冬
冬になっても、ペン太郎は姿を現すことがなかった。
「……今日も、いないか」
自室で、ため息を付きながらスマホを眺める。かつてのころ煩かった鳴き声もなく、操作を邪魔することはない。それは良いことなのだろうけど、どこか寂しさが、私の中にあった。
水族館の一件以来、ツトムとちょくちょく遊びにいくことが多くなった。私自身はツトムを恋……別の感情で意識していたけれど、ツトムは相も変わらず、私をかつての幼馴染と同じように接する。それは良いんだけど、自分のことを女として見てないのかな、とたまに思ってしまう。
「やっぱり、あの女が好きなのかな?」
――ツトムそういうのに弱そうだから、いっかな~って
美人会長の言葉を思い出す。
ほんとにあのノリで、自治会長は告白したのだろうか。
トイレで聞いた話だし、その真相をツトムに聞いても変に思われるだけ。
結局進展がわからないまま、大学1年の冬が来る。
もうすぐ、クリスマスだというのに。
ちょくちょく遊んでるときも、会長の話をするし。
「……やっぱちゃんと私から、気持ちを伝えないとダメだよね」
ツトムは私を一人の幼馴染として見てくれる。
けど私はそれじゃ満足してない。
「ペン太郎の後押しも、無駄にしたくないしね」
私のスマホの中のペンギンが、そう気付かしてくれたのだ。
今はいないけど、彼が私の背中を後押ししてくれたのは事実。
最初はほんとに邪魔くさくて、鬱陶しくて。
どこかの小説とか、ドラマとかで聞いたけれど、大切なものは失ってから気づくっていうこと、これはほんとにそうかもしれない。
私は初めての東京生活で。
田舎からの初めての一人暮らしで。
ペン太郎に、どれだけ助けてもらったのだろう。
恋愛だけじゃない。いろいろ不安なこともあった。
クエッっていう鳴き声は未だによくわかんないけど。
ツトムは会長のこと、よく言うけど、あれはあの女が取り繕ってる、表の仮面。
ホントは、ツトムのことからかって、ただの遊び相手だとしか、思ってない。
「よし、電話しよう」
ちょっと前までは、通話ボタンを押すことすら躊躇っていたのに。
気持ちは未だに伝えられずにいるけれど、ちょっと進歩はしたよね。
私は、スマホでツトムの連絡先を開いて、ツトムに電話する。
『さっちゃん?』
聞き慣れた、ツトムの声。
昔はかなり高いキーだったのに。
今は声変わりして、ちょっといい声になってるよね。
「あ、いま大丈夫?」
『大丈夫だよ。どしたの?』
「今度の休み、暇?」
『今度……あ、先輩たちとコテージ行くんだった』
隠し事をしないのも、ツトムの特徴である。
昔から、言わなくても良いことをよく、私に言ってくる。
ツトム曰く、さっちゃんに言われないと殺されそうだし。って。
私そんなふうにツトムに言った覚え、ないんだけどな。
「そっか。じゃあ今度で」
『あ、ちょっと待って。さっちゃんもいかない? ドタキャンしたやつがいてさ。さっちゃん来てくれるなら、丁度いいかも』
要するに人数合わせというやつですか。
「それってひょっとして、自治会のメンバー?」
『うん、そうだけど』
「……なるほどね」
あの会長と直接対決するチャンスかもしれない。
いやまあ対決と言っても、バトルするわけじゃないけど。
色々と気になることがあるし、ちょうどいいかもしれない。
『うん?』
「あ、なんでもない。いくよ私。邪魔じゃないなら」
『いやいやむしろ助かるよ!! 詳細は後で!!』
電話が切れた後に、私は気付いた。
戦う前に、試合終了してたら、どうしようかと。
「考えてなかった……」
学園祭はもう、終わっている。
トイレで会長は、その時告白すると言っていた気がする。
それなら、もう進展していてもおかしくないだろう。そんな可能性もあるわけで、
考えてみたらツトム以外に知り合いがいないし。
「ちょっと保険かけるか……」
私はツトムに、あと2人連れてきてもいい?と連絡を入れた。
そして、旅行当日。
集合場所に行く前に私はノリコとアカネたちと集まった。
「サチコ、まだ告ってなかったんだね」
「で、保険のために私達を連れてきたと。あんたねえ……」
「ごめん。ほんとに。代金は私持ちだから!!」
もし気まずくなったら対策のために、ノリコとアカネに無理を言ってきてもらった。
私の勝手な用事なのに、愚痴を言いながらもついてきてくれている。
こんなありがたいこと、ないかもしれない。
「いやいやそんな気を使わなくていいよ……自治会のメンツと仲良くなって、サークルの予算増やしてもらってもいいしね~」
アカネはノリがいい。そのノリの良さに助けられる。
「サチコの恋、応援したかったし。何より楽しそうだし」
ノリコもノリがいい。けど個人的な趣味の部分があるような気がするけれど、それは気にしないでおこう。
2人には、いつも助けられているな。
「けどさ、自治会の人達の車に、私達乗るのかな? 欠員って1人だけだったんでしょ?」
ノリコが尋ねる。
その問題は、アカネと話してなんとかなっている。
「そんなこともあろうかと、じゃ~ん!!」
アカネは、財布から一枚のカードを取り出す。カーシェアリングと英語で綴られており、ノリコは目を細めて、そのカードを眺めた。
「なにこれ」
「かーしぇありんぐっていうんだって。これで2泊3日分予約したから、移動手段は問題なし!!」
「運転は?」
「私がするよ」
実際、結構無茶な話だったと、今でも思う。
まず、ある山にある自治会のメンバーの別荘にキャンプするらしい。
その欠員として、私が行くことになったわけだけど。
私は当初、その欠員として、ツトムたちが乗るミニバンに乗ることになっていた。
けど私が余計なことで、ノリコとアカネを読んだものだから、乗れなくなってしまって。
結果として、私たち3人は別の車で行くことになったのだ。
アカネは免許を持っているけど、車を持ってない。よく運転すると聞いていたから、どうやって乗っていたのか気になっていたけど、カーシェアリングなんて利用していたらしい。
私も知らなかったけど、どうやらICカードが車のキー代わりになるらしい。車を持つより安いとか。そんなの知らなかった。第一免許持ってないし。
そこで私たち3人は、アカネの運転するシェアカーで、自治会のメンバーといっしょに行くことに。別荘のコテージは人数が増えても問題ないし、先輩たちも了承したらしい。
「ま、サチコの想い人を乗せられなかったのはちょっとどんまいだけどね~」
アカネが言う。
まあ、別荘に付けばなんとかなるだろう。
「あはは。それはまあ私のせいだし」
一人で行くのが気まずかったから、連れてきたのだ。
アウェー感は半端ないけど、しょうがないだろう。
集合場所に到着すると、件の会長が、メンバーを引き連れて待機していた。
ツトムもいて、その他に5人くらいの男女がいた。
恐らく、他の自治会メンバーだろう。
「お、来たねー」
美人会長が話しかける。
トイレとかで感じた印象は取って代わって、いつもの人気な美人会長さんモードだ。
「はじめまして。サチコです」
「同じく1年のノリコです」
「同じく1年のアカネです。バレー部入ってます!」
「私は自治会長のカホ。ほんとごめんね。ツトムの勝手で」
「いえいえ」
「楽しんでって。車は別だけどさ。住所とかはサチコちゃんのスマホにツトムから送るように言うからさ、よろしくー」
こうして解散し、各自車に乗る。
ツトムに話しかけようとしたけど、さりげなく会長に取られ、話しかけられなかった。
カーシェアの車に乗り、前のミニバンを追いかけて運転しながら、アカネは話し始める。
軽自動車だったが、車内はかなり広く、余裕のある空間だった。
助手席に私が座り、ノリコは右後ろの後部座席に座る。「はっはっは。私が社長じゃ」とかいう小芝居があって、ノリコはノリノリだ。
「てか、うまく行ってよね。応援しているんだから」
「う、うん。まあ頑張る」
「てか、カーシェアなんて何処で知ったの? アカネ」
ノリコが尋ねる。
「私の兄がその会社に勤めててさ。兄妹だから利用料も半額だしね」
そういうことか。やけに推してくるかと思ったら。
まあでも、それでも交通手段を確保してくれたアカネに、感謝しないと。
「なにそれ羨ましい」
「兄いたんだ」
兄妹か。私はいたことないから、ちょっとうらやましいかも。
「4つ上のね~。よく愚痴聞くけど、社会人にはなりたくないわ~」
「けど、3年後には就活だよ」
「だね~。ところで、会長さん初めて話したけど、いい人そうだよね」
「どうかな~。ああいうタイプに限って、けっこう腹ん中どす黒いと思うけど」
アカネが答える。ほんとにそのとおりだと思う。
「やっぱ、手遅れだったかな」
「いや、たぶんまだ付き合ってないと思うよ」
ノリコが答える。
「なんで分かるの!?」
「見てれば分かるよ。あの会長さんが一方的にアタックしてるだけに見えるし。サチコにチャンスあるかもよ」
「けどさ、今更だけど、冬に山に行くんだよね。雪とか大丈夫かな」
アカネが不安そうな声で言う。
言われてみれば、確かにそうだ。
「火事とか気をつけないとね。この時期乾燥するし」
車で2時間ほど、高速道路を渡り、インターを降りて、30分ほど山を登る。
しばらくすると、コテージが見えてきた。
「大きいね……」
「金持ちぃ~来てよかったかも」
いろいろな設備の説明があり、それぞれの部屋が別れた。
男女別で、ツトムたちは自治会の同級生たちと一緒の部屋のようだ。
そして私達3人は、同じ部屋に振り分けられた。
折角ツトムから誘ってもらった旅行だというのに、1日目はツトムとあまり会話できなかった。カホ……自治会長さんは、相変わらずツトムにべったりだ。
1日目は、ハイキングしたり、釣りしたり、いろいろ遊んだりした。
「なんなの……もう」
自分が近づけないことに対する自嘲と、どうしようもないやるせなさのため息。
まあ、主催者側からしたら、私たちは邪魔な存在であることには違いないのだろう。
おまけに、欠員以上の人数を連れてきたわけだし。
「なかなか、近づけないね」
部屋で、ノリコが文庫本を読み終わり、呟く。
「やり手だな~~。ああいうタイプはそのへんの男はコロっといっちゃいそう。あ、サチコ程じゃあないけどね」
「いや、向こうのほうが美人だよ」
「そうかな……。まあ私が男だったら、間違いなくサチコ選ぶけどね」
ツトムからあの女を守らなければ。という勝手な思い込みでついて来たけれど、それはただの思い過ごしだったんじゃないかって、思うことがある。
意外と、ツトムは楽しそうにしているのだ。
ツトムのあんな表情、あんまり見たことがない。
逆に、私が邪魔な存在じゃないかって思うほど。
「やっぱり、好きなのかな……」
いや、それは流石に弱気になりすぎだ。
人の心なんて、本当に話してみないとわからない。
話したところで、全てはわからないけど、話さないことよりかはマシだ。
きちんと自分の言葉で、きちんと、話さなくちゃ。
「ペン太郎だったら、今のタイミングで間違いなくツトムにかけるだろうな」
ふと、ペン太郎を思いだす。
振り返ってみれば、結構男気あるやつだった。
ぐだぐだしてるんじゃねえ。ちゃんと行動しろって。本当はそんなこと言ってないかもしれないけれど、そんな感じに聞こえてしまう。
折角来たんだ、ちゃんと声かけなくちゃ。
そう思って私は、ツトムにメッセージを入れる。
〈ツトム?〉
すぐさま、メッセージは既読になる。どうやらスマホは見ているらしい。
〈どうしたの?〉
〈今から、会えない?〉
既読がついて、30秒くらい経った。
けれど、私にとって、その30秒は、かなり長く感じて、そわそわする。
まるでスマホ中毒。気にすることなんて、ないのに。
ツトムだから、好きな人だから、余計なのかもしれない。
〈いいよ、外に小屋があるんだって。そこに行こう〉
そう言って、私は2人に、ちょっと出てくると伝え、部屋を出た。
先輩たちの目があることも、ツトムは分かっていたのか、わからないように時間差で落ち合うことに。
別荘から少し歩いた、離れにある小屋があった。
風通しもなく、内部に暖炉があり、木造の机と椅子がある。
「……さっちゃん、どうしたの? こんな時間に」
「今じゃないと、話せないと思ったから」
会長に全く話しかけられないような素振りをされてみては、こちらとしては声のかけ用もない。ほんとはすぐにでも言いたかったけど、雰囲気崩しそうだし。
「そっか。けどびっくりしたよ。2人もつれてくるなんてさ。先輩方説得するのに苦労したんだよ?」
「ごめん……」
「あ、俺の方こそごめん。そんなつもりで言ったわけじゃなくてさ。折角の旅行なのに、さっちゃんと話せなくなっちゃって」
気になることを、言う。
もう躊躇ってはいられない。
「会長さんとは、その、どうなの?」
「どうなのって?」
「あ、いや……結構気に入られてるみたいじゃん」
「まーコキ使われてるけどね。けっこうあの人、人使い荒くてさ~」
「そうじゃなくて」
「うん?」
ちゃんと言わなきゃ、気づいてもらえない。
私は息を呑みこんで、聞く。
「その、会長さんさ、ツトムのこと、恋愛的に見てるの、わかってる?」
「知ってるよ。学園祭の時にもそんな素振り見せてたし」
「……付き合ってるの?」
「……いや。正直、あの人は僕にはもったいないよ」
「嘘」
「なんだよさっちゃん」
「前の水族館のときも、映画のときもそうだったけど、ツトム、会長のこと、楽しそうに話すじゃない」
「それは、先輩だし、仕事もできる人だし、尊敬するから……」
「本当にそれだけ?」
「さっちゃんこそ、急にどうして、そんな話」
そうだ。私、自分の気持を伝えなくてどうする。
何も伝えてないのに、こんなことを聞いてどうする。
言わなきゃ。
言わなきゃ。
言わなくちゃ。
ツトムからそんな話を切り出されて、私は返答に困る。
言いたい。
けど、支えてる。
「あ、えと……そのさ」
わざわざツトムをこんな時間に呼び出したんだ。
ちゃんと、言わなくちゃ。
けど、口が開かない。
何で?
何故?
わからない。
恥ずかしい?
わからない。
そんな、もじもじしてる矢先だった。
「クエーーーーーーーッ!!」
「えっ?」
「ん?どうしたの?」
あれ、今、クエって言ったよね?
私はびっくりして、自分のスマートフォンを眺める。けれど確かに、ペン太郎の声がしたんだ。
わかんない。
わかんないけど。
勇気を持たなくちゃ、だよね。
「あのさ、ツトム、私ね」
深呼吸して、ツトムの目をまっすぐに見つめる。
「貴方のことが、好きなの!!」
言えた。
あんなに言えなかったのに。
また、アイツに助けられちゃったな。と、思うとともに、私の心の中にあったもやもやが、晴れてくるように感じる。
気持ちを、思いを伝えるのって。
こんなに、気分がいいことなんだ。
多分、私の顔は真っ赤だ。
「えっ……」
「多分、ずっと、前から」
「そう、だったんだ」
「だから、聞かせて。ツトムの気持ちを」
「俺は……」
「聞かせて。私、恥ずかしかったんだから」
「うん。俺も好きだよ。さっちゃんのこと」
「あ……」
嬉しい。
素直に、嬉しかった。
そして恥ずかしくて。
「クエッ!! クエーーーーーーーッ!!」
おめでとう。って言っているように聞こえた。
また、アイツの声だ、と思って自分のスマホを覗くが、いない。
「ペン太郎なの?」
「え、さっちゃん、どしたの、急に」
「ツトム、なんか、声、聞こえなかった?」
「うん? 急に告白して頭でもおかしくなった?」
「うるさいな!! そうじゃないんだって!!」
「けど、ずるいよさっちゃん。俺も、ずっと言おうと思ってたのに、先に越されちゃったし」
「え……」
「久しぶりにあった時、美人になってて、ホントにびっくりしてさ。昔から抱いてた気持ちが、さらに強くなった。さっちゃんが一番見たかった、イワトビペンギンを見に行ったときの、あの顔が、忘れられなくて。あんなことがあったから、二度と会えないと、思ってたのに……」
「イワトビペンギン……?」
そうだったっけ。
私、イワトビペンギンが見たくて、水族館に行ったんだっけ。
「あれ、覚えてないの?」
「あ……」
ようやく、思い出した。
過去の話。
全部私のせいだった。
昔、ツトムを連れていた頃。
イワトビペンギンが見たくて、当時幼かった私はツトムを連れて、水族館に行ったんだ。
無事に、イワトビペンギンは見れたけど、その帰り。
「私たちは、迷子になった」
「思い出したんだね」
そう。隣町まで歩いて。
けれど、帰り方が分からなくて、迷子になって。
挙句の果てに、山でツトムを連れて、ツトムに怪我をさせてしまった。
それに怒ったツトムの親が、私達の親に文句を言って。
「あれ以来、さっちゃんとは、遊ばなくなったよね」
「……ごめん、ツトム。全部私のせいなのに」
「いいさ、小さかった頃だし、気にしてないよ。実際楽しかったしね」
「けど……」
「だってその時から俺は、さっちゃんのことが好きだったわけだし」
「い、いきなり何言いだすのよ!!」
「だから、俺は俺の意志であのとき、さっちゃんと水族館に行ったんだ」
「あ……」
そうだ。
イワトビペンギンを見て、懐かしく思ったのに、忘れてしまったのは、忘れたかったから。
そしていつしか気にしなくなって、イワトビペンギンを思い出さなくなって。
だから、ペン太郎に会った時、違和感を感じたんだ。
何処か懐かしいような、もどかしいような、違和感。
それは、ツトムを水族館に連れて行った、罪悪感だったんだ。
そして、それ以来心の何処かで弱気に鳴った私の、深層の部分。
なら、こいつは。
「そうか……」
ペン太郎の声が、誰にも届かない理由。
ペン太郎が、私のスマホの中のペンギンとして、いる理由。
原因はわからないし、仕組みもわからないけれど。
“記憶”だったんだ。
忘れたいけど、けどもどかしくて。
私が封印していた、本当の私。
ちゃんと気づいて、向き合ったから、ペン太郎は、いなくなったんだ。
だからアイツは、最初から私で。
私はアイツだったんだ。
「さっちゃん?」
「ううん。なんでもないよ、行こ」
私は、ツトムの手を取って、小屋を離れた。
ちょっと不思議な話を書きたくて、この題材を選びました。




