学んじゃいました
その日、オーディヌスに激震が走った。一体見る事すら稀だと言われている古代竜が七体、群れをなして飛んでいたのだ。魔王の復活の前兆、大きな災害が起きる等、色々な噂が飛び交った。噂を聞いた人々は恐怖に戦き、焦燥に駆られながら一心不乱に神へ祈りを捧げたと言う。
そして古代竜の中にも焦っている者がいた…時空を司る漆黒の竜ビルクーロである。
(不味い、不味いー。このままじゃみんなとお姉ちゃんが鉢合わせしちゃう。絶対にぜっーたいに叱られるー!!)
人々に恐怖に陥れた漆黒の竜は、姉に人間関係ならぬ竜間関係の複雑さがバレた時のお説教タイムを思い恐れ戦いていた。
(ウィンディーアはお姉ちゃんと会ってるから大丈夫。フランメリアとゼーレも問題はない。問題はグランツとダークネスだよね)
ビルクーロは自分の左側を飛んでいるグランツをチラリと見る。
「なに見てるんですか?汚らわしい。鱗にカビが生えるから止めて下さい」
視線に気付いたグランツがビルクーロを睨む。それは不快感がたっぷりとこもった侮蔑の視線。
(絶対にある事ない事、お姉ちゃんに告げ口されるー!!いや、グランツは冥界に着いたら直ぐに帰る筈…問題はダークネスだ)
光の古代竜グランツにとって、陽の光が届かない冥界はアウェイ中のアウェイ。直ぐに帰る可能性が高いとビルクーロは踏んだ…正確には自分の考えにすがろうとしたのだ。
しかし、闇のダークネスにとって冥界はホームタウン。人懐っこい性格のダークネスは、冥界の住人に可愛がられている。何しろ、ダークネスの人間体は11、12歳にしか見えないのだ。また見た目も可愛らしく、人々の庇護欲をそそる。
(人間体のダークネスに泣かれた絶対に叱られるよね。せめて、もう少しボーデンが頼りになれば)
ボーデンの人間体はガチムキの壮年男性。寡黙な性格で体もゴツい、風雨に晒された厳の様な顔をしており頼り甲斐に溢れている。しかし、ボーデンは寡黙過ぎて余程の事がない限り、返答を゛ウム゛の二言で済ませてしまう。付き合いの長い古代竜やボーデンの眷族なら意志疎通が可能であるが、初対面のブルーメに通じる可能性は極めて低い。
(フロルがいなきゃ、みんなを追い返せるのに…)
何だかんだ言って、ビルクーロはフロルの前ではええかっこしなのだ。フロルに狭量な所や暴力的な所を見せて嫌われるのが怖いのである。
ちなみにそのフロルは大切な幼馴染みの周りを飛んでいる雌ドラゴンを注意深く観察していた。理由は彼女達が、恋のライバルになる危険性があるかどうかを見極める為であ。
古代竜達が聞けば鼻で笑うであろうが、当のフロルは至って真剣。何しろ、相手は幼馴染みの同族である。フロルは種族の違いを乗り切る自信はあるが、油断する気は更々ない。むしろ雌ドラゴン達と仲良くなり、恋のキューピットになってもらおうと考えていた。
「ビルさん、お姉様はまだ冥界におられるのですか?」
ウィンディーアの唐突な問い掛けにビルクーロの心臓が早鐘の様に打ち始める。鱗の間から嫌な汗が吹き出し始めた。
(不味い、みんな暇竜だから面白いと思った事には直ぐに食い付くんだよな。何よりお姉ちゃんとの関係がバレたら僕の威厳が無くなる)
ビルクーロは焦っているが、古代竜達は動画でトキノ姉弟の関係を熟知している。結果、ビルクーロの威厳は小指の爪程も残っていない。しかし、億も生きてると中々楽しい事が少なくなる。ビルクーロが姉や幼馴染みを連れて来たのは、古代竜達にとって一大イベントなのだ。
「ああ、ヘル様に客人として招待して頂いた。しかし、姉にもヴァルキリーの仕事がある。何より、何時までもヘル様のご厚意には甘えておれぬ。出来るだけ早く戻るつもりだ」
「おいおい、そんなに急がなくても大丈夫だろ。それにお前が世話になった礼も言わねえとな」
ビルクーロとウィンディーアの会話に割り込んできたフランメリアの顔には笑みが溢れていた。
「私としては背中に乗ってる子から色々聞きたいんだよねー。古代竜で恋ばな出来る奴いないしー」
ゼーレも、ここぞとばかりに会話に参加してくる。彼女の場合はビルクーロよりも竜に恋心を抱いた少女に興味があったのだ。尤も、ゼーレはこの後、自分の行為を思いっきり後悔する。フロルの口から語られた恋ばなは煮詰めた蜂に大量の砂糖を投入しまくった位に激甘だったのだ。
「私は昔のたっ君の話を聞きたいです」
恋ばなに安心したのか、フロルが速攻で食らい付く。古代竜の味方を手にいれたフロルの恋心は激甘ラブラブ天国へと変化する。
「ビルクーロの昔話ですか?引き篭もりの根暗ドラゴンの話なんて楽しくありませんわよ。億を生きた癖に、他者との関わりが殆んどありませんでしたからね」
グランツとしてはヴァルキリーとのして才能があるフロルをビルクーロから引き離したかったのだ。しかし、彼女の目論みは天国モードのフロルには通じなかった。フロルは嬉しそうに手を叩くと、満面の笑みを浮かべたのだ。
「それってたっ君に彼女がいなかったって事ですよね。貴重な情報ありがとうございます」
それを聞いたビルクーロの顔はだらしなく緩みまくる。グランツの冷たい視線も跳ね返す位にビルクーロの気持ちはホコホコしていた。
「ビル、ビル。僕もお姉さんが作った料理を食べたいな。ビルばかり美味しいご飯を食べてズルいよ」
ブルーメの手料理を思い出したダークネスが頬をプッと膨らませる。何しろ、動画で見た料理はどれも凄く美味しそうだったのだ。眷族が作る料理と違い、ブルーメが作る料理には暖かな愛情がたっぷりと込められていた。また、それを食べるビルクーロの顔もオーディヌスでは見た事がない位に幸せそうだったのだ。
「私で良かったらお料理を作らせて下さい。たっ君のお友達は私のお友達です」
フロルはすかさずダークネスのハートを掴みにかかった。何しろ、彼女の荷物にはタツオと一緒に食べる為に作ったバケットサンドが大量に入っている。
「ビル、ビル。ビルの友達良い人だねー」
バケットサンドで簡単に篭絡された闇の古代竜は嬉しそうにはしゃいでいた。
「ウム」
ちなみにボーデンの今のウムは、゛ビルを、ここまで幸せにしてくれた二人には改めて礼を言わねばならない゛となる。
古代竜達は、冥界とは真逆の暖かな雰囲気に包まれる。それをもたらしたのは古代竜随一の偏屈者はビルクーロであった。かつては同族でさえ見下していた漆黒の竜は、穏やかな笑顔で微笑んでいた。




