ソフィアとの再会
登場人物
ソフィア フランス国籍を持つアルジェリア移民
カメリア ソフィアの一人娘
臼杵哲太郎 パリ旅行にやってきた 株式トレーダー
「 サンドニで 」
ソフィアと出会ったのは、
サンドニの古い建物が建ち並ぶうらぶれた路上だった。
その前日 哲太郎は、パリで絵を描いてる友人に連れられて
この界隈を案内してもらった。
彼から「この辺りは、観光客もあまり来ない所で
地場の人相手の娼婦の多いところですよ」と聞かされていた。
哲太郎は、その事を頼りに 昨日乗った地下鉄で
シャンゼリゼからサンドニ駅までやって来た。
薄暗いサンドニの横道に入り歩いていると 弱々しい笑みを浮かべた女が
「Bonsoir Monsieur」
と遠慮がちに声を掛けてきた。
彼女は、草臥れたトレンチコートを羽織っており
髪が黒く眉が、黒く長く伸び整った顔立ちの肌が少し浅黒い女である。
年のころは、三十歳前後と思われた。
「Bonne soeur du soir」
哲太郎は、うろ覚えの言葉で 挨拶を返し手を差し出すと
彼女は、その手を優しく取って もう一方の手の親指を立て
後ろの建物の入り口の方を指差した。
「Bon」哲太郎が、短く答えた。
彼女は、彼の手を取ったまま 入り口を入ったすぐ左手の階段を上り
二階の一室に連れて行った。
建物旧い安ホテルで部屋の中は薄暗く 壁一面にえんじ色の壁紙が貼ってある。
床も湿っぽい同じ色の磨り減ったカーペットが敷かれていた。
ベッドが置かれた枕元の窓のカーテンに
赤とグリーンのネオンの点滅する光が映っていた。
二人はベッドに並んで腰を下ろした。
女は、哲太郎の顔を見て
「Chinois?]
「Non,japonais]
「Je suis de’ sole’」
彼女は、哲太郎の目を見ながら申し訳なさそうに
中国人と間違った事を謝った。
彼女の物言いは、ひっそりと物静かである。
哲太郎は惹かれるものを感じた。
彼が、彼女を指差しながら名前を聞くと
「Sophia」
と言う答えが返った。
「le pays?」
「Algerie」
「アルジェリア?」哲太郎が言い返すと
彼女は、嬉しそうに笑いながら
「Oui oui」と何度も頷き
彼のの膝に手を置いて 目を覗き込みながらゆっくりと頷いた。
哲太郎は、頷き返し 彼女に唇をつけた。
ソフィアは、目を閉じて口付けに応えた。
彼が顔を離した時、ソフィアの目は悲しげだった。
「douloureux?」
哲太郎は、彼女が辛そうだったので その事を口にした。
彼女は一瞬意味が分からなかったのか怪訝な顔をしたが、
すぐ気が付いたらしく首をゆっくり横に振りながら
「ressemble?」と応えた。
哲太郎は、意味が通じたと思い頷き返し
彼は、拙いフランス語で
自分の胸に湧き上がった好意の気持ちを口にした。
「merci」彼女は微笑みながら頷いた。
哲太郎は、短い会話であったが 互いに心が通い合うものを感じた。
「Sex?」ソフィアは、彼の目を覗き込みながら問いかけた。
哲太郎は頷き返し再び彼女に唇をつけた。
ソフィアは、長いフレンチキスで 彼に答えた。
彼が、胸元に手を差し込んだ時
小さな胸の乳首が、寒さの所為か固くなっているのが分かった。
ソフィアが、喉の奥で小さな吐息を漏らすのが聞こえた。
冷んやりとしたベッドの中で抱いたソフィアの肌は、
少しざらついて冷たく 吸い付くような感じがした。
哲太郎の身体は、熱くほ照っていた。
ソフィアは、哲太郎の胸に顔をつけ
「warm」と小さな声で口にした。
彼女の仕草は、始終穏やかで優しかった。
哲太郎は、ソフィアに覆いかぶさると
静かにゆっくりと自身を埋没させた。
ソフィアは切なげに眉根を寄せて
「whoo---」
微かに喉の奥で吐息を漏らせた。
二人は、互いを確かめ合うように見つめあいながら
哲太郎が達するとき
「uiii]
切なげな声を漏らし彼女も達した。
ソフィアは、余韻が収まると頬を緩め
「bon.il etait tres bon.merci」と言ったとき
彼には、彼女の言った事が良く分かった。
そして「僕も、ありがとう」と日本語で答えた。
外は冷たい雨が降っていた。
哲太郎は、朝までソフィアを抱いて眠った。
二人は、抱き合って互いの肌を温めながら眠った。
翌朝早く、哲太郎は過分な金をソフィアに渡し
「有難う、Merci」と云った時
彼女は、名残惜しそうに彼をを引き寄せてキスをした。
別れを惜しむかのような長いキスだった。
「 再 会 」
ソフィアと出会ったパリ旅行から一年が過ぎていた。
哲太郎は、故国に帰ってからも
ソフィアの悲しげな面影が脳裏を離れなかった。
その日は、師走の初めで
出先から戻る哲太郎の肩を 冷たい霧雨が濡らしていた。
彼女と別れたサンドニの朝も
今のような冷たい霧雨が、石畳を濡らしていた。
あれから彼女は、如何してるだろう?
未だに同じところで娼婦をしているのだろうか?
彼はは無性に 彼女にもう一度会いたいと言う想いに突き上げられた。
哲太郎は、仕事の方が 年末年始を迎え落ち着く時期だったので、
もう一度パリに出かける決心をした。
彼女に会えると言う確証も無く、
彼女が居たサンドニをもう一度見たいと思った。
そして彼女が居なくても そこの誰かに聞いてみようと思った。
一年前と同じシャンゼリゼのホテルに宿泊したその夜、
哲太郎は、地下鉄でサンドニ駅に降り立った。
記憶を頼りにサンドニの横道を入り
ソフィアと出会ったうらぶれたホテルの前で足を止めた。
入り口には、金髪の真っ赤なルージュに
同じ色のマニキュアで爪先を染めた女が立っていた。
「Bonsoir Monsieur」
「Bonsoir]彼も彼女の挨拶に応じる。
そして用意してきたフランス語のメモを差し出し
「Sophia Pensez-vous rester?」
ソフィアが、まだ居るかどうかを尋ねた。
「J'ai.L'appel a vous attendez un peu」
女は、ゼスチャーを交え答えると建物の中に消えた。
哲太郎は、誰かに聞きに行ったのだろう?
ソフィアが居る訳は無いと思いながら暫く待った。
若しソフィアが居たら 未だにこんな仕事を続けなければならない
彼女の気持を思い遣った。
ソフィアが怪訝な顔をして 先ほどの女の後から現れた。
哲太郎は、記憶にあった彼女を まさかと思いながら目を瞠った。
ソフィアは、暫く彼の顔を見ていたが、
その顔はやがて驚きと嬉しげな表情に変わった。
彼は、自分を覚えていてくれた事が嬉しく
満面に笑みを浮かべソフィアに歩み寄った。
彼女は「Japonais」
と言って哲太郎の胸に飛び込み キスの雨を降らせた。
よほど嬉しかったようだ。
哲太郎は、ソフィアの顔を覗き込みながら
「Sophia,long temps.Comment allez-vous?」と
少し練習していたフランス語で 久しぶりに会った言葉を口にした。
「Je vais bien ne sont pas vous?」
と彼女が返すのに 哲太郎は、大体の察しをつけて 笑みを浮かべ
「この通り」と言って身体を離し両手を広げて見せた。
ソフィアは、哲太郎の腕を抱え込むようにして建物の内に連れて入った。
部屋は、二階の一年前と同じで 何も変わっていなかった。
部屋に入るとソフィアは、哲太郎を抱きしめて狂ったようにキスをした。
顔を離し彼の目を見ては、キスを繰り返した。
「Je suis heureux que」
嬉しいと言った眼に涙が溢れていた。
哲太郎は、彼女に過分な金を差し出し
「Allons a I'hotel qui est reste avec moi」
自分のホテルにソフィアを誘った。
ソフィアは、金を受け取ると彼を待たせ
階下に降り店の者に哲太郎と出かける事を伝えた。
戻ってきた彼女は、
一年前と同じトレンチコートに毛糸のマフラーで首をぐるぐる巻きにして
嬉しげに哲太郎の腕を取った。
彼は、ホテルを出るとタクシーを呼びとめ
シャンゼリゼの泊まっているホテルを告げた。
車の中は暖かかった。
ソフィアは、哲太郎の腕を抱え込んだまま頭を 彼に押し付けた。
哲太郎は、シャンゼリゼの自分のホテルで
彼女にシャワーをさせバスローブに着替えさせて寛がせた。
明るい部屋の照明に照らされたソフィアは、嬉しげで美しかった。
ルームサービスでワインと 軽い食事を取り寄せ二人で食べた。
互いの言葉の所為で会話は少なかったが、
互いの表情で充分 幸せな気持ちが伝わった。
「ご免なさい、私まだ貴女の名前聞いていなかったわ。
ソフィアは本名。あなたの名前教えてくださる?」
哲太郎は、長いフランス語は良く分からなかったので
ノートパソコンを取り出し
「traduction」と言ってキーボードを指差した。
ソフィアは暫く首をかしげていたが、やおらキーを叩き始めた。
「僕は、哲太郎、臼杵哲太郎って言うんだ」
「Tetsutaro Usuki? Tetsuで良い?」
「良いよ。そのほうが呼びやすいだろう」
ソフィアは、すっかり寛いでいるように見えた。
パソコンのお蔭で言葉が通じる事と 少なくとも明日の夜まで
身体を使わなくても良いと安心しているようである。
彼は、ノートパソコンを使ってソフィアと踏み込んだ話をした。
「どうして、何時までも今の仕事をしなければならないの?」
「夫に死に別れ四歳になる娘を育てていかなければならないの。
娘は、私が仕事に出ている間、
亡くなった夫の両親に面倒を見てもらっているわ。
それに夫の両親の生活も見なけりゃならないのよ」
「それは大変だな。
それじゃ まだまだ仕事を続けなけりゃならないんだ」
哲太郎は、亡くなった夫の両親の暮らしの面倒まで見ている事を聞いて
彼女がいい人間だと分かった。
亡くなった夫の両親の面倒まで見るのは、並大抵の事ではない。
「そうなの。嗚呼、嫌だ、こんな生活。
わたし一年ぶりにあなたに出会って嬉しかった。
初めてあなたに会った時、
あなたとっても優しそうで 心の温かい人だと感じた。
言葉は、あまり通じなかったけど気持ちはすぐ伝わったわ」
「うん、僕も。最初君を見た時から なんだか気になってね。
そのうちに言葉が通じなくても
君の表情や仕草からから君の事が分かるような気がした。
あれから日本に帰って
ずっと君の事が、頭を離れなくなっちゃった」
「あなた、私に辛そうだねって言ったわね。
最初は何のことか良く分からなかったけど、
あなたが何を言ったのかすぐ気が付いた。
胸が突き上げられるように感じた。
わたしその事であなたが良い人だと分かった気がしたの。
夫が無くなって二年以上になっていたけど
久し振りに優しい人に出会ったと思ったわ。
あの時のあなたとのセックスは、本当の気持ちだった。
あなたは、朝までわたしを抱いて寝てくれた。
ただ、ずっと抱いていてくれただけ。
わたし自分に魅力が無いのかしらと思った。
でも、あなたが労わってくれたんだと分かった。
あの時、涙が出ちゃった」
「君の気持ちは、よく伝わっていたよ。
朝僕が帰るとき抱きしめてキスしてくれた。
あれから君が忘れられなくなった」
「良く覚えてるのね。わたしもTETSUの面影が、ずっと頭の中に残ってたわ。
だから今日あなたを見た時、まさかって思った。
全身が泡立った。夢だと思った。とっても嬉しかった」
「僕は、君がまだ居るとは思わなかった。
だけど若しかしたらと思ってサンドニへ出向いたんだよ。
あの女の人が、君を呼んで来てくれた時 本当に驚いた。
夢じゃないかと思った」
「TETSU? わたしが居なかったらあの人と寝た?」
「うーん---、如何かな?
多分寝なかったんじゃないかな。君の面影が潰れちゃうから」
「嬉しい、こんな事聞いちゃ駄目ね。わたし達商売なんだから」
「その話は、よそうよ。
ところで君のお嬢ちゃんは、今頃如何してるんだろうね?」
「多分、もう寝てると思うわ。如何かな、もうそろそろかも知れない」
「ソフィア、君が住んでる処は遠いの?」
「此処からだとそうでもないわ。Chateau d'Eau駅の近くのアパートよ」
「お嬢ちゃん預けている所は?」
「わたし、亡くなった夫の両親と住んでいるから そのアパート」
「そこ電話はあるの?」
「ええ」
「だったら、今から電話して明日此処へ連れてくるようにしたら。
三人で何処かへ出かけようよ。
暫く僕と付き合ってくれたら その間お金の心配は、しなくても良いよ。
二三日仕事休めない?」
「TETSUご迷惑じゃないかしら。
わたしは嬉しいけど、あなたに沢山お金使わせるわ」
「大丈夫、金の心配なんかしないで。それ位の事は大したことじゃない。
それより、良かったら早く電話して。お嬢ちゃんが寝ちゃわないうちに」
彼女は、自分のアパート電話を掛けた。
電話に出たのは、亡くなった夫の母親で 彼女に明日の事を伝えた。
母親は、娘を呼び電話を替わった。
娘は、まだベッドに入っていなかった。
幼い娘のカメリアは、思いがけない時間にママの声を聞いて喜んだ。
そして、明日のお出かけを楽しみにしながらベッドに入った。
哲太郎とソフィアは、その夜清潔なベッドで交わった。
ソフィアは、恋人と抱き合ってる幸せを感じた。
窓のレースカーテン越しに朝の光を浴びながら
TETSUと向かい合ってルームサービスの朝食を取りながら
ソフィアは、この幸せが何時までも続いて欲しいと思った。
思わず瞼が熱くなった。
TETSUがじっと見つめていた。
そして微笑んで頷いてくれた。
「ああ、この人は、分かってくれているんだ」
ソフィアは、フォークを置くと彼の手にそっと自分の手を重ねて頷き返した。
哲太郎は、傍らのノートパソコンを引き寄せると
「これから、二人でChateau d'Eauのアパートにお嬢ちゃんを迎えに行こう」
ソフィアは、頷いて応えた。
ソフィアは、身だしなみを整えTETSUに手を取られてロビーに降りた。
哲太郎は、フロントカウンターでソフィアと娘との三人が泊まれる部屋を
向こう三日間キープしてもらった。
出かけるときカウンターのコンシェルジュが、ソフィアの顔を見て
「行ってらっしゃいませ、奥様」と言ってくれた」
ソフィアは、礼を返しながら胸が熱くなった。
そして、傍らのTETSUの手をぎゅっと握り締めた。
「コンシェルジュが、奥様って言ったよ」
彼は、日本語で言いながらソフィアの頬に唇をつけた。
ソフィアは、頬を預けながら 握った手に一層力を込めた。
そして、此れからの三日間 TETSUと一緒に過ごせる事に思いを馳せた。
Chateau d’Eauのアパートのある界隈は、
移民の人が多く住み暮らす街だった。
亡くなった夫の両親は、昨夜ソフィアから電話で聞いていたものの
突然現れた日本人を見て驚いた。
ソフィアは、TETSUとの経緯を話し、
此れから三日間 彼と過ごす事を説明した。
両親は、自分の息子が亡くなって居たにも拘らず
自分たちを大切にしてくれている彼女には、心の底から感謝していた。
そして、そんなソフィアと孫娘の事を大切にしていた。
自分たちの為にソフィアが、辛い苦労をしている事を良く分かっていた。
訪れた日本人が、
孫娘とソフィアと一緒に過ごしてくれる事を聞いて良い人間だと思った。
また、日本と言う国が 祖国アルジェリアと良好な関係を持っている事から、
目の前の日本人に一層の好感を抱いた。
父親は両手で哲太郎の手を包み込むようにしながら 早口で何か喋った。
哲太郎には、言葉は分からなかったが、
自分に対する親愛の情を表している事を充分理解した。
母親が、おずおずと哲太郎に近づいて手を差し出しかけると
哲太郎は、優しくハグをして
「merci」と応え背中を優しく手で叩いた。
娘のカメリアは、慣れない東洋人を見て たじろいだが、
祖父母と彼の有様を見て安心した。
とくに祖母がハグされ 彼が微笑みながら
「Merci」と言うさまを見て優しい人だと分かった。
カメリアは、駆け寄ると小さな手を差し出した。
哲太郎は、腰を落とし小さな彼女の目を見て微笑みながら
小さな可愛らしい手を取って 軽く唇をつける大人に対する挨拶をした。
カメリアの 瞳は、母のソフィアと違って吸い込まれるようなブルーである。
多分何処かでソフィアか 亡くなった夫が、
旧宗主国の血を受け継いでいるのだろう。
カメリアは、誇らしそうに傍らの母親を見上げ
母の手を取って嬉しげに笑いキュッと首を竦めた。
それがとっても可愛く、
哲太郎は、思わず彼女を抱き上げ、頬にキスをした。
カメリアは、頬を預け首を竦めながらソフィアを見て笑った。
ソフィアは、指先で目じりの涙をそっと拭った。
祖母の目にも涙が浮かんでいた。
「さぁ、此れから何処へ行こうかなぁ?
プランタンのデパートに行って
カメリアの綺麗なお洋服を買おうかなぁ。
それとお人形さんも」
携えてきたノートパソコンで話掛けると
ソフィアが、分かり易いように娘に話し直した。
カメリアは大喜びで、
さっきのアパートでの哲太郎との挨拶ですっかり彼に懐いていた。
ソフィアは、TETSUを自分の夫のように感じた。
久しく失われていた三人で居る家族の暖かさと幸せを感じた。
タクシーの中で、TETSUが自分をじっと見つめているのに気が付いた。
彼は、言葉の壁を乗り越える為に 何時もじっと見つめ
表情から言葉でないものを 読み取っているようだった。
ソフィアは、自分の仕事が、彼をもたらしてくれた事を思い起こしながら
反面、今TETSUと一緒に居る自分の仕事への疎ましさを思った。
哲太郎は、彼女の表情の変化からソフィアが今考えた事が分かった。
そして、そっと膝に置かれたソフィアの手を優しく握りながら、
目を見て首を左右にゆっくりと何度も振った。
ソフィアは、なぜ自分の心が分かるのかと不思議に思いながらも
自分を気遣い労わってくれるTETSUを愛おしく思った。
カメリアを中に挟んで 彼女が、顔をTETHUの方に近づけると
彼も顔を寄せ唇を合わせてくれた。
カメリアは、それを見上げながら 嬉しそうに声を立てて笑った。
哲太郎は、
カメリアにも同じように可愛らしい唇にチュッと音をさせキスをしてやった。
カメリアは、
くすぐったそうに首を竦めると きゃっきゃと声を上げ はしゃぎ笑った。
そんな娘の頭にソフィアは、鼻を擦り付け抱きしめた。
カメリアは、買って貰ったポシェットを首から提げ 母親と哲太郎に手を繋がれ
弾むような足取りで 時にはぶら下がり カフェの張り出す歩道を歩いた。
哲太郎とソフィアは、空いた手に プランタンのショッピング袋を提げていた。
カメリアの服と人形、ソフィアの身に着けるものが 一杯詰まっていた。
ソフィアは、
ずっと身に着けていた古いトレンチコートを脱ぎ TETSUに買って貰った、
タータンチェックの暖かそうなショートコートを着
新しいジーンズを覗かせていた。
颯爽として見違えるように若やいで見えた。
前方にエッフェル塔が見えてきた。
哲太郎は、指差し「上がる?」と日本語で聞いた。
「Oui.Je pour la premiere fois 」
「えっ」
「first time」
ソフィアは、彼が聞き返すのに
少しだけ知っている英語でゼスチャーを交え言い直した。
「そうかぁ、パリに居て初めてなんだぁ」
意味が通じたソフィアは、頬を緩めながら肩をすくめ首を頷かせた。
彼は、ジェスチャーと片言のフランス語を交え
エッフェル塔に上り お昼ご飯を食べようと伝えた。
「Nice,aussi le dejeuner,lunch」
「そう、ランチも。dejeuner」
二人は、互いに言葉を補い合いながら愉しい会話を交し合った。
ソフィアは、娘にに
「小父さんが、エッフェル塔に上がろうって。
そしてお昼ご飯を食べるんだって」
「Bonne merci, petit pere」
カメリアが喜び答えるお礼に 哲太郎は、親指を立て応えてやった。
哲太郎は、歩きながら携帯電話で三人のランチの予約を入れた。
彼は、以前にエッフェル塔にも上り三階にあるレストランの事を良く知っていた。
三人は、最も高い所にある第三展望台まで上がった。
その展望台は吹曝しだったが、眼下にパリの街並みが広がり
見下ろす足元は、箱庭の様に美しかった。
哲太郎は、携帯をカメラモードにして
カメリアとソフィアのスナップ写真を沢山撮った。
人に頼んで三人のスナップも撮ってもらった。
哲太郎は、
予約した時間に合わせて三階にあるレストラン ジュールベルヌへ降りた。
室内は、暖かく冷えた身体に心地良かった。
ソフィアは鼻の頭を赤くし
カメリアは鼻水を出していたが、元気に はしゃぎ笑っていた。
彼は、カメリアの鼻をティッシュで拭うと
彼女の赤くなった鼻の頭にチュッとキスをした。
カメリアは、TETSUを抱きついて 胸に頭を擦り付け じゃれ付いた。
予約した席に就いたカメリアは、物珍しそうに辺りを見回した。
ソフィアと哲太郎は、暫し互いを見つめあった。
ソフィアは、愉しそうに食事をする娘を見て幸せだった。
夫がなくなる前の幸せが甦ってきた。
TETSUの顔を見た時
自分を見詰る彼の目が、潤んでいるのを目にし自分も目頭が熱くなった。
ソフィアは、フォークを置くとテーブルの彼の手をそっと握り締め
「Merci、TETSU」
と自分の気持ちを込めて更に強く握り締めた。
小さなあどけないカメリアの食事姿は、とっても可愛らしく
哲太郎は、何枚ものスナップを携帯のカメラに収めた。
三人が泊まれるように変えた部屋で カメリアを寝かせた後
「ソフィア、僕と結婚しないか?」
ソフィアは、哲太郎のパソコンの手元を見ながら 大きく目を見開き
「えっ、あなたと?結婚?」
「うん、駄目?」
「ううーん、嘘、嘘じゃないでしょうね」
「真剣な気持ち、君にオーケーして欲しい」
ソフィアの目に 見る見る涙が溢れ出し
鼻をすすり上げながら激しく何度も叩頭した。
そして「Yes,OKです」と言葉に出し、
TETHUに飛びついて激しいキスの雨を降らせた後、
彼の胸に顔を埋めてすすり泣いた。
ソフィアは、信じられない思いだった。
サンドニの娼婦の自分を妻にしてくれるTETSUが----。
夢のようで嬉しくて涙が止まらなかった。
哲太郎は、優しくソフィアの背をなでながら
「日本に行こう。三人で日本で暮らそう」
と言ってくれた時 躊躇した。
(日本に行ってしまえば、夫の両親はどうなるんだろうか?)
「お父さんとお母さんの事は、心配しなくてもいいよ。
君が働いて面倒見ているのは良く分かっている。
日本に行っても お二人が暮せるだけのお金は、送ってあげる。
お金の心配はしなくてもいいよ」
この人は、何時もわたしの胸の中を分かってくれる。
不思議な人だと思い、その声を耳にしながら
「Oui、oui、yes,yes。merci」と何度も応えた。
哲太郎も夢のような心地だった。
ソフィアに逢える確証も無く出てきたパリで 彼女に再び出会い
今こうして彼女を胸に抱いて結婚の約束を果した事が。
そして、人形のように可愛らしいカメリアも一緒に日本で暮らせる事が。
翌朝、カメリアを伴ってロビーに降り カフェで朝食を済ませた後
哲太郎は、ホテルのジュエリーショップでエンゲージリングを買った。
そして彼女の指に嵌めると
「今から教会に行って式を挙げよう。立会人は、カメリアだよだよ」
ソフィアは、喜びを顔中に浮かべ
「カメリア 、小父様が 今日からあなたのパパよ。
ママは、小父様と結婚するの」と娘に伝えた。
「ママ、ほんとに? 小父ちゃんが、パパになるの? やったぁー」
と子供らしい喜びを身体と言葉に表した。
三人は、教会で式を済ませた後、亡き夫の両親の許に戻り報告を済ませた。
アルジェリアのソフィアの両親は、
長く続いた内戦に巻き込まれ亡くなって居た。
ソフィアは、亡き夫の両親を実の親のように思っていた。
彼ら夫婦も 実の娘以上の気持ちでソフィアを慈しみ
息子との結婚を心から喜んでくれていた。
ソフィアは、アパートにおいてあった必要な書類を取り揃えると
哲太郎に付き添われて婚姻届を済ませ、
その足でパスポートの申請に向かった。
その日のうちに ソフィアは、忌まわしい娼婦の仕事を辞めた。
残された二日間、
哲太郎は、ソフィアとカメリアの三人でホテルで過ごしパリ見物をした。
最後の日 哲太郎は、
銀行に立ち寄りソフィアに 彼女達が、暫くの間生活を賄うに充分な金と
日本への渡航費用を渡し 凡ての手筈を整えてパリを後にした。
哲太郎が去った後、
ソフィアは、見違えるほど快活な女になっていた。
パスポートが下りるのが、待ち遠しかった。
亡き夫の両親は、ソフィアの幸せを喜びながらも
ソフィアと孫娘と暮らせなくなる事を寂しがった。
ソフィアからは、日本に行ってからもTETSUが、
自分達の暮らしに必要なお金を送ってくれると
聞いていたので安心していた。
そして日本人のTETSUを
イエス様の再来のように思い心の中で手を合わせた。
彼女たち夫婦は、故国で数少ないキリスト教徒だった。
「パパ、ママ、わたし日本に行ったら 一生懸命に働いて
二人を日本に来てもらえるように頑張るから、少しの間待っていて。
日本の事は良く分からないけど、きっとTETSUが助けてくれると思う。
これまで有難う。
必ず日本に来てもらえるように頑張るからね。
TETSUは約束を守る人だから心配しないで」
「ソフィア、嬉しいよ、お前にそう言って貰って。
でも無理しちゃ駄目だよ。
TETSUは、神様みたいに良い人だと分かっているよ。
きっと息子も天国からお前の幸せを祈ってくれてるし。
私達の為に感謝してくれてると思うよ」といって涙を流した。
日本に戻った哲太郎から手紙が届いた。
パソコンのトランスレイトを使ったのだろう。
時々可笑しいところも有ったが、充分意味が通じていた。
手紙には、
パスポートが下りてからの 日本への搭乗便の日時を知らせる事、
到着空港は成田にする事、
その時間に自分が出迎えている事などが細かく書かれていた。
そして、自分のアドレス、自宅の電話番号、
携帯電話の番号等が事細かく記され
この手紙は、日本に来るとき必ず身に付けている様に書かれていた。
そして、亡き夫の写真、両親の写真を忘れない様に記されていた。
ソフィアは、TETSUの行き届いた思いやりに胸を打たれた。
両親に話すと自分の息子の写真の事にまで触れていることに痛く感激し
「ああ、イエス様は、
亡き息子に代わって日本の息子を授けてくださった」
と神に感謝した。
おわり
「