尻に敷かれちゃいました
突如、現れた巨大なドラゴンら発せられる力の奔流はハレム帝国のヴァルキリー達を恐慌に陥らせていた。黒いドラゴンと自分達のドラゴンとでは力の差が理不尽な迄に違い過ぎるのだ。
「な、何をしてる。あの巨体では速くは動けまい。囲んで波状攻撃を仕掛けるのだ」
隊長からの指示にヴァルキリー達は、ようやく我に返りビルクーロを取り囲む。
「ほう?我の正面に来るとは…随分と自信があるようだの」
ビルクーロの正面にいるのは、若いドラゴンに槍を突き立てたヴァルキリーである。巨大なドラゴンに睨まれたヴァルキリーは恐怖の余り、気死寸前であった。何故なら、自信があったから正面に来たのではく、槍を突き立てた所為でドラゴンの飛行能力が落ちてしまい取り残されただけなのだ。
「ド、ドラゴンが猿人に生意気な口を効くんじゃないよ」
ヴァルキリーは、震える声で精一杯の虚勢を張ってみせた。しかし、それは彼女の最後の言葉になってしまう。
「そうか…なら去ね」
ビルクーロが大きな口を開いたかと思うと、何の躊躇いもせずにブレスを吐く。それは想像を絶する力の奔流、ヴァルキリーとドラゴンは一瞬にして塵と化してしまったのだ。
「たっ、たっ君どうして?ドラゴンさんも殺しちゃったの」
フロルの目から見ても、ハレム帝国のドラゴンに自我ないのが分かった。いつも姉や自分に主導権を握られっぱなしのお人好しの幼馴染みからは、想像出来ない行動である。
「あのヴァルキリー達が握る手綱がどこから出てるか良く見るのだ」
「どこからって…嘘、頭と繋がっている」
驚きの余り、フロルの声が震えた。手綱はドラゴンの頭と繋がっていたのだ。
まるで頭から生えてるかの様に一体化している。
「あの手綱は脳と一体化しておる。外せばドラゴンの命はないだろう。ドラゴンの自我を消して、手綱から直接命令を送っているのだ」
苦しませずに殺したのは、ビルクーロのせめてもの情けであった。
「な、何の為に、そんな酷い事を…ヴァルキリーにとってドラゴンは大事なパートナーでしょっ!!答えなさいよ」
フロルの怒号が木霊する。しかし、返って来たのは冷笑であった。
「我等がハレム帝国の為に、猿人の役に立たせる為に決まっているだろ。ドラゴンの無駄に高いプライドを消せば強力な兵器になるからな」
ドラゴンは気位が高く、納得しない命令には従わない事が少なくない。
「そんな酷い…」
怒りの余り、フロルの身体がワナワナと震え出す。
「酷い?お前達もドラゴンを駆って戦いに出てるだろ。人に害をなすドラゴンがいたら、ドラゴンを持って殺してるではないか…かかれっ」
隊長の命令を受けて四方から攻撃が同時に始まった。弓を射る者、攻撃魔法を放つ者、剣を持って突撃をする者…しかし、どの攻撃もビルクーロの魔法障壁により弾き返されてしまう。
「隊長、こっちの攻撃が一切通じません」
「案ずるな。先に、フロル・メーヴェにパラライズを掛ける。ヴァルキリーの指令がなければドラゴンなぞ獣と一緒だ…あのドラゴンは私が貰う」
ハレム帝国では強力なドラゴンを持つヴァルキリーが王妃に選ばれる事が少なくない。しかし、彼女はこの時最大のミスを犯してしまったのだ。
「渡さない…あんたなんかにたっ君を渡してたまるか!!たっ君、全速力で前に進んで」
長年の習慣の為か、タツオは命じられるままに前に進む。
「逃がすかっ!!」
虚を着かれたハレム帝国のヴァルキリー達はビルクーロ達を追い掛け出した。彼女達にとって巨大な黒いドラゴンは、今や王妃の座に見えていたのだ。
「たっ君、振り返ってブレスを吐く」
「はっ、はい!!」
タツオは、何時ものフロルとは違う迫力に気圧されて本気のブレスを吐いた。一瞬にして、主導権はフロルに移ってしまったという。
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さっきまでの喧騒が嘘だったと思える様な静寂がニョルズスタッドの空に訪れた。
(気不味い…勢いで正体をばらしちゃったけど、どうしよう?)
億を生きてきたタツオであるが、気の効いた言葉が出る訳もなくオロオロするばかりである。
「たっ君、詳しい話を聞かせてもらえる?」
フロルが普段とは違う低い声を発してきた。四人のヴァルキリーに囲まれても、泰然としていたタツオがガタガタと震え出す。
「うむ、分かった…しかし、どこから話せば良いものか」
「その前にその他人行儀な話し方を止めて!!次にそんな話し方をしたら3日…1日口を聞かないからね」
昔からフロルはタツオと喧嘩をすると、口を聞かない宣言してきた。最も、どんどん日にちが短くなり、最終的には有耶無耶になってしまうのたが。
「えー、あれが僕の本来の話し方なんだよ…僕はこことは違う世界で生まれたドラゴンなんだ」
タツオはそれからこれまであった事をフロルに伝えた。ずっと一匹で生きてきた事、親友イ・コージーとの別れ、猿人への転生、姉ブルーメとの契約、そしてブルーメとのオーディヌスに渡った事。
「そうなんだ。うん、分かった…たっ君、王都に行ってフロルと契約をするわよ」
「へっ?今から?」
タツオとしてはオーディヌスに一刻も早く戻り、フェンリル達に報告をしたいのだ。
「レーソお婆ちゃんに会わせたい魂がいるんでしょ?フロルもオーディヌスに着いて行くんだから」
確かに次元を渡るには契約が必要となる…なるが…
(不味い、フロルを連れていったら何を言わせらるか分からない…それ以上に僕の過去がバレちゃうよ!!)
「だ、大丈夫だよ。僕がピューッと行ってピューッと戻ってくるから。ほら、僕は時空を司っているから時間に融通が効くし…駄目?」
「うん、駄目。さっ、たっ君、レッツ、ゴー!!絶対に離さないんだからねっ」
その日、タツオの角にフロルの契約紋が刻まれた。一人の乙女が太陽に祈りを捧げている紋様である。
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同刻、オーディヌス冥界。
「ヘタレですわね」
ヘルが呆れた様に呟く。
「あれはわざとか?鈍感とかのレベルじゃねえーぞ」
フェンリルが頭を抱え込む。
「あれで終わりなんですか?どうみても両思いなのに?」
スレイプニルが不満を漏らす。
「ビルクーロには教育が必要な様ね」
ヨルムンガラウドが不適に笑う。
冥界では怖いお姉様方が、着々とビルクーロ再教育計画を練っていた。




