序章 出会いと別れ
中央大陸、なんて偉そうな名前だな。
雲一つない青空の下、埠頭に立つ青年がそんなことを考えていた。
青年の名は羽束師エイト。今年で十八になる。灰色のシャツに薄く青いジーンズに黒いジャケットと無難な服装で、髪は黒。エイトは漢字で映人と書くが、エイニン、やら、うつんど、などと好き放題に呼ばれるのが嫌なので、名前を書くときは公的な書類でなければいつもカタカナだ。
エイトが振り返ると、今までエイトと彼の母親を乗せていた大きな白い客船の姿があった。日の光が白い船体に反射して、エイトは思わず目を細める。その目線の先から、彼の母親がこちらに向かってくるのが見えた。
「ふぅ、お疲れさま、エイト」
暢気に歩いてくる女性、羽束師ナナミは四十を超えるエイトの母親だが、実年齢より二十は若く見える美貌の持ち主だ。振り袖のついたピンク色の着物姿で、美しい黒髪を後ろで一つに纏めてポニーテールにしている。ナナミは漢字で七海と書くのだが、エイトがカタカナ表記を使い出した頃から、便乗してカタカナを用いている。彼女の夫、エイトの父親は大工で、彼女はしょっちゅう海外旅行に出ており、エイトの教育のほとんどは父に任せっきりだった。彼女が外出する時はいつも着物で、エイトがその理由を聞いたところ、外国ではどこでも珍しがられるから海外旅行の度に着ていくそうだ。
彼らの荷物は、船にまだ乗っている分の荷物を含めてもそう多くはない。しかし、彼らは新しい住居を求めてこの大陸にやってきた。
港町の気候は今日も穏やかだった。
大きな白い灯台から少し離れたところにある埠頭には、今日もたくさんの船が停泊している。船の種類は漁船だったり客船だったりまちまちで、見た目も古そうなものからエイトも良く知る新型のものでまちまちだ。今、エイトが乗ってきた船ではない客船が、汽笛を鳴らしながら出航した。
陸のほうには、船から降ろした荷物が並び、ある物は観光客が引き取り、ある物は商人が引き取って、町のホテルに運ばれたり、市場に品物として並んだりしている。
ナナミは、いい風ね、などと呟きながら、港町の埠頭から少し歩く。エイトはそれを適当に聞き流したが、確かに気持ちのいい風だな、と感じた。
「そういえば、アヤは?」
ふと、自分の妹の存在を思い出したエイトは、母にそう聞いた。
アヤ、羽束師彩は、三年ほど前からこの中央大陸にいるらしい、エイトより二つ下の妹だ。三つか四つの頃に忍者の番組を見て、
「わたしもにんじゃになる!」
そう言いだしてから、完全に真に受けたナナミによってその手の教育を受け、今は母と同じく海外を点々とし、影の世界で暗躍しているようだ。
エイトは、彼女と合流すべくこの大陸にやってきた。
「そういえば、この大陸にいるんだっけ?」
と、母からそんな返答を聞くまでは思っていた。
「え……アヤと合流するためにここに来たんじゃないの?」
「そんなことないわよ?」
エイトは、母親の自分の娘への認識に呆れた。では、どうしてこの大陸に来たのだろうか。
「この大陸の知り合いにね、困った時には来て下さい、って言われてたから尋ねたのよ。言ってなかったかしら?」
「言ってないよ」
「あ、そう。じゃあ今言ったからね」
なんだかなあ。いつものことながら、エイトはそう思った。それにしても、顔が広すぎる母だ。
知り合いの元に妹がいないとは言っていない。母は、そういうサプライズも大好きだ。では知り合いとは誰だろう。ヤバい人だったら嫌だなぁ、エイトはそんなことを思ったが、特に緊張や期待はせず、なんとなくそんなことを考えていた。
「じゃあ、私は少し用事をしてくるから、エイトはその辺を見てきたら?」
そして、いつもの調子のナナミは、エイトにそんな提案をした。
エイトはひとまず妹のことを考えるのをやめて、
「いいけど、何の用事?」
「色々と連絡する所があるのよ。今日泊めてもらうところとか、引っ越し先とかね。エイトが見ててもつまらないわよ」
エイトは事前に聞いていたが、この大陸では、携帯電話や通信機の類は使えないらしい。ナナミはあらかじめ用意してある数通の手紙をひらひらとエイトに見せた。後ろのほうに見える郵便屋らしき建物は、人がごった返している。
「……さいですか」
エイトはそう返事をした。ナナミから、一時間後にここに戻ってくるように言われる。
郵便が届くような相手か。恐らく、この港町から更に遠くへ行くのだろう。なら、この町の様子を今のうちに見ておこうかな。
エイトはそう考えて、郵便屋へと向かう母を背中に、目の前に広がる市場に向かって歩き出した。
エイトは市場を見て回った。市場にはたくさんの店があり、木の柱の上に布を屋根として張っているものだ。しかし、その売り物は海で取れた新鮮な魚や、大陸外から輸入されてきた肉類、近辺で取れるであろう野菜や果実ばかりで、
「ほとんど食料品ばかりじゃないか……」
エイトはうんざりしていた。
時刻はお昼過ぎで、昼食は船の中でとっくに食べ終わっていた。たまに食料品以外のものを売ってる店を見つけても、やたら高価な薬だったり、機械の部品だったり、ちょっとした小道具だったりで、彼にとっては面白くなかった。
海に近い方に魚の店が集中し、次第に商品は山の幸へと変わっていく。初めは右に左にと歩き回っていたエイトだったが、次第にその振れ幅は小さくなり、やがてほぼ真っすぐ北に向かって歩いていた。
そして、山菜を売る店の横を通り過ぎた時、エイトは大きな道の脇に出ていた。
港町は、大きく二つのエリアに分けられている。
海に面している方に集中している市場のエリアと、逆に内陸部に面している住宅地・民宿のエリアだ。二つのエリアは港町を横断する大きな道によって仕切られており、今日も大陸内部へ物を運ぶ行商人や旅人でそれなりの人通りだ。
市場のエリアを抜けたエイトは、大きな道を横切った。
大きな道は右と左に向かって伸びているが、ほんの少しだけカーブを描いているように見える。ほとんどまっすぐなのだが、両者とも大陸の内部に、つまり海と反対側の方向に進む道になっていた。
その道を横切った先に、青い屋根の大きな建物があった。
周りの民家と比べても大きく、いかにも何かの施設を思わせる雰囲気だ。白い立派な石でできているが、窓は二階にしかついておらず、中の様子は伺えない。大きな木の扉が、正面に構えていた。
行くあてもないエイトは、そこに向かって足を進めた。
エイトは建物の扉のすぐそばまで近づいたが、これがどのような施設かを説明する案内を一切見つけられなかった。ぐるっと周囲を一周して正面まで戻ってきたが、それらしい表記はない。
エイトは疑問に思いながら、
「まさか、誰かの住居……?」
などと呟いた。その時、
「その通り!」
右後ろから叫び声が聞こえた。エイトが驚いて振り向くと、男性としては少し長い黒髪の青年が腕組みをして仁王立ちしていた。濃い青の半袖長ズボンの服の下に、白い長袖の服が見える。そして、背中に風変わりな黒いマントをつけていた。ふっふっふ、などと言いながら青年が続ける。
「その城こそ、我が偉大なる居城、アークデスサンどぶっ!?」
そこまで言ったところで、彼の頭部にげんこつが入った。
彼の後ろには、長い茜色の髪の女性が立っていた。赤いスカートは上から下の部分までが一つの服になっており、その上に一見エプロンにも見える白い服を着ている。青年を殴ったであろう拳には小さな赤い宝石のついた指輪が見えた。年齢は、彼女が殴った青年と同じぐらいだろうか。その女性が口を開く。
「あんた……ここの人に殺されるわよ?」
「いって……だからグーはないだろグーは!今シリアいねえんだぞ!?」
「はいはい……あなた、ごめんなさい。迷惑だったでしょう?」
そう言って、彼女はエイトに頭を下げた。
「いえ、別に被害は被ってませんし……ところで、この建物は?」
エイトはなんでもない様子でそう返した。ついでに、二人に質問をする。
すると、二人のうち黒マントの青年のほうが、
「もしや貴様、異界より呼び出されし伝説の——」
「いや、そういうのじゃないです」
エイトの質問を無視する黒マントの青年の言葉を、エイトは遮った。痛い人なのかな、と思いながら、
「えっと、実は今日この大陸に来たばかりで、できれば施設の説明とかして欲しいんですけど……」
話ができそうなのはこちらだと判断して、茜色の髪の女性に頼むことにした。言葉を遮られた青年はつまらなさそうな顔をしている。
「ええ、いいわよ」
女性の方は快諾して、
「あたしのことはエストって呼んで。で、あなたは——」
エストと名乗った女性は何気なく自己紹介を済ませようとした。しかし、
「ふはははは!我が名はダークエンペラー・グロニカルフュージョニスト四世だ!この世界を支配し、全ての意のままに操る者!」
ぶわっ、と右手で払ってマントを広げてそう名乗ってから、びしっ、と決めポーズをした。エストはため息をつく。
「……彼は、ボケ担当なの?」
「本人にその気がないのが厄介よ……本名はジョン・アルバート。毎回適当に名乗るから適当に呼べばいいわ」
「おまっ、人が気にしてることを……!」
ジョンと呼ばれた青年は憤慨している。それを無視してエイトも名乗る。
「まあいいや。僕の名前は羽束師エイト。よろしくね」
「ハズカシ……?変な名前ね」
「ダークエンペラーなんとかよりはマシじゃないかな」
「ダークエンペラードルイド・ファイナルジェスターニャMK-2だっ!」
「さっきと違う!あと世代戻ってるぞ!」
よく分からない訂正にエイトは的確なツッコミを入れた。ツッコミ上手ね、これは楽できそうだわ。エストはそう思った。
ごほん、とエイトは咳払いをしてから、
「で……この建物はなに?」
再び同じ質問をぶつけた。
「魔法を教える会場。略して教会、よ」
エストは真面目な顔でそう返した。
「ああ、エストさんもそっち側の人だったのか……」
「ええ!?あたしなんかヘンなこと言った!?」
エストは驚いて、自分の発言を思い返した。
「本人にその気がないのが厄介よ……」
「ハズカシ……?変な名前ね」
「魔法を教える会場。略して教会、よ」
「あたし、実はずっとあなたのことが……」
一通り思い返してみたが、特に変わったものは見当たらない。
「ちょっと待って!最後の捏造!あたしそんな事一言も言ってない!」
「ふはははん」
ジョンがバカにしたように笑い声を上げる。エストが鉄拳を振り回すが、ジョンは華麗に避け
「ぐほっ!」
られなかった。
なんだこの茶番、仲いいんだな、などと思いながらエイトはその様子を眺めていた。
エストが宝石のついた指輪を持つ右で正拳を数発叩き込んでから、
「ふーっ、ふーっ。……で、なんだっけ?」
エイトにそう聞き直した。エイトが言葉を発する前に、
「ああそうそう、教会よ教会」
会話の流れを思い出したエストがそう続けた。
「魔法学会が魔法を教えるための施設が教会。ハズカシは魔法学会って知ってる?」
「いや、知らないけど、その前に——」
「魔法を知らないのだろう?」
立ち直ったジョンがそう言った。復活が早いのは、慣れているからだろう。
エイトは首肯してから、
「いや、ファンタジーの魔法なら知ってるけどさ。どういう意味なの、魔法って」
そう答えた。
魔法は、エイトが知る限りは空想の産物だ。ゲームや物語の、限られた人物が使える超能力。もしくは、手品をあたかも超能力のように見せかけてそう呼称されるもの、というのがエイトの魔法に対する認識だ。
「まぁ、説明するより見てもらうほうが早いな」
しかし、ジョンがそう言ってから、左手でばっ、とマントを払い、右手を上に突き上げて人差し指をピン、と立てた。そして、
「母なる大地よ!母なる海よ!」
そう叫び出した。母なるが二つあった気がするが、二人ともこれをスルーし、ジョンは続ける。
「今こそ我が力となり、大いなる闇を生み出さん!天地鳴動縦横無尽、空前絶後阿鼻叫喚、七転八倒四面楚歌、絶体絶命疲労困憊!」
エイトは思った。どんどんピンチになっている気がする。しかもあまりに大きな声を出すので、周囲の人がこちらを見ている。他人のフリをしようかな、エイトはそう思って、隣にいるエストをちらっと見るが、既にエストは三歩下がって他人のフリをしていた。
そして、長いセリフをジョンが言い終えて、
「はああああーっ!奥義、ソルトシャワー!」
そう言い放ったとき、彼の指先から大量の白い粒が吹き出した。
日の光を反射してキラキラと輝きながら、シャワーのように彼の目の前に積もり続ける。二秒ほど経過し、
「……ふっ」
彼がマントをばっ、と体の前に回したときの風で、目の前にあった白い粒の山が少し崩れた。
「……で、あれなに?」
「彼の魔法よ」
ジョンから少し離れたところで他人のフリをしながら見ていたエイトとエストは、キョロキョロしているジョンを眺めながらそんな会話をしていた。
「手品じゃなくて?」
「手品……って、なに?」
エイトの質問に、エストが質問で返事をした。質問した後に、エストは何かに気がついて、エイトに声をかけようとしたが、そこに二人を見つけたジョンが先に声をかけていた。
「おーい、酷いぞエスト、ハズカシ!ちゃんと見てないなんてよ!」
「いや、うん、見てたけどさ。ちょっと手、見せてもらっていい?」
「ん、別にいいぞ」
ジョンはエイトに右手を差し出した。手品ならば、どこかにタネがあるはずだ。そう思ったエイトは念入りにジョンの右手、手首、服の裾を確認してから、
「今の、もう一回やってもらってもいい?」
ジョンにそう言った。
おう、任せとけ!とマントを払おうとしたジョンに、エストが釘を刺す。
「あの茶番はいらないから」
「あ、そう……」
少ししょんぼりしたジョンが、自分の足下の少し前を指差して、
「ソルト」
そう呟いた。すると、やはり指先から今度は白い拳ほどの塊が発射され、地面に着弾し、粉々に砕けた。
「……マジ?」
エイトは目の前の光景が信じられなかったが、同時に予感した。この国での暮らしは、楽しいものになるかもしれない、と。
「そこの教会で、詳しい事は教えてもらえるわ。魔法に興味があるなら、寄ってみればいいんじゃない?」
そんなエイトに、エストが目の前の青い屋根の建物、教会を指差してそう提案した。
内心、魔法の存在にワクワクしているエイトは、うん、と返事してから、教会の入り口に向かって歩き出した。
「そもそも、魔法についての研究が始まったのは七百五十年ほど前かららしい」
教会に入ってから、ジョンはエイトに魔法の歴史について説明を始めた。
「それまでは、一部の人間にのみ備えられた超能力だと考えられていたらしい。しかし、実はその超能力を持たない人間の方が小数派だということが分かってから、研究が行なわれたそうだ」
ふむふむ、僕の国は小数派の人間の集まりだったのか。聞いたことのない人間の歴史に、エイトは歩きながら相づちを打った。
「昔の人は、人間の身体に魔法を扱うエネルギーが流れていると考えていたらしい。そのエネルギーを利用して、魔法を行使する。それが魔法原理の第一説だ」
教会は、入ってすぐの玄関から廊下が左右に伸び、そこに無数の部屋への扉が続いている。エイトと共に教会に入ったジョンとエストのうち、エストは早々に二人と別れ、ジョンはエイトをある部屋に案内している途中だった。
「ただな、いつ頃からか、魔法のエネルギーは人間ではなく周りの環境にあるのではないか、と言い出した人がいたんだ。名前は……なんだったか、忘れてしまったが」
ジョンは歩きながら説明を続ける。
「で、魔法は世界のエネルギーを利用する技術にすぎない、というのが魔法原理の第二説だ。第一説派と同じぐらいの人間が主張しているな」
「へえ。ちなみに、どっち派?」
説明を聞いて、エイトがジョンに説明した。エイトは、ちなみに、の後に名前を言おうと思ったのだが、ダークなんとか、とかいうふざけた名前しか思い出せなかったのでやめた。
「俺か?それなんだがな、もう一説あるんだ」
「もう一説?」
「ああ、これは最近信憑性が出てきた説なんだが……」
ジョンが一呼吸置いて、
「精霊という目に見えない何かが存在して、その力を借りて魔法を使っている、というものだ。魔法原理の第三説、俗にいう精霊説だな」
「……ねえ、それ、誰かの妄想に聞こえるんだけど」
「当初は我もそう思っていたのだがな。最近発見された注文魔法という技術で……おっと、ついたぞ」
そこまで言って、目的の部屋の扉を通り過ぎそうになったジョンが、説明を中断して顔をエイトから扉へと向ける。
ジョンはそのまま、ノックもせずに少し大きめの扉を開けた。
その部屋は実験室という名前で、しかし中は訓練室といった様相で、変わった金属のタイルが床から天上まで敷き詰められ、標的用であろう木製のカカシがいくつか立っている。部屋はそこそこの広さだが、部屋の利用者は彼らを除くと誰もいなかった。
「ここが実験室だ。一般の人間はここで魔法を習得する」
へえ、と呟きながら、エイトは部屋を見渡す。ゲームでよくある神秘的な感じは一切なく、どちらかというと体術主体の兵士や騎士の訓練場、といった雰囲気だった。
そして、エイトは魔法の存在を知ってから、ジョンが指から塩を出してからずっと気になっていたことを口にする。
「で、僕も魔法が使えたりするの?」
自分が魔法使いになる日が来るとは思わなかったエイトは、肯定を期待してジョンに尋ねた。
ジョンからの返事は、
「ああ、もちろん」
そう、エイトが求める最高の返事だった。
「運がよければな」
その付け加えられた一言がなければ。
魔法の習得は、主に教会に付属している訓練室で行なわれる。
まず、魔法学会全体で把握している魔法の種類から、当人に適性がありそうな魔法をテストなどから分析し、リストアップする。後は片っ端から使用可能かを確認する。つまり、
「この膨大なリストを一つ一つ試し撃ちしていけってこと!?」
エイトが叫んだ通りだった。
全ての魔法の数は万を超え、一日ではとてもではないが消化できない。その前の一時間ほどのテストですら、エイトには面倒に思えた。
「早い奴は早いぞ。我が友人の一人は二分で終わったからな」
ジョンが笑いながらそう言った。その言葉に少し希望が見えてきたエイトは、
「じゃあ、思いつくやつを適当に試してもいい?」
「ああ。そこのカカシに向かって指をさして魔法の名前を詠唱するがいい」
よし、と意気込んだエイトは、カカシに向かって右手の人差し指を差してから、
「……そういえば、MP的なものは?」
「MP?」
ジョンにそんな質問をしていた。
エイトの知識では、MPはマジックパワーの略であり、魔法を使う為に必要なエネルギーのことだ。彼の常識では、人によって扱えるMP、つまり魔法のエネルギーの最大量は決まっていて、自身の最大MPを超える魔法は使えない。
しかし、ジョンはMPという単語に聞き覚えがなかった。エイトが軽く説明して、
「ああ、魔法を使える回数のことか?」
そんな理解に落ち着いた。
「だいたいそんなとこかな」
「そうだな……回数の制限はある。制限に近いとめまいを覚えるらしいぞ」
「ふーん……一回も使えないってことは?」
「ふむ……それは『使えない魔法』として判断されるだろうな。ま、物は試しだ」
ふんふん、まあそりゃそうか、と思いながらエイトは首を縦に動かした。その後、ジョンの台詞に少し違和感を感じて、
「……めまいを覚える、らしい?」
「俺はそうなったことがないからな。消耗がそもそも少ない魔法のようだし、普段使わないし……」
「あ、そう……」
ジョンが少し肩を落としたのを見て、エイトは苦笑いをして、気を取り直してカカシに右手の人差し指を向けた。
「ファイアー!」
そして、叫んでみた。多くのゲームや物語でよくある火の魔法の名前を。しかし、辺りの様子に変化はない。火がどこかに出た様子もなければ、カカシが燃えたりもしない。
まぁ、いきなり成功するわけないか。エイトはそう思って、知っている魔法や呪文の名前を片っ端から唱えはじめた。ゲームの魔法、漫画で出てきた呪文、ただの英単語——
ちなみに、ジョンは自信の魔法『ソルト』を使えるようになるまでまる一ヶ月かかった。
ジョンは、自分のことを思い出しながら、無謀な挑戦をするエイトを気長に眺めて待つ事にした。
「パンツキエール!」
三十分ほど経ったが、魔法が発動する気配はない。
あんまりな呪文を唱えるエイトに、ジョンがツッコミに回っていた。
「おい、なんだその魔法」
「いや、パンツを消す魔法で、これを使って凶悪犯から人々を救い出した英雄が……」
「そのストーリーには存分に興味があるが、例え発動したとしても分からんぞ」
「あ、そっか」
カカシは当然パンツを履いていない。もしもパンツを消す魔法が使えるとすれば、カカシにパンツを履かせて試さなければならなかった。そういう理由で、何かを変える魔法や消す魔法は発見が難しい。
「そういう魔法を見つけられるやつは相当運がいいか、何か特別なモノが見えるやつだな」
「特別なモノ?」
それってどういうモノなの、そうエイトが付け加えようとした時、バタン、と部屋の扉を開ける音が聞こえた。
「あれ、ジョンとハズカシ!?」
「ジョンって呼ぶな!」
入ってきたのは息を切らせたエストで、ジョンのツッコミを無視して続けた。
「このへんで黒マントの怪しい男を見なかった?」
二人は首を振る。その条件ならジョンも該当するんじゃないか。エイトはそう思ったが黙っていることにした。
「何かあったのか?」
「盗まれたのよ!」
何を盗まれたのだろう。そう思ったエイトは、ふとエストの仕草が気になった。心なしか、スカートを少し押さえているように見える。その時点で、少し嫌な予感がしたのだが、
「パンツを!」
その予感はすぐに的中した。
今、目の前の女性はパンツを穿いていない。
それだけで男性はニヤニヤしてしまうものだが、その原因が自分にあるかもしれないと思うと逆にヒヤヒヤするものだ。
幸運なことに、彼女はその原因がエイトにあるとは気づいていない。考えてもいなかった。
そんなこんなで、エイトは様々な言い訳を脳内で巡らせながら、顔面を引きつらせていた。
ジョンが、あー、と呆れ顔を作ってから、
「……最初から穿いてなかったんじゃないのか?」
無神経にもそんなことを言った。当然エストから正拳が飛んでくる。
「なわけないでしょ!あたしは変態か!」
会ってすぐの男の前でノーパン宣言をするのもどうなんだろう。エイトはそう思って、その前に彼女が言ったことを思い出した。
「……黒いマントの男に盗まれたの?」
「そう!」
パンツだけ器用に盗むなんてことできるわけないじゃないか。エイトはそう思ったが黙っていた。ジョンは正拳を腹に食らってうずくまっている。
「あいつに追い抜かされてしばらくしてから気づいたの!絶対にあいつが犯人だわ!」
怒りからか恥ずかしさからか、エストの顔は真っ赤だった。そこに、正拳を食らいながらも冷静なジョンが立ち直って、
「こ……ここでないなら、既に外ではないか?」
「はっ」
エストが、こんなところで道草を食っている場合ではなかったとばかりに部屋を飛び出す。そのすぐ後、
「手伝って!」
彼女の声が部屋の外から聞こえた。
教会から出た三人は、窃盗犯、と思わしき男の行方を探した。
見た所、教会の前に広がる大通りと、その脇の見える範囲にそれらしき黒いマントの男は見当たらない。
ならば、犯人の行き先は三つのうち一つだ。右側の住宅地に入ったか、左側の住宅地に入ったか、正面の市場の中に入ったかだ。
ぱあん。
「手分けして探しましょう!あたしは前、ジョンが右、ハズカシは左をお願い!」
エストはそう叫んで、すぐに道を横切るべく走り出した。
もし犯人を見つけたら、どうすればいいのだろう。そんな疑問を抱く前に、エイトは左の住宅地に走り出していた。
エストが叫ぶ前に聞こえた銃声を、エイトは聞き逃さなかった。




