DTDビルクーロ
デスベア城で捕らえられた少年達は地下牢に押し込められていた。
薄暗い地下牢のあちこちからは、すすり泣く声が聞こえている。
皆、悲壮感を漂よわせに暗い顔をしている…一人を除いてであるが。
(はー、あんな甘くて美味しいマナは初めて食べたなー。あれがフロルのマナなんだよねー)
タツオはフロルから届けられたマナの甘さに酔しれ、地下牢の中をゴロゴロと転げ回っていた。
その顔には悲壮感のひの字もなく、だらしなく緩みきっている。
他の少年達はタツオが恐怖の余り、気が触れてしまった思い同情の目を向けていたと言う。
『タツオ、タツオ…早く返事をしないと怒るわよ!!』
『お、お姉ちゃん!!い、いきなりどうしたの?』
妄想をしまくっていたタツオは吃りながらも、なんとか返事をする
『いきなり?さっきからずっとテレパシーを送ってたわよ。それより今どこにいるの?』
『まじ…何も聞いてないよね。今はデスベア城の地下牢にいるよ』
さっきまで、聞かれた憤死確定な妄想をしていたタツオは冷や汗を掻きまくっていた。
タツオは先輩商人ポールの手伝いをしていたら、山賊のアンデッドにより地下牢に拘束された事を伝えた。
『デスベア城の地下牢!?まさか…本当にレディヴァンパイヤの仕業なの?』
『レディヴァンパイヤ?だからアンデッドがいたんだ。所でお姉ちゃん…本当に何も聞いてないよね?』
タツオにしてみれば、レディヴァンパイヤより姉に妄想を聞かれた方が痛いのである。
『レディヴァンパイヤは高位の魔物なのよ。あのスリマ様ですら封印するのがやっとだったのよ』
レディヴァンパイヤには物理攻撃も魔法攻撃も効かず、伝説のヴァルキリースリマでさえ封印するしかなかったと言う。
『大丈夫だって。お姉ちゃんは心配性なんだから』
『心配するわよ。血を吸われたらどうするのよ!!』
ブルーメの叱責と同時にタツオへ暖かなマナが流れ込んで来た。
それはフロルのマナの様な甘さはないものの、心も体も暖めてくれるマナである。
フロルのマナを甘いお菓子とすれば、ブルーメのマナは心も体も暖めてくれるスープの様なマナであった。
『血を吸う?誤解してるみたいだけどヴァンパイヤが吸うのはマナだよ。そして相手のマナを吸った後に自分のマナを流し込んで眷属にするんだ。第一、牙で血を吸う生き物なんて聞いた事がないでしょ』
『それでも攻撃が効かないのは本当なんでしょ?お姉ちゃんが先輩にお願いしてみるから何とか生き延びて』
タツオはブルーメの必死の訴えに泣きそうになっていた。
『お姉ちゃん、ありがとう。でも、忘れていない?僕は時空を司るドラゴンなんだよ。弱体化してるとは言えヴァンパイヤには負けないよ。寧ろ相性が良いんだから…待って、誰が来る』
人間の姿になっていてもタツオの五感は人間を遥かに凌駕している。
タツオの耳は地下牢に誰かが近付いてくるのを捉えていた。
「よぉ、タツオ元気か?」
「ポールさん、元気に見えますか?」
足音の主はタツオ達をはめた商人ポールである。
「随分と落ち着いてるな。大方、ヴァルキリーの姉貴が助けてくれると思ってるんだろ?だけど、それは甘えぜ。お前はカミラ様の贄になるんだからな」
ポールはタツオの姉がヴァルキリーである事を知っていた。
知っていたが、タツオが規格外なドラゴンだと言う事は知らなかったのだ。
―――――――――――――
それは不思議な光景であった。
既に廃城となっている筈のデスベア城が賑わいに満ち溢れていたのだ。
明るい音楽と色取り取りの服を着て踊る紳士淑女。
「驚いたか?これがカミラ様のお力だ」
「ようこそ、リアット城へ」
紳士淑女の中から現れたのは妙齢の女性。
しかし、そこは闇のマナに支配された異界であった。
「リアット城?ここはデスベア城でなないんですか?」
「いいえ、ここはリアット城。デスベア城は勝手に名付けられたんです。申し遅れました、私は、この城の主カミラ・リアットでございます」
カミラはそう言って優しく微笑んだ。
聖母の微笑みと言っても良い位の優しげな笑みである。
ただし、口許から邪悪な鋭い牙が見えていなければだが。
「アンデッド城のヴァンパイヤ姫か…ここが賑わっていたのは昔の事であろう」
低く野太い声である。
あまり変わり様にカミラもボールも唖然としていた。
「お、お客様なにをおしっしゃってるのですか?」
「もう、思い出に縋り付く年ではあるまいに。いい加減、従者達を解放してやれ」
「貴方に何が分かるんですか!!いきなり、幸せな日々が壊され魔物として忌み嫌われたんですよ。愛しあっていたあの方にも去られました。挙げ句の果てに親友に封印されたんですよ…だから、取り戻すのです。全て取り戻すのです」
カミラは狂気に包まれている。
哀しみの余り、狂気に支配されてしまったのだ。
「王族も民から全てを奪っているであろう?立場が変わっただけではないか」
「…もう良いです!!貴方もアンデッドになり永遠に生きるのです。永遠に私に仕えなさい」
カミラの目が深紅に染まった。
鮮血を思わせる鮮やかな赤である。
「タツオ、何を言ってるんだ!!早く姫様に謝れ」
ポールの胃は最高潮に痛くなっていた。
気の弱い少年と思っていたタツオが姫を愚弄しだしたのだ。
「永遠?たかが三百年しか生きてない子娘が時を語るとは片腹痛い」
「タツオ、俺を無視するんじゃねえ!!姫はヴァンパイヤなんだぞ」
ポールは慌てていた。
ヴァルキリーを恨んでいる姫にヴァルキリーの身内を差し出せば喜ばれる、そう思ってタツオを誘い出したのだ。
しかし、タツオは姫を愚弄しまくっていた。
下手をすれば自分の命を失いかねない展開になっている。
「ヴァンパイヤ?だから、どうした?我はドラゴンぞ」
闇のマナが時のマナにより浸食されていく。
そして現れたのは漆黒のドラゴン。
「いやー!!黒いドラゴン。また私を襲うんですか?私を慰み者にして玩ぶんですね」
「ちょ、誤解だって。ドラゴン違い!!僕は清い体なんだし。DTDなんだよ」
DTD、童貞ドラゴンの略である。
「あんな事やこんな事をして、私をヴァンパイヤにまでしたのに捨てた癖に…獣っ、浮気者っ、エロドラゴンっ」
カミラは違う意味で狂気に支配されていた。
「最低っ」「不潔っ」「責任を取りなさいよ」「遊びで済まされないんですよ」「カミラ様に謝りなさい」
アンデッド淑女軍団により一斉口激撃がタツオを襲う。
「えー!!なにそれ?僕はフロル一筋なんだよ」
「フロル?それが新しい女なんですね…その方に、私が貴方に何をされたか全てお話します」
今や立場は逆転していた。
余裕綽々だったタツオが防戦一方になっている。
「待って、待ってー。ポールさん、何か言って下さいよ」
「タツオ、男は諦めが肝心だぞ。それと商人なら責任をとれっ!!確か、フロル・メーヴェはヴァルキリー候補生だったよな」
更に追い込まれるタツオ。
「えー!?えーっ!?ドラゴン違いなのに?そこまで言うの。ヤバい、マジでどうしよう?」
ビルクーロ、久し振りのピンチであった。




