春
春夏秋冬の全4編の予定です。
録画していた恋愛ドラマを見終わった。結構期待している作品だったのに、なんか変な終わり方になって、ちょっと腑に落ちない。いい感じになってた2人がそのままくっつくと思ってたのに、男の方に昔好きだった女がいきなり出てきて、何故かその女とつきあって終わりという、わけわかんない展開。
「つまんない」
私、サチコは、テレビを消した。期待していただけあって後味があまりすっきりせず、ちょっと腑に落ちない。
一人暮らしを初めて1週間。東京の大学に行くため、必死で受験勉強をして、入りたかった大学に入ることの出来た私は、地方から上京することに。
私の住んでた地域では自転車か車で移動が殆どだったのに、東京に来て電車の乗り方も分からずに困惑。
何SUICAって。うちの地元の西瓜に負けないくらいおいしいものかと最初思ったのに。
でも、ようやく念願の一人暮らしが出来るようになったのだ。私はかなりうれしかった。地元ではプライバシーなど無きに等しく、家に近所の小学生やおばさんたちとの長話が正直面倒だった。テレビもチャンネル争いなんて起きないし、地元よりもチャンネルが多くてうれしい。
だってうちの地元、NHKと民放の2つしかなかったのよ?
田舎にも程があるでしょう。
何より、高校三年間で、もてなかったスマホを、ついに持つことが出来たので、私にはそれが一番うれしかったのだ。これまで家の電話で友達と会話したり、当時の彼氏と会話することもあってか、親に会話が丸聞こえ。メールはおろか、ラインとかいうやつも遠い存在だったのだ。
明日はいよいよ大学の入学式。入学式用のスーツも買ってあるし、準備は万端だ。地元から母が入学式に来るとかいってたけど、私は来ないでと母に言った。どうせ、東京で買い物とかしたいだけだろうし。
高校の3年間はバドミントン馬鹿だったから、部活を引退するまで勉強のべの字もなかった。だけど進路を心配するようになって、このまま地元で就職するよりも、東京の大学に行きたいと思うようになった。
最初は反対されて、端から期待されてなかったのに、いざ入学すると、親は自慢したがる。田舎ではそんな話題なんて一大ニュースになるわけだから、合格した次の日にはその話で持ちきり。もちろん最初はみんなに祝ってもらってうれしかったけど、次第にめんどくさくなっちゃったのだ。
それでも、大学に行くお金と、一人暮らしをするお金は出してもらってるから、親に感謝しないといけないのだけれど。
大学に慣れたら、アルバイトでも探そうかな。
そんなことを考えていると、私のスマートフォンが突然卓上で震え始めた。誰かからの電話だろうかと画面を見るが、そんな様子はない。
画面が何も表示されていないのに、突如10秒くらい振動し始めたのだ。
「何これ」
機械に詳しくない私は、突然の出来事に驚く。
誰からも電話やメールが来た感じないのに、突然震え始めたのだ。
そして、その震えが止まった瞬間、急に画面が光り始めた。
私は恐る恐るスマホの画面を見る。
そして私は、そいつと目があった。
「クエッ!!」
「ペンギン……?」
一瞬、スマホのマスコットキャラクターが現れたかと思ったが、どうもそうではないらしい。
うすぼんやり思い出すが、頭の部分がホストみたいになっていたので、多分イワトビペンギンみたいな感じである。
そう、ペンギンが、私のスマホに現れたのだ。
「クエッ!!」
「変な鳴き声」
まるでチョコボー○のくちばし野郎みたいである。
「グエッ!?」
「あ、ちょっと怒った」
鳴き声がちょっと強くなって、こいつの表情が怒った顔をしだした。
ひょっとして、わたしの声が分かるのだろうか。
「おまえ、どこからきたの?」
「クヘッ」
こいつは、胸を高らかにして、自慢げなポーズを取って私に見せる。
言葉は通じるようだが、何を言っているのか分からない。
最初は、ペンギンが現れたときただ呆気にとられていたが、次第にめんどくさくなってくる。
何故かというと、このペンギン、画面の電気がついている最中、常にいるのである。
押したいボタンとか、電話やメールをするとき、退いてもらわないと押せなかったりするのだ。
「ね、ちょっと邪魔」
「グエッ!!」
メールをしようとして、アイコンをタッチしようとしたら、突如ペンギンがメールのアイコンを食べ始めたのだ。
「あ、アイコン食べないでよ、メールできないじゃん!! もう……」
最近のスマートフォンってすごいな。
こんな感じで、マスコットが装備されているなんて。携帯ショップのお兄さんはそんなこと説明してくれなかったのに。
ただ、メールや電話がしたいがために、このスマートフォンを買ってもらったのに、それが出来ないなんて本末転倒だ。
明日、入学式が終わったら携帯ショップによってみよう。
私はそう思って、寝ることにした。
「ペンギンなんて、入っていませんが……」
「そうですよね……」
開口一番、携帯ショップの男店員が口にした。
私自身も、スマホにそんな機能があるなんて思っていなかったから、半信半疑の状態だった。きっと白昼夢みたいなものだったのだろう。
というか、普通に考えたらおかしい人じゃん。私。
携帯ショップの店員さんは、丁寧に対応してくれて、アプリか何かでしょうね。と言ってくれた。その優しさに、私はなんだか恥ずかしくなった。
とにかく、昨日突然現れたペンギンの正体は、掴むことが出来なかった。
店を出て、最寄りの駅まで歩くことにした。新居の家と大学は電車で15分ぐらいの距離があり、少し離れている。
最初は大学の近くに住みたかったけれど、都市圏に近いこともあり、家賃が高かった。今住んでいる家の家賃と定期代合わせてもおつりがくるくらいの高さだったので、それで正解だったと思う。
にしても、電車ってほんと便利よね。
車も便利だったけど、時間通りに来て、時間通りにつく。
人がめちゃくちゃ多いことと、たまに事故で止まったりすること以外は、結構便利だと思う。
電車を降りて、駅の改札口に辿り着く。
すると、突然雨が降り出してきた。
「嘘でしょ」
思わず小声で声を漏らした。最悪だ。
駅からは歩いて5分ほどの距離なのだが、傘を持ってくるのを忘れていた。
そのまま走って帰っても良かったのだが、親に買ってもらったスーツを濡らすわけにもいかない。
と、途方に暮れているその時だった。
「さっちゃん……?」
「えっ?」
突然呼ばれてびっくりして、声のほうを振り返った。そこには、長身の男が、スーツを着ていた。一瞬誰かと思ったが、自分のことを「さっちゃん」呼びする人物は限られてくる。
ツトムだ。
「やっぱりさっちゃんだ。大学で見かけたんだけど、声をかける前にとっとと帰っちゃうんだもん。帰り同じだったみたいだね」
「ツトム? え? あのツトムなの?」
「酷いなぁさっちゃん。俺のこと忘れた?」
「いや忘れたってなにも……」
ツトムは、幼稚園から小学校まで近所に住んでいた幼馴染の男の子だ。小さい頃はよく遊んでいて、サチコの身長が高かったのもあってか、近所をよく連れまわしたことがあった。要は私のやんちゃに無理やり連れて行くような舎弟的な存在だったのだ。
そんなツトムが、自分よりも15㎝以上身長差が開いていて、まさか自分が見上げる形になっているとは。
かなり驚いた。だって最後に会ったの、小学生の6年の時だったから。
「久しぶり。さっちゃん」
「あ、うん……」
なんで口どもっちゃうのだろうか。気軽に話しかけてきたツトムは、かつて小学校の頃の舎弟で泣き虫だった面影はなく、まるで別人のようだった。声変わりもしていて、男らしくなっている。そんなツトムに、なんだか緊張してしまって何を話せばいいのかわからない自分がいる。
「よくわかったよね、私のこと」
「わかるよ、9年間もさっちゃんに連れまわされていちゃ。さっちゃん全然あのころと変わってないし」
「悪かったね。変わってなくて」
サチコは、「変わってない」という一言をツトムに言われてちょっと悔しくなった。それって自分が小学校のころと全然見た目と雰囲気が変わってない、つまり子供っぽいってことだろうと解釈したからだ。
「えーなんで拗ねてるの。いい意味で言ったのに」
「そういうツトムはチャラくなったよね」
「そんなことないよ」
「うるさい」
「はは」
「ところでツトム、傘持ってない?」
「それが俺、忘れちゃってさ」
「まじ?」
「まじ」
「はぁ~~」
駅の近くにカフェがあったので、雨宿りにツトムとよることにした。話の内容は昔話と、私の中学、高校話が多かった。そういえばツトムなら、あのペンギンのことを何か知っているんじゃないか。私はそう思って、ツトムに話を切り出した。
「そういえばさ、ツトム。あんた機械くわしかったよね」
「まあね。どうしたの?」
「これ、見てくんない」
私は、ペンギンの入った例のスマホをツトムに見せた。けれどアイツは、また出て来なくて、ツトムの前にも現れなかった。
「あれ……? おーい……おかしいな、あのペンギン」
「ペンギン? さっちゃんなんかアプリでも入れてるの?」
「あ、いやさ、私のスマホにペンギンが住んでて」
「ぷ」
「何よその顔」
ツトムは、冗談だと思ったのか、少し吹き出した。ちょっとムカつく。
「いやぁ、さっちゃんは面白いや。スマホにペンギンが“住んでる”って。夢でも見た?」
「信じてないでしょ!! 確かにいたんだから」
そう、あの生意気なペンギンがいたのだ。ツトムならわかると思ったのに、また現れなかった。