終章 生と死
「さあ始めよう。死に行く為の生命を」
人間共が、また戦争を始めたらしい。
前に私が手を入れたのは、だいたい七百五十年前だっただろうか。
しかし、二年前の革命も、百年前の小競り合いも、三百年前の小規模な戦争も、すぐに終息している。
今回も、まずは様子見とするか。
どうやら、機械の発展により魔法を取り除こうという運動らしい。
バカな。原理が不明と言うならば、世に出回っている発光石や常光石なんかもそうではないか。彼らが使う機械にも、どういう原理で動いているのか分からない物質も多々ある。機械には機械、魔法には魔法の利点と欠点がある。一方的な見方で他方を排除するとは、人間は相変わらずバカな真似をするものだ。
しかも、戦局は魔法を使う人間側が有利だ。そのうち、勝手に機械側の人間が白旗を上げ、和解するだろう。今回も、小さな小競り合いだったようだが、人間が無駄に死んでしまった。それは嘆かわしい。
状況が変わった。
機械側が、魔封石という魔法を永遠に封印する機械を発明した。私は、この世界の魔法がどのような原理で発動しているかの全てを知っている。一度石に変えられた精霊は、二度と帰って来るまい。これを放置すると、人間の文化的発展の速度が著しく落ちる。この暴挙は、阻止しなくてはいけなかった。
しかし、私が機械側を一方的に攻めても、お互いの被害が大きくなる上に、また魔法側がそこを付けねらって、最終的に全滅ということになりかねない。そうすれば、人間の技術発展の速度が落ち、やはり問題となる。となれば、我々がまた、敵役になるしかないだろう。
ある人間にヒントを与え、襲いかかる時は盛大な音楽を流し、できるだけ倒しやすい魔物ができるよう『受命』を行なった。スライムの増殖の速さは、私も計算外だったが。死なせるために命を授けることは、できれば行ないたくないが、私の理想の世界が訪れれば、それらの者も報われる。それらを用いて人類に戦闘を仕掛けた。相変わらず、こういう状況になると急に一致団結し始める種族だ。少し嫌気が差したが、私はそれを逆に利用させてもらった。
瓦礫の巨人を退け、私が姿を現さなければ、人々は勝利を確信するだろう。都合よく、私がヒントを教えた人間は、機械と魔法、両方の才を持っていた。それを駆使し、人々の架け橋となったようだ。これで、一仕事終わりだ。七百五十年前と比べて、だいぶ楽で、手っ取り早かったのは幸運だった。死したドラゴンも、一匹で済んだ。
中央大陸の南西に、小さな村がある。
数年前の戦争で、突如現れた魔物達によって滅ぼされた村があった。石でできた教会と、民宿だけが残っている。
現在はそこに人も集まり、復興も大いに進んでいるようだ。新しく建築大臣が任命され、その者の教えにより、今までよりよい効率で、より強度な建造物を建築できるようになった。
よって、戦争を耐え抜いた民宿や教会は、逆に古風の建物として、人々に親しまれていた。
その宿を、一人の男が今引き払った。黒い服に身をまとい、黒いマント。少し色白で、瞳は金色に輝いている。黒い、少し長い、ボサボサの髪の持ち主だった。腰には、一本の剣が刺さっている。
空は、少し雲が多く、日光が出たり隠れたりしている。気温は、心地よい暖かさだった。
その男は、村を北に出た。少し進んだところに、緑のウロコが積み重ねられた、不思議な場所があった。
そこはかつて、ドラゴンが死んだ場所だった。一般人なら少し気になるぐらいで近づくような場所ではないが、男はそこに近寄って、ウロコをどけ始めた。まるで、ウロコの下に何かが埋まっていると確信したかのような目だった。
そして、その男は、探していたものを見つけられなかった。
男は知っていた。ドラゴンは、死ぬ直前にタマゴを一つ産み落とす。そこからは全く同種のドラゴンが産まれ、そのドラゴンが死ぬ直前はまたタマゴを落とす。こうやって一子相伝式で、ドラゴンという種は継続しているのだ。各種のドラゴンは、死に際にタマゴを無事に残すことを考えて、水に棲むドラゴンは水中に、火のドラゴンなら火口に、もしくはこのように、ウロコでカモフラージュして守るものだ。
この男は、ドラゴンがここで死んだことを知っていて、そのタマゴの様子を見に来たのだ。しかし、タマゴは何者かの手によって持ち去られていた。
男は、頭を抱えた。あれが人間の手に入ると、また面倒なことになるかもしれないな。その時はまた、対策を講じなければ。
そして、男は代わりに、こぶし大の岩石がそこに落ちているのを見つけた。ふむ、と考えて、それを拾い上げる。そして、ドラゴンのウロコを元通りに戻した。
そのまま、何食わぬ顔で男は山の中に入る。山道の起伏を無視して、ただ中央に存在する“破滅の大地”に向かって歩き続ける。
そして、“破滅の大地”らしき荒野が見えた。見えて、男は躊躇することなくその中に侵入した。
そして、先ほどの場所から持ってきた岩石を右手に持って、力を込める。
その瞬間、岩石が光り出し、その形を大きく変える。
あ、これは失敗したのではないだろうか。いやー物事をなんとなくで進めるとやはりロクなことにならないな。
『受命』のチカラを使った、数年前は魔王と呼ばれていた男は、そんな後悔をして、その光景を眺めていた。
ドラゴンは、私が生み出した魔物ではない。
彼らは、もともと知ある一族で、この世界の覇者だった。しかし、本当に賢明だった故、知ありし者が世界を歪めると悟った。そして、彼らは理性を捨て、本能だけで行動した。人類が登場したのは、その後の話だ。
彼らは、理想郷の先駆者だった。私は彼らに、最大限の敬意を表し、彼らもまた、私に友好的だった。
光が収まった時、そこには一糸まとわぬ少女がいた。
少女は座り込んで、ずっと泣いている。目の前の魔王に気づくのに、随分時間がかかった。
「……?」
少女が目の前の男を認識した。その男が魔王ということと、自分が素っ裸だということには、気づかない。非常に発育のよい体を持つ少女で、白い柔らかそうな肌に、豊満な胸、ピンク色の髪が腰の辺りまで伸びている。しかし、その魅惑の光景に、魔王が心揺さぶられることはない。
魔王は、少女が自分を見たことを確認してから、剣を抜いた。右手で持つ。
「選べ。この世で生きるか、直ちに死ぬか」
そう言って、三秒ほど待った。少女は、その間黙っていた。
すぱん。
魔王が、少女の首を斬った。
切れ味抜群の剣で、少女の首を右から左に切断する。しかし、血も出なければ、首が落ちることもない。何事もなかったかのように、少女の首は繋がっているように見える。しかし確実に首は切断されており、断面が上にのっているようにも見えた。
魔王が驚いている間に、少女の首が塞がってゆく。すぐに皮と皮が、肉と肉が、骨と骨が、神経と神経が繋がり、元通りになった。
「……貴様、何者だ」
魔王は、人間のようで、ありえない体をしている少女に、剣をしまいながらそう問うた。
まるで生まれたての赤子のように、ぱくぱくと口と舌を動かして、言葉を覚えたての幼子のように、あーあー、と声を出してから、少女は答えた。
「私、は、ヒール、精霊、です」
魔封石は、精霊を封印した後は、ただの石と見分けがつかない。
しかし、それには確実に精霊が封印されている。それに命を持たせれば、当然精霊に命が宿って現世に出てきても、おかしくはなかった。
おかしくはなかったが、彼、魔王にとっては、しこたま面倒なことになった。精霊は、死なないのである。
とりあえず、見た目が人間で、不死の生命体を放置するわけにはいかなかった。言葉は話せるようなので、魔王はいくつかの質問をした。
ヒールと名乗る少女は、泣き止んできているようで、言葉も辛うじて話せるようになっていた。
「私が誰か、知っているか」
「……分かり、ません」
「見てきたことを、覚えているか」
「……とても、悲しいことが、あったことだけ、覚えています」
「……人間について、どう思う」
魔王のこの問いに答えるのに、ヒールはかなりの時間をかけて、答える。
「……彼らは、もう、信用、しません……」
魔王の口元が、にやりと笑った。
「貴様、いや、ヒールよ。私と共に来るがいい」
魔王はそう言って、少女に手を差し伸べた。
少女はよく分からなかったが、きっとこの人は私の味方だと思い込んだ。差し伸べられた手は、自分のそれよりも白く、力強い事もなかったが、引き込まれるような魅力を感じた。
この世界のエネルギーの総量は、常に一定だ。
魔王は、精霊ヒール、もとい、素っ裸の少女、しかも発育がいい、をどうやって連れて行くかで悩みながら、山の中の森を進んだ。悩んで、どうせ死にはしないし放置してもいいだろうということで、服を買って持っていけば問題ないと思い、一旦ヒールを森の中に放置し、昨日泊まった小さな村へと服を買い求めた。
女物の服を選んだので、店員から変な目で見られたが、娘のものです、と言ってごまかした。魔王が命を与えた者へと送るので、娘という表現もあながち間違いではなかったが、彼の正体が魔王だと知る者がこれを知れば、間違いなく腹筋が筋肉痛になっていただろう。
しかし、問題はその後に起こった。なんと、ヒールが素っ裸のまま、自分を追って村に侵入してきたのである。それをみたある男は鼻血を吹いてた俺、ある親子は息子の目を必至で母親が隠し、ある若者は鼻の下を伸ばしながら、すぐに我に帰って他の者へと報告に走った。
魔王は、目を手で覆った。こうなれば、少し強引に回収するか。
ヒールは虚ろな目で、何かを探しているようだった。魔王は少し遠くから、ヒールの移動ルートを予測し、丁度家と家の影になっているところに待ち伏せをした。準備として、漆黒のマントを自分の耳に被さるように上げる。そして、丁度魔王のすぐそばを移動するタイミングで、魔王のもう一つのチカラ、『再生』を発動する。
ぴっしゃらどっかあああああああああああああん!
雷のようなサウンド・エフェクトを、大音量で近辺に響かせた。
鼓膜が破れるかどうかというギリギリの音量で、その音は付近の人間を直撃した。腹まで響く轟音に人々は怯み、一斉に空を仰ぐ。空は、昼間の太陽と、少し多めの雲が穏やかに流れているだけだった。魔王は、衝撃を吸収するマントで耳を守っていたのでノーダメージだ。ヒールに関しては、完全に無視していた。
その隙に、魔王はヒールを素早く引っ張った。通りに自分がマントを広げて立ちふさがり、ヒールの裸体が人目に触れないようにする。
わけが分からずきょとんとするヒールに、魔王は買ってきた服が入っている袋の中身をぶちまけて、着ろ、と促した。つもりだった。
もちろん、ヒールには分からない。
仕方ないので、魔王は素早く自分のマントをヒールに巻き付けた。
その後、どこか人目につかない場所に移動しようと考えたが、この顔が覚えられすぎている。考えながら、自分でぶちまけた袋の中身、女物の衣装を袋に戻す。その際、付属していた二本のゴムに目が行った。
魔王は、慣れた手つきでヒールの長いピンクの髪を二つにまとめ、両サイドで縛った。ツインテールの完成だ。なぜ魔王が髪の扱いに慣れているかは割愛するが、とりあえずこれで、人目をかいくぐって移動できそうだ。
「本当に赤ん坊ではないか……」
なんとか人目がつかないところまで離れたところへ移動した魔王が、そう愚痴った。しかし、本来精霊に服を着るなどという習慣がないことも魔王は知っている。というか、根本的に価値観や生活が人間とは全く違う。何千年も人間達を見てきたとはいえ、人間以外の者が人間以外の者に人間の生活習慣を教えるという、少なくとも本人からすればシュールな状況だった。
とりあえず一通り服を着せる。白い長袖のシャツとピンクの長めのスカートなのだが、魔王は下着を買っていなかった。シャツの作りが体のラインを出しにくいもので助かっているとはいえ、今度はヒールを連れて、服と下着の売り場へと急行した。
そして、必要な服装一式を入手した。下着の上はつけやすいように、伸縮性があってワイヤーやホックなどがないスポーツブラを選択し、かぶるように着ることができる、上下が一緒になったワンピースを購入した。ちなみに、彼女が気に入ったのか、色は全て薄いピンク色だ。初めに買ったシャツとスカートは、どこかで売却してしまおう。彼女の新しい衣装の感想などは全く考えず、魔王はそんなことを考えた。魔王にとって、服装は人間の街を歩けるものなら、それでよかった。
ちなみに、ツインテールにしてある髪型は、どこに行っても外そうとしなかった。入浴、これも教えるのに手間がかかったが、その際だけは外していたが、平時は極力ツインテールを保とうとした。これは魔王が教えていないのに、すぐに自分でツインテールを作る事ができるようになった。
その後、魔王とヒールは中央大陸を南のほうに歩いた。訪れるどの村や町も、復興作業や建築で忙しそうにしている。この大陸には、建築物革命が起こっていた。
そのうち、大きな港町に辿り着いた。
「なんだか、懐かしい感じがします」
ヒールがそう呟いた。魔王は、そうか、とだけ返した。
二人は、港町を見て回った。港町は、南半分が市場、北半分が一般住宅と民宿で構成されている。その間には大きな道が左右に貫くようにあって、中央付近には青い屋根の教会があった。
その北側にも、一本道が伸びている。ヒールは、なんとなくその道を歩き出した。町の外に出てしまうが、何かを辿るように歩くヒールに、魔王は黙ってついて行った。
その道は、山のほうへと続いている。しばらく歩いて、山道へとさしかかろうとしたところで、一人の男と出会った。茶髪で、長靴を履いている。半袖の服で、右手には空の袋を持っており、袋を持っていないほうの左の腕には、すり傷があった。
「おや、あんた、この先に何の用だ?」
「思い出巡りの旅だ」
素通りしようとしたヒールの頭をぽん、と叩いて、魔王とその男が言葉を交わす。
先ほどの魔王の言い方で、男は何かを察した。魔王が何かを察するような言い方をしただけだが、今回も上手くいって、余計な追求を避ける事ができた。
「そうか。俺は戻るところなんだ」
そう言って、そのまま通り過ぎようとした。
その時、魔王は彼の左腕のすり傷に気づいた。
「待て、ケガをしているな」
「え、ああ、これな。うっかり転んじゃってさ」
相手はいい歳をした男なのだが、転んですり傷を作るのか。
それを気にする人間はおらず、
「お前、癒しの魔法が使えるだろう?」
そんなことを、ヒールに言った。
魔王の持つチカラは、人間の言う魔法のように精霊の力を借りているわけではなく、自身が操る超能力のようなものだ。その使い方も、よく知っている。
ヒールは、きょとんとしていた。
「ほら、その傷を指差して、ヒール、と言ってから強く念じるんだ」
指を差す部分と、ヒール、と言う部分は必要ない。しかし、人間にあたかも魔法を使ったかのように見せかけるため、魔王はそう指示する。
ヒールは、言われた通りにすり傷の部分に右手の人差し指を差した。その瞬間、ヒールの頭の中に様々な光景がフラッシュバックした。それらは全て曖昧で、内容はよく分からなかったが、指は震え、目には涙が浮かんだ。
ヒールがそのまま動かなかったので、魔王が怪訝に思って、男が、
「ああ、無理しなくていいよ」
そうヒールに言った。いつものことだから、という部分は省略した。
ヒールには、それが自分を拒絶する言葉のように聞こえた。その瞬間涙が溢れ出し、男がぎょっとしてから、道の向こうに走り出してしまった。
「なんか、悪い事したかな……」
「いや、こちらこそ失礼だった。私はあの子を追いかけるので、それでは」
魔王が非礼を詫びて、ヒールを追いかける。彼女の足はそこまで速くないが、魔王の足もそこまで速くなかった。
魔王が追いついた時、ヒールは何もない開けた場所で、しゃがんで泣いていた。
かつて星の村があった場所には、もう何もない。森の中に、少し開けたスペースが存在するだけの場所だった。
そのかつての星の村の、かつての広場の真ん中にうずくまるヒールに、魔王は声をかけた。
「足下を見なさい」
ヒールは、涙を流しながら足下を見る。すると、片方の羽をケガした小鳥が、もう片方の羽をヒールに踏まれていた。
「……」
ヒールは、とりあえず足をどかした。
小鳥は起き上がるものの、両方の羽を引きずって、すぐにまた転んだ。
魔王が、
「その者は、生きる事を拒まないぞ」
小鳥と、それを見るヒールの様子を見て、そう言った。
ヒールはまだ泣き顔のまま、小鳥に向かって指をさした。
「ヒール」
そう呟くと同時に、小鳥の羽のケガが治ってゆく。小鳥はすぐに飛び上がり、どこかへ行ってしまった。
その様子を、ヒールはずっと眺めていた。
私は、どうして生きているのだろう。
彼女から、これから先、私は何度も問われるだろう。
生きるのが嫌ならば、死ねばいい。と、簡単に言う馬鹿もいるだろう。だが、彼女のように不死の運命にある者もいる。日々の守られた環境や、その手段すら奪われた者達も、世の中には存在するだろう。
だから私は、これから先、彼女に何度も答えるだろう。
死ぬ方法を見つけるために生きるのだ、と。
かつて私は、美しい世界を見た。
それは、知能なき動物達の世界だった。それらが共存し、ある時は捕食され、ある時は群れを作る様子が、限りなく美しく思えた。
共にいたのは、同じ魔王達。男性の形から女性の形、果ては巨大な竜のような形の魔王までが、同じ光景に見入っていた。
このような世界を創ってみたい。私はそう思った。
人間という生き物は、とても不自然だ。
生きるため以外の理由で同族と争い、自ら進んで死を選ぶ。そのような生き物が跋扈しているから、この世界は美しくない。
しかし、その力は強大だ。特に、共通の敵を作ることが得意で、利害が一致すればそれまでのことを忘れたかのようにあっさりと結束する。数を減らし、窮地に立たされるほど、その生存力を増していた。
このまま戦いを挑んでも、全てを滅ぼせないことは明白だった。
ならば逆に、生かそうとしてみるとどうだ?
目論み道り、人類は増え続けた。
更によいことに、人間は自分の安全を確保できれば、他の生命も生かそうとするらしい。世界の命の量は、私が『受命』を使うよりも圧倒的に、爆発的に増えた。
この世界のエネルギーの総量は、常に一定だ。
それは生命エネルギーにも当てはまり、このまま生命を増やせばじきに枯渇するだろう。増える生命の中に、魔物を混ぜておく。そして、生命エネルギーが枯渇した瞬間に人間を襲えば、あの世界が創り出せるだろう。
彼女は、私の元を離れ、一人旅立つ。
世界に多くの癒しを与え、世界を滅びに導く為に。
HEALERS 終




