姉を連れで里帰りしちゃいました
夜明け前の無人の海岸で、巨大なドラゴンが翼を羽ばたかせて飛び上がろうとしていた。
タツオである。タツオが目指すのは、彼が本当の意味で生まれた世界。
(不思議な物だ。生まれた場所に戻ると言うのに、なんの郷愁も感じぬ…我の故郷はここニョルズスタッドと言う事か)
ビルクーロとして億を生きた世界であるが、ビルクーロの知り合いは少ない。
逆にタツオとなって十数年しか生きていないが、ニョルズスタッドでは家族や友人に囲まれて生活している。
タツオはその家族の為に、生まれた世界に戻ろうとしていた。
死が近付いている祖母レーソに縁があった人の魂を迎えに行くのである。
無慈悲の黒龍と恐れられていた世界へと。
タツオが今まさに飛び立たんしている時には、人影が近づいて来た。
「タツオ、お姉ちゃんに黙ってどこにいくつもり」
人影はタツオの姉ブルーメである。
「お、お姉ちゃん!?ちょっと夜明け前の空を散歩しようかなって」
タツオは誰にも告げずに異世界へ旅立とうしていたのだ。
「あら?素敵ね…お姉ちゃんも一緒に行っても良い?」
「は、はぃー?」
ドラゴンの上擦った声が浜辺に響く。
姉の提案を聞いた漆黒のドラゴンは目に見えて挙動不審になった。尻尾は落ち着きなくソワソワと動いている。
「さっ、行きましょ」
「今のはビックリして出た声だって!!ぼ、僕一人で散歩したい気分なんだ。べ、別にやましい事なんてないよ」
タツオはエロ本を買いに行くのを見つかった中学生並みの言い訳を始めた。
「ど・こ・に・行くのかしら」
ブルーメはタツオの目をじっと見つめる。目と言ってもブルーメの体と変わらない大きさだ。
しばしの沈黙が二人の間に訪れた。
普通ならば少女の方がドラゴンの迫力に負け怯えてしまうだろう。
「ど・ど・ど・どこって言われても、どこなんだろうね」
しかし、負けたのはドラゴンの方である。
タツオは姉から目を逸らすとわざとらしく口笛を吹きだした。
「まさか一人で異世界に行くなんて言わないわよ」
(バレてるーっ!!絶対にバレてる!!お姉ちゃんと一緒に行ったら僕の威厳がなくなるよー)
知り合いは少ないが、タツオは信仰対象にもなっている有名なドラゴンなのである。
何より眷属に見られば威厳は木っ端微塵に砕け散り、同じ古代竜に見つかったら憤死ものだ。
「ほ、ほら。異世界に人を連れて行くにはロキ様の許可がいるんだって!!お、お姉ちゃんも連れて行きたかったのに残念だな!!本当ーに残念だ」
タツオが咄嗟の言い訳で逃れ様としていると、小さな光の球が出現する。
球はふわふわと揺れ動きながら、ブルーメの手元へと近付いていく。
「これはなにかしら…ブルーメ・トキノ様ご招待記念?今なら特製の鞍をブレゼント?異世界に行きたい場合はyesをタップして下さいか…」
「僕のRPad?」
光の球はタツオのRPadだった。
「へー?転移陣着きの鞍だって…タツオ、お姉ちゃんも行って良いわよね」
「うん、絶対にロキ様も見てるしね…最近は無駄な抵抗って言葉が身に染みてるよ」
ブルーメがyesをタップすると、淡い光がタツオを包み込む。
(今は夜だから、ロキ様は民衆に配慮して淡い光にしたのだな)
光が消えると、タツオに立派な鞍が装着されていた。
手綱だけではなく座席や荷物入れも完備された鞍である。
「横に掛かれた転移陣に触れば良いのね」
さっきと同じ淡い光がブルーメを包み込む。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「何ともないわよ。へー、複座式の鞍なんだ。それに足を入れる場所もあるのね」
座席は前に二つあり、後ろには八つある。
鞍と言うよりバスの座席に近い物であった。
「それじゃ行くよ」
海原に巨大な影が映つったかと思うと、瞬く間に波間に消えていった。
姉弟は祖母の為に、異世界へと旅だったのだ。
―――――――――――――――
ブルーメは己の身に何があったのか理解出来ずにいた。
海の上を飛んでいた筈なのに気付くと巨大な森の上を飛んでいたのだ。
「ここは?」
「懐かしいなー。ここはエルフの国エルフィンの上空だよ」
エルフィンにもタツオの知人がいるが、姉連れで会うのは憚れる。
「本当に異世界に来たんだ…日が隠れた?」
さっきまで青空が見えていた筈なのに、突然日が閉ざされた。
「き、気の所為じゃないかな…全速力で飛ぶね」
「あれは白いドラゴン?凄く綺麗…」
太陽を隠したのは雲ではなく巨大な純白のドラゴンである。
「気付かれていない…気付かれていない…ウィンデァーアはまだ気付いてない」
ブツブツと呟くタツオ、それは予測ではなく希望的観測である。
「あの白いドラゴンはタツオの知り合いなの?それじゃ挨拶をしなくちゃ」
「し、知り合いじゃないよ。僕の知らないドラゴン。赤の他人ならぬ白の他竜」
勿論、タツオとウィンデァーアは知り合いである。
ウィンデァーア、風を司る古代竜で眷属を大切にする心優しいドラゴン。
「でも、尻尾で着いて来いって合図をしてるわよ」
「だ、誰と勘違いしてるんじゃないかな。ほら、僕はどこにでもいるモブなドラゴンだし」
タツオが方向転換しようとした瞬間、上空から穏やかな声が聞こえてきた。
「ビルさん、お久しぶりですわね。ロキ様の命にてお迎えに参りました」
「わざわざすまぬ。それでは我は行くぞ」
タツオはそそくさとウィンデァーアから逃げ出そうとする。
タツオの気難しい性格を警戒してウィンデァーアも見逃そうとした。
しかし、今はそれを許さない人物がいる。
「タツオっ!!わざわざお迎えに来てくれたのなんて態度なのっ!!すいません、後からよーく叱っておきますので」
「だ、だって…」
「だってじゃありません。タツオ、怒るわよ」
気難しいドラゴンも、今や姉に頭が上がらない気弱な少年なのだ。
「あらあら、まあまあ、ビルさんは本当に甘えん坊さんになられたのですね」
ウィンデァーアが面白そうに笑う。
「我は甘えん坊等ではない!!愚弄するならただで済まぬぞ」
タツオは尻尾を立たせてウィンデァーアを威嚇する。
「タツオっ!!いい加減にしなさい。お母さんに怒ってもらうわよ」
途端にタツオの尻尾が項垂れた。
「お姉ちゃん、お母さんは言うのはズルいよっ」
「あらあら、まあまあ」
白いドラゴンの楽しそうな笑い声が青空に響いた。
川の向こうの人気投票をしています




