第二章 対立と協力 前
雲一つない青空の下、青年は隠れていた。
そこは港町で、今日も埠頭にはたくさんの船が停泊している。しかし、その船全てに火が投げ込まれ、ごうごうと燃えていた。家屋や店も、ほとんどが放火されているか、一部が倒壊している。そこに生きた人間の姿は、全く見当たらなかった。
青年、羽束師エイトは、動くものがいなくなった時、裏路地からその姿を表して、港町の有様を見た。煙と、血の臭いを嗅いだ。音は、足音を聞くために集中していたせいか、何も聞こえなかった。
このような光景は、エイトにとっては二度目だった。
彼の国は、もう存在しない。大規模な敵国の侵攻により、あっという間に滅ぼされたのだ。その時の国の様子も、似たようなものだった。
もちろん、恐怖や絶望はあった。しかし、エイトの感想はこうだった。
「またか……」
そう呟いてから、エイトは廃墟と化した町の探索を始めた。
死体は、あちこちに転がっていた。多くは銃で撃たれたもので、体や頭に穴を空けたまま血を流し続けていた。死体の数は東側にはそれほどなく、西に行くにつれてその数を増やしていた。
家屋の被害についても同じで、西側ほど被害が大きくなっている。東側の市場には、そのまま残っている商品すらあった。死体が転がっていないので、恐らく町の東側から逃げたのだろう。この町を襲った「敵」は、西側からやってきたということが分かった。
かつて、自分の祖国でもそうしたように、エイトはまず民家に侵入した。民家の扉は、避難する際に閉めなかったのか、誰かが侵入したのか、開け放たれているものが多かった。
まず民家で、荷物を持つための袋を手に入れる。エイトは初めの民家で、少し大きな青色のリュックサックを拝借した。その家の持ち主は、心臓の位置に数個の穴を空けて死体となっており、家の中は荒らされており、金目のものや食料はみな持ち去られていた。
次にエイトは、食料や薬品など、生き残るためのものをできるだけ確保した。市場に残っている商品で、調理しなくても食べられるもの、日持ちしそうなものを優先して、リュックサックに詰める。完全に窃盗だが、それを咎める者はこの町にはいなかった。
そして、八百屋の前で、見覚えのある死体を見つけた。
「……」
黒いマントの男が、うつ伏せに倒れている。顔は見えなかったが、頭部と右手に、赤い液体がべったりと付いている。
エイトは倒れているそれを見て、
「えーっと……なんだっけ」
名前を思い出せなかった。
「おい、そりゃないだろうハズカシ!」
突然、その死体が腕を立てたかと思うと、膝を立てた状態で起き上がりながらそう言い放った。
エイトはその様子に驚いて、
「いやあ、ダークなんとかっていう長い名前が偽名だったっていうのは覚えてるんだけど……」
「驚いてないだろお前」
「はいはい。うわあ、死体が生き返ったー。これでいい?」
「あのな……」
「テキトーに自己紹介をするからだよ。あとこんな時に何を遊んでるのさ」
ジョンは立ち上がりながら汚れていないほうの手で頭をかかえて、それでも後半部分には反論する。
「遊んでたわけではない。死体のフリだ」
「いや、トマトを頭にぶつけただけでそれは無理があるよ」
「しかし、現に成功したぞ」
「はいはい、よかったね」
「……くっ」
生き別れた友人と奇跡的に再会したというのに、なんだこの扱いは。ジョンはそう思ったが、口に出すのはやめた。
ジョンが口を開くのをやめたので、遊びは終わりだとばかりに、エイトは状況を説明した。何者かの襲撃を受け、町には生存者がほとんどいないこと。今後のために、食料品などを集めていること。
「そうだ、この物資を狙って、またあいつらが攻めてくるかも。安全なところとか、ない?」
「……お前、手際いいな」
ジョンは、素直にそんな感想を漏らした。エイトは特に何も想わなかった。
「じゃあ、星の村に来るか?」
「星の村?」
「ああ、この町の北の山にある村だ。一応俺はそこに住んでるし、村の皆にこのことを知らせないといけないしな。誰かが知らせてるかもしれないが」
「そこも襲撃を受けてるっていう可能性は」
「……ないことを祈る」
はあ、とため息をついたエイトは、それでも急いでここを移動したほうがいいと考え、ジョンに道案内を申し出た。
ジョンは快く承諾してから、近くの八百屋でトマトを二つ拝借して、両手に持った。
「ほら、お前の分も」
「いらないよ」
ジョンが自らの命を守った秘策を、エイトは拒否した。
港町の北側に、その道はあった。
一般住宅が固まっている辺りの裏にあり、知っている者でないと発見は難しいだろう。整備もあまりされていない道を少し進むと、一つの山のふもとに到着する。
山のふもとから、道はゆるやかな上り坂になっている。すぐに道の周りに木々が生い茂り始め、時折その隙間から、まだいくつかの建物が燃えている港町が見えた。
道には、赤い液体の跡が残っていた。
「これがトマトなら、どんなに気が楽か……」
両手にトマトを持ったままのジョンが道の様子を見ながらそう呟いて、
「トマト汁が散乱してる道もどうかな……」
背中にリュックサックを背負ったエイトがそう言った。
他にも、服や荷物の一部だったと思われるものや、何かを引きずったと思われる跡が残っていたが、倒れている人間は見当たらなかった。
港町の煙が見えなくなったあたりで、
「おーい、ジョン!」
道の先から、ジョンを呼ぶ声が聞こえた。
「そう、思い出した。ジョンだ」
隣で頭上に電球マークを出しながら言うエイトを無視して、ジョンは自分の名前を呼ぶ者のところへ駆け寄った。
そこには、二人の青年と一人の女性がいた。
青年の一人は茶髪で、少し背が高い。部屋の中で過ごしていたという服装で、長靴を履いている。
もう一人の青年はジョンと同じ黒髪で、少し背が低く、隣にいる女性と同じぐらい。こちらも軽装で、長袖の白いシャツと青いズボンだった。
女性のほうは少し服が汚れている。明るい茶髪が肩の近くまで伸びていて、少し厚めの服に赤いロングスカートだ。
「ジョン、何があったんだ?ケガ人が大勢押し寄せてきたぞ!」
茶髪の男性が、ジョンにそう話しかける。
ジョンが、真面目に状況の説明を始めた。
何か補足することはないか、もとい、何かボケたらツッコミを入れなければ、と思って聞いていたエイトだが、至極真面目に説明して、トマトと死体のフリの件を伏せたので、結果的に棒立ちしているだけとなった。
そこに、
「あの、怪我はありませんか?」
三人のうち、黒髪の青年がエイトに声をかけた。
どこも痛いところがないエイトは、大丈夫です、と答えようとして、男性の後ろにもう一人、何かがいることに気づいた。
人間、の形をしているが、薄くぼんやりしたピンクの雲のようだ。エイトは一度目をこすってみたが、それが消え去ることはない。
その様子を見た青年は心配して、エイトに再び問いかける。
「あ、もしかして目が……」
「いや、なんだか幻覚が見える気がして……」
「幻覚ぅ?」
丁度話が終わったらしく、茶髪の青年とジョンがこちらの会話に入ってきた。
「そうだ、紹介しよう。こいつはハズカシ。変わった奴だ」
「キミよりはまともだと思うんだけどなぁ」
ジョンに雑な紹介をされて、エイトは改めて、
「えっと、僕は羽束師エイト。今日この大陸に来たばかりです」
若干複雑な心境で、そう自己紹介した。
黒髪の青年はシリアと名乗り、茶髪で長靴の青年はイーニッドと名乗った。
「イーニッドを略してイードって、なんか変わってるね」
「ハズカシのほうが変わってると思うけどな」
エイトはイーニッドにそう言い返されて、確かに同じ名字の人はいなかったな、と思いながら、何か言い返そうとしたが、やめた。
女性のほうは、エウナと名乗った。
「私はこの先の村の出身じゃないんだけどね。港町にいたら急に戦いが始まったから、この道を逃げてきたわけ」
そう事情を説明してくれた。
そして、エイトが先ほどからぼんやりと見えているピンクの人形の雲を指差して、これは何、と聞こうとしたところ、その腕をジョンに掴まれて下におろされた。
「この大陸では、あんまり軽々しく人に向かって指を差しちゃダメだ。魔法を使おうとしていると思われるからな」
「あ、ごめん」
ジョンにそう注意されて、改めてシリアの後ろを見たところ、その雲は消えていた。
不可解に思うエイトだったが、軽々しく人を指差さないことのほうを肝に銘じることにした。
三人は、こちらに向かってくる怪我人を癒すために道を進んでいたとのことだった。
シリアは珍しいヒールという傷を癒すの魔法の使い手で、エウナのほうはこれまた珍しいスリープという生物を眠らせる魔法の使い手だった。体の傷が酷い人はヒールで癒し、心の傷が酷い人はスリープで眠らせて村の教会に運んでいるとのことだった。
「あれ、じゃあイーニッドは?」
エイトは、素朴な疑問をイーニッドにぶつける。
答えたのはシリアだった。
「護衛……かな?」
エイトはイーニッド一人の戦闘能力で護衛が務まるのか、と疑問に感じた。一方護衛としてシリアに選ばれたところを見ていたエウナはイーニッドの能力が高いのか信頼関係があるのだと理解しており、ジョンは正確にイーニッドが護衛と呼ばれた意味を察していた。
そして、イーニッドが確認のため口を開く。
「これで来る奴は全員か?」
この質問には、町を見て回った、もとい漁っていたエイトが答える。
「多分。動く人はいなかったんじゃないかなぁ」
そうか、じゃあ村に戻ろう。イーニッドがそう言って、エイトたちも星の村に向かって歩き出す。
その前にシリアからされた、
「エストは……?」
その質問に答えられる者は、誰もいなかった。
エストが港町の騒動に気づいたのは、二人と別れて、港町の市場を少し進んだころだった。
初めは、数人が東に向かって走っているだけだった。その走っている人たちが声をかけあい、その数が半分を超えるころに、町の西側が炎で赤く染まり、大量の鎧をつけた人間が現れた。
パンツ泥棒を探すのに必至になっていたエストは、そこでようやく町の異変に、何者かに襲撃を受けていることに気づいた。気づいて、どうしようかと一瞬戸惑ったところに、
「あら、ミスト王女じゃない!」
そんな声が、自分のところに真っすぐ届くのが聞こえた。
声のほうを見ると、ピンク色の布を組み合わせた変わった服装の女性がこちらに歩いてきていた。
エストが慣れない呼び名に更に戸惑っている間に、その女性が手が届く距離まで近づいて、
「今回のお迎えは、派手にやるのねぇ」
そんなことを言った。
お迎え?なんのこと?誰が?
エストは訳が分からなかった。
そして、女性は鎧を着た襲撃者に向かって手を振りはじめた。エストは混乱してその場から動けず、襲撃者たちのうち数人が彼女の前で足を止めた。
そして、一斉に膝をつき始めた。
先ほどから全ての状況が理解できないエストだが、この人たちが隣の女性ではなく自分に向かって頭を垂れていることは理解できた。その意味は、理解できなかったが。
やがて、リーダー格と思わしき男が現れ、
「お探ししておりました、ミスト王女。さ、城に戻りましょう」
そう言ってから、先ほどまでエストに頭を下げていた人達は、エストと女性を一定の距離を取って囲いはじめた。ボディガード、のようだった。
そして、リーダー格の男は、今度は女性に向かって、
「あなたがナナミ様ですね。お話、伺っております。ご一緒にどうぞ」
「あら、ありがとう」
ナナミ様、と呼ばれた女性は、さも当然のように笑顔で返事した。
そして、護衛となった人間に囲まれながら、町の西側に向かって歩き出した。
エストはわけもわからず、ただその人達についていくことしかできなかった。
中央大陸は、全体が一つの王国である。
大陸北部に王城が存在し、グラニエルという一族が王族を務めている。王城の近くの城下町は機械のメッカで、技術を極めんとする人達は港町からはるばる北へと向かって行くのだ。
中央大陸は、中心の“破滅の大地”を囲むように山々が存在している。その山の性質には偏りが存在しており、北側の山はたいていが鉱山で、珍しい鉱物が採取できる。逆に南側の山には動物が済み、掘れば水が出るほど水分が豊富で、農作物を育てる事ができるほど自然に溢れている。結果として、この大陸の工学的技術は北側に、農作業や食料生産は南側に偏ることとなった。
中央大陸の西側に、鉱山と森が生い茂る山が丁度ぶつかっている場所がある。
そのふもとに、一つの大きな町があった。
その町は、農作地を近くに持ちながら鉱山での採掘が可能という中央大陸のいいところどりをしたような町で、当然そこに住む人達で栄えていた。欠点といえば、厳しい海流と複雑な海岸地形のせいで海に出る事が困難というところだろうか。そのため、海が見えないほどの内陸部に町が作られている。
人々には、中間の町、と呼ばれていた。
港町の騒動に巻き込まれてから、二日ほどかけてエストはこの町に辿り着いていた。
「……あの」
「どうしたんですか、ミスト王女」
エストは、町の下着売り場に来ていた。
一緒にいるのは、港町で出会ったナナミという女性だ。二十代の後半に見えたが、なんと四十を超えた二児の母だという。二日間の旅で、エストの白い服は少し汚れているが、ナナミの着ている衣装、着物というらしい、は汚れ一つない。
この二日でエストが分かったことは、自分はミスト王女という人と勘違いされているということ、ミスト王女は行方不明になっていたので、発見次第城に連れ戻すことになっているということ、このナナミという女性はミスト王女と親密な仲だったということ、パンツがなくても野宿の際はむしろ気が楽だということだった。
つまり、港町を襲ったのは王国の兵士で、自国の領土を自分で急襲したことになる。町を襲った理由は分からなかったが、そこで思わぬ人、つまりエストを発見したため、全力で護衛してくれている、ということだった。
ナナミは、ミスト王女に会うのは数十年ぶりらしく、当時の思い出話を旅の途中に親切に語ってくれたので、だいたいの事情を把握することができた。息子と共に引っ越してくる予定で、このまま王城に住み込みで仕えるらしい。
「どうしてあたしが、パンツはいてないって分かったんですか?」
下着売り場の女性ものの区域、つまり男性が近くにいない場所で、エストはナナミにそう質問した。
この町についてから、ナナミは真っ先に自分の手をひいて、買い物に行ってくる、と、自分をここまで連れてきた兵士たちに言ってくれた。数名を護衛につける、と兵士長、リーダー格の男が提案したが、デリカシーがない人ね、とナナミはばっさりと断った。
すごい人だな、とエストは思った。
「だってあなた、パンツが大好きだったじゃない。前からそうだったでしょ?」
しかし、前後の文脈の意味は、よく分からなかった。
というかミスト王女、パンツが大好きだったって、どんな王女だったの。名前的に女性だよね。あたしもパンツ好きのように振る舞わないといけないってこと?
などという考えがエストの脳裏を巡るが、
「ほら、このパンツとかどう?フリフリがついてて可愛いんじゃない?」
「は、はぁ……」
終止、ナナミにペースを握られたままだった。
ちなみに、その後いくつかの下着を購入したが、それを穿く時間を与えてくれず、ナナミが預かってしまったので、結局エストはパンツを穿けていない。
「ええ、ヒールを見える人がいる!?」
星の村に大量の人間が流れ着いた日の晩、シリアはいつもの夢の中で叫んでいた。
相手は、いつものピンク色の雲。自らをヒールと名乗る癒しの魔法の精霊だ。
「はい……あのハズカシっていう人、指を差そうとしたじゃないですか。あの時、その指の先に私、いたんですよ。その後、逃げちゃいましたけど」
「うーん、そうなんだ……」
シリアは、次に彼に会ったらそのことを話してみよう、そう思った。
そう思って、目を覚ました。いつもより早い朝だった。
星の村は、かつてないほどの人口に見舞われていた。
元々、それこそ二年前は家の数は数件で、ホテルや民宿もなく、たまにくる村への客は全て教会で寝泊まりしていた。
よって、港町から流れてきた人間全てを収容するスペースなどあるはずがなかった。二年前までは。
しかし、二年前のとある事件の後、
「今度はいくら燃やしても大丈夫なように予備の家を作っとくよ」
そう言ったイーニッドによって、イーニッド一人の家が十軒ほど建っている。木でできた十軒のうち二軒は黒こげだが、それでも人が住める程度には焼けておらず、突然の移住者にも辛うじて対応することができた。
「っていくらなんでも建てすぎだろ!そして二年で二回も火事を起こしたのかよ!」
エイトは激しくツッコミを入れたが、
「いやあ、ファイア使いにはよくあることだよ」
「俺なんて、故郷の町の一区画全部買い取ったぜ。消防署付きで」
「寝ぼけてたりするとよくあるよねー、あはは」
新しくやってきた人たちは、さも当然というふうに笑い話に変えていた。
今、星の村の教会には三人の人間が暮らしている。
一人はイーニッドで、 この大変な時に家を燃やされたらたまらないという理由で、神父の監視下に置かれることとなった。いつか使った予備のスペースで寝泊まりしており、元の家は全て移住者に提供していた。
一人は神父で、元々あった生活スペースを活用しているが、村の中で最年長のためか、村のまとめ役のようなところもあり、だいたいの時間を講堂で過ごし、集まる人達の持つ情報を整理していた。
もう一人はエイトで、エイトは教会の中に入った時に機械のパーツが散乱した部屋を見つけて、
「あ、ここでいいです。散らかってるのは慣れてるんで……」
どの家に入るにしても少し狭いということもあって、本人の希望通り教会の機械部屋、実際は魔法が使えるかどうかを試す実験室なのだが、に住むことになった。元々エストの部屋だということは、誰も言わなかった。
エイトは、この大陸の文化に対応する必要性を感じていた。
具体的には、魔法に対する理解についてである。
「白い雲が見える」
エイトの部屋、元エストの部屋は、エイトによって少し整理されており、人二人が座れる程度のスペースが空いている。それとは別に寝床も用意されているので、そこにエイトが座れば三人は部屋に入ることができる。教会の訓練室としては狭過ぎだが、元エストの部屋としてはかなり広くなったと言えた。
「雲は白いぞ。灰色のものもあるが」
「そうじゃないんだけど……」
「世界の空が紅く染まりし時、紫色の雲が大地を覆い、暗黒の神と闇の魔物が世界を——」
「何の話だよ」
「そうそう、魔法についてもっと詳しく、だったな」
現在はそこにジョンがおり、昨日エイトにしていた魔法の原理の話の続きを行なっている。というより、これから行なう。ごほん、という咳払いの後に。
エイトが見た白い雲は、エイトの指摘と共に消えていた。
「まず、二年前に発見された魔法の技術に、注文魔法、オーダー・マジックというものがある」
「オーダー・マジック……」
「それまではな、ファイアならファイア、ソルトならソルトっつって特定の単語じゃないと魔法が発動しないと思われていたんだ。ただ、ある事件をきっかけに、前とか後ろに古代語をつけると魔法が変化することが分かったんだよ」
ジョンがそこまで言って、エイトが手をあげた。
「質問いい?」
「何だ」
「古代語って、何?英語のこと?」
本当は、ある事件、についても気になっていたが、それは後回しにすることにした。
ジョンは、ああ、そこからか、と思って少し頭の後ろをかいた。
「そうだな、言語統一戦争ってのは知ってるか?」
そして、エイトにそんな質問。
「知らないよ」
「七百五十年ほど前にな、世界中で自文化の言語が一番だっていう戦争が起こったんだ。その戦争でまあ、色々あったんだが、最終的に今使っている言語が世界で採用されて、他の言語は古代語って扱われるようになった、というわけだな」
エイトにとって、それは初耳である。
七百五十年前の戦争にも興味があったが、とりあえずそれについては置いておいて、なるほど、とだけ言っておいた。
「で、説明に戻るが……やっぱり実際にやったほうが分かりやすいか」
そう言って、ジョンは立ち上がった。
「まず、普通のソルトな。塩の塊を打ち出す魔法だ」
「その魔法さ、結構珍しいよね」
「そうか?」
エイトの指摘はスルーしながら、ジョンが足下に向かって指を差して、ソルト、と呟く。港町の時と同じように、塩の塊が打ち出され、足下で粉々に砕けた。
「で、後ろにシャワーってつけると……ソルトシャワー!」
今度は天上に向かって指を差し、ジョンがそう言った時、指先から塩が湧き出て、ジョンの頭に大量に降りかかった。
「とまあ、こんな感じだ……しょっぱ!」
口の中に塩が入ったジョンが、そんな感想と共に首をぶるぶると振って頭の上の塩を払った。塩は、近くのよく分からない機械の上に積もった。
相変わらず不思議だな、とエイトは思いながら、それ後で掃除してね、とジョンに忠告した。
分かったよ、という返事をしっかりと聞いてから、エイトが続ける。
「で、そのオーダー・マジックは、実際に魔法を聞いてくれる精霊がいるから使える、って言いたいわけ?」
「そうなるな」
魔法原理の第三説、精霊説が最近信憑性を高めている理由がこれだった。注文魔法は非常に幅が広く、第一説や第二説では説明がつかない範囲に達していた。
エイトは真剣な顔をして、
「じゃあ、パンツを消す魔法の精霊もいるってことか……」
「それは流石に何かの間違いだと思うぞ……」
呆れ顔のジョンにそう突っ込まれた。
昨日の港町以来、エイトのパンツを消す魔法は成功していない。
エイトが星の村を訪れてから二日後、村に運ばれた人達のほとんどが目を覚まし、怪我を回復させていた。
エウナのスリープは、疲れが取れるまで対象を眠らせることのできる魔法らしい。よく自分にかけて使っているそうだ。外傷はシリアがヒールの魔法で癒して、二人で数十人の患者を二日で治療してしまった。
「いい朝だな、シリア。調子はどうだ?」
朝を少し過ぎた頃、シリアが家から出たところにジョンがそう声をかけた。いつもの黒マントは羽織っていなかったが、長袖に長ズボンだ。シリアも似たような格好だった。
昨日一日、シリアはぐっすりと眠っていた。それもそのはずで、何十人という村に訪れたケガ人を一人で治療したのである。ヒールが元々消費の大きい魔法ということもあり、身体的負担は相当なものであった。
それでも、一日眠れば自分は元通りで、今治さなければ死ぬかもしれない人々を何人も救えたことに、シリアは満足していた。
「うん、もう大丈夫だよ。ジョンは?」
シリアは、ジョンは今日これから何をするのかという意味で聞いたが、やはり勘違いされた。
「俺は特に何もしてないぞ……っと、行き先か?」
「うん」
「教会だな。お前も来るか?」
教会、ということは神父さんに用事だろうか。
そう思ってから、そういえば二日ほど前から新しく村にやってきて、今は教会に住んでいるという人物、ハズカシのことを思い出した。
それと同時に、彼は精霊が見えるかもしれない、という夢の内容も思い出して、話をしてみようと思ったシリアは、ジョンと共に教会へと向かった。
「王国の兵士?なんたって自分の国の町を攻めなきゃいけないんだ?」
神父と話している男は、港町に攻め入ったのが自国の兵士だという話をしていて、そこにイーニッドは口を挟んだ。
「分からん……国に直接聞ければ、何か分かるかもしれんが」
神父はそう言うが、この大陸に電話のような通信手段はなく、何かで郵便をするにしろ危険な状況ということは言うまでもなかった。
教会の講堂、入ってすぐのスペースには、神父と、村の外へと様子を見に行っていたらしき男、そしてイーニッドとエイトがいた。
男が言うには、港町を襲ったのは、どうも自国の兵士らしいということだった。銃と鎧で武装されており、中には槍や剣を帯びる兵士もちらほら見かけたとのことで、賊などではなく訓練された兵士らしい装備だったようだ。港町はその兵士達に占拠されており、町に入れる雰囲気ではないらしい。
そこに、ジョンとシリアが教会の中に入ってきた。
「お、ジョンにシリアじゃん」
「おはよう」
イーニッドとエイトは、神父の脇から二人に顔を向けた。
エイトの服装は村に来た当初と変わらない灰シャツと青ジーンズで、ちゃんと洗濯は晩のうちにしているらしい。イーニッドは半袖で、元々寒さに強いのか、寒くなったら火の魔法で暖を取ればいいなどと考えているのかは分からなかったが、他の人間に比べて薄着だった。
「おう。今度は何の報告だ?」
ジョンがイーニッドに向かってそう聞いて、イーニッドが説明した。
自国の兵士が自国の町に攻め込んだということを聞いて、
「……解せんな」
ジョンも首をかしげた。当然シリアもわけが分からない。
「神父さん!」
そこに、別の男が教会に駆け込んできた。
前の男の話はそれで終わりだったので、新しくやってきた男の話を聞く。
「どうした」
「その……食料が、足りません」
ああ、やっぱりそうなるか。
神父を初め、元々村に住んでいた人間とエイトはこの事態を想定していた。
なんせ、村の人口が一日にして八倍以上に膨れ上ったのである。村の蓄えと、エイトが持ってきた食料とジョンが持ってきたトマトだけは、長く保たないことは明白だった。
しかし、この村の食料補給口である港町は、敵の手に落ちている。
となると、次の一手は誰の目にも明白だ。
その日の晩、村には数人が残って、その他の人間は港町に向かっていた。
「というか、なんで僕が……」
そうぼやくエイトの周りには、ジョンとイーニッド、シリアとエウナがついている。
目的は、港町の奪還。港町を占拠する兵士を殲滅、ないし撤退させることだ。
当日の昼間に作戦会議が開かれ、神父は港町に出撃する人間を大きく三つに分けた。
まず一つ目は、先鋒部隊。足の速い者や敵の目をくらませる魔法の使い手を主に採用し、町の兵に奇襲をかける。同時におおよその兵力を把握し、もし奪還の見込みがなければ即座に撤退することも考えられている。
二つ目の部隊は戦闘部隊で、奪還の可能性が十分と判断された場合に魔法をぶつけて兵士を殲滅する。数は最も多い。
というのも、村に建てられた黒こげの家についての感想を聞いた時、やたらとイーニッドと同じ経験のある人が多いことにエイトが気づいて、
「……ん?もしかして、皆さんファイアの使い手?」
そう尋ねて、確認してみたところ、
「ああ、俺の魔法はファイアだぜ」
「あら、わたしもよ」
「わしもじゃ、ふぉっふぉっふぉ……」
集まった人間の七割が、火の魔法の使い手だった。
火は、数を集めることで大きな炎となる。
攻撃的な用法も簡単なので、これを中心に戦闘部隊とした。その中でも、身体能力の高い前衛とそうではない後衛に分けられる。
三つ目の部隊は後衛部隊だ。傷を癒せる者、人を安全な状態にできる者、また戦闘部隊の放った火を消火できる者とその護衛がほんの少しで構成される。戦闘中に起こった建物への飛び火を鎮火したり、後衛に下がってきた負傷者を治療するのが役割だ。
エイト達は、この後衛部隊に配属されていた。
エイトは、何の魔法も使えない。一応パンツを消す魔法が使えたが、あれから何度やってもパンツは消せなかったので、そもそもパンツを消してもあまり意味はないので、その件はなかったことにしている。
それでも、戦慣れしているというジョンの進言があって、またジョンと何故かシリアの頼みもあって、部隊に同行していた。
「こういう時は、積み重ねた経験がものを言うのだ。かつてのどの世界でもそうであった」
ジョンが大袈裟に、黒いマントを払いながらそう言った。
それぞれは長袖のシャツに上着を着ており、寒くないように、怪我をしにくいような格好をしている。そこにマントをつけているのがジョンで、長靴を履いているのがイーニッドだ。下は、エウナも含めて長ズボンだった。素足が出ていると火の粉が飛んだ時に熱い、というイーニッドの経験による服装だった。
何故か頼りにされているエイトには不安しかなかったが、同じく不安に思っているシリアが、唯一攻撃的な魔法を使えるイーニッドに向かって口を開く。
「護衛はイード一人?」
「あら、私もいるわよ?」
イーニッドが答える前に、エウナが口を挟んだ。
「この魔法ね、普段お疲れの軍隊の人には効果テキメンなんだから」
エウナが指先をくるくる回しながら、自慢げに言う。
それでも、自分と同じぐらいの身長の女性への不安が拭い切れないシリアが、どうやって戦うのか、と質問する。
「そうね、一人が攻めて来たら眠らせてタコ殴りにでもすればいいわ。それは分かる?」
「う、うん」
意外と暴力的なエウナに、シリアは気持ち後ずさりした。ケガ人を癒していた頃の、優しそうな彼女とのギャップもあったのだろう。
「で、集団で襲われた場合。そうならないように部隊が立ち回るのが一番なんだけど、万が一の場合ね。イーニッド、広い範囲に炎をバラまきたい場合ってどうしてる?」
「全体攻撃がしたいってことか?」
イーニッドが答える。
彼の火の魔法、ファイアは、指先から小さな火球を飛ばす魔法である。しかし、注文魔法を使うことで、その形を大きく変える事が可能だ。
「ファイアウォール、っていう炎の壁を出す魔法なら使ったことがあるぜ」
「あれかよ……」
ジョンがある出来事を思い出して、頭をかかえる。
ある日の港町への道中、どうしても尿意を我慢できなかったイーニッドが、視界を遮るためにとっさに使った魔法である。イーニッドの身長程度の炎の壁が生み出され、そこで彼は事なきを得た。
もちろんジョンは、そのことは言わない。
「うん、名前からだいたいどんな魔法か想像できるのかは注文魔法のいいところね」
エウナがそう言ったとき、エイトは思わず、
「ん?」
という声を出した。
というのも、この時、エウナは注文魔法をそのまま「ちゅうもんまほう」と発音したのだ。
つまり、オーダー・マジックという読みは、ジョンが勝手につけたものだな。
そう断定して、エイトは一人で納得した。
エイトの方は無視して、エウナが説明を続ける。
「で、外傷を負うってことは少なからず疲労するってことなの。そこに私がスリープをぶつける。簡単でしょ?」
「ということは、複数の敵が突っ込んできたら炎の壁を作ればいいのか」
「そゆこと」
イーニッドが納得して、シリアもそれで納得したのか、首を少しだけ縦に振る。
「まずイードが炎の壁を作り、次にエウナさんが眠らせる。そして最後に俺が傷口に塩を塗るというわけだな!」
謎の自信とジョークと共にまとめたジョンをエイトが無視して、
「質問いいですか?」
「どうぞ」
挙手してからエウナに質問する。
「ええと、スリープって複数の人に同時にかけられるんですか?」
もしくは、素早く詠唱して全員を眠らせるのか。
少なくとも、エイトが聞いた限りでは、指先の対象にしか効果がない、と理解していた。
しかし、返ってきた答えはこうだった。
「ん、適当に指振ったら前の人全員にかかるわよ?」
これにはジョンもイーニッドも、シリアも驚いた。
普通、魔法を発動するためには指を差して対象を指定しなければならない。不明瞭な対象を指定した場合は、魔法は発動しないのだ。
こんな感じにね、とエウナは誰もいないところに向かって指を差し、くるっと一回転させる。おそらく、指の軌道上の対象全てを眠らせるのだろう。
「うーん、ほんとに誰かに範囲を指示してるみたいだ」
エイトはそんな感想。エイトの脳裏には、魔法原理の第三説、精霊説がよぎっていた。
「そういえば」
同じことが脳裏をよぎったであろうシリアが、エイトに昼間聞きそびれた質問をする。
「ハズカシさんって、精霊が見えるんですか?」
……はい?
今度はシリア以外の全員がそんな面持ちだ。
エイトはしばらくの間の後に、
「いや、例え見えてもどんなのか分からないんだけど」
「あの、なんかこう、ふわふわで、雲みたいで……」
シリアは必至に、夢の中の精霊の姿を伝えようとする。
「精霊説ってな、当初言い出した人が夢の中で精霊に会った、とか言うのが根拠だったんだ。ちょっと前まで少々アレな目で見られていたんだが」
少々アレな目で見られることの多いジョンが補足する。そこに、シリアに興味を持ったのか、エウナが口を挟んだ。
「へえ、シリアって精霊の夢を見るの?」
エウナは精霊説を全否定はしていないが、冗談か何かだと思っていた。
うん、とシリアはうなずいた。エウナから、ふーん、という声が聞こえたが、シリアはエイトの方を向いて答えを待った。
エイトは、初めてシリアやイーニッドと出会った時に見えたピンク色の雲のことを思い出したが、
「うーん、多分見えないんじゃない?」
そう答えておいた。
今度はシリアが首をかしげた。
嘘をついているように見えなくもない。何かと見間違えたかと思ったかもしれない。しかし、精霊が見えることを利用して何かを企んでいるようにも思えなかった。
そして、シリアが下を向いて数歩歩いた時、山を下り切っていることに気がついた。
「もうすぐ、先鋒部隊がぶつかるんじゃないかな」
エイトが真剣な面持ちで、薄暗く目の前に見える港町を睨みつけてそう言った。
まもなく、戦いの火蓋が切って落とされる。
魔法の力は、偉大だった。
鉄砲や重火器のように何かを持つ必要がないために自由に動き回り、中距離以上から必殺の攻撃をお見舞いする。
この大陸の銃器はエイトが知るものより旧式のものばかりで、一発打つと弾を変える必要があり、狙いもロクに定まらないようなシロモノで、中距離から無制限に弾幕を張る火の魔法の使い手が集団で押し寄せると、たちまち戦場を制圧してしまうことができた。
エイト達が街に到着する頃には、戦闘部隊は北部の住宅街を抜け、既にメインの戦場は中央の大通りへと移っていた。
エイト達は、住宅街の間を慎重に進んでいく。
先頭を歩くのはイーニッド。その次をシリアが歩き、エイトは真ん中。エウナは後ろから二番目で、ジョンが後方を警戒していた。エイトとエウナは、左右の建物の中や上のほうも警戒する。
住宅地では、敵に遭遇することはなかった。途中、火のついた建物を鎮火している他の後衛部隊を見かけたのみだった。
「さて、この家の角を曲がって少し進むと大通りだ」
ジョンがそう言った。
大通りでは、まだ戦闘部隊が戦闘を繰り広げているのだろうか。エイトが耳をすますと、人々の叫び声は大通りよりもう少し先から聞こえているように感じられた。
それでもエイトは、皆に注意を促す。
「広い所では、出た瞬間に蜂の巣にされる可能性もあるから、うかつに飛び出せないけど……どうする?」
「ふっふっふ……我に策ありや」
ジョンはそう言って一番前にいるイーニッドに並ぶと、はああああ、と大げさに気を溜め始めた。特に魔法の威力が上がるというわけでもなく、完全に気持ちの問題である。こんな時でも茶番を忘れないジョンの心意気に、一同心を打たれたわけではないが、なんとなく眺めていた。後方の警戒はしていなかったが、敵に不意を突かれることはなかった。
「秘技!ソルトマネキンっ!」
ジョンがそう叫んで、角を曲がった先を指差した。
すると、そこに大量の塩が積もり出し、それが形を変えて棒立ちの人間のようになった。できあがったものは、材質が百パーセント塩ながら、エイトが服屋などでよく見る、マネキンそのものだった。
予想外の使い方に、おおー、とエイトが感嘆の声を上げる。他の人間も、一通り驚いていた。
ジョンは、そのマネキンに自分のつけていたマントを撒いて、
「これを大通りに押し出せば、ダミーになるだろ。イード、頼む」
なるほど、と言ってから、イーニッドが塩のマネキンを押し始めた。倒れるのではないか、とエイトは心配していたが、イーニッドは問題なく塩のマネキンを大通りまでもう少しというところまで移動させる。
もし、この状態で撃たれても、頭を塩のマネキンに完全に隠しているので即死することはないだろう。すぐに回復できるよう、シリアはジョンの隣で目を張っていた。
最後に、イーニッドが塩のマネキンを思い切り蹴飛ばす。突然飛び出た塩のマネキンは、あたかも裏通りから人間が飛び出してきたように見えた。
イーニッドは全速力で後ろに戻る。イーニッドがエイト達の元に隠れた時、塩のマネキンは無事に地面に倒れ、ずしゃっ、という音と共に崩れた。マントが、塩の上に乗った。
マネキンが撃たれる事は、なかった。
「戦闘部隊が上手くやってくれたのかな……」
安全を確認したエイトは、そう呟いた。
イーニッドがそのままマントを回収して、五人は大通りを渡り、市場へ走った。
市場での戦闘も、だいぶ収まってきたころ。
エイト達は、店と店の間を進んでいた。住宅の間より広く、左右の見通しもよい。
敵と出会わずにすんだかな、そう思っていたエイトの前に、二つほど先の右側の店の影から、三人ほどの人間が現れた。
鉄であろう材質でできた鎧に、槍を持っている。王国の兵士だった。
「うおおー!」
エイト達を見るや、三人は槍を構えて突進してくる。
「ファイアウォール!」
イーニッドは、油断することも慌てることもなく、敵の少し前を指差してそう叫んだ。
その瞬間、兵士達の前に炎の壁が生成される。
ごうごうと燃える炎の壁に、兵士達は一瞬怯むが、高さはエイトの腰ほどなので、再び突撃しようとする。
しかし、その間に、
「スー、リープ!」
エウナが人差し指で大きめに円を描いて、眠りの魔法を放った。
たちまちのうちに、三人の兵士は眠りに落ち、その場に倒れる。
そう、燃え盛る炎の壁の中に。
「いっちょあがり!」
エウナはそう言ってガッツポーズを取り、
「うわあ……」
エイトはそう言って苦笑いをし、
「……」
他の三人は絶句していた。
眠る兵士達は、炎によってその肌を黒く焦がしてゆく。髪は燃え上がり、鉄の鎧はそのままの形で、皮膚だけが焼けただれる。身体の全焼の前に、既に肺が焼け、機能をしていないかもしれなかった。
このまま眠り続けて死ぬ。
生きたままの火葬を目の当たりにして、シリアは思わずそのうちの一人に指を差して、
「……ヒール」
そう呟いた。
その一人の傷は回復したが、眠りから覚める事はなく、また肌が黒くなってゆく。やるだけ無駄な行為だった。
「眠りながら焼け死ぬ苦しみを二回も与えてあげるの?」
エウナが、シリアに向かってそう言った。
そんなつもりはない。シリアはそう言いたかったが、エウナの方に少し振り返るだけで、何も言えなかった。
「戦場で戦うっていうのは、そういうことなんだ」
何人も殺されて、何人も死ぬところを見てきたエイトが、そう呟いた。
眠った人間で行なう焚き火は、そう長くは続かなかった。
ずどん、という音と共に、三人は我に返る。
音がしたほうを見ると、二つほど左の店が粉々に吹き飛んでいた。品物だったであろう魚が辺りに四散する。
「戻れ!」
エイトがそう叫んで、五人は一目散に大通りのほうへと引き返した。
エイトには、海の向こうに映る大きな船が見えていた。
恐らく鉄製の船で、大きな四角い箱に筒状の発射口が二つついた砲が、エイトが見る限りは三門配置されており、さながら軍艦というところだった。
その船以外に、水上に浮くものは確認できなかったが、魔法が届かない距離からの一方的な砲撃がエイト達にとって脅威なことは明らかだった。
エイト達が店二つ分ほど大通りのほうへと引き返して、
「あっ」
ふと振り返ったエウナが、水上にもう一隻の船を見つけた。
エウナの声に釣られて、他の人間も立ち止まって振り返る。
新しく増えた船は、木でできた帆船で、船の中心部に大きな旗を掲げている。主砲など、兵器の類は確認できなかった。明らかに、戦うための船ではなかった。
その帆船が軍艦と並ぶと、突然軍艦の上の夜空に黒い雲が集まり始めた。エウナは何かに気づいたのか、とっさに耳を塞ぐ。
次の瞬間、猛烈な光と共に、激しい稲妻が黒い雲から放たれ、軍艦に直撃した。
その直後、
どがああああああああああああん!
轟音が港町まで響き、エイト達の耳にも届く。
稲妻が直撃した軍艦は真っ二つに裂け、その裂け口から海の中に轟沈してゆく。
エイト達が、港町でその光景を見ていた全員が、約一名を除いてその光景に驚き、放心している内に、木造の帆船はゆっくりと港町に近づいてきた。
夜が明けるまでは、もう少し時間があった。
「よう。あんたらは魔法派だな。大丈夫か?」
木でできた帆船から降りてきた男は、港町の人々に対してそんなことを言った。
あの稲妻は、恐らくこの帆船の乗組員のうち誰かが魔法を用いて放ったものだろう、ということはここにいる全員が予想できた。
その船と接触することに警戒する者もいたが、
「僕たちを攻撃するつもりなら、海の上からまたあの魔法を撃てばいいんじゃないの?」
というエイトの意見と、
「大丈夫、知ってる人よ」
というエウナの意見により、接触を試みることとなった。
といっても、
「ええ。久しぶりね、レスラー」
「おう、エウナじゃねえか。また派手にやったな」
レスラーと呼ばれた男は、久しぶりに会った友人と交わす定型句のようなセリフをエウナと交わして、少なくともエイトには、彼が味方だということを察することができた。
身長は高く、筋肉質の巨体を持ち、まさに海の男といった印象を与える。髪は青いバンダナによって隠されており、服装は身動きが取りやすそうな白いシャツと青い短パンだった。
港町の兵士は全ていなくなったことが確認され、村の人々は街の様子の確認に、シリアと付き添いのジョンとイーニッドはケガ人の治療に回っている。レスラーと話しているのは、村の代表の神父と、顔見知りのエウナ、そして何故かそこにいるエイトだった。
「船乗りなのにレスラー……」
エイトの呟くようなツッコミに、がっはっはとレスラーは笑った。
「言うじゃねえかボウズ」
「レスラー海賊団の名前も、この辺じゃまだまだマイナーみたいね」
エウナの口ぶりからするに、レスラーは他の地域ではそこそこ有名な海賊のようだ。帆船、海賊船からは、他の乗組員もぞろぞろと港町に上陸している。
「略奪する奴は容赦しねえぞ!武器持ってねえ奴は味方だ、そいつらを助けて武器持ってる奴がいたら押さえろ!」
「へい!」
レスラーは海賊の頭領らしく、上陸する部下に指示を出す。人数は十名と少しぐらいだろうか。
「今回は、私達の味方をしてくれるのね」
エウナが話を進めた。
今回は、ということは、エウナとレスラーは以前は敵対していたのだろうか。
「ああ。というか、あんたもどうせ魔法派だろ?氷の大陸の英雄さんよ」
「魔法派?」
氷の大陸の英雄、ということより、そちらのほうが気になったエイトが思わず繰り返した。
「ん?まさかお前ら、聞いてないのか?」
今度はレスラーが逆に首をかしげる。
魔法派——敵も何かの派閥に属しているのだろうか?
敵である王国の兵士——その中に魔法使いはいただろうか?
エイトは何となく察しがついたが、
「詳しく説明して頂けますかな」
神父が先にそう言って、レスラーが説明を始めた。
この国、中央大陸のグラニエル王国は、宣戦布告をしたらしい。
この世界の魔法は、不安定だ。原理すらよく分からない、未知の力に依存した生活を続けるといずれよくない事が起こる。今後は、工学や科学、機械により、人間の文明は発展していくべきだ。人間にとって災厄をもららしうる正体不明の力と、そのような力を使う者は、全員排除しなくてはならない。
これが、王国の主張だった。
この大陸では、基本的に貿易や外交は南側で行なわれている。
北の方、というよりむしろ、南方の海以外は海流が激しく航海に不向きで、かつ北方の鉱山からの運搬リスクを減らす為に町の分布全体が山側に偏っているからだ。
よって、大陸外に本拠地がある魔法学会の施設、つまり教会やその関係者は必然的に海外との交易に優れる南側に集中することになる。
そして、大陸一番の貿易港、港町に集まった魔法の使い手を一網打尽にするため、港町は襲撃された。
同時に、奪い取った船を使い、他の大陸に次々とその情報は広まっていった。
よって、世界は一日で、機械派と魔法派が争う戦争状態になったのだ。
「たぶん今頃、世界中で機械持った野郎と魔法使いがドンパチやってるぜ。灯台元暗したぁまさにこのことだな」
「はぁ……」
「グラニエルにゃ魔法使いもいるだろうに、と思いきやまさか皆殺しにかかってるとはなぁ。そんでエウナまでいるんだ、寄りかかった船ってやつよ」
「乗りかかった船の間違いじゃあ……」
「おう、この大陸じゃあそう言うのか?」
「僕この大陸の人じゃないんで……」
「がっはっは、ということは客か何かか?巻き込まれて大変なこったなぁ」
エイトによく分からない同情の言葉をかけてから、レスラーは神父のほうに向かって続ける。
「さて、俺たちゃこの戦争が片付くまで、この街で海とついでに陸のほうも守らせてもらうぜ。滞在のための復興作業に入って構わねえか?」
「ありがとうございます」
自分よりよっぽど戦慣れしている男に、神父は頭を下げる。
海賊などということは、特に気にしている様子はなかった。
「おう。あと、そこのボウズ」
レスラーは再びエイトの方を向いて、
「名前はなんだ?」
「羽束師エイトです」
「ハズカシか……変わった名前だな」
「海賊でレスラーの人に言われたくない……」
「がっはっは、生意気なガキだな、将来出世するぞ!」
再び、豪快な笑いをエイトに見せた。
レスラーの言う通り、世界中で戦争が行なわれていた。
もちろん、エイトの国のように魔法が知られていない場所や、逆に機械や工学の技術が全く発展しておらず、自然と魔法だけで生活する人々の大陸などでは、戦争は行なわれないだろう。しかし、中央大陸周辺を初め、魔法と機械が混在する場所では、それぞれの場所で、それぞれの形の戦争が繰り広げられることとなった。




