涙堪えちゃいました
懐かしいキャラが出てきます
レーソ・ヴァレラは信心深い女性であった。神への感謝を忘れた事はないし、神学への造詣も深い。そんな彼女だからこそ、目の前で繰り広げられている光景が信じらずにいた。
彼女が今いるの冥界。人は死ねば魂となり、冥界へと誘われる。冥界にはアンデッドや魔族がおり、ステュクスとい言う名の大河が流れていると言う。事実、彼女の目には見た事もない大河が流れていたし、恐ろしいアンデッドや屈強な魔族が大勢いた。幼き頃に、母から聞かされた身の毛もよだつ恐ろしい光景である。
もし、彼女の孫が規格外な強さを誇るドラゴンでなかったら、恐怖の余り一歩も動かなかったかも知れない。
「カロン、ステュクスを渡らせてもらうぞ」
「それでこそビルの旦那だ。儂より歳上の旦那に“カロンの爺ちゃん、船に乗せて”とか言われたら気持ち悪くて堪られん」
カロンと言えば冥界の女神ナグファルに仕え、現世と冥界を隔てていると言うステュクス川の渡し守である。どんなに偉い王も高位の神官さえも、彼の船に乗せてもらえなければ、その魂は冥界に行けずに消え去ってしまうと言う。彼の審判は厳しく、死者の行いを充分に吟味してからではないと船に乗せないと伝えらていた。事実、カロンの前には幾人もの死者が列を成す、審判を待っている。
しかし、彼女の孫は知人に挨拶するかの様な気軽さでカロンに声を掛けたかと思うと、死者の列を飛び越してしまった。
「タ、タツオ、カロン様の審判を受けないと…」
「大丈夫、ステュクスなら顔パスで渡れるから。でも、ヘル…ナグファル様の審判は受けて貰うけどね」
カロンの審判はヘルの行う審判を簡略化させる為に行われているのだ。カロンが死者の生前の行状をまとめ、ヘルはそれを見て正確な審判を下すのである。
「おい、誰かこのレーソとか言う婆を知らないか?」
書類を手にしたオーガは低く、野太い声でそう叫んだ。余りの恐怖にレーソの体はカタカタと小刻みに震えだした。
「馬鹿っ、そのば…女性はビルクーロの関係者だぞ」
オーガの同僚のリッチが、素早く注意を促す。そしてリッチを始めとした大勢の同僚達は、蜘蛛の子を散らすかの様に、オーガの周りからいなくなってしまった。
「えっ…マジ?ビルクーロ来てんの。ちょ…誰か答えて」
しかし、同僚達も我が身が可愛いのか、みな聞こえない振りをしている。
「お前、答えてやれよ…あいつと同期だろ?」
スケルトンナイトが小声でレッサーデーモンに耳打ちする。
「やだよ、だってビルクーロだぞ?彼奴、挨拶が気に食わないってだけでブレスを吐くんだぜ。ちゃんと書類を見なかったオーガが悪いんだよ」
「ねえ…俺、ブレスの刑?労災降りるかな…」
オーガは涙目になると、恐怖と絶望の余り、ガタガタと激しく震えだした。
(やめてー‼お婆ちゃんに乱暴者って思われちゃうじゃん)
漆黒のドラゴンは気まずさを誤魔化すかの様に、全速力で、その場を飛びさって行ったと言う。
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漆黒のドラゴンが荒れ狂うステュクス川を見下ろしながら、悠々と冥界を飛んで行く。
ステュクスを渡った先に待ち受けているの、冥界の番犬ガルム。爪でさえ人の身体よりも大きく、レーソはその威容に圧倒されていた。
「ガルム、もう少し愛想笑いでも浮かべたらどうだ?」
「黙れ駄竜、俺は冥界の番犬だぞ。人間の女にデレデレしまくってるお主とは違うのだ」
ガルムはそう言うと、侮蔑の視線をビルクーロに投げ付けた。昔のビルクーロならば、牙を剥き出して怒り狂ったかも知れない。
「何とでも言うが良い。僕はフロルとは契約を交わしたんだ」
しかし、今のビルクーロは鼻の下を伸ばしながら、堂々とデレてみせた。
「ふんっ、振られて泣いても知らんからな…他の男を乗せて空の散歩に行かせられるかも知れんぞ?」
ガルムは主のヘルが何故ビルクーロを冥界に呼んだのか疑問に思っていた。
「いやいや、フロルに限ってそれはないと…思うな」
さっきまでの威勢はどこえやら、ビルクーロは首を項垂れてさせて落ち込みだした。それを見たガルムは、ニヤリと不適な笑みを浮かべる。
「お前がしたのはヴァルキリーとドラゴンの契約…恋人になった訳ではなかろう?」
ガルムの駄目押しの一言が聞いたらしく、ビルクーロの飛行はヘロヘロと弱々しい物に変わった。
(あれだけの好意を寄せれておいて気付かんとはの…まあ、しばらくは良い暇潰しになるな)
昔と違い、今のビルクーロは弄り甲斐があるのだ。ガルムも主のヘル同様、ビル弄りの面白さにはまりだしていた。
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次に見えて来たのは、ヘルの住む巨大な館エールジュニル。エールジュニルが見え出すと、ビルクーロの飛行速度は目に見えて遅くなりだした。
(エールジュニルに着いたらお婆ちゃんとお別れだ…)
ビルクーロの巨大な目にじわりと涙が浮かぶ。祖母レーソは忙しい両親に代わり、幼い頃のタツオの面倒を見てくれた。祖母との様々な思い出がビルクーロの脳裏を過っていく。それはどれも温かく大切な宝物。
(駄目だ‼僕が泣いたら、お婆ちゃんが安心して天国に行けなくなる…お婆ちゃんを笑って見送るんだ)
ビルクーロは両手で目をゴシゴシと擦ると、翼に力を込めて速度を上げだした。
「ビルクーロ、ただ今着きました」
「あら、ビルクーロ目が赤いわよ?どうしたのかしら?」
ヘルはそう言うと、ビルクーロの目を覗き込んだ。ビルクーロとしては気まずい展開ではあるが、ヘルは彼が仕える神の娘であり高位の神。避けるのは不敬に当たる。
「お、恐らく飛んでる最中に羽虫でも入ったのでしょう」
それは誰が聞いても直ぐばれる下手くそな嘘であった。しかし、ヘルは問い質す事もなく微か微笑むと視線をレーソへと移した。
「レーソ.・ヴァレラですね。長い人生お疲れ様でした。貴女のお陰で、ビルクーロも下手な嘘をつける位に成長した様です。感謝します。その効により、貴女を天国に送ります。決心がついたら館の扉を開けなさい…貴女の家族が待っています」
レーソはヘルに深々とお辞儀をすると、振り返ってビルクーロへ視線を移した。そこにいたのは歯を食い縛りながら涙を堪えている漆黒の竜。
「タツオ、お婆ちゃんの孫に産まれてくれてありがとう。一杯の温かい思い出をありがとう。お前は優しくて強いお婆ちゃんの自慢の孫。お前ならどんな困難も乗り越えらるさ」
ビルクーロは大粒の涙を溢しながらも、じっと祖母を見つめいていた祖母が館に姿を消してもじっと見つめていた。
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身動ぎ一つせず、館を見つめているビルクーロに一人の弾性が近付いて来た。人が良さそうなぽっちゃり体型の猿人である。
「ビルさん、お久し振りですね」
彼の名はイ・コージ。ビルクーロの親友だった男どある。
「イ、イ・コージ?元気だったと聞くのは、変だよね」
何故ならイ・コージが死んで十数年が経っているのだ。普通なら魂は転生している筈なのだが、彼は生前の功績により、天国で死語とを任されていた。
「ですね…ビルさん、変わりましたね」
「色々あったから」
そしてビルクーロは久し振りに親友と語らった。
新しい家族の事、大切な幼馴染みの事…そして自分を取り巻いてれ環境の事。
「ビルさんは人とドラゴン、どっちの味方になるんですか?」
親友の問い掛けに、ビルクーロは即答出来ずにいた。
(僕はドラゴンだ。でも大切なのはお父さん、お母さん、お兄ちゃんにお姉ちゃんにフロル…でも、ハレム帝国は許せない)
人とドラゴン、どちらの味方か。その問いはずっとビルクーロの中で回っていた。




