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おばけなんて嘘さ、なんてそんなの嘘 ~会いたい人にはもう会えない、なんてウソ~  作者: 真間風乃
第一話【証言をする幽霊なんてウソ】
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 午前中の講義を終えた後、奈海と優希は、零と待ち合わせて、理学部の研究棟へ来ていた。文系だと友人でもいない限り滅多に来ることがないし、実際ここに来るのは初めてだ。 

 どこに何があるのか分からずに、辺りをキョロキョロしながら、天文学科の第十六研究室を探す。美希の所属していた研究室のメンバーから話を聞くためだ。

 奈海と優希の後ろを、零がポケットに手を突っ込んでついて来ている。窓の外を眺めながら、時折、欠伸までしている。

 本当に犯人は婚約者の佐田亮なのか。自殺の理由は本当にないのか。美希の知人から話を聞きたいから連れて行けと言い出したのは零なのに、全くやる気が感じられない。

 そんな零の周りには、さっきから続々と女子大生が集まりだしている。

 理系は男が多いというイメージがあるが、最近ではリケジョなんて呼ばれる理系女子が増えているとテレビや雑誌で聞いたことはある。だが、それにしても女子が多い気がする。きっと、他の学部からも来ているせいだ。

「佐田亮って私は会ったことないけど、そんなにチャラい男なの?」

 奈海が訊ねると、優希はあからさまに表情を歪めた。

 ここに来る前に、美希の友人達から亮の話は聞いた。美希との付き合いはまだ半年だったこともあってか、亮と会ったことがある友人はあまりいなかったが、その少数の友人達の感想のほとんどが『チャラい』だった。

 こういうことがあって、奈海も初めて亮の写真を見せてもらったが、その印象は同じだった。

 佐田亮、二十五歳。見た目はかなりチャラい。髪の毛も明るく染めて、服装も派手。今はバーでバーテンダーの見習いとして働いているが、優希と付き合いだした当初はホストをしていた。

 出会いだって、ナンパだったと美希本人から聞いたことがある。美希が友人達と飲みに行った帰りに声をかけて来たらしい。

「チャラいってもんじゃないよ。きっと、お姉ちゃんのお金が目当てだったんだよ。」

 優希は嫌悪感を露わにして言った。

「そうねぇ。」

 絶対に騙されてる―。美希が亮と付き合いだした頃から、優希はいつもそう言っていた。本人にもそう忠告したことがあるが、そんなことはありえないと笑われて終わったらしい。

 だが、優希の心配も一理あるとは思う。

 安いとは言えない報酬額を優希が払えるのは実家が金持ちだからだ。なんとか切り詰めれば支払える程度の仕送りが、毎月送られてきているようだ。

 優希の実家は、北海道で旅館を経営している。老舗と呼ばれるくらいの歴史ある旅館だ。その旅館を長女である美希が継ぐことになっていた。だから、美希と結婚すれば、老舗旅館も手に入れることが出来るというわけだ。

 それに、旅行が趣味だった美希はよく亮とも一緒に泊りがけで出かけていたが、バーテンダーのアルバイトの亮は常に金欠で、旅費もすべて美希が出していたらしい。

 だから、亮はお金目当てで美希と結婚しようとしている、というのが優希の見解のようだ。

 だが、果たして本当にそうだろうか。

 確かにそう思えなくもないが、美希の性格上、それはないような気がする。

 長女だからと言うのもあるのかは分からないが、美希は、世話好きで、誰からも頼りにされていて、人に優しく自分に厳しい性格。だがその反面、妙に現実主義なところがあった。悪く言えば、融通の利かない頑固者、だろうか。

 勉強よりも自分磨きに命を懸けている奈海が『モデルにでもなろうかな。』と言ったら、それでご飯を食べていけるのはほんの一握りだと大反対されたことがある。冗談も通じない真面目者だったのだ。

 そんな彼女が、お金目当てで近寄って来るような男に騙されるだろうか。しっかりとその人間の中身を見て、そして判断をするような気がする。

 だが、恋は盲目とも言うし、恋に落ちてしまった美希がまんまと騙されていたということもありうる。

「あ!あった!ここだ!!」

 優希が指さした扉には【第十六研究室】とあった。

 やっとたどり着いたようだ。

 扉をノックするが返事はない。

 今は講義の時間ではないからここにいるはずだ、と聞いて来たのだがいないのだろうか。

 返事がないので、勝手に中に入らせてもらうことにした。扉を開いてすぐ、いくつもの機械に出迎えられた。何に使うのか分からない大小さまざまな機械が、狭い入口に所狭しと置かれている。ゴチャゴチャとした印象を受ける。

 片付けがあまり得意ではない研究室のようだ。そういえば、しっかり者だった美希も片づけだけは苦手だった。

 触って倒してしまったら怖いので、機械の間を慎重に通り抜ければ、入口にあったものよりも大きな機械がいくつも置いてある部屋に出た。壁に沿うようにパソコンが何台も並べられている。部屋の中央には大きな台が二つあって、その上に天板や電子機械が置いてある。この台で研究を行っているのだろう。

 さらにこの部屋の奥に扉がひとつあった。そこには【准教授 磯水教一】と書いてある。

 この研究室の教授が、磯水だ。

 どうやら、あそこが、磯水が研究中以外に使用している部屋のようだ。

 すると、その扉がゆっくりと開いた。

 磯水かと思ったが、違った。

 出て来たのは、男だった。見た目の雰囲気から、恐らく学生だ。奈海達に気づくと、驚いた顔をした後、小さく会釈をしてこの部屋から出て行こうとする。

「あ!ちょっと待って!あなた、この研究室の人?話が聞きたいの。」

 慌てて奈海が引きとめると、学生は訝し気にしながらも答えてくれた。

「この研修室のメンバーは全員で旅行に行ってるけど。」

 そうだったのか。だから、誰もいなかったということらしい。

「じゃあ、あなたは?この研究室じゃないの?」

「おれはレポートを出しに来ただけ。先生に部屋に置いとけば見るって言ってもらったから。」

「それじゃ、磯水先生も一緒に旅行に行ったってことですか?」

 優希が訊ねると、学生は首を横に振った。

「よくわかんないけど、最近は忙しいみたいで、講義の時以外はいつもどこか行ってるよ。」

 だから、磯水先生のゼミの学生は、レポートを直接手渡さずに部屋に持ってくるように指示されているらしい。

 どこに行ったのかを聞いてみたが、知らないようだ。

「あ、でも…。」

 学生は思い出したように言った。

「なに?」

「先生の教授秘書なら知ってるかも。」

 教授秘書とは、教授の研究以外の補佐、簡単に言えば雑用を担当している人のことだ。磯水は、忙しくなりだした頃から教授秘書をつけるようになったらしい。

 さっき、そこの廊下ですれ違ったから、もしかしたらまだ学校にいるかもしれないと言うので、奈海達はその教授秘書を探すことにした。








 奈海達は、理学部の棟の裏手にある駐車場に来ていた。磯水の教授秘書が駐車場に向かっているのを見たと聞いたからだ。

 学生達に聞いてわかったが、磯水の教授秘書は有名だった。かなりの美人らしい。理系の学部で女が少ないということもあって、余計に目立つようだ。

 『姫様』なんて呼ぶオタクっぽい学生もいた。聞きもしないのに教えてくれた磯水の教授秘書の情報によると、名前は黒羽あさみ。年齢は二十四歳。優しくて、明るくて、可愛くて、微笑みはまるで天使のようで―。とにかく、彼のドストライクのタイプのようだ。でも、みんなの姫様だから誰かのものになってはいけないので、変な虫がつかないように影でずっと見守っているらしい。どうでもいい。

 だが一応、駐車場で彼女を探す有力な情報もあった。彼女の乗っている車が、可愛らしい見た目とは裏腹に、黒のゴツイSUVだということだ。その車を見つければ、彼女はまだ大学に残っているということになる。

「あ!あの人じゃない?」

 またしても先に見つけたのは優希だった。指さした先には、栗色の髪を緩やかにカールさせた女がいた。ベージュのミニワンピースに白のロングカーディガンを羽織っている。彼女が向かう方を見れば黒いSUVが停まっている。ギリギリセーフだったようだ。

 少し距離があったが、顔はハッキリと認識できた。色白の綺麗な女だ。なんとなく、オタク学生が『姫様』と呼ぶのも分かる気がした。

 右手には書類を持っているように見える。それを磯水に届けに行くところなのかもしれない。

 奈海が声をかけようとしたとき、後ろで地面を蹴る音がした。そして、気づいたときには、零が彼女の方へと一気に駈け出していた。

 ずっとやる気のない態度だった零のその姿に、奈海と優希は驚いて顔を見合わせる。やっとやる気が出て来たのだろうか。

「あさみ!!」

 黒いSUVに鍵を向けてロックを外そうとしていた彼女の右腕を零が掴んだ。

 確かに、教授秘書の名前は“あさみ”だと聞いたが、いきなり呼び捨てはないのではないだろうか。さすがの王子様もそれはやり過ぎだ。

 驚いた彼女が思わず落としてしまった書類がハラハラと宙を舞う。

 彼女は、信じられないようなものを見る目で、まっすぐに零を見ていた。


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