告っちゃいました
久し振りの更新です
夜明け前のニョルズスタッド沖の空に、突如黒い雷が迸った。不思議な事に、雷はまるで意志を持ってるかの様に一ヶ所に集まりだす。やがて雷は球状に姿を変えると、空中に巨大な穴を開けていく。穴がある程度の大きさに広がると、雷と同じ黒いドラゴンが首を覗かせた。
(右見て左見て又右を見て…そして上下も確認。よっし、船は一艘もいない)
黒いドラゴンは言わずもがなタツオである。ニョルズスタッド生まれのタツオは漁師の知り合いが少なくない。巨大なドラゴンが現れた漁が中止になってしまうし、万が一自分がたてた波風で転覆でもされたら悔やんでも悔やみきれないだろう。
タツオは穴から這い出ようとするも、突然その動きを止めた。
(どうしよう、フロルになんて言えば良いんだろう?…フロル、まだ怒ってるだろうな)
幼馴染みの怒った顔を思い出して、タツオは思わず後ずさる。しかし、後ろから誰かが押しているらしく、うまく後ろに下がれない。
「我の邪魔をするのは誰だ!!我が誰なのか分かっておるのか?」
「なーにが我よ。このヘタレ…女に告るのが怖いなんてダサ過ぎだっつーの」
そこにいたのは、新緑の若葉を連想させる鮮やかな緑色の鱗とビルクーロの第二形態を遥かに上回る巨体をもったドラゴン。生命を司る古代竜ゼーレである。
「ゼーレ、止さぬか…こう言う事には心の準備が必要なんだぞ」
「なーにが心の準備よ。肝心の彼女がいないのにびびる意味が分かんないんですけどー」
タツオも必死に抵抗するが完全体のゼーレに敵う訳もなく、呆気なく穴の外へと押し出された。
「ちょっと待って。まだ、フロルになんて言うか考えてないんだって!!」
タツオは慌てて穴に戻ろうと試みるも、ゼーレの尻尾に叩き返されてしまう。
「女心のおの字も知らないビルがいくら考えても時間の無駄だっつーの。自分の思いの丈を伝えれば、彼女も絶対に応えてくれるから頑張れ」
「あの僕が伝えるのは正体であって、恋の告白なんて無理だよ」
もし、振られでもしたらタツオはショックの余り、時空の狭間に引き篭もってしまうだろう。
「恋の告白より、幼馴染みの正体がドラコンって事の方が驚くに決まってんじゃん。さっさっと行ってこい」
ゼーレはそう言うと穴をピシャリと閉じた。
「おやおや、髄分と手厳しいですね」
「ロキ様…あやつ等に動きがあったのですか?」
現れたのはビルクーロやゼーレが仕える神ロキである。そしてビルクーロをタツオとして転生させたのもロキであった。
「ええ…さて、今のビルクーロは人と竜どっちの味方になるんでしょうね」
ロキはそう言うと、楽し気にクスリと笑う。
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一方のタツオは空中をグルグルと回っていた。
(どうしよう、どうしよう…ああ、朝陽が昇っちゃう)
漁師町ニョルズスタッドの朝は早く、まだ薄暗いうちから仕事を始める人も少なくない。誰かに見つかったら大騒ぎになるだろう。時間的にはブルーメとタツオがオーディヌスに旅立った直後になるので、家族に気付かれていないのが不幸中の幸いかもしれない。
(フロルへの言い訳はベッドで考えよう…まず、お母さんに見つからない様に帰らなくちゃ)
タツオは手乗り形態に変わると、一目散に我が家を目指した。タツオは窓からこっそりと侵入し、ベッドに入ると同時に猿人の姿へと戻る。幸いな事に、家族はまだ寝ており、誰にも気付かれていない。
(フロルになんて伝えよう…絶対に恐がられるだろうな)
知らず知らずのうちにタツオの頬を涙が伝っていく。
(なんでだろ?恐がられるのにも嫌われるのにも慣れてる筈なのに…嫌だ、フロルに嫌われたくないよ)
フロルが自分を見て怯えてる姿を想像しただけで、タツオの気持ちは暗く沈んでしまう。
起きる気力も沸かず、タツオがベッドで丸まっていると部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「たっーくーん…昨日はどこに行ってたのかなー?」
フロルの低く怒りに満ちた声がタツオの部屋に響く。
「フロル、黙って出掛けごめん。お姉ちゃんから、お婆ちゃんの具合が悪いって聞いてお見舞いに行ってたんだよ」
「それならフロルにも言ってくれたら良いのに…たっ君に嘘をつかれると、凄く悲しいんだよ」
フロルもタツオ達の祖母レーソの具合が悪い事は知っていた。それでも死ぬほど、心配した身として恨み言を言ってしまう。
「ごめん。そうだ!!フロル、久し振りに散歩に行かない?」
タツオは、二人で遊んだ思い出の場所でなら怖さも半減するのではと考えたのだ。
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そこはニョルズスタッドの町から、少し離れた所にある草原。見晴らしもよく魔物に襲われる危険性も少ないので、ニョルズスタッドの子供にとっては格好の遊び場になっている。
「ここに来るのも久し振りだね」
「うん、昔はブルーメさんと三人でよく遊んだよね…あの頃は良かったな。明日が来るのが楽しみだったな」
いつもは明るいフロルが深い溜め息を漏らす。ヴァルキリーは相棒を見つけて初めて一人前と見なされる。いくら、努力をしてもドラコンを見つけない限り、フロルはヴァルキリーになれないのだ。
「まだドラコンが見つからないの?」
「うん、先輩の話だと私の何かに怯えてるんだって…私もブルーメさんのビルクーロみたいな強い相棒が欲しいな」
フロルの話によると、特に雄のドラコンに恐がられているらしい。
(絶対に僕の所為だ…僕の匂いを感じてドラコンが怯えてるんだ)
雄ドラコンは、フロルの影に規格外なドラコンの存在を感じており怯えてるいるのだ。
「僕も旅先でドラコンを探してみるよ…待って、誰か来るよ」
タツオの視線の先から現れたのは5匹のドラコン。その背中には人が乗っていた。
「私達はハレム帝国のオーヴォ伯爵私設ヴァルキリー隊です。フロル・メーヴェ、貴女をオーヴォ様の第七夫人として迎えに来ました…抵抗すれば町を壊します」
(あのドラコン達はスクアーマにいたドラコンだ。でも自我を感じない?)
オーヴォ伯爵私設ヴァルキリー隊が乗っていたのは、スクアーマでグリーンドラコンのバーチェを苛めていた若いドラコンである。
「ハレム帝国?私はミーズガル王国に仕えるヴァルキリーですっ。貴女達の命令に従う謂れはありません。それとも戦を起こしたのですか?」
ハレム帝国は、タツオ達が住むミーズガル王国の北にある専制国家である。
「ミーズガル?今に我がハレム帝国が世界を支配するのだっ。ミーズガル等、恐れるに足らぬっ。ドラコンよ、ブレスを吐けっ」
私設ヴァルキリー隊の一人がドラコンの背に槍を刺す。当然、血が流れるもドラコンはピクリともしない。
(あの手綱だ。あの手綱がドラコンの意識を支配してるんだっ…許せない)
「無駄だ。その若さではブレスは吐けぬ。フロル、黙っていてごめん。僕、本当はドラコンなんだ」
「たっ君、何を言ってるの?早く逃げようよ?」
フロルがタツオの手を取って逃げようとするも、タツオは微動だにしない。
「逃げる?こっちには5匹のドラコンがいるんですよ。逃げれるとお思いですか?」
「我が名はビルクーロ。時空を司りし古代竜なり。ドラコンの誇りを汚せし愚か者どもよ。死して後悔するがよい」
そして現れたのは巨大な黒いドラコン。
「たっ君がビルちゃんに変身した?」
「フロル、事情は後から説明するから…まずは鞍にある転移紋に触って」
これがを世界の全てを巻き込む戦いの始まりであった。




