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HEALERS  作者: KBX
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第二章 対立と協力 後

 その機械を、大臣は『魔封石』と名付けた。

 精霊を吸収し、封印する。結果、精霊を封印された魔法は使えなくなるというシロモノだ。魔法を嫌う機械派の、それも開戦の者だというのに、大臣は魔法のこと、精霊のことについてよく勉強し、魔封石を完成させた。

 これにより、中央大陸の戦況は一変することになる。

 成す術なく魔法を封じ込められる兵器の前では、魔法以外の戦闘手段を持たない魔法派のほとんどの者は手も足も出ない。とはいえ、量産体勢は整っていないらしく、初めて戦場で確認された時は魔封石は二つしか用意されなかった。

 それでも、魔法派の脅威となり、士気を削ぐためには十分だった。魔法は逃げる時にも有用で、風の魔法で追い風を起こしたり、物質を発生させる魔法ならそれで足止めを作ったりすることができた。それも相まって戦線は一気に下がり、ほとんどの魔法派の人間が、すぐに港町に引き返してきた。

 今日もまた、多くの魔法使い達が、この大陸から離れていく。かつての星の村の神父も、身体能力で劣る自分には成す術無しと判断して、大陸を去った。

「まあ、そりゃ逃げるよね……」

 港町で、また一人、中央大陸から出発する船を見送っていたエイトは、誰に言うとでもなくそう呟いた。海を見ているエイトの左側、東の方から朝日が差し、しかし雲が多いおかげであまり眩しくはなかった。海のほうから風が吹いていて、潮の香りがする。

「しかし、魔法を使えなくするとは……どうやって戦えばいいんだ」

 隣で同じく船を見送っていたジョンが、やはり誰に言うとでもなく呟く。

「うーん、僕たちも機械や剣を使う?」

「それ、勝負になんのか……?」

「ならないかなぁ」

 今まで魔法に頼って戦闘を行なってきた者達が、急にそれらを使ったからといって、どうにかなるものではないことは明白だった。

 そもそも魔法が使えないエイトにとって。魔封石は脅威ではなかった。共に戦う戦力がなくなるので、どちらにしろ痛手ではあったが、急いで逃げる必要もないように感じていた。

 数日が経過して、港町にいる魔法使いも数えるほどになっていた。そのほとんどが、レスラー海賊団のメンバーだった。

「よう、ボウズ共」

 その海賊団の首領であるレスラーが、エイトとジョンに声をかけた。相変わらず寒そうな格好だった。

「俺らの準備ももうすぐできる。まあ、なんだ。付き合わせちまって悪かったな」

「その付き合いついでなんだけど」

 レスラーの巨体の影から、エウナがひょこっと顔を出した。

「これから敵さんがどれぐらいの場所にいるか、偵察に行こうと思ってるの。エイト、一緒に来ない?」

 エウナは、エイトにのみそうお願いした。

 エイトは、魔法の力を持たない。今の状況なら、魔法を封じられる魔法使いよりも逆に安全だという発想だった。

 エイトは少し嫌そうな顔をしたが、

「行ってこいよ、エイト。お前なら朝飯前だろ?」

 ジョンに、背中を押された。何が朝飯前なのかエイトには分からなかったが、

「じゃあ、行きましょうか」

 エイトの返事を聞く前に、エウナがエイトの手を引いた。

 エイトは仕方なく、エウナに付いて行く。


「思ったより、ゆっくり進軍してるのね」

 エウナとエイトが王国の兵士を見つけた時には、既にお昼を過ぎていた。彼らは暢気に、テントを貼りながら昼食を食べている。天気は曇り空で、世間一般に言うピクニック日和ではなかったが、エイトは外出するならこのぐらいの天気のほうが好きだ。

 街と街を結ぶ道には、ところどころに木でできた屋根とベンチのある休憩所が設置されており、エイトとエウナはそこにいた。海を背にした方向にベンチは設置されており、中央大陸南側の道は海側に偏っている。王国の兵士が陣取る場所はそこから離れた山と海の中間あたりで、エイト達の位置から容易に目視することができた。もちろん、王国の兵士からもこちらは見えるのだが、武器を持たずにたった二人のエイト達は、デートに来ているカップルぐらいにしか見えない。

 兵士の数は、大したことはない。恐らく、一気に占拠エリアが広がったことで、隊が伸び切っているのだろう。それでも、彼らをどうにかする戦力は、今の中央大陸の魔法派にはなかった。

 おおよその兵力と、移動するペースが把握できたので、エウナとエイトが引き返そうとした直後、

「ん……?」

 どこからともなく、おどろおどろしい音楽が流れてきた。

 まるで、エイトが昔やっていたテレビゲームで、敵と遭遇した時に流れているような音楽だ。おどろおどろしい反面、少し時間が経つとどこか勇ましい雰囲気の曲に変わり、普通の人間なら戦闘欲を掻き立てられるだろう。しかし、エイトにはそれが危険信号に聞こえた。

 そして、突然山のほうから大量の何者かが現れた。山は木々が生い茂る森のようになっていて、そこから動物とも植物とも取れない異形の者たちが、どこに隠れていたんだと思う程あふれんばかりに出現し、兵士達のキャンプを襲い始めた。

 その中に、エイトにとって見覚えのある怪物が一体、紛れ込んでいた。


「隊長!何者かの襲撃を受けています!」

 中央大陸の南西部、昼食を取っていた王国の兵士達のうち、隊長と呼ばれた金髪の女性兵がそんな報告を受けた。少し長めの髪をポニーテールにしており、食事中でも鎧に身を包み、隣には銃が置いてある。

「見れば分かる……あれは、魔物か?」

 屋外で食事をしていた金髪の女性兵は、すぐに隣の銃を手に取った。

 突然山の森の中から現れて兵士達を襲った者達は、大小様々な木片に羽が生えた虫のようなものや、土が人の形となっているもの、木の葉が集まってカマキリのようになっているものまで様々な、そして人間ではない異形の者達であった。

 さらに、その魔物達の後ろには、一見爬虫類のようで、大きな翼を持って二本の足で歩く、緑色の生物が見えた。何人かの兵士は、それがドラゴンという伝説の生き物だと知っていた。

 静かな休息の時間は、どこからともなく流れる謎の音楽と、兵士達の怒号によって騒音の時間となった。遠くからこちらを見ている者には、気づかない。

 木片に羽が生えた虫のような魔物は、剣や銃で互角に戦うことができた。だが、遠くにいる土でできた人形の魔物には、銃弾の通りが悪い。

 隊長と呼ばれた女性兵は銃をかまえ、敵のボスと思われるドラゴンに向かって発砲した。通常、彼女の持つ旧式の銃では遠すぎる距離だが、彼女の銃口から放たれた弾丸は、見事にドラゴンの頭部に命中した。

 が、ドラゴンは倒れる気配がない。頭部に命中した弾丸は、その堅いウロコによって弾かれてしまっていた。撃った本人は、弾丸を外したと勘違いした。

 すぐに二発目を装填し、撃つ。今度は腹部に当たったが、やはり効果はない。ようやく銃が効かないと理解した女性兵は、すぐ近くまで飛来している虫の魔物に気づかなかった。が、虫の魔物は彼女を攻撃せず、彼女が食べていた昼食に食らいつく。食らいついて、すぐに近くにいた他の兵士の槍で一突きにされた。

「大丈夫ですか!?」

 兵士にそう言われるが、彼女は返事をしない。

 彼女は、全体の様子を見た。多数の敵が見えているが、あのドラゴンや土の魔物は、足が遅いことに気づく。彼女は、撤退を決意して全軍に告げる。

「虫の魔物は迎え撃て!土の魔物に追いつかれないように撤退しろ!」

 敵の種類に応じた、的確な指示を出す。

 素早く動く虫の魔物を迎え撃つ場合は、銃より剣のほうが有効だった。それらの武器を持つ者が虫の魔物を追い払い、他の兵士は素早く北のほうに撤退してゆく。

 魔物たちは、特に人間に興味があるわけでもないらしく、テントや昼食の食べ残しを漁る者もいた。そのお陰か、彼らは少ない損害で撤退することができた。


 中央大陸の外、世界中の大陸や島でも、同じようなことが起こっていた。突然、どこからともなく音楽が鳴り響き、大量の魔物が現れる。世界は今や、未曾有の大混乱に陥っていた。しかし、中央大陸にいる彼らは、その様子を知る由がなかった。


 兵士たちが襲われる様子を、エイトとエウナの二人はずっと見ていた。

「魔王……」

 エウナがぽつりと呟いて、エイトは思わず苦笑いが出た。

「このタイミングで、魔王軍が人間を襲ってきた、とか言いたいの?」

 エイトにとって、魔王といえば世界を滅ぼさんとする悪の権化で、多くの場合モンスターや魔物と呼ばれる怪物達を引き連れている。しかし、それは架空の世界の話だ。

 しかし、エウナは真顔で、目の前の光景を睨みつけていた。

「七百五十年前に魔物達、魔王軍が現れた時もね、こんな風に音楽が流れていたわ。歌詩はないけど、重い音で、でもどこか掻き立てられるような……」

「えっ、エウナさんって今何歳……」

「っておばあちゃんが言ってたわ」

 エイトの失礼な質問には、エウナは答えなかった。

 魔物達は、兵士達のテントの近くに群がっていたが、他の獲物を探すべく移動し、こちらに向かってくる者も見えた。話し合いをすることなく、両者の意見は逃走で合致した。彼らから少し離れると、音楽は聞こえなくなった。


 エイトとエウナの二人は、無事に港町に戻ってきた。

 港町では、ジョンとイーニッドを含め、そこに残る全員が、海を見渡していた。イーニッドだけ、やけにずぶ塗れだ。そろそろ日が暮れる時間で、空は赤くなってきている。風に吹かれて、少し黒い雲はまばらに浮かんでいる。

「ただいま、っと……どうしたの?」

 港町に戻ってきて、少し変わった光景を見たエウナは、そこにいたレスラーの肩をぽん、と叩きながらそう言った。

 言ってから、初めて海の様子に気づいた。

 水の上に、水でできているような人の形をした塊が、いくつも発生している。黄色い瞳を持つそれは、よく見ると水平線の向こうまで存在しているが、港町付近に存在するものはある程度集まっており、こちらに向かってくる気配はない。どころか、少しずつ港から離れていっている。よく見ると、彼らの周りには木片が浮かんでいた。

「液体人間……ヒューマン・スライムってとこだな」

 隣にいたジョンが、それらを見ながらそう呟く。

 少しして、レスラーが振り返った。怒りと悲しみが混じった、複雑な表情だ。

「……エウナ、か」

「ねえ、話したいことがあると思わない?」

「ああ、そうだな……」

 エウナとレスラーは、それぞれが見てきたことを報告しあった。

 ちなみに、エイトがイーニッドに彼がずぶ塗れになっている事情を聞いたところ、イーニッドは魔物に襲われただけでなく、単に足を滑らせて海に落ちたらしい。そのまま魔物に襲われなかったのは、不幸中の幸いと言えた。


 その魔物は、いきなり港町付近の海から沸いて出たらしい。

 エウナ達が帰還するほんの少し前、突然、どこからともなくおどろおどろしい音楽が流れ、次の瞬間、レスラー海賊団の船が何者かに襲われた。襲った者は先ほどジョンがヒューマン・スライムと名付けていた生き物で、その数により船はあっと言う間に木っ端微塵になり、その時搭乗していた何人かが海の底に沈んだ。彼らの上陸を警戒して迎撃態勢を取ったが、海の上のものを引きずりこもうとする性質で、逆に陸の上のものには何も行なわないということに気づいた時には、もう手が届かない場所にいたらしい。魔法を打ち込んでみたが、火や電気の魔法は確かに有効だったものの、あまりの数の多さに、港町に残った人数ではとてもではないが殲滅し切れなかった。

 今からあれらを駆除しながら、新しい船を用意する時間はないだろう。こうなれば、最後まで戦って王国の兵士を一人でも多く道連れにするしかない、そう言い出す者もいた。

「なんにせよ、俺達はここから脱出することができなくなったってわけだ」

 レスラーはその言葉で、自分の報告を締めた。

 外はすっかり日が暮れて、港町に残った人間のうち、ある者は船を失ったショックから教会の自室に籠り、ある者は緊張から街の周囲の見張りに出て、ある者はとりあえずはと夕飯の準備をしていた。

 エウナとレスラーは、教会に入ってすぐの玄関で話をしている。エイトとジョン、イーニッドも一緒だ。

 レスラーの報告を一通り聞いてから、エウナは自分が見てきたことを語り出した。兵士達の行軍は遅めだったこと、魔王軍と思われる魔物達が彼らを襲ったこと。それにエイトが、

「あの中にいたドラゴン、ジョンと一緒に星の村から出た時に会った奴じゃないかな……」

 そう付け加えた。ジョンが驚いて、すぐにイーニッドに二年ほど前に遭遇したものだと説明する。

 エイトは、あのドラゴンは星の村から逃げる時に遭遇したものと同じだと予測し、実際その通りだった。同種の別個体という可能性も十分に考えられるが、と同じ種類、という言葉をエイトは省略していた。

 エウナが全て話し終わって、少しの間があってから、

「できることを考えよう」

 レスラーがそう言って、今の自分達ができることを述べていった。

「まず、魔王の件については、後回しだ」

 そんなことも言ってたね、とエイトは思った。魔物にすら押されている今、魔王に勝てる道理はあるだろうか。そもそも魔王なんて本当に存在するのか、という疑問もあったが、レスラーの言う通り、今はそれより優先すべき問題がある。

「で、船を出しても、あいつらがウヨウヨいる海域では、沈没は不可避だ」

 レスラーが言ってから、ジョンが続く。

「東のほうに逃げることもできるが、東のほうに魔物がいる可能性もあるし、いずれは西から来る軍か魔物に追いつかれると思う」

「一応、エイト達が会ったドラゴンを倒す方法ならある、と思うけど……」

 イーニッドがそう言って、エウナが否定する。

「あれはグリーンドラゴンって言ってね、装甲がとっても堅いドラゴンなの。魔法の攻撃も簡単に弾いちゃうし、おまけにスリープも効かないし……」

 どこかで戦ったことがあるような口ぶりで、エウナは説明した。

 ちなみに、ドラゴンに限らず魔物全般は疲れ知らずなのかスリープが通用しない。スリープは人間に対しては非常に強力な魔法だが、魔物が相手の場合、エウナはほとんど無力だった。

 しかし、イーニッドの口から出たのは、エウナにとって意外な言葉だった。

「いや、ちょっと前に戦ったことがあって、ウロコの間に矢を打ち込めばダメージを与えられるんだ。当時は俺の火の魔法と一緒にした機械で矢を撃って、追い払ったんだ」

「火の魔法と一緒にした機械?」

 エウナもレスラーも驚いて、詳しい説明を要求する。

 イーニッドは苦労しながら説明するが、上手く伝わらない。

「こう、シュートっつったら矢を放つ機械で、そこにたまたま火の魔法が合わさった、みたいな……」

「あれだよな。残ってればだが、実際に見せたほうが早くないか?」

 そこに、ジョンが助け舟を出した。ジョンは実際にその光景を見ていないが、その後の話により理解はしているつもりだ。何より、当時は機械の制作者がすぐ隣にいた。

「百聞は一見に如かず、だ。星の村の教会にあるはずだから、一緒に来てくれないか?」

 ジョンの提案に、その場にいた全員が乗った。その旨を他の仲間に伝えることを、レスラーは忘れない。

 エイトに関しては、先ほどから何か考えていたようで、

「なあ、エイトも来るよな」

「えっ、あっ、うん」

 ジョンにそう言われて、焦って返事して、なんとなく同行した。


 星の村の教会、少し前まではエイトが住んでいて、もっと前はエストが暮らしていた実験室に、その機械はあった。

「ああ、これね。ボウガンみたいなんだけど、どうにも動かし方が分からなくてさ」

 エイトは部屋の片付けの際に、形が分かりやすい物ほど奥に設置していった。そのお陰か、少し荒らされているこの部屋の、その機械は無傷で残っていた。

 エイトの知識では、このように機械で矢を打ち出す機械のことはボウガン、もしくはクロスボウと呼ばれる。この機械には名前がなかったようで、ひとまずボウガンと呼称することになった。

 イーニッドはこれを作った人間のことを少し思い出してから、そのボウガンを持って外に出た。室内には一応全員がついてきており、イーニッドを追って外に出る。

 村の死体は既に撤去、火葬されており、無人の、人がまだ住める家と、焼けた家、破壊されている家などが並んでいた。空はもう既に真っ暗で、星の光が輝いている。イーニッドが火をつけて、星の村まで持っていたたいまつを、今はジョンが持っていた。

 破壊された家の一部をイーニッドは拾い上げる。それは細長い長い棒状の木片だった、それをボウガンにセットして、イーニッドは誰もいない家に向かって構えた。

「シュート!」

 イーニッドが叫んだ瞬間、ボウガンから木片が打ち出されて、家の壁に跳ね返される。木片の先が少しへこんだ。

 これだけでも、エウナとレスラー、そしてエイトの三名には驚きを与えた。

 更に、イーニッドがもう一度木片を拾って、ボウガンにセットする。今度は誰もいない方の地面に向かって構えた。

「えっと……ファイアシュート!」

 そう叫ぶと、ボウガンから放たれた木片が炎をまとい、地面に突き刺さった。しばらくして木片は燃え尽き、燃やすものがなくなった炎も消滅する。

 その様子を全員が無言で眺めて、次に口を開いたのはエウナだった。

「なるほど、装甲の裏から燃やすわけね……」

 確かにこれなら、あのドラゴンに有効打を与えられるかもしれない。しかし、例えドラゴン達を倒しても、王国の兵士達は引き続き襲いかかってくる。エウナは結局、何の解決にもならないことを悟った。

 そこに、エイトが突然、あっ、という声を上げる。

「もしかしたら、王国と仲直りできるかも……」

 突然そんなことを言い出したエイトに、全員の注目が集まった。

 光り輝く星が見守る中、エイトは自分の作戦を説明する。


 翌日、エイト達は全員で港町を出て、西に向かった。

 天気は快晴で、雲が全くないので日光が眩しい。澄み切った青空がどこまでも広がっていた。気温が高めで、レスラーの格好が寒そうではない。それでも、ジョンやイーニッドの服装は長袖で、ジョンは黒いマント、イーニッドは長靴に、ボウガンをヒモで下げて運んでいる。エイトは、この大陸に来た時と同じ格好だった。彼は優先して、この服を着るようにしている。

 エイト達は、王国の兵士と接触するつもりで街を出た。

 エイトの作戦は、こうだ。

 まず、エイトはずっと、魔法と機械が両方とも同じぐらい有用だということで説得すれば王国や機械派と和解できると考えていた。しかし、対立している状態でそう説き伏せるのは難しい。だが、魔物という共通の敵が出現し、更にそれの対抗打として魔法と機械の合わせ技が存在する。それなら、その魔法と機械が合わさったもので魔物を撃退する様を王国の兵士に見せつければ、もしかしたら和解への一歩が踏み出せるかもしれない。

 エイト自身、説明し終わってから、楽観的な策だと思った。しかし、絶望的な状況の中、それは眩いほどの希望だった。

 昼ごろ、昨日王国の兵士がいた所に到着しても、兵士の姿も魔物の姿も見当たらなかった。木片や布の切れ端と、何者かが戦った形跡しか残っていない。

 仕方ないので、そのまま中央大陸の西側を北へと向かう。

 途中で一度日付が変わって、先に出会ったのは魔物のほうだった。

 小さな海沿いの村があって、そこには土地を捨て切れなくて残っていた人々が何人か住んでいた。長く魔法派の領地だったが、つい最近王国により前線を押し上げられ、しかし王国は占領ということを後回しにしたため、木でできた民家と石でできた教会や民宿が建つ、のどかな風景がそのまま残っていた。

 そこを少し過ぎたところで、道は大陸の中央へと曲がっている。そこに、またも音楽がどこからともなく鳴り響いた。全員が聞いたことのない曲で、エウナやエイトが昨日聞いたものに比べ、おどろおどろしい雰囲気はなく、勇ましいテーマだった。歌詞は、やはりなかった。

 右手の木が生い茂る山のほうから、昨日も見た木片に羽が生えた虫の魔物、ジョンが言うに名前はウッドビー、に加えて、昨日はいなかった岩石でできたクマのような獣、これもジョンがビーストロックと名付けており、そして緑色のウロコをした、エウナがグリーンドラゴンと呼ぶ、今回のターゲットが現れた。魔物達の数は虫の魔物が最も多いが、それでも十数体ほどで、全体の数はさほど多くない。

「来たぞ、どうする!?」

 イーニッドが、誰に言うともなく叫んだ。

 ここで無理して先に進んでも、王国の兵士と挟み撃ちにあう可能性があるので、先に進む選択肢はない。全滅させることはできるはずだが、こちらの被害と目的を考えると、一時撤退することが最適解だった。

「一旦引こう!」

「野郎共、引くぞ!追いつかれそうな奴だけ迎撃しろ!」

 瞬時にエイトとレスラーはそう判断して、進んでいた方向と逆の方向を向く。

 すると、少し後ろの山からも魔物達が降りてきているのが見えた。前方のものより数が多く、少し前に出た海沿いの村を襲おうとしている。エイト達が撤退する頃には、ちょうどぶつかるだろう。

 退路をあっさり断たれたことを、レスラーはすぐに理解して、

「野郎共、正面を強行突破だ!」

 結局、最初に現れた魔物達と戦いを始める。

 ウッドビーは、見た目通り木から生まれた魔物で、火の魔法にとても弱い。おまけに、おおざっぱに指を差しても素早い相手に当てられる。その上に、

「ファイアウォール!」

 その形を自由自在に変えられるので、ウッドビーに関しては苦労することなく退けることができた。

 それに対して、ビーストロックは火に強い。しかし動きが鈍重なため、遠くから発見できたことに加え、軽装の魔法使いなら簡単に距離を離すことができるので、後ろに下がりながら戦えば問題はなかった。効きにくいといっても、複数人が一斉に魔法を使えば、破壊することは簡単だった。

 一度は人間を殺すために魔法を使って、心を痛めたジョンとイーニッドだったが、異形の者が相手なら特に躊躇することなく魔法を行使できた。

 しばらくの間交戦を行い、あらかたの魔物を撃退することに成功した。今、交戦しているメンバーだけで、前方の魔物は全滅させることができるだろう。あとは、ドラゴンだけである。

 ジョンは、一度は自分を助けてくれたドラゴンを倒すことを躊躇していた。しかし、イーニッドにとっては二度目の敵で、エイトにそのような躊躇や慈悲は一切なかった。

「イーニッド、お願い!」

 エイトがそう叫んで、イーニッドがすかさずボウガンを構える。矢は、昨日のうちに十分に用意しておいた。木の枝ではない、鉄の鏃のついた本格的な矢だ。

 矢をボウガンにセットし、まだそれなりの距離が離れているドラゴンに向かって、イーニッドは狙いを定める。

「ファイアシュート!」

 そう叫ぶと、ボウガンから炎を纏った矢が放たれた。魔法によって軌道をコントロールされた矢は、ドラゴンの緑のウロコの間に突き刺さり、肉を直接焼く。

「ぐおおおおおおおおおおお!」

 ドラゴンが、悲鳴を上げた。

 しかし、すぐに炎は消える.炎が消えてもドラゴンが倒れないのを見て、イーニッドは二発、三発と炎の矢を打ち込んでいく。

 しかし、確かにダメージは与えているものの、倒れる気配がなかった。ドラゴンはこちらに突進してくることもなく、ただその場で耐えているので、今の所危険はない。その様子が、ジョンには心苦しかったが、他の者にとってはそれどころではなかった。

「あのドラゴン、相性的には火の魔法が有効なハズなのに、なんてタフなの……!」

 エウナがそう漏らした。エウナの魔法は魔物に対しては効果が薄く、また射程が短め、というかあまり遠くを狙うと誤爆して味方を眠らせる恐れもあるため、彼女自身はいたってやることがなく、周囲の状況を見渡していた。今は、いくら炎の矢を打ち込んでも倒れないドラゴンの様子を注視していた。

 同じく戦う力を持たないエイトも、頭をひねる。あのドラゴン単体なら、走って逃げることはできるかもしれない。しかし、先ほど小さな村を通り過ぎたところなので、次に人が集まる場所はどのぐらい離れているか分からず、また王国の兵士に占拠されている可能性も高い。交戦になる確率は高いどころか、魔法のボウガンを使っても苦戦しているところを見られでもしたら、この作戦は終わりである。

 何か使えるものはないか、利用できるものはないかとエイトが周りを見回した時、北の方、エイト達が進もうとしている方向に、人影が見えた。

 この大陸に、魔法派はエイト達の一団しか存在しない。一般人が、この状況で動いているとも考え辛い。間違いなく、王国の兵士だった。

 その人達の中で、一番前にいる人間が、エイトからでもおおざっぱな形を判断できる、何か大きな筒のようなものをドラゴンのほうに向けている。

「フォゲッバースト!」

 どこかで聞き覚えのある、女性の叫び声がエイトの耳にまで聞こえてきた。

 次の瞬間、炎を纏った何かの塊が、ドラゴンのほうに飛んでいった。まるで流れ星のようなそれがドラゴンの体に命中したかと思うと、そこから爆発が発生し、爆炎によってドラゴンの体の半分を吹き飛ばした。

 ドラゴンはその後吠えることもなく、その場にウロコをばらばらと落とし始め、次第に全身をも崩壊させてゆき、そこには緑色の瓦礫の山だけが残った。

 エイト以外の人間は、叫び声の時点でその人物に気がついた。エイトは、同じことを考えていた人間が、向こう側にもいたということに気がついた。


「よくぞ来た!勇者よ!」

 開口一番、その女性はエイト達に向かってそう言った。

 それは、茜色の髪を持ち、男性の服装、黒シャツジーパンジャケットに身を包んだ、エストにそっくりの女性だった。指には、どこかで見たような赤い宝石のついた指輪がついている。隣には、先ほどドラゴンを一撃で粉砕した弾丸を発射した、大きな筒の機械が置かれている。エイトはもちろんエストと勘違いしたが、ジョンとイーニッドは彼女が別人だという見分けがついていて、

「私がこの国の王女、ミスト・グラニエルである!」

 彼女が自分の正体を明かし、エイトも、あの常識人そうでツッコミの似合うエストが突然男装をしてボケ始めるはずがないと思っていたが、別人であるとはっきり認識した。

 ミスト王女の後ろには、鉄の鎧を装備した多くの王国の兵士と、その中に金髪をポニーテールにしている女性兵が一人、そして王女のすぐそばにエイトの母、ナナミが立っている。

 どうして自分の母がここにいるんだろう、という疑問は、エイトの中では優先順位が驚くほど低い。それより今は、目の前で王女を名乗る変人の対処のほうが先だった。

「……ってちょっとー!誰か乗るなりツッコむなりしてよー!恥ずかしいじゃん!」

 ならやらなければいいのに。エイトはそう思ったが、ここでそれを口に出しても全く意味がないことはよく知っていた。

「王女、俺はあんたが決めた魔法派ってやつの、レスラーってもんだ。今になって俺たちの前に出てきた理由を、説明してもらおうか」

 ミスト王女の茶番を全て無視して、レスラーがそう問いかける。無礼な物言いに、後ろの金髪の女兵士の眉がぴくりと動いたが、ミスト王女は気にしない。

「その件だけど、あれってうちの大臣が勝手におっ始めちゃった戦争なのよね」

「……何?」

 ミスト王女を名乗る人物は、自分が数日留守にしている間に、国の大臣が勝手に戦争を始めたこと、王女本人は戦争など全くするつもりがなかったが、既に兵士達や城下町の人々はその気が満々だったので、始まった戦争を止める『きっかけ』を待っていたこと、魔法の有用性を、十分に理解していることなどをレスラー達に話した。

「……じゃあなんだ、和解してくれるってのか」

「うん。でもね、条件があるの」

 どうやら、人間同士の争いはこれで終わりらしい。

 エイトはそれで少し気が緩んだが、見るからに変人のこの王女が出す条件は、きっとロクでもないことだと考え、再び気を引き締めた。

「魔王を倒し、世界に平和を取り戻してくれないか?」

 ……魔王。

 あー、魔王ね。そういえばエウナさんがそんなことを言っていたな。あれ冗談じゃなかったのか。

 エイトは表情に今の心境が出ていたが、特に誰もつっこまない。

「魔王?魔王が復活したっていうのか!」

 かつて漆黒の魔王を名乗り、その手の設定が大好きなジョンは、ミスト王女の提案に思いっきり食いついた。これが釣りならば、これほど簡単なものはないだろう。

「その通り!世界を滅ぼさんとする魔王は、ここから少し南にある悪魔の山を超えた先の魔王城に住んでおる!」

 演技がかった王女の様子は、どこかジョンのそれを彷彿とさせる。エイトは、とりあえず、このまままともにこの人と話しても意味がないことを悟ったので、

「……母さーん、どういうことか説明してよ」

 隣にいた自身の母親に、話を振った。

「あら、よく見るとエイトじゃない。少し見ない間にたくましくなって、母さん分からなかったわ」

 ナナミは、わざとらしくそう言って、笑顔のまま驚いたフリなのか、着物の振り袖を自分の口元へと当てた。

 なんという母親だ。いつものことだけど。エイトはそう思って、何も言わない。

 その後、ナナミは他人事のように、

「魔王退治ですって。エイト、頑張らなきゃね」

 そう言い放って、エイトにある種の絶望を与えた。

 どうやら冗談ではないらしく、本当に魔王を退治しに行かせるつもりのミスト王女が、追加の支援を提案した。

「さて、私からは兵士団一つをお供につけよう……ジェーン」

「王女、私の名前はエリノーラです」

「あれ?」

 金髪をポニーテールに纏めている女性兵が、速攻で自分の名前を訂正し、ミスト王女の前に出た。ミスト王女が呼んだ名前はかすりもしていなかったのに、自分のことだと判断できたのは、逆に長い忠誠の証だろう。王女の名誉のために、その場にいた人間はそういうことにしておこうと決めた。

 女性兵は頭を下げて、まず自己紹介をする。

「エリノーラだ。別に私の名前のことは覚えなくても構わない。まず、今まであなたたちにしてきた非礼について、深くお詫びを申し上げたい」

 そう言ってから、もう一度頭を下げる。後ろの兵士達も、同じように頭を下げた。先ほどまでのミスト王女のふざけた態度と打って変わっての礼儀正しく潔い態度に、思わずエイト達も頭を下げ返した。

「一応、この兵団の隊長を預かっているが、別に私のことは一兵士として扱ってくれて構わない。今回の魔王討伐は、貴殿ら魔法使いが主戦力となるだろう」

 とても真面目な人間という印象を与えるエリノーラだが、魔王を倒すつもりは満々らしい。魔法派の人間の中には、魔王のことについて半信半疑の者も多かったが、彼女が真顔でそのようなことを口にするので、次第に魔王の存在を信じるようになっていた。

 よろしく頼む、と言って、彼女は握手を要求してきた。レスラーが応じる。

 その様子を見届けたミスト王女が、

「そして、このマシーンを与えよう」

 そう言ってから、後ろの兵士のうち複数名が、ミスト王女の前にいくつかの機械を持ってきた。少し変わった形の銃のように見えた。エイトの国で言うところのスナイパーライフルで、細長いバレルにトリガー、グリップなどが一通り揃っているが、スコープと呼ばれる敵を狙う為の照準の部分は見当たらなかった。

「これは音声で発射できる銃で、この引き金を引いたまま、ショットと叫べば弾が出る。多分、魔法と一緒に使えば魔法の弾が撃てる」

 ミスト王女が、自信満々に説明する。エイトは銃器の扱いにはあまり詳しくなかったが、その辺は同行してくれる兵士達のサポートを期待してもよさそうだった。

「その足下の、さっきドラゴンを一発でやったやつは貸してくれねえのかい?」

 レスラーが、もっともなことを王女に問うが、

「これは……その、特殊な弾を使ってて、実はさっきの一発きり弾がなくて」

 ミスト王女が、語尾をすぼめながらそう言った。

 エイトはその言い分に少しだけ違和感を感じたが、なんだか聞いても無駄だと思ったので、深く追求はしなかった。

 ミスト王女が仕切り直して、舞台劇のセリフのごとく高らかに叫ぶ。

「さあ、今日は疲れただろう!この先すぐに村があるから、今日はそこで休んで——」

 ミスト王女がそこまで言った時に、エイト達は初めて、背後の村が魔物に襲われていることを思い出し、王国の兵士達は初めて、向こうの村が魔物に襲われていることに気づいた。


「で、母さんは今まで何やってたの?」

 村では、魔物と人間が戦っている真っ最中だ。

 村から出てくる人は全くおらず、実際そのほとんどは全滅していたが、武器を持った兵士や魔法使いが束になって戦うと、瞬く間に魔物の数が減り始めた。

 その様子を、戦闘能力を持たないエイトは、少し離れた所からのんきに眺めていた。少し小さな音楽が、どこからともなく流れていた。恐らく、村の中の戦闘ではちょうど良いバックグラウンドミュージックとなっているだろう。

「王女様のお城で優雅に暮らしていたわよ。エイトも来ればよかったのに」

 同じように様子を見ているだけのナナミが、笑顔で答えた。

 どうして母が城で暮らせるのかエイトは疑問に思ったが、あの母のことなのであえて追求はしなかった。しかし、母の知り合いがミスト王女で、引っ越し先が王城だということをエイトが知るのは少し先になる。

 ナナミは、その後起こったことをかいつまんで話した。偽の王女と共にお城についてから、その王女が逃げ出し、元の王女が戻ってきたということだ。ナナミは精霊のことについては意図して話さず、偽の王女がエストという名前だということはどうでもいいことだと思って言わなかった。

「それで、帰ってきた本物の王女が、偽の王女の首をぶらさげて帰ってきたのよね。それで皆納得しちゃって」

 ナナミはさらっとグロテスクなことを言ったが、エイトは気にしなかった。きっかけ、はその事件か。ぐらいの感想だった。

 エイトのことに関しては、ナナミは何も聞かなかった。エイトを信頼しているのか、ただ無関心なのかは分からなかった。

 日が暮れる頃、村から魔物の姿は無くなっていた。音楽も、止まっていた。


 村は見事に廃墟と化しており、木でできた民家は食い尽くされ、逃げ遅れた人間の死体が、食い荒らされる形で転がっていた。しかし、石の建物を後回しにしたらしく、石でできた教会や民宿は無事だったので、そこを利用して彼らは寝泊まりすることとなった。

 教会の実験室では、イーニッドを含め、先ほどミスト王女から貰ったマシーンの動かし方を練習している。他の教会の実験室の例に漏れずほとんどの魔法に耐えうる特殊な金属で守られた部屋で、中には丁度いい標的用のかかしも立っていた。イーニッドの持つマシーンだけやたらと動作不良を起こしたが、なんとかそれも修復され、元々操作自体は簡単なためか、すぐに扱えるようになった。

 ナナミは、民宿の厨房で料理を作っている。食料は、王国が持っている分がまだ存分にあった。なぜかミスト王女も、彼女の手伝いをしている。

 エイトとジョン、エウナとレスラー、そして金髪兵士のエリノーラの五人は、民宿の一室で作戦会議を行なっていた。

「さて、魔王城に攻め込むわけだが」

 ジョンがそう切り出した。彼は魔王討伐にノリノリだった。エイトはまだ魔王の存在に半信半疑なのだが、もうそういうことでいいやと開き直った。エイトにとって、目下最大の問題である王国との対立は解消しており、となれば次の脅威は、迫り来る魔物達だった。

 魔王を倒せば世界が救われる、そのことで一致団結が図れるなら、エイトはそれでよかった。

「城攻めなんて、俺はやったことがない」

 言い出しっぺのジョンが、そう言って他の者に攻略を丸投げした。エイトの肩ががくっ、と落ちる。

「海に城はねぇからな」

「スリープの効かない相手なんてお手上げよ」

「その、城はこの大陸には一つしかありませんでしたので……」

 他のメンバーもこの有様だったので、自然と注目がエイトに集まった。

 はあ、とエイトはため息をつく。エイトは、また思い出したくないことを思い出さなければならなかった。

 エイトの国には、城が五万とある。いや、五万は流石に言いすぎなのだが、港町ほどの規模の街には、必ずといっていいほど城があった。ちなみに、港町は中央大陸でこそ大規模な街だが、エイトの国では中の上ぐらいの規模だ。そして、その城が攻め落とされたり、崩れたりする様を、エイトは何度も見てきた.魔王城の建築技術がどこまで進歩しているかは知らないが、この大陸の建物を見る限り、エイトは実行可能でかつ確実に効果がある作戦を一つ思いついていた。

 しかし、その作戦はあくまで城を崩すだけで、魔王に脱出されては元も子もない。

 魔王の実力については、エウナが詳しかった。

「魔王は、『受命』って呼ばれる超能力と、『再生』って呼ばれる超能力の二つを持っているわ。たぶん、魔物を生み出す能力のほうが『受命』だと思う」

「ちなみに、その情報はどこから?」

「おばあちゃん」

 エイトの問いに、エウナはまたも情報ソースは祖母だという答えを返した。エウナの一族は勇者の末裔か何かなのだろうか。そういえば、レスラーと再会した際に、エウナのことを氷の大陸の英雄とか言っていた気がする。

「『再生』のほうは、なんか生き返る能力っぽいな」

 ジョンが、ゲームなどによくある設定から予想する。

 死んだ者を生き返らせることなど、考えられる限りはできたものではない。しかし、魔王と呼ばれるほどの者ならば、可能性はゼロとは言い切れなかった。ただし、エイトはある可能性を考え、『再生』は死者を生き返す能力ではなく、もっと別の力なのではないかと考えていた。

 その後、エウナの祖母情報により、魔王は一見人間のような形をしていること、基本的に取り巻きとして何らかの魔物を連れていることが分かった。しかし、これといった対策は思いつかない。

 結局、魔王と一度ぶつかってみて、ダメならエイトが知る城を崩す方法で逃げる、というところでまとまった。

 その後、ナナミとミスト王女による夕食に、全員が舌鼓を打った。肉料理に魚料理、スープ、山盛りのサラダと豪勢なものが振る舞われた。二人ともえげつないものを平気で混ぜそうな性格で、エウナなんかは毒味を求めたが、エイトは料理に関しては母に完全な信頼を寄せているので、何の迷いもなく食べ始め、結果全員に安心を与えることとなった。ただし、どうやって二人で全員分の分量を作ったのかは、エイトにも分からなかった。

 その後、数人が交代で魔物の襲来を見張りながら、夜は過ぎていった。


 夜中、エイトとジョンは、同じ部屋に寝泊まりしていた。

 石造りの民宿は木の扉で部屋が分けられており、そこにはやはり石造りの部屋に、質素なベッドが二つ、横向きで縦に並んで置いてある。村の民宿としては、設備はよいほうだった。光源はロウソクだが、今は消えており、星の明かりが窓から微量に差し込むだけであった。

「母さんが夜這いに来たら、全力で追い払っていいからね」

「お前の母さん、どんな人なんだよ……」

 扉に近い方のベッドで横になるエイトは、全く冗談を言っていない。ジョンも、一応警戒を怠らなかった。

「せっかく母さんと再会できたんだろ?もうちょっとこう、何かないのかよ」

 星の村で両親を亡くしているジョンがエイトにそう言うが、

「うちの母さん、昔からあれだし、特に何もないよ」

 エイトからの答えは、非常に淡白なものだった。母に関しては本当に不思議生物ぐらいにしか思っていないエイトが、ジョンに続けて話しかける。

「ジョンこそ、王国の兵士にわかだまりみたいなのはないの?一応両親の仇になるんじゃない?」

「そう……なんだよな。でも、お前見てると、なんかどうでもよくなっちまった。父と母には悪いけどな」

 へへっ、とジョンは笑ってみせた。

「俺な、こんな風に普通の名前だろ。そんで普通の家庭で育って、普通に両親もいた。イードみたいに不幸に見舞われまくるわけでもなければ、シリアみたいに特別な魔法を持ってたりその精霊の夢を見たり、エストみたいに機械が作れるわけでもない」

 ジョンは突然、自分のことを語り出した。エイトは、黙ってそれを聞く。塩の魔法は結構特殊だとエイトは感じたが、回復魔法などに比べれば使い手は比較的多いらしい。

「だから、特別な存在になりたかった。そうしないと自分が埋もれちまうって思って、新しい名前やカッコイイ技名なんかを考えたさ」

 なるほど、ジョンが適当に名乗っているのはそういう理由だったのか。ということは、あのダークなんとかとかいうのは考えて採用された名前の一つだったのか。その割には、一瞬で名前が変わっていたような気がしたが。

「でも、そういうのって後でいくらでも変わっていくんだって、思ったんだ。なんというか、その……生きてりゃ絶対に、歩んできた道は違うし、そこから得られる経験はもっと違う。それが全部同じ奴なんていなくて、そうやって歩む道が変わっていくから、時間が経ったら誰でも個性的になるもんだ、って思ってさ」

「そうかなぁ。人間なんて、皆同じような感じがするんだけど……」

「お前が言っても説得力のカケラもないぞ……」

 せっかくジョンがいいことを言ったのに、エイトはそれを全力でぶち壊した。

「お前の母ちゃんとか、どう見ても個性的だろう。変な物着てるし、聞いた限りだと……」

「あれは人間じゃなくて化け物だから」

 エイトは冗談でそう言った。しかし、母に化け物だと伝えられれば、エイトはそれを疑わないだろう。

 その瞬間、二人の部屋の扉が強烈な勢いで開いた。木の扉が内にバタンと開き、噂をすればとばかりに、

「エ〜〜イ〜〜ト〜〜!」

 鬼のような形相で、寝る時もその格好のままなのか、着物姿のナナミが扉の奥から現れた。

「ジョン!魔法!」

「おう!ソルトソルトっ!」

 ジョンは塩の魔法を乱射するが、ナナミはそれを全て見切り、自らの拳で塩の塊を粉砕していく。砕け散った塩の塊が、彼女の足下に積もっていった。

「うっそだろ!?」

「とあーっ!」

 驚くジョンを無視して、ナナミはエイトのベッドに飛びつく。その動きは軽く、ムササビのようだ。

「ぬわーっ!」

 エイトが叫び声を上げて、ナナミはそのままエイトを抱きしめて全力で頭を撫でた。しばらくしてから、そのままナナミは寝てしまった。エイトは見事にナナミに固められ、身動きが取れないので、

「……おやすみ、ジョン」

「あ、ああ」

 諦めて、そのまま、母と久しぶりに眠りについた。

 ジョンは、一般的な家庭で生まれ育った事を、初めて感謝した。


 次の日、天気は昨日とは打って変わっての曇り空だった。小さな村に吹く風は、海の方から吹いており、少し冷たい。

 ミスト王女は、その後エイト達と別れて、港町へと向かった。

 機械派と魔法派が和解したことを世界に伝えるため、一刻も早く船を作って伝達するためだ。技術に長けた者が集まる中央大陸北側の人間にかかれば、素早く動く船も作れ、魔物達の襲撃にも耐えうる構造にすることが可能だろう。それでも、水の魔物が銃や剣に強いことをジョンが知っていて、海での経験値も高いレスラー海賊団のほとんどが、ミスト王女に同行した。水の魔法など、水の魔物に通用しそうにない魔法の使い手だけが、エイト達の元に残った。

「じゃ、頑張ってね、エイト」

 ナナミは他人事のように、エイトに手を振ってから、ミスト王女に同行する。エイトは、まだ母とミスト王女がいったいどのような関係なのか聞いていないが、この時は既に気にしていなかった。

 エイト達はやっぱりいつもの格好で、ジョンやイーニッドもいつも通り黒マントと長靴だったが、イーニッドは威力の低いボウガンを持たず、新しいマシーンを背負っていた。ボウガンは、エウナが持っている。

 ミスト王女が教えてくれた悪魔の山は、全くもって悪魔ということもなく、普通の山だった。木々が生い茂り、確かに視界は悪いが、木漏れ日が差し込み、岩に生えたコケに当たって、少し神秘的とさえ思える、自然な山だ。

 山を登る途中、何度か魔物達に襲われた。なぜかその度にどこからともなく音楽が流れるので、敵襲に気づくのは容易だった。流れる音楽はかなり軽く、まるでゲームのザコ戦のような音楽で、歌詞はやはりない。どういう原理で、どういう意図があってこの音楽が流れるのかは分からなかったが、エイト達にとっては不意打ちを防げるため、逆に助かっていた。

 襲ってくる魔物のうち、ウッドビーなどの木のモンスターは、銃や剣が普通に通用する上に、イーニッドが持つ炎の魔法が効果覿面だった。土が人形や鳥になったモンスターも現れるが、それには水の魔法を持った仲間が対応してくれる。岩石などの堅いモンスターが現れた時のみ、ミスト王女から貰ったマシーンと魔法の組み合わせを使って撃退した。このマシーンには球数に制限があるので、無闇に使うことはできない。堅いウロコを持つドラゴンを警戒しての行動だったが、ついにそれらには遭遇しなかった。

 次第に上り坂が下り坂になり、少し木々が開けたところに出たところで、

「ホントにあったよ……」

 そこには、いかにも魔王城だといわんばかりの、暗い雰囲気の城が立てられていた。どうやらレンガでできているようで、城門は鉄の扉に閉ざされている。二階建てのようで、大きな長方形の上にほんの一回り小さな長方形が乗せられているようだった。そのすぐ後ろには、荒野が広がっており、それが“破滅の大地”だということを、イーニッドはすぐに理解できた。

 “破滅の大地”を実際に見たことのない者も多かったが、一度足を踏み入れたことのあるイーニッドが説明する。少し侵入するぐらいなら問題ないと知り、しかし背水の陣を敷く魔王にその場の誰もが疑問に思った。

 ともかく、昨日の作戦をエイトは実行に移す。

 まず、レスラーとエウナと、数名の兵士、魔法使いは、魔王城が見えるここに残る。レスラー以外はレスラーの護衛で、退路の確保のためと、エイトの作戦のためだ。

 その他の人間は魔王城へと突入する。あれだけいた火の魔法使いは、イーニッドだけになっていた。

「お前等、上手くやってこいよ!」

「じゃあ、幸運を祈ってるわ」

 二人から見送りを受け、エイト、ジョン、イーニッド、そしてエリノーラに続く兵士達と、数名のレスラー海賊団の面々は、いよいよ魔王城へと向かう。いよいよという割に、存在の明示から突入までが早いなとエイトは思ったが、この際気にしない。


「よくぞ来た、勇者よ!」

 ミスト王女と全く同じセリフを、敵の王である魔王が言い放った。

 魔王城の中に、一切の魔物は見当たらなかった。グラニエル城と違って一本道で、すぐに魔王の鎮座する王座の間に辿り着くことができた。

 王座の間は、広い。階段を登ると辿り着くそこは、、床は城の壁と同じ紫色のレンガで、部屋の左右にはいくつもの松明が取り付けられている。松明の間には大きな窓があり、そこから城の外の、曇り空の様子が伺えた。

 魔王は確かに人間のような姿で、よくある悪魔の角や羽根が生えているわけでもない。黒い鎧に黒いマントを羽織り、堂々と王座に鎮座していた。顔は、黒い兜を被っており、見えない。腰には、黒い鞘に剣が収まっていた。

 取り巻きとして、ビーストロックと同じ見た目だが体の色が赤い魔物と、一般にはゴーレムと呼ばれる黒い岩でできた人形の魔物が数体、王座の隣に陳列していた。距離はそこそこ離れており、魔法は届くが、重そうな魔物がこちらに来るまでは少し時間がかかるであろう間合いだった。

 そして、例に漏れず、どこからともなくゆっくりしたテンポで重々しい雰囲気の音楽が流れている。これから始まるであろう激闘の前に、緊張感を高めるにはうってつけの曲だった。歌詞は、やはりない。

「一つ聞きたいことがある!」

 エイトが、誰が口を開けるより先に、魔王にそう叫んで問いかけた。

「さっきから鳴り響いているこの音楽は、魔王の趣味か!?」

「ふははは、そうだ!」

 エイトは、ある事を確かめるために、はたから見るとどうでもいい質問を魔王にした。

 魔王は、丁寧にも解説してくれた。

「これこそが、我が『再生』のチカラ!好きな場所、好きな時に世界に音楽を轟かせることができるのだ!」

 音楽を、再生。

 散々警戒した蘇生系と思われた能力は、とてつもなくしょうもない能力だった。エイトは、一応、雰囲気に乗っ取って高らかに声を上げたのだが、これによってエイトのテンションは一気に下がってしまった。

「しかし、この能力を見破るとはなかなかできた小僧だ。それにそっちは、いつぞの少年だな?」

 魔王が、ジョンのことを見てそう言った。

 ジョンには、魔王を名乗る人物に見覚えがあった。二年と少し前、星の村で今も羽織っている黒マントを渡してくれた人物こそが、今目の前で王座に鎮座する魔王であった。

「え、知り合い?」

 さらにげんなりしそうな事実だが、エイトは思わずジョンに質問する。

 しかし、ジョンはエイトを無視して、魔王に言い返す。

「ああ。我が名はジョン・アルバート。漆黒の魔王、お前を討ち滅ぼす者だ!」

 ジョンは毅然な態度で、ばさっとマントを横に払った。適当な名前を名乗って、自分をはぐらかしていたジョンは、もうそこにはいなかった。

「ふっ、いいだろう……」

 ジョンのその様子を見て、魔王はゆっくりと立ち上がる。周りの魔物達も動き出し、身構える。

 エリノーラと王国の兵士達も、武器を構えた。魔法を使う者達も、人差し指を向ける。

「我が名は漆黒の魔王!愚かな人間どもめ、思い知らせてく」

 魔王が全て言い終わる前に、銃は発砲され、魔法は放たれる。魔法は周りの取り巻きの赤いビーストロックの何体かに直撃、粉砕し、その数を確実に減らした。赤いビーストロックは、冷たい魔法に弱いらしい。イーニッドの火の魔法だけは、効果がなかった。

 また、銃弾は魔王のほうに向かって飛んでいき、魔王は払おうとしていたマントをとっさに体の前に回した。

「いだっ、いたい!」

 魔王が、魔王らしからぬ情けない声を上げた。

 しかし、銃弾が魔王の鎧を貫通した様子はない。それどころか、マントすら貫通せず、魔王の足下に弾丸がぽろぽろと落ちた。

 それと同時に、世界の音楽が変わった。まるで最終決戦のような、壮大で勇ましい音楽が流れ出した。これで最後まで名乗って、その直後に音楽を流せば、さぞ雰囲気がでたことであろう。

「戦場で悠長に名乗るもの死す!」

 エイトがそう言って、再び戦場で名乗っていたジョンの行動を完全否定した。ちなみにエイトは、何もしていない。

 エイトとしては、悠長に音楽を流すものにも死をくれてやりたいが、『再生』の能力は動作や隙が一切発生しないらしく、その点便利そうではあった。エイトは、これで催眠音波や爆音波を流せばダメージを与えられるのに、どうしてまるでラスボスのような音楽を、それも勇者側の視点のものを流すのかを疑問に思ったが、それをじっくり考えている余裕はない。

「やってくれるな……しかし!」

 魔王はしゃがんで、、床に両手をつく。土下座ではなく、床に落ちた弾丸に手を触れたのだった。次の瞬間、その弾丸から羽が生え、小さな黄色い目を持って浮かび上がりだした。

 その場にいた、魔王以外の全員が驚いた。これが魔王のもう一つの能力、物体に命を与える『受命』であると、名前や存在を知っていた者は悟ることができた。

 小さな弾丸の虫は獲物を探して、見つけ次第高速で突撃する。それはもちろん、エイト達の元へと飛んできた。

「伏せろ!」

 エイトはそう叫ぶが、鎧をつけた兵士達は機敏な行動はできない。しかし、

「はあっ!」

 エリノーラは、銃身で飛来する虫を叩き落とした。銃から発射される銃弾に比べて、それらの虫は明らかに遅い。少し銃に慣れている者であれば、撃ち落とすことは容易だった。また、真っすぐにしか進まないらしく、当たらなかった銃弾の虫たちは、背後の壁に刺さって動かなくなった。

「銃がダメなら……ファイア!」

 イーニッドが、魔王に向かって火の魔法を放った。こぶしより少し大きめのサイズの火の玉が飛んでいく。

 今度は魔王は余裕を持って、手を開いて前に突き出し、火の玉を真っ向から受け止め、

「あっちいいいいいいいいい!」

 そのまま悲鳴を上げる。エイトは、なんだか見ているこっちが情けなくなってきていた。

 しかし、その火の玉は消える事なく、そこに金色の目が輝き、炎のモンスターへと姿を変えた。そのままこちらに飛来して、

「ウォーター!」

 他の仲間の、水の魔法で一瞬で鎮火される。

 しかし、魔王には魔法もうかつに放つ事ができないことが分かった。この調子では、剣や槍も受け止められて、魔物にされてしまうだろう。

 エイトは、その様子をずっと見ていた。エイトが考えていたよりも、『受命』は、ずっと厄介な能力だった。どうやら、手で触れたものに生命を与え、魔物に変えるらしい。剣も魔法も、魔王を仕留められなければ、相手の戦力が増大するだけだ。

「……」

 エイトは、あることに気づいた。気づいて、それを実行する。

 エイトはその場で、なんと着ていた服を脱ぎ始めた。周囲で気づいた者がぎょっとするが、魔王の取り巻きの赤いビーストロックとゴーレムに接近されていたので、ひとまず無視した。岩の魔物に対抗するために、例のマシーンを使って撃退するが、これも魔王に対しては効果が薄そうだ。

「ついにお前がボケに回るとは……」

 ジョンの呟きは、誰にも聞こえない。

 そのままパンツも脱いで、エイトは全裸になった。一見華奢な身体なのだが、意外と筋肉がある。そして、赤いビーストロックやゴーレムの間にできた隙間から、魔王に向かって飛び出した。

「うおおおお!」

「なっ!?」

 仲間に隠れて脱いでいたエイトに、魔王は気づかなかった。突然全裸の人間が飛び出してきて、魔王が一瞬怯んだ。

 エイトはそこに、渾身のタックルをかました。肩から入ったそれが魔王の鎧に直撃し、魔王はよろめく。その後、エイトのインファイトが始まった。左の突き、右膝蹴り、右肘打ち、再び左の突きと入っていく。そこでエイトの息が切れて、

「……くっ!」

 魔王が、右腕を振って反撃に出た。エイトは避けられない。

 その時、エイトと魔王の間に突風が吹いた。それはエイトだけを流し、後方に吹き飛ばす。魔王の攻撃は、空を切った。

 飛ばされたエイトは、エリノーラのところへ飛んでゆく。

 既にビーストロックとゴーレムのほとんどを片付けていて、持っている銃を手放して受け止める程度の余裕はあった。エリノーラは反射的にエイトを受け止めて、

「きゃっ!」

 その全裸の身体を直視して、エイトを床に落とした。エリノーラの顔が真っ赤になった。

「いたっ」

 エイトは床に身体を打ち付けた。ケガは特にない。

 エリノーラにお礼を言ったりすることもなく、エイトは立ち上がった。

 エイトは、『受命』の能力が生命体には効果がないと予測した。ならば、一切の装備を脱ぎ捨て、素手で戦う。これが『受命』での防御、戦力増加を封じるための唯一の策だった。

「素晴らしい……『受命』のチカラの弱点を突けるとはな」

 魔王はそう言って、腰にささっている剣を初めて抜いた。

 剣を持たれてしまうと、うかつに全裸で接近しようものなら輪切りにされてしまうだろう。やはり、そう一筋縄ではいかないらしい。エイトは舌打ちした。

「あ、あの、ふ、服を着ていただけないでしょうか!」

 エリノーラが、真っ赤にした顔を背けて、しかしエイトをちらちら見ながらそう言った。どうやら彼女は、男性の裸を見慣れていないらしい。見慣れていても問題なのだが、なかなかにウブだった。

 自分が出来ることは再びなくなったので、彼女のリクエストに答えて自分の服が脱ぎ捨ててある場所へと下がる。とりあえずパンツを履いた。

 魔王は剣を抜いて、走った。走って、床に落ちている弾丸や瓦礫に手当たり次第手を触れる。それらは次々に、魔物へと姿を変えていった。しかし、片手に剣を持っているせいで、手ぶらの時よりも動作の効率が悪いようだ。

 再び、魔物の大軍が完成した。

 エイトは、撤退を決意した。ある程度手のうちは読めた上、攻略法も分かってきた。人数を減らさずに撤退すべく、作戦を開始する。

「ジョン!」

 名前を呼ばれたジョンは、ちらっとエイトがいる後方を見て、

「後は任せた!」

 その声を聞いた。

 その瞬間、ジョン以外の人間が全員、後ろの階段へと撤退した。兵士に関しては、逃げやすいように鉄の鎧をも脱ぎ捨てている。突然背を向けて撤退する人間の姿に、魔王はあっけにとられていた。弾丸の虫だけは追い打ちを仕掛けたが、ジョンが塩の魔法で全て撃ち落とす。

 そして、部屋の中には、ジョンと魔王、そして多くの魔物達が残った。

「ふん、お前は見捨てられたようだな」

「それはどうかな?」

 ジョンはそう答えるが、少し声が震えていた。質量が大きく、燃費も少ない塩の魔法を使えるジョンが、この作戦には必要不可欠だ。


 王座の間は、塩の魔物で溢れかえっていた。

 ジョンはとにかく魔法を乱射し、魔王を攻撃。魔王は、それを全て受け止め、魔物に変えていた。

 部屋の半分を、塩の魔物が埋め尽くす。その形は、人形、獣、虫など、様々だった。しかし、空を飛ぶ魔物は、何故か作られない。

 ジョンは、部屋の端のほうに追いつめられていた。

 ジョンは、息を大きく吸い込んで、人差し指を大きく動かし、大きな魔法を放つ。

「ソルトウォール!」

 すると、部屋の左右を塞ぎ切る、大きな厚い塩の壁が現れた。塩の壁で部屋が二分され、魔王軍とジョンを分断する。しかし、

「ふん」

 魔王は鼻で笑うと、その塩の壁に手で触れる。その瞬間、塩の壁に命が宿り、その形のまま魔物として動き出した。

「大した奴だよ、お前は」

 壁が動いた瞬間、ジョンはそう言って、右手の窓のほうへと走り出した。

 その瞬間、建物が大きく揺れた。

「な、なんだ!」

 魔王の声と同時に、塩の壁が動いた巨大なモンスターの足下に穴があいた。そのまま、ガラガラとレンガが崩れ落ち、他の床に伝播する。穴はどんどん広がっていき、大量にいる塩の魔物や石の魔物を飲み込み、ついには魔王も飲み込んで、そのまま壁をも崩壊させ、城全体の崩落に至った。ジョンは自分の足下の床が落ちる前に、窓から外に飛んだ。


「脱出!お願い!」

 エイトがそう言って、仲間の一人が風の魔法を唱える。

 それは強い追い風となって、でも強過ぎて体を浮かせるほどになった。そのまま開け放たれた出口のほうに飛ばされ、エイト達人間は全て、城の中から脱出した。

 エイトは、城を内から崩す作戦を考えた。

 といっても、城の構造が分かれば簡単で、王座の間の直下の天上と、何本かの柱に負担をかけ、あとは王座の間に何らかの大きな衝撃を与えればよかった。

 ジョンは、塩の壁を左右の壁につっかえるようにして召喚し、自身が移動する隙を作った。魔王が魔物にした際、その塩の壁の魔物が着地し、結果崩壊に繋がる。昨日の夜、母に抱きつかれて結局眠れなかったエイトが、ジョンと共に考えた作戦だった。

 鎧を脱ぐと、王国の鍛えられた兵士達は魔法使いより足が速かった。それに加えて、風の魔法でのサポートもあったので、迅速に城を支える上で重要な箇所を破壊することができた。

 兵士達の鉄の鎧の下は、全員がシャツとタイツだった。女性のエリノーラも例外ではないので、成熟した体と美しい金髪ポニーテールも相まってかなりセクシーだが、そんなことを言っているヒマはさらさら無かった。既に全裸になって、今もパンツしか履いていない人間もいる。ちなみにエリノーラは、自分が脱ぐ分に関しては特に気にしないらしい。

 そして、全員が城を脱出してから、城を見て右の壁のほうに回る。エイトが先頭を走って、それについてきた形だ。

 丁度そこに、窓から飛び出したジョンが現れた。仰向けで飛び出し、落下する。それを受け止めるところまでが、エイトとジョンの立てた作戦だった。

 だが、誤算だったのは、エイトがジョンの落下地点を予測し、先回りして受け止めるという技能がなかったという点だ。更に、他の人間も、まさかジョンが降ってくるとは思わず、

「オヤカタア!」

 と叫んだのが一人いただけで、彼がそこまで叫んだ時点で、ジョンはしたたかに背中を地面に打ち付けた。

 ジョンは、声にならない悲鳴を上げる。

「ジョン!大丈夫か!?」

 イーニッドが真っ先に駆け寄る.普通なら、背骨を壊していてもおかしくない衝撃だったが、

「おい、エイト!話が違うぞ!」

 ジョンはすぐに飛び起きて、エイトにクレームをつけた。

 今の件で、エイトは確信した。ジョンや魔王が羽織っているマントには、一切の衝撃を、少なくとも軽減する力がある、と。思えば、星の村でジョンが死んだふりをした時に放たれた銃弾は、間違いなくジョンの体に命中していた。その時点で、マントに何かあることに気づくべきだった。が、それが最後まで、ジョンの体を守ってくれたようだ。

 エイトが何か言い返そうとした瞬間、ガラガラという音を立てて魔王城が崩れさる。城は瓦礫となり、その破片はすぐ後ろの“破滅の大地”にはみ出した。

 中にいるであろう魔王の安否は、分からない。

 ひとまず、撤退するという作戦に変わりはないため、エイト達は山を登って逃げようと移動した。

 エイト達が魔王城から少し離れた時、崩れ落ちた瓦礫が、一瞬動いた。エイトは、それに気づいた。

 その直後、瓦礫がガラガラと音を立てて立ち上がり、城全体の素材を使った巨大な魔物が誕生した。瓦礫の一部を腕のようにつけ、その様は這い寄る巨人のようだ。あの腕に叩きつけられれば、ひとたまりもないだろう。

 その余りの大きさに、エイト達は完全に成す術を失ったかのように見えた。

「イーニッド!」

「イード!」

 エイトとジョンは、彼の名前を呼ぶ。一方は本名で、もう一方はあだ名で。

 イーニッドは、空を指差して、

「ファイアフラワー!」

 そう叫んだ。

 イーニッドの指先から、火の玉が放たれ、上空へと到達した瞬間、それは広がり、花のような形を作った。

 これは、イーニッドが作った注文魔法ではない。エイトの国では有名な、火薬を打ち上げ爆発させる、花火というものを模した魔法だった。


 粒のように見える人々が城から脱出し、その城が崩れる様子を、エウナとレスラーは山の少し高いところから見ていた。

「へえー、やるじゃん、あの子達」

「だな。なんか考えてると思ったが、こうもあっさり城をぶっ壊すとは……」

 魔物がやってくる場合、音楽がかかるので分かる。彼らの精神的負担は、比較的軽いものだった。

 のんきなことを二人が言って、次の瞬間、瓦礫が巨人となって動き出した。

「お、出番かもよ?」

「かもな」

 レスラーは、その瓦礫の巨人に向かって指を差す。差して、まだ何もしない。

 直後、粒のようにみえるうちの一人が、上空に火の魔法を放ち、それが花のように広がるのが見えた。綺麗ね、とエウナはやはりのんきなことを思った。

「クエイク!」

 そして、レスラーの魔法が放たれる。

 ジョンが『災厄の四魔神フィーア・カタストロフ』と呼ぶ人物が放つ魔法は、その実全く名前負けしていない効果を発揮した。

 魔法が放たれた瞬間、大地は激しく揺れた。レスラーの周りの兵士やエウナは愚か、術者のレスラーすら立っていられないほどの揺れだ。少し離れた山でこれなので、震源地として指定された魔王城があった付近は、たまったものではない。

「うわあああああああああああああ!」

 エイトの国は地震大国としても知られており、かなりの頻度で地震が起こる。そのため、耐震建築などの技術が進んでおり、エイトは父の大工仕事を話を散々聞かされていたせい、もしくはおかげで、その手の知識の理解がとても深かった。この大陸の建物の耐震性が低く、魔王城に地震が襲いかかれば倒壊するだろうと判断できたのもこのお陰だった。しかし、これほどの地震は、エイトの国の建物でもタダでは済まない。

 瓦礫の巨人は、何もできずに揺られるままにその体を揺らした。ガラガラと、その体を崩してゆく。辛うじて、その瓦礫の下に埋まる者は一人もいなかった。

 その時間が、五分ほど続いた。人間がまともに立てる震度ではなく、地面にへばりついていることしかできない。エイトには、世界一長い五分間だと感じられた。

 幸い、山が地滑りを起こしたり、地割れを発生させることはなかった。地震の魔法の精霊は、とても几帳面な奴なのだろう。


 あれだけ壮大に鳴り響いていた音楽は、いつの間にか止まっていた。

 全てが収まったとき、目の前には瓦礫の山が残っていた。エイト達は誰一人欠けることなく凱旋し、エウナやレスラーと合流する。

 その後、瓦礫の中から魔王が現れないかという捜索と見張りが、数日続いた。状況が変わったのは、ミスト王女がやってきて、海の魔物が突然姿を消したという報告を受けてからだった。ミスト王女は、ほとんど完成していた船を既に出航させて、世界に戦争の終わりを告げたという。

 そのうち、海の向こうからかつて中央大陸を去った者達も帰ってきた。彼らの力を借りて、元魔王城の瓦礫を撤去する。

 その中からは、誰の死体も見つからなかった。大量のレンガと、松明の燃えカス、少量の岩石、そして塩しか出てこない。

 魔王は、どこに行ってしまったのか。それは、誰にも分からなかった。

 そのまま、数ヶ月の時が過ぎても、新しい魔物達が襲ってくることはなかった。

 戦争によって壊された街や村も、少しずつ復旧の目処が立ってきており、これ以上の魔王城跡地の監視は、必要ないとされた。

 こうして、機械派と魔法派の戦争は、魔王軍の件も含めて、完全に終わりを告げた。


 エイトは、中央大陸の北に存在するグラニエル城に住んでいた。

 そこはからくり屋敷のようで、様々な仕掛けや罠が存在する、エイトにとっては理解不能な建築だった。が、住み甲斐もあった。

「おーっはよ、大臣!」

「あ、おはようございます、ミスト王女」

 エイトはそこで、大臣に任命されていた。

 といっても、グラニエル王国の現王女、ミスト・グラニエルは、大臣を一人だけにすることはなく、いくつかの権限に分けた。エイトはそのうち、建築や建造物に関する管理を任されている。

 エイトの知る建築技術は、この大陸が持つそれを遥かに凌駕していた。ミスト王女がそれに目をつけ、また彼の国が滅ぼされており帰る場所のないこと、旧知の仲のナナミの頼みもあって、彼を大臣に任命したのだ。

「住まわせてくれるだけでよかったのに……」

「あらあら、ニート宣言かしら?」

「……働けってことですか」

 エイトに笑顔で言ったナナミは、またも海外に飛び出している。極稀にお土産を持って帰ってくるが、中央大陸北方の海外との交易性の悪さは相変わらずで、家より先に車を作ってくれないかしら、と帰る度に言っていた。

 エイトが、星の村に戻ることはなかった。ジョンやイーニッドも、それは同じである。イーニッドは大人達に混じって、といっても彼も大人と言える歳だが、復興作業に精を出していた。

 ジョンはというと、

「まだ他に魔物がいたら、それを保護したいと思うんだ」

 そんなことを言い出して、ナナミと共に海外へ旅立ってしまった。それでも、ナナミよりもずっと早いペースで中央大陸に戻っており、港町を拠点とするイーニッドはともかく、王城のエイトにも顔を会わせに行っていた。後に彼は、魔物研究においての第一人者となる。

 他の人物はというと、レスラー海賊団は自らの船を失い、しばらく陸で生活することとなった。彼の船には巨大な雷の変換石が積まれており、それがなければ海賊稼業なんざやってられないと言って、街の復興を手伝った。ひょんなことからその変換石が回収されるまでは、彼らは人々に協力することとなる。

 エウナは、もっと他の世界を見てみたいと言って、やはり旅立って行った。またね、と言い残してから、エウナが中央大陸に戻ることは二度となかった。

 金髪ポニーテールの女兵士であるエリノーラは、相変わらず王国に仕えている。階級は、彼女が望んで低いままだったが、そのカリスマから部下には慕われているようだ。城の兵士といっても、戦争の相手はいないので、今は専ら付近の街の復興や、力仕事を主に行なっていた。

「エリノーラさん、どう……ってもうここまでできてんの!?」

「あ、大臣殿。いかがでありますか?」

 エリノーラの部隊は、エイトの監督のもと、城下町に教会を建築していた。エイトは、建築に必要な工具や機械が発達していないのを見越して、期間をかなり長めに見積もっていたが、彼らの働きは凄まじく、度々エイトを驚かせていた。

 発案者はミスト王女で、魔法の素晴らしさと共に、魔法と機械の融合の可能性を人々に伝えたいそうだ。人々は、魔法と機械の力を合わせて、さらなる発展の道を進んでゆくだろう。

 そして、シリアとエストは、二度と見つかることはなかった。


「この世界の生活にも、だいぶ慣れてきたみたいだね」

 中央大陸とは遠く離れた地、もしくは遠く離れた世界で、青年が少女に話しかける。黒髪の少女は黒い衣装を纏って、隣の青年は金色の髪を持ち、勇ましい顔つきだ。

 黒髪の少女の衣装は、青年からプレゼントされたものだ。

「ええ。あなたには本当に、お世話になったわ」

 隣を歩く青年に、少女は礼を言う。

 青年は少し照れながら、後ろ髪を少しかいた。

「でも、キミを元の世界に戻す方法、分からないんだよなぁ」

「ええ……そうね。戻らなきゃ。戻って、謝らないといけない人がいるの」

 少女は、真剣な眼差しで空を見た。空は晴れ渡り、青い空の中に、綿毛のような白い雲が少しだけ浮かんでいる。

 青年が、少女と一緒に空を見る。少女の、片方しかない瞳には、何が映っているのだろうか。青年には、分からなかった。

「だから……私は、生きて帰る」

 少女は、黒服の下にボロボロの黒い下着を着て、右目がなく、黒い左目のみを持つ短い黒髪の、羽束師彩という名前の少女は、その瞳を閉じて、呟いた。

「待っててね、シリア……」

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