ビビっちゃいました
港町ニョルズスタットにある一軒の家で銀髪の老婆レーソ・ヴァラレが町内の子供達に昔話を聞かせていた。
家にいるのは漁師や商人の子供達で昼は親が昼は忙しい為、レーソが代わり面倒を見ている。
レーソは安楽椅子を前後に揺らしながら、ゆっくりと口を開き始めた。
「ヴァルキリーのスリマ様は御自分の騎竜である白竜ヴァアイスに跨がると真っ黒なドラゴンとの戦い向かわれた。そしてスリマ様は真っ黒な悪いドラゴンの尻尾を剣で切り落としたのさ。竜の尻尾からは真っ黒な血が流れ始め苦しそうな声をあげ始め」
レーソが話しているのはヴァルキリーが黒い竜を退治する英雄譚。
身振り手振りに加えて表情まで変えてみせる熱演である 。
子供達は男女問わずにヴァルキリーの活躍に胸を踊らせていた。
しかし、タツオだけは涙目になり怯えている。
「そしてスリマ様は素早くドラゴンの首を切り落とした。ドラゴンは苦しそうに断末魔を上げるともがき苦しみながら前のめりに倒れたのじゃっ」
レーソは倒れたの言葉で安楽椅子を思いっきり後ろに倒すと、じゃの言葉に合わせて前方に跳び跳ねた。
しかも狙ったかの様に怯えているタツオの前に着地する。
恐怖と驚きで涙を流し始めるタツオ。
「フォフォフォ、相変わらずタツオは泣き虫じゃの。それ でこそ話甲斐があると言うものじゃ」
「お婆ちゃん、タツオを泣かせないで!!タツオもこれ位で 泣かないの!!」
レーソと同じく銀髪の少女がブルーメはタツオを庇う様にして立ちはだかる。
「孫弄りは儂の趣味じゃ。タツオと違ってブルーメの反応はつまらないの…昔はタツオみたいに泣いていた癖に」
「あれはお婆ちゃんの行動に驚いていたの!?ほら、タツオも五歳になるんだから泣かないの」
ブルーメはそう言いながらも、弟タツオの頬を優しく拭き始めた。
「あ、ありがとう。お姉ちゃん」
(竜が殺される話なんて冗談じゃないって…しかも、黒い竜が悪者って)
タツオが聞くとヴァルキリーの英雄譚も竜同士を殺し合わせる話になってしまう。
しかも、ある事情でユミールにはヴァルキリーとドラゴンの伝承が数多く残されていた。
そしてどの伝承でも黒い竜は悪者なのである。
「ター君、大丈夫だよ。悪いドラゴンが来てもヴァルキリー様が倒してくれるんだから。ううん、フロルがヴァルキリーになってター君も守ってあげる」
タツオに話し掛けてきたのはフロル・メーヴェ。
タツオの一ヶ月後に漁師の家に産まれた金髪の女の子である。
「フロルちゃん、ありがとう」
(そのヴァルキリーが怖いんだって!!)
ミズーガル王国に置いてヴァルキリーはただの伝承の存在ではない。
ミズーガル王国では神託により大勢の少女の中からヴァルキリー候補生を選出しているのだ。
ミズーガルに住む少女は、皆ヴァルキリーに選ばれる事を夢見ている。
「うん!!そうしたらター君をドラゴンに乗せてあげる」
フロルはキラキラした目でタツオに話し掛けてきた。
「あ、ありがとう。頑張ってね」
一方のタツオは頬をひきつらせながら笑っている。
(僕がドラゴンに乗る?それこそ古代竜の間で笑い者になるって。何よりあの手綱は見たくもない)
ヴァルキリー候補生からヴァルキリーになるには自分の騎竜を持つ事が条件とされていた。
ヴァルキリーの持つ手綱には魔法が掛けられており、ドラゴンを従わせる事が出来るのだ。
「うん、そうして魔物や悪いドラゴンを倒すんだ!!」
ユミールにおいてドラゴンは特殊な存在である。
ある時は人間の味方をする聖獣、またある時は人間と敵対する邪悪な魔物。
弱いドラゴンでも軍の旅団に匹敵する力を持ち、強いドラゴンに滅ぼされた国もある。
故にドラゴンを従わせるヴァルキリーは国の宝であり、貴族に匹敵する権力を持つ。
「あっ、もうこんな時間だ。僕、お手伝いに行ってくる」
色々と耐えきれなくなったらしく、タツオは棒読みの台詞を残してレーソの家を飛び出した。
タツオは五歳児とは思えない力を持っており、家で鉱石を運ぶ手伝いをしている。
普通なら恐がられても仕方がない程の力なのだが、ニョズルスタットでタツオを恐がる人間はいなかった。
「ママ、ただいま。どれを運べば良いの?」
タツオは母シルビアの足元に駆け寄ると上目遣いで尋ねる。
「表にあるのをお願い。タツオが手伝ってくれるからママ助かるわ」
シルビアはそう言いながらタツオの頭を優しく撫でた。
「えへへっ、僕良い子?」
タツオは目を気持ち良さそうに細めながら母に甘える。
「タツオはママの自慢の息子よ」
(誉められた!!ママに撫でられて誉められるのは嬉しい)
ニョズルスタットの町人にタツオの事を聞けばこう答えるだろう。
力持ちだけど、泣き虫で甘えん坊の男の子だと。
孤独だった竜は猿人タツオとしてすくすく成長していた。