表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1日目①(プロローグ) :新しい生活を始める時って、騙されやすいから気をつけて

  日曜日の晴れた昼下がり、商店街のはずれの少し入りくんだ場所にある寂れた公園 。

  4月も終わろうかというこの時期になると、公園の桜は葉桜に変わり、心なしか、今年の役目を終えたようにひっそりとしたように見える 。

  ここにある遊具といえばブランコぐらいで、他には、どこからがそれなのか境界線のわからない砂場と、朽ちかけの木製のベンチがあるだけだ 。ベンチは今朝の小雨でまだ湿っていたので、俺はブランコの水を払って座ることにした 。

  そうはしても少しひんやりしたのだが、まあ仕方ない、荷物をそばに置き、手に持っている原稿は濡れないように膝の上に置いた 。

  昨日、出版社に持ち込みをして、ボロカスに罵られた原稿でも、やはり思い入れというものはあるものだ 。俺は封筒から原稿を出してパラパラと眺めてみた 。


  俺は、漫画家を目指している 。

  昔、高校生の時にふと投稿した漫画で大手出版社の賞を受賞したことがある 。大賞ではなかったし、大賞の作品を見て愕然とするぐらいレベルの差があった 。

  応募する前は、周りから絵が上手いともてはやされていたので大賞を獲る自信はあった 。

  そのプライドもあってか、この大賞を取った漫画ぐらいならおれがその気になれば描ける、と思った 。

 なぜ応募してみようと思ったかは思い出せない 。

  しかしそれ以来、俺の夢は具体的に漫画家と定まった 。

  長い時間を掛けて描いた漫画だったので、覚えているのでぼーっと眺めているだけでも次の展開が分かる 。

  主人公との戦いで敵が意表を突かれて、『こんなはずでは...』と言うのだ 。

  俺も、こんなはずじゃなかった 。


  大学受験に失敗し、いい機会だからおれは夢を追うんだと啖呵を切って家を出た 。俺は修学旅行に行くような浮かれた気持ちで、単身関東に移り住んだ 。

  あの時の俺は、修学旅行先で企画ものAVよろしく、学年1美人の女の子とエッチな展開があるんじゃないか、みたいな、誰かが俺の才能に気づいて漫画家になれんじゃねーか、といった現実味のない淡い期待と変な自信を抱いていた 。

  しかし修学旅行で付き合ってもない学年1の美人と...なんて話は聞いたことがないのだから、それと同じように漫画家になれるわけでもなかった 。

  若気の至りってのは怖いものだ 。あの時のおれは何でもできる気になっていた 。後悔とは別物であるが、少し、軽率だったとは思う 。

  そんなガキにも現実は甘くなかった 。住む場所と仕事は、住み込み可のアシスタント募集をしていた漫画家先生の下で居候させてもらうことでなんとかなったが、才能がなかったのか、如何せん漫画家としての芽がでなかった 。

  そんなこんなで1年近くアシスタントとアルバイトをしながら合間を見つけては自分の漫画を描く日々が続いた 。その先生の職場では俺はそこそこベテランという感じだった 。

  しかしその先生の連載がタイミング悪く全て打ち切られ、俺の仕事もないし、住まわせてやることも出来ないと言われたのが先週の話 。

  立て続けに、バイト先の居酒屋が潰れた 。店長が風俗のフィリピン女に入れ込んでいたようで、8桁の借金をしていたらしく、店の土地を借金のカタにしていたそうだ 。最近店長は肝臓って2つあるんだっけ、と遠い目で質問していた 。因みに肝臓は2つもない 。

  占いや風水には詳しくないが、きっと今が俺の人生の大殺界という時期なのだろう 。


  最近はネットカフェで寝泊まりしながら持ち込みの日々が続いていたが、遂に有り金も底を尽き、描き溜めていた持ち込み用の漫画も全て相手にされることはなかった 。

  あれだけ啖呵を切っておいて、仕送りをしてもらっている身だ、今さら実家に戻ることなど出来ない 。

  貯金はあるが、仕送りと合わせてもここら辺の家の家賃からすると、数ヶ月と持たない 。

  金も家も仕事もないこの状況、このままではダンボールに住まなければならくなる 。

  この公園に来たのも、向かいの寂れた不動産屋に来たついでなのだが、心霊体験のような激安物件なんて実際にはそうそう無かった 。

 しかし、このまま公園でぼーっとしていると、なんだかリストラされた帰りのサラリーマンのような気持ちになるような気がしたので、改めて不動産屋の窓に貼られているチラシを見てみることにした 。

  不動産屋に来ること自体、ダメもとではあった 。

 安い物件を教えてくださいと言って、一番安い物件と紹介されたものを見ると、全く期待していなかった訳ではなかったので、その家賃の高さにやはり気が滅入ってしまうのであった 。


  数枚の広告を見て、0を数えることに嫌気がさしてきたので、なんだかもう家なんかどうでも良くなってきていた 。

  ふぅ、とため息をついて帰ろうとした時、電柱に貼ってあった1枚の部屋案内のチラシが目に入った 。

  「家賃...0円...」

  そんなはずはない、と心の中で思いつつ、どこか、希望を見つけたような気持ちになった 。

 エッチな展開を期待して行った修学旅行で、学年アベレージぐらいの女の子に告白されたような感じだ 。

  「しかも、朝晩食事つき...」

 これも例えるなら、もう1人告白されたみたいなものだ 。

  しかし、訳あり物件につき入居には条件ありと書いてある 。

  短期間であること、そして入居者テスト 。

  チラシのキメ文句は、訳ありアパート和気有荘、だった 。

  なるほど、訳ありと聞いて合点がいった 。

  おそらく最近このアパートで自殺か殺人でもあったのだろう 。

  短期間というのはおそらく、幽霊が出るから、はじめから長く住めないだろうと予想しているからで、入居者テストというのは霊感の有無でも調べるのだろう 。

 勢いに乗って学年1のブサイクに告白されたって感じだろうか 。

  しかし、子どもの頃から幽霊など信じるタチではなかったし、残り1室という文言も手伝って、藁にもすがる思いで、電話をするだけしてみることにした 。

  チラシに書いてある番号に電話を掛け、呼び出し音を聞きながら改めてチラシを見ていたのだが、場所が書かれていないことに気がついた 。

  気味が悪いと思ったその時、呼び出し音が途切れ、男の声に変わった 。


  「はいもしもし、わけありそうですが 」

  この男の声を例えるなら、ガキ大将の腰ぎんちゃくの特徴的な髪型と口元のお坊ちゃんが酒ヤケしたような声であった 。

  そしてここではじめて、わけありそう、と読むんだなと思った 。インド人が作るインド料理店、ぐらいそのまんまな名前だ 。

  「部屋情報のチラシを見て、お電話したのですが 」

  と、ここで様子を見るために言葉をとめてみた 。

  「あぁはいはい、じゃあ入居者テストするんですぐ行きますんでちょっと待っててくださいねー 」

  というと、電話は切れてしまった 。

  それだけ?と拍子抜けした感じだ 。話がとんとん進みすぎだし、ちょっと待っててということはどこから電話しているのかわかっているということか ? と思うと、ますます不気味になった 。

  向かいの不動産屋からおっさんが出てくることを想像したが、そこでふと、あることに気がついた 。

  このチラシに書かれている電話番号は向かいの不動産屋のものではなかった 。

  そもそも、ほかの店に貼っているチラシは不動産屋の紹介している部屋なので、電話番号すら書いていないのだ 。

  このチラシだけが、電柱に貼られていたのだ 。

  俺は鳥肌が立っているのを感じていた 。

  電話の男が来る前に逃げようかとも思ったが、実家に逃げ帰るよりかはましかと思い、思いとどまった 。


  荷物が重かったので立って待つのは疲れる、俺は再びブランコに腰掛けた 。

  座って正面を向いた時にちょうど1台の軽自動車が走ってきて、不動産屋の前で停車した 。降りてきた男はそのまま不動産屋へと入っていった 。

  完全に路上駐車で、一方通行の道というのもあり、車が通るスペースはなかったのだが、この通りは車通りは少ないので、恐らく問題はないだろう 。それにしても、あんな寂れた不動産屋にも客はいるのだな 。活気のない商店街で潰れない洋服店みたいなものだろうか 。大阪のオバちゃんしか着ないであろうデザインのものしか置いていないのに、よくやっていけているものだ 。大企業も、大阪のオバちゃんという影の巨大市場に進出してはどうだろうか 。

  日本の経済のことを考えていると、次は黒塗りのいかにもアレな普通乗用車が通りかかった 。

  こんなに車通る道だったかなと思っていると、先ほどの車の後ろで停まると中からはスーツの男が降りてきた 。やはり、その筋の人な見た目で、軽乗用車の運転手にキレるのだろうか、と思ったが、もしかすると普通に不動産屋の客という可能性もある 。

  そんなことを考えていると、その男は公園に入って俺に近づいてきた 。

  近くで見ると、切れ目で髪を後ろにつめており、唇には切られたような古傷が合った 。もうまさに、まさにな人であった 。

  まさにな人は、俺のほうを見ながら歩いてくる 。

  この人はいい歳してスーツ着て公園で遊ぶのかな ?

   シャイだから人に公園で遊ぶとこ見てほしくなくて、俺に出てってほしいのかな ?

  それとも若しかして、ブランコに乗りたいのかな ?

  まぁ、そりゃないな 。

  俺をあの軽自動車の持ち主だと思ってるに違いない 。

  近づいてくる男になにか言わなくては、誤解を解かなくては、と焦っていると言葉が出てこない 。

  あ...ひっ、と情けない声が出てしまった 。

  別にこちらに来ているからといって殴られるわけでもないし、顔を見てそんな態度を取ってしまっては失礼なのだが 。

  すると、男は俺の前に立って俺をしばらく見つめて口を開いた 。

  「先ほど、お電話して下さったのはあなたですか ?」

  彼の口から出た言葉は意外なものであった 。

  俺が意外だと思ったのは、電話の声からは想像もつかない容姿だったからと、ちょっと待っててくださいというのがこんなにちょっとだとは思わなかったからだ 。

  実際、電話の声とは違って、例えるなら海産物の名前が多い家族の1本だけ残してハゲたおっちゃんが勤めている会社の特徴的な唇の人に似ている声だ 。

  すぐ行くとのことだったので、てっきり電話の男が来るのかと思っていた 。

 それに、感覚だけでの時間だが、まだ2分も経っていない 。

  とりあえず何か応えなくては、と俺の脳内の足りない会話に関する細胞を働かせて、なんとか一言しぼりだした 。

  「あっ、えーと、はい 。」

  戸惑いと、自分のコミュニケーションの苦手っぷりが、もろにこの一言に出たという感じだ 。

 俺の返事を聞くと即座に男は言った 。

  「入居のためのテストをします 。ついてきてください」

  はあ、と言って彼の車に乗り込んだのだが、内心、後悔していた 。


  あの電話から2分と経たずに、車が来た 。これは普通の速さじゃない 。俺は若しかしたら今まさに心霊体験をしているのかもしれない 。するとこの車が向かう先はどこだろうか、有名な心霊スポットに行って怖い思いして命からがら逃げ出すけど、実はチラシ自体が本当は無くて、気がついたら公園のベンチに座ってて夢オチって感じか ?

  それに例え心霊じゃなかったとしてもこの男はなんだ 。明らかにその筋の人だ 。するとなんだ、俺の受ける入居テストってのは下手すると命に関わることかもしれんな 。

  どちらにせよ、あの時俺が電話を掛けた時点でゲームオーバーだったのかもな 。

  俺は車のドアを開き、シートに座って、ドアを閉めるまでに、この一連の被害妄想をした 。

  エンジンをかけ、公園で方向転換すると、男は車を発進させた 。

  今になって気づいたことだが、この公園には車止めがない 。周りに家も学校もないし、こんな所まで子供が遊びにくるはずもないからだ 。

  事故に遭った時は意外と頭が冷静に働くというが、そんなどうでいいことを冷静に考えるあたり、恐らくいまそういう状況なのだろうと、冷静な頭で考えていた 。


  車は、路地を抜けて大通りに出て駅方面に向かっているようだった 。

  駅方面といっても、関東の中でも田舎なほうの地域なので、ビル郡でこそあるものの、結構しらけた町である 。

  大通りに出てすぐにショッピングモールがある 。今日は日曜というのもあり、遠くから見ても賑わいが分かるほど、広大な駐車場は車で埋め尽くされていた 。

  ショッピングモールの看板には今日の催し物、という欄があったのだが今日は『関義夫のゲートボール講座』だそうだ 。

  この客の大半がそれを見に来たわけではないだろう 。というか見に来た人はどのくらいいるのだろうか、ジーさんバーさんしかゲートボールのイメージはないのだが 。

  ショッピングモールを過ぎるとすぐにある歩道橋の下の信号に捕まった 。

  赤信号で停まると、エンジン音で聞こえなかった街の喧騒が聞こえてくる 。

  人々の話し声、パチンコ屋や飲食店から垂れ流される音楽、薬局はラジカセで『赤マムシであなたのミミズも赤マムシ !』と宣伝している 。日曜の昼間から恥ずかしくないのか 。

  街の騒がしさとは対照的に車内は無言であった 。

  この男はなんとも思ってないのだろうが、俺はこんな沈黙が苦手だ 。

  「テストってどんなことするんですか ?」

  ―といった気の利いた質問ができればいいのだが、人見知りな俺にそんなことできるはずもなく、そもそもそれぐらいのコミュニケーション能力があれば、沈黙も苦手ではないのだろう 。

  音楽でもかけてくれないかな、と考えていると再び車は発進し、エンジン音によって沈黙は破られた 。

  駅に差し掛かると、多くの人が行き交っていた 。

  赤信号から青信号に変わる音に合わせて一斉に人々が動き出す 。某空飛ぶ城の眼鏡かけたおっさんは、人がゴミのようだかなんだか言っていたが、地上で見てもそう見えるのだからきっとそうだったのだろう 。

  たぶんこの人ごみの中に、全身タイツがいても俺は気づかないだろう 。

  すると信号が赤になり、右折車のみ進めるように矢印のついたものに変わったので、車は右折した 。

  駅の傍にはバス停があり、そのバス停から先ほどのショッピングモールまでのバスが出ている 。

  追い抜きざまにバス停にはこれからそこで買い物をするであろう家族連れが多く見受けられた 。

  まだ結婚なんて考えたこともなかったが、こんな風景を見るとつい、自分の将来の姿を想像してしまうものだ 。

  まぁ、漫画家として売れない限り、家庭を持つというのは厳しいだろう 。それ以前に俺はこの後どうなるかも知れたもんじゃない 。


  それらの人を皆追い越して、車は駅を通り過ぎ港の方向に向かった 。

  この街の港は工場地帯で、逆に工場以外の建物がない 。

  恐らく日曜のこの時間帯となると、殆どの工場が休みかあるいは昼休みの終わった頃なので、人通りは少ないだろう 。

  そのため、少しづつ歩道を歩いている人を見かけることはは減っていった 。

  車窓に映る街路樹を追い越してゆく 。

  本当に、街の人口密度というのは極端なものだ 。

  駅周辺の人の多さと比べると別の街のようだった 。

  遠方に倉庫がたくさん立ち並んでいるのが目に入った 。

  映画やドラマでヤクザがあのような、埠頭の倉庫で違法な粉を取引しているシーンをよく見る 。

  そう、ヤクザが...

  俺は血の気が引いていくのを感じた 。

  そうか、昼間から心霊体験なんておかしな話だ 。俺の予想が当たっているとすればそれは後者のほうであったか 。


  そんなことを考えていると、しばらく直進していた車は雑居ビルの間の一方通行の細道に曲がった 。

  若しもこの人が本当にヤクザなら、使われてない工場がこの先にあって、そこでなにか、法に触れるようなことでもされるのではないだろうか 。

  ついに目的地に着くのか 。車の時計を見ると、公園を出てから10分も経っていなかった 。

  長い旅のように思えたが、そんなものだったか 。事故に遭った時にスローモーションに感じるようなものだろう 。

  果たして殺されるのだろうか、バス停の家族連れの顔が浮かぶ 。

  これが走馬灯というものだろうか 。やはり俺の頭は事故に遭ったように冷静であった 。

  そう、今回のことはヤクザにしろ、若しも幽霊だったにしろ、事故のようなものだ 。ハインリッヒの法則だ 。チラシに場所が載ってなかった時、ヒヤッとしたじゃないか、あの時にやめとけばよかったんだ 。

  あぁ車が停まった 。曲がったところから細道を突き当たりまで来たようだ 。

  どうやら目的地に着いたようだ 。ここが俺の墓場になるのだろうか 。


  整備されていない土の駐車場に車が3台、ぽつんと建っている木造の2階建てのアパート 。空き地を整備せずにアパートだけ建てたような感じである 。

  ぼろぼろとは言いがたいが、新しくも見えない 。もし地震が来たらこの辺で真っ先に倒れそうだ 。たぶん震度5ぐらいで危ない 。

  「ついてきてください」

  と男は前を見たまま言うと、車を降りてさっさと歩き出した 。

  なるほど、工場ではなかった 。本当にアパートだったし、アパートには和気有荘とも書いてある 。男の物腰も相変わらず柔らかかったし、となるとやはり心霊体験のほうか ?

  なにはともあれ、道も覚えていないので帰れないし、重い荷物を持ってついていってみる事にした 。

  男は、101の部屋の前で立ち止まると、2回ノックをした 。

  「大家さん、入居希望者を連れてきました」

  と言うと男は、では私はこれで、と車に乗り込んで走り去ってしまった 。


  呆気に取られるとは正にこのことである 。もうそのまま故郷帰ってくれ 。それで実家の店継いで、所帯持って、平凡だけど幸せな家庭築いれくれ 。

  あの男にビビッていた俺が馬鹿みたいだったが、果たしてこの後何が起こるのかという不安を掻き立てたりもした 。

  ドアの中から極道な大家さんが出てくるのかと緊張していても、一向にドアが開く気配は無く、ただただ呆然としていると、新聞受けがカシャンと音を立てた 。

  おれはまた、ひっ、と情けない声を出した 。

  新聞受けから人の手が出ていたからだ 。

  やはり幽霊か、と思ったが、その手には鍵と1枚の紙がつまむように持たれていた 。

  それらを受け取ると、手はすっと引っ込んだ 。

  紙には、『テストは合格(笑)、これが君の部屋』とだけ書かれていた 。鍵には106の文字 。

  なるほど、俺の部屋は106なわけか 。

  大家さんというのは、ニートなのかな ? ニートが親に頼み事する時みたいな手段でコミュニケーション取る人なのかな ?

  たぶん、この人は俺より人見知りなのだろう 。


  しかし、いつテストされたのかはわからなかった 。

  あと、なぜ、(笑) なのかもわからなかった 。

  ありがとうございました、と言うと、やはり反応は無かったが、とりあえず俺は106号室に向かった 。


  このアパートは、ドアのあるほうを正面として、向かって左端に先ほどの101号室があり、右に向かって102、103という具合で、106号室は右端にあった 。

  アパートの立地としては3方向を5、6階建てのビルに囲まれており、右端の106はビルのある側であった 。

  鍵を開けて、部屋に入ってみると、玄関の正面に廊下を挟んで畳の居間があり、部屋までの板張りの廊下にはトイレと簡素な台所があった 。

  居間にはネコ型ロボットが寝られそうな2段の押入れ、 両手を広げたぐらいの大きさの窓もあった 。

  難をあげるとすれば、やはり日当たりは悪かったが、電気も通っていて照明も備え付けられていたので、これで本当に家賃無料なら文句は言えない 。

  というか、本当に家賃無料なら縄文式竪穴住居でも文句は言えない 。


  漫画家先生の家で居候していた時よりも、正味良い暮らしができそうだった 。

  幽霊かヤクザかなんて言っていたが、本当にいいとこを見つけたのかもしれない、と思った 。

  こうなった以上、ヤクザという線はないが、ヤクザの幽霊というダブルパンチだけは勘弁してもらいたいな 。

  よく、幽霊が出る部屋なんてのは入った瞬間に空気が違うのがわかるなんて言うが、生憎俺には霊感が無いからか、変わっていたとしても気づかないだろう 。

  家賃0円にしたことを後悔するがいい、シャイな大家さんよ 。これで家賃0円の理由が、シャイで取り立てできないから、だったら笑うしかない 。俺はここに永住してやるぜ 。

  そうなると俺は早速、荷物の片付けに取り掛かった 。といっても居候先から持ってきた荷物だ 。衣類や日用品、ノートパソコンぐらいだろうか、何せ、大きなカバン2つとリュックに納まる程度の荷物だったので片付けはすぐに終わる 。

  服を押入れにバサバサと入れ、後はカバンから日用品を取り出して置くべきところに置いて片付けは終わった 。


  携帯の時間を見ると、4時過ぎであった 。

  本当にとんとん拍子だ 。つい3、40分前には宿無しだったのに今、自分の家の部屋の、荷物の片付けが終わったところであった 。果たして3、40分前の自分が、チラシを見て電話を掛けた自分が、この状況を想像できただろうか 。

  しかし、想像できないとして、良い意味で想像できていなかっただろうな 。ここに着くまでヤクザかもしれないなんて思っていたのだから 。

  神様も粋ないたずらをしたものだ 。大殺界の俺にチャンスをくれたのだから 。きっと俺の何気ない所作が神様を呼び寄せる儀式になっていたに違いない 。

  昨日のネットカフェで鼻くそを深追いしていた時に変な姿勢になったのだが、きっとあのポーズが神様を呼び寄せるための踊りだったのだ 。次は耳くそを追う時に、色んなポーズを試してみようと思う 。

 

 ふぅ、とため息をついて部屋を見渡してみた 。

  部屋に置いている物は、居候していた時と変わらない 。むしろ、漫画家先生の家具が無いだけ少ないだろうが、自分の家だというだけでちょっとした高揚感があった 。


  そうか、今日からここで俺の新しい生活が始まるんだ 。


  果たしてこのアパートにどんな訳があるのか、ここでどんな生活が待っているのか、まだまだ俺にはわからない 。

  しかし金もないし、しばらくはここにいてみようと思う 。

  1話にしては短いし、プロローグにしては長いが、とりあえず今回はここで締めくくっておこう 。

  これから俺のわけありアパートでのわけありな日常にお付き合い頂ければ幸いだ 。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ