プロローグ
家財道具のすべてを運び出された家は、まるで初めからそこには誰も存在しなかったような淋しさを漂わせていた。
丸窓の方を見れば、いつもと変わらない青い空と青い海があった。遠くから、波の音も聞こえてくる。
小高い丘の上にある赤い屋根の小さなお家。丘の向こうには、どこまでも続く青く綺麗な海が広がっている。
物語に出てきそうな、可愛らしくて、幸せに溢れたこの家が大好きだった。
でも、もう二度とこの場所に帰ってくることはない。
あの日々は、もう二度と、戻らない。
それを選んだのは、他の誰でもない自分だ。
後悔はしていない。振り返るつもりもない。
「さようなら。」
もう帰ってくることのない家に言ったのか、誰へ向けた言葉なのかは分からない。
女はゆっくりとした足取りで玄関へ向かう。
廊下の古い床が、キーキーと歩く度に音を立てる。
こんなに耳障りに響く音だっただろうか。まるで、家が泣いてるみたいで、胸が苦しくなる。
白い手がドアノブを掴んだ。
扉を開ければ、本当にもう二度と戻ってくることはなくなる。
ここでの思い出のすべてが消されていく。
深呼吸をひとつして、女はゆっくりとドアノブをまわした―。