしかないのだ。

 ロドはそれに対して特に感慨はない。今までに魔王戦役前後の荒廃は幾度も見てきた。

 しかし、少年は穏やかではいられないようだった。

「師匠、あいつらを追っ払おう。こんなの許されちゃいけないはずだ」

「……マイケル」

「俺たちで一人でも助けよう。師匠ならできるはずだろ」

「マイケル。……それは、しない」

「師匠!」

「我は神ではない。パリエスを気取るつもりはない。我に打ちかかるものではないのなら、その善悪を決めて裁くことは分を超えたことだ」

「そんなに強いのに!」

「力あるからこそだ。我が力を振るえば、百の命が瞬きの間に消える。……百の人間にはそれぞれの心、それぞれの理由がある。真に邪悪な者もあれば、やむなく従う者も、ただ生きるためにそうしている者も、愛する誰かが参加しているために離れられぬ者もいるだろう。目に映ったからといって全てを裁き回るのでは、己の価値観のみによって世を裁いて回る魔王と変わらない」

「う……っ」

 だからこそ。


「だが、それは我の価値観だ」


 ロドは目を光らせる。

「お前はそれでも、惨劇を止めたいか」

「……と、止めたいっ……一人でも、誰か一人でも……あんなのから、助けたいよ!」

「そうか。ならば、お前の手でやるべきだ」

「っ……」

「お前はその良心に従えばいい。結局自分では何もできず、他人の良心に期待しているだけでは、お前は野盗に負けて死を待つ子供のままだ」

「……そ、れは……」

「我は知っているぞ。どんなに自分に似合わなくとも、敵の数が知れなくとも、愚かな行いと認めながら、それでも他人を救うために飛び出し続けた男を」

「……く、そっ……!!」

 マイケルは剣の鞘を握りしめ、ロドをどこか恨みがましい目で見上げ……歯を噛みしめて、そして駆け出して、数歩走って振り返る。

「……ありがとう、師匠。俺……俺を、鍛えてくれて!」

 それは、今までの数か月間への礼。未だ何も返せないままで死地へと飛び出すのなら、最後に言っておかねばならない。

 冷たい師に失望しながら、それでも言い分は正しいと認め、複雑な表情でそう叫んで、少年は踵を返して走る。


 ロドはそれを見つめて……おもむろに、走る。

 少年の足など亀の歩みとばかりに爆発的な速度でマイケルに追いついたロドは、その体を背後から抱え上げた。

「う、うわっ……!? 師匠!?」

「始めよう。最後の訓練だ」


 少年から手を放し、ロドは装甲を開く。

 空洞の中にマイケルを迎え入れ、その体格に合わせて各装甲配置を調整、彼にぴったりの鎧へと自ら変貌する。

 ほんの一瞬でロドを「纏った」マイケルは、膝から崩れるように手を突き……その顔面にロドの面頬が装着される。

 完全に全身を隠した少年騎士が誕生していた。


「なっ……え、なにがっ……!?」

『さあ。良心を成せ、マイケル』

「師匠!? え、これ、何だよ!?」

『我が名はロド。鋼鉄の魔族。旧文明の心ある鎧』

 ロドは自ら動き、少年を立たせる。

『自ら負え。力を振るう罪を。英雄たらんとする行いを。お前が真に戦士たろうとするなら、何のために力を振るうか、その心が一番肝要なのだ』

「……し、師匠が……からっぽの、鎧……?」

 マイケルは呆然としている。そして、その間にも略奪と暴力は続いている。

『マイケル!』

 ロドは初めて、強く呼ぶ。

 その声にマイケルはハッとして、そして剣を慌てて抜き……ほんの少し躊躇して、走り出す。

 その脚力は常人を遥かに超え、馬すらも軽く置き去りにするスピードを叩き出す。

 それに驚きながらも、マイケルは今まさに村人に剣を振り下ろそうとする略奪者に飛び掛かり、剣を振り抜く。

 一撃でその略奪者は二つに別れて転がった。

「ひっ……!!」

 血まみれになりながら死を待っていた老人は、急に現れた鎧武者の鮮烈な一撃に息を呑む。

 マイケルは初めての殺人に血の気が引いていたが、それでも惨劇が続く村の中で立ち止まることはせず、奇声を上げて再び駆け出す。

「うああああああああああああああああ!!!」

 叫んでいなければ、人を殺したことに押し潰されてしまいそうだった。

 そして、それを無理矢理押し流してでも、目の前で今まさに理不尽な死が量産されているのに我慢はできなかった。

 急に現れた乱入者に、略奪者たちはギョッとして手を止める。

 剣一本を振りかざす謎の鎧武者一人。

 その姿は死の吹き荒れる異常な現場の中においてすら異様で、略奪者たちは慄く。

 そんな略奪者に、マイケルは遮二無二飛び掛かった。

「あああああああああああああ!!!」

 二人目を、斬る。

 理解する。これが勇者だ。英雄だ。

 この肉と骨を断ち、赤黒い断面を暴き出す暴力を為すもの。

 かつて家の手伝いの傍ら、農具を振り回して真似した……勇ましく潔白で誰にも熱狂される、強くて正しい偶像なんて嘘っぱちだった。

 吐き気のする野蛮な仕事。残酷で異常な仕事。

 それが、「強くなって何かと戦う」なんて綺麗な言葉で夢見ていた先にあったものなのだ。

 ロドは、少年のそんな心の軋みを理解する。いや、ずっと予想していた。人からかけ離れながら、誰よりも人間的であろうとした鎧の魔人は、少年がそれに対して受けるショックも見抜き……それでも。

『耐えろ。生き抜くために。お前の良心を成し遂げるために』

 それでも、そう要求する。

 彼をいつまでも自分が守り続けるわけにはいかない。いつかは越えなければならない。彼はもう、帰れる場所はないのだから。

 三人目を夢中で斬る。剣が曲がる。安物の剣はロドの膂力に耐えきれなかった。

「師匠っ……!」

『殴りつけろ。足を払え。お前はそういう鍛錬をしてきたはずだ』

「……はいっ!!」

 マイケルはロドの与える加速による負荷と人体破壊の不快感により、兜の中で吐く。

 吐きながら戦う。革命家たちを掴んで投げ飛ばし、膝を蹴って関節を砕き、顔面を叩き壊す。

 途中でまた槍を拾い、それを投げつけて遠くの敵を殺す。

 炎の中で、もう何人残っているかもわからない、見も知らない生存者のために、少年は一人で数百の略奪者相手に暴れる。

 そのうち魔法も飛んでくる。幾人かは魔法使いがいるらしい。

 衝撃でさらに吐き、鼻血と吐瀉物の入り混じったものを顎から垂らしながら、少年扮する鎧の怪人は絶叫してそちらにも躍りかかる。

 ロドの拳が光を孕み、飛んできたマナボルトを霧散させる。

 略奪者の魔術師の驚きを気にすることもなく、少年の一撃は相手の心臓を胸郭ごと叩き潰すように振るわれる。


 それでも、数が多かった。

 数人と戦うだけでも少年には負荷が大きい。数百人すべてと戦うには、まだまだ年相応程度のマイケルの肉体では足りなかった。

 疲弊してゼエゼエと息を荒らげるマイケルの周囲に、手に手に武器を持った略奪者たちが集まる。中にはそれなりの手練れもいて、力任せなマイケルの攻撃を察知し、かわしている。そして度重なる衝撃で、左胸の装甲板が破れ、歪んできていた。

 そこにもう一撃食らえば、いかにロドが大丈夫でもマイケルは危ない。

 ロドは潮時かと考える。マイケルを放り出し、自分でこの囲みを切り抜けるか。

 少年は充分にやった。戦士としての門出には足りるだろう。

 だが、もう少しの間だけでも、ロドは少年の「鎧」でありたかった。

 それこそがロドの存在意義だ。

 鎧として人間の矜持を守る。それが、ロドにとって唯一、本能的な充足感を感じる行為。

 その躊躇の間に。


「そこまでダ、クソ野郎ども!」


 ロドにとっては、どこかで聞いた声がした。

 朦朧とする少年がゆっくりと首を回すと、白煙黒煙の入り混じる向こうに、オレンジの光を湛えた剣を手にした赤毛の男の姿が見える。

 少年の記憶はそこで途切れた。


       ◇◇◇


 次に目を覚ました時、マイケルは真新しい服を着て、簡素だが清潔なベッドに横たわっていた。

「……し、匠……?」

「あ、起きた?」

 青髪の少し優しそうなお姉さんが、マイケルを覗き込む。

 ぼんやりとマイケルは自分の手を見る。もちろん、鋼鉄の鎧は覆っていない。

「君、マイケル君ね。……私はマリン。ロムガルド王国統合勇者隊の副隊長。よろしくね」

「え、あっ……はい、……あれ?」

 勇者隊?

 何が起こったのか、とぼんやりマイケルは起き上がり、首を回す。

 部屋のどこにも、あの頼もしい鎧の姿はなかった。

「師匠……は?」

「……ししょう?」

「あ、あの……ええと、俺……鎧、つけてましたよね……?」

「ああ……」

 マリンは曖昧に笑う。

 察した。

 ロドは「最後の訓練」と言っていた。

「……師匠、まさか……どこに」

「落ち着いてマイケル君」

「でも!」

「いいから。……伝言があるわ」

 マリンは微笑み、そしてロドの口調を真似した。


「『訓練は終了した。一流ではないが、一人前にはなったはずだ。……一流になりたければ、そこで励め』」

「……は、励め?」

「えっと……それでまあ、提案なんだけど」

 マリンはマイケルの手を握った。

「勇者って、興味ない? 君、才能あるみたいだから」


       ◇◇◇


「おや、騎士さんかね? この小さい宿場におひとりとは珍しい」

「人を探している。……ホーク、メイ、レミリス、イレーネ、ロータス……この名に心当たりはないか」

「ああ、レミリスさんの知り合いかい? あのワイバーン使いの」

「!」

「魔王戦役の時にウチの村ではレミリスさんに世話になってなあ……いつか戻って来たら、ロバを返す約束になってるんだよ。まあ、今まで来ないってことはどうなったのかってところだけどねぇ」

「……頼みがある」

「ん?」

「我を雇って欲しい」

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