ムキムキでもその愛はしんどい。
ムキムキマッチョの姫様の恋になるかもしれない話。
「お姉様!
お会いしたかったですわ!」
声と共に、ふわりと女神のごとき美女がテラスから飛び降りてきました。
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ある国にそれはそれは勇猛果敢な凛々しい姫様がおりました。
剣をふるえば、ばったばったと相手をなぎ倒し、
組手をすれば、軽々と投げ飛ばし蹴り飛ばし、
走れば風のように早い。
その肉体は鋼のように強く…なんと言いますかムキムキマッチョでした。
姫様は六人の弟妹がおりました。
二の姫から五の姫まで、おまけに末の弟も皆が美しいと評判の王妃様に似ましたが、その姫はそれはそれは父である国王の面差しに似ていましたので強面でした。
父である国王は周辺諸国どころか隣の大陸まで名を轟かすほどの強さを誇り、かつ戦場では冷酷無慈悲な悪魔の王と呼ばれ恐れられておりました。
そんな父に似た姫は大変男らしい顔立ちな上、ムキムキマッチョでした。
☆☆☆☆☆☆
「…お前はっ…なに考えてっ…いるっ!!!!」
三階から一気にかけ降りた男性が死にそうになりながら女神に…自分の妹に怒鳴り付けるのを、姫様はゴルゴ顔で受け止めました。
内心はオロオロしていましたが、外見は全く動じていない感じでした。
三階のテラスからいきなり飛び降りた姫様の妹の二の姫様。
姫様はそれを見た瞬間猛ダッシュをし、二の姫様をジャンピングキャッチしつつ、勢いを殺し、ふんわりお姫様抱っこで受け止めました。
内心は冷や汗でした。
二の姫様は昔から姫様の事を信じて疑いません。
お姉様だったら〇〇できる。
お姉様だったら〇〇なんて余裕。
そう宣言しては皆に悪気無く広めるので、姫様はそれに応えるべく頑張ってしまうのでした。
だいぶ昔、まだ弟のシュバルツ君が産まれてまもない頃…
姫様は、木から飛び降りた二の姫様を受け止めきれず怪我をさせてしまった事がありました。
足を折るほど、可愛い顔に手に傷もつくほどの怪我。
それは不意打ちで呼び掛けられての事でした。
姫様はもちろん悪くありませんでしたか、それでも両親に妹達を大事にしなさいと言い付けられておりましたので、責任を感じるは妹が可哀想やらで泣きそうになりました。
いつもならばちょっとの怪我でも大騒ぎする二の姫様でしたが、
「今のは私のタイミングがわるかったのですわ!
もう一度やりましょう!」
とプルプルヨロヨロしながら立ち上がりなんでもないことのようにふるまったのでした。
二の姫様なりに心配をかけないとしたがための行動でした。
もちろん、そんなことは許可されるはずもなく医務室行きとなった二の姫様ですが治療中泣き言も漏らさず痛みを訴えることもしませんでした。
完治するまでなんでもないようにふるまい続けたのでした。
そうして、
完治すると止める侍女や護衛を振り切り、物凄い速さで木に登った二の姫様はオロオロする姫様に元気に呼び掛け飛び降りたのでした。
今度は見事キャッチした姫様。
「お姉様は世界一ですわ!
私のお姉様は世界一ですの!」
どや顔で皆に言って回る二の姫様。
皆は呆れるやら苦笑いやらするばかり。
母君に瓜二つといわれるほど美しい二の姫様には父君も普段は甘いのですが、この時ばかりは雷を落とし、懲罰房に入れられました。
真夜中、心配でたまらない姫様がこっそり食べ物を持って真っ暗な懲罰房にやって来ました。
さすがの二の姫様もしくしく泣いていましたが、姫様の姿を見るとあわてて涙を拭き笑いました。
「私、お姉様が素敵なのを皆に自慢したかったの。
でも今日はやりすぎたかもしれません。
けど悪いこの私を心配してくれるお姉様はやっぱり世界一ですわ!」
反省の色なしの二の姫様。
ですが姫様は知っていました。
全ては二の姫様なりの思いやりであると。
姫君らしくない。
姫君の癖に剣をふるい、体を鍛えてばかり。
王族としての品格や気品が足りない。
男であればよかったものを。
…等々、その頃姫様は陰でよく言われていました。
そんな中始まった二の姫様の、お姉様は素晴らしい宣言に始まる奇行。
外見は正反対の姉妹でしたが、心根は姫様の方が優しくとても繊細でした。
なんでもないことのようにふるまいつつも、実は姫様はがっつり傷付いている!と聡い二の姫様は分かってしまいました。
二の姫様は姉君が大好きでした。
だからこそ皆にも姫様の良いところを知ってほしいと幼いながらに思った結果がそれでした。
それから十数年たってもなお、二の姫様のスタンスは変わりません。
年頃になろうが、婚約しようが、結婚しようが、姫様を見ればとりあえず高いところから飛び降りるのです。
いい加減やめてほしいと姫様は切実に思っています。
さてさて、目の前でまだまだ息が整わない男性は二の姫様の旦那様でした。
隣の国の宰相補佐をしており沈着冷静さが似合う美丈夫ですが、冷静さの欠片もありません。
どんなことも表情ひとつ変えずやりきると評判ですが、二の姫様が関われば形無しです。
「姉姫様からも…っ、
妻に言ってやってください…っ、もう一人の体ではないのだからと…っ!!!」
二の姫様のお腹は少し膨らんでいます。
姫様は目眩がしました。
妊婦はもっと大人しいものではないのでしょうか。
少なくとも母君は動くこともままならないほどぐったりしていた人でした。
「もうやっては駄目だから。」
「お姉様がこのまま食事会場まで連れていってくれるのならば、もうしませんわ。」
心を込めて言うと、二の姫様は条件付きで了承しました。
二の姫様はちゃっかりしています。
そんなのは姫様にとってはお安いご用でした。
軽やかに階段を登っていきます。
ヨロヨロと二の姫様の旦那様もついてきます。
「私を抱上げたまま颯爽と下から上まであがれるお姉様はやっぱり素敵ですわ!」
うっとり言う二の姫様の言葉に、ふらふらな旦那様は傷付き、嫉妬の眼差して姫様を見つめるのでした。
妹の愛は、ムキムキマッチョの姫様でさえ重くてしんどいと心から思うのでした。
妹様の愛は思いと感じる姫様でした。