届いちゃいました
昔、ビルクーロは人間を嫌っていた。
猿人もエルフもドワーフも犬人も…全ての人種を忌み嫌っていた。
人間は、己の欲の為なら平気で同族を殺す。
さっきまで、親しげに笑い合っていた相手を躊躇いもなく裏切る。
中には己の番いや子供を殺す者もいた。
そしてビルクーロに届くのは怨嗟の念と復讐の祈り。
裏切り者に死を、彼奴を殺す力が欲しい、全てを壊したい。
強い念はマナと混じり合いビルクーロの体に吸収される。
えぐみの強い不味いマナになるのだ。
人にとっては一生に一度の祈りでも、何度も届けられる身にしてみれば溜まったものではない。
しかも、願いを叶えても返ってくるのは感謝でなく味も素っ気もない虚無感だけ。
ゴブリンの方が人間よりも何倍もましに思えた。
あの頃の感情がタツオの中で燻り始める。
タツオは自然と暗澹とした気持ちになっていった。
「おう、タツオ暗い顔をしてどうしたんだ?。そうだ、ちょっと荷運びを手伝ってくれねえか。デスベア峠を越したいんだが馬が体を壊しちまってよ」
タツオに声を掛けてきたのは顔馴染みの行商人。
デスベア峠、又の名を絶望峠。
名前は仰々しいが、古城が建っている位しか特徴のない峠である。
「ポールさん良いですけど、手伝うのは僕一人ですか?」
猿人の姿で大量の荷物を持てば怪しまれるだけである。
「いや、他にも声を掛けている。金は弾むから頼むぜ」
ポールはタツオの肩をポンッと叩くと、嬉しそうな笑顔で去っていた。
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その頃、ヴァルキリー隊本部はざわめきに包まれていた。
一人の候補生が掲示板を親の仇でも見る様な目で睨み付けていたのだ。
余りの迫力にベテランのヴァルキリーさえ声を掛けるのを躊躇っていた。
その候補生はタツオの幼馴染みのフロルである。
「フ、フロル。そこにいたらみんな依頼状を見にくいと思うな」
他の候補生に急かされてフロルに声を掛けたのはフロルと同室のニーア・ポメラであった。
「許さない…行商人を襲う山賊?良いわよ、上等よ!!たっ君に指一本でも触れてみなさい。ズタズタのボロボロにして魚の餌にしてやるんだからっ」
「ひっ!!だ、誰が、ブルーメさんを呼んで来て。僕じゃ荷が重すぎだよ」
フロルの迫力にニーアの尻尾は縮こまり、全身を震わせ涙目になっている。
「フロル、どうしたの?貴女らしくないわよ」
ブルーメの登場に周りにいたヴァルキリー達はホッと胸を撫で下ろす。
ちなみにニーアは素早くブルーメの背中に避難していた。
「ブルーメさん、この依頼状を見て下さい」
フロルは依頼状をむんずと剥ぎ取ると、ブルーメに手渡した。
「デスベア峠で行商人が襲われる被害が続出。犯人はデスベア城を根城にしている山賊の可能性が高し…これがどうしたの?」
「行商人が被害に遭ってるんですよ。もし、たっ君が襲われたらどうするんですか?たっ君は魅力的でから男娼として売らちゃいます」
フロルの脳内ではタツオが襲撃されて男娼として売られる物語が展開されていたのだ。
(また壊れたわね。本当にタツオが絡むとポンコツ候補生になっちゃうんだから)
逆に姉のブルーメは一切心配をしていなかった。
なにしろ、彼女の弟の正体は規格外の強さを誇るブラックドラゴンなのである。
間違っても山賊に殺される訳がない。
何より、自慢の翼があるから、峠は歩いて越える事はないのだ。
「デスベア城はレディヴァンパイアの伝説があるお城でしょ。そんな所を根城にする山賊なんていないわよ」
デスベア城には、伝説のヴァルキリースリマがレディヴァンパイアを封印したという伝説が残っている。
「レ、レディヴァンパイア…たっ君が眷族にされちゃいます。そしてあんな事やそんな事をされちゃうんだ!!羨ま…許せません!!ブルーメさん、この依頼を受けて下さい」
「レディヴァンパイアなんてただの伝説よ。昔、デスベア峠は険しくて夜に越えると危ないからレディヴァンパイアの伝説が造られたって話よ」
ユミールでもヴァンパイアの目撃例は何十年もないのである。
「で、でも山賊がいるかも知れないじゃないですか?」
「だったらビルクーロにお祈りをすれば良いわよ。タツオを助けて下さいってね」
フロルはブルーメの提案を聞くと一目散に礼拝堂へと駆けていった。
『タツオ、聞こえてる?今、どこにいるの?』
『お姉ちゃん、聞こえてるよ。これから知り合いの手伝いでデスベア峠を越える所なんだ』
余りの偶然にブルーメは背中に冷や汗が流れていくを感じた。
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デスベア峠越えのメンバーは、タツオを含めて六人。
ポール以外は十代の少年ばかりである。
タツオは独自の手段で稼いでいるが、行商人と言っても駆け出しに近い彼等は、こうして先輩行商人の手伝いをして日銭と行商人としてのノウハウを得ているのだ。
久しぶりの同年代の少年達の会話がタツオの心を晴れやかにしていく。
「ふむ、日が傾いてきたな。日が沈むと不味いからデスベア城に泊まっていく。なに、遅くなれば日当は二日分出してやるから安心しろ」
ポールの提案に少年達に笑みが溢れだす。
デスベア峠を越えた先に大きな町があり、そこの名産品は王都に持っていけば高値が着くのだ。
(おかしい…闇のマナが濃くなっている。デスベア城にワイトでも住み着いたのかな?嫌だな)
ワイトは死霊の一種である。
時の流れに逆らった存在であり、タツオは良い印象を持っていない。
ポールの言う通り、デスベア城に着く頃には日がとっぷりと暮れていた。
不思議な事にデスベア城は何十年も人が住んでいないにも関わらず清潔が保たれていた。
訝しむ少年達を見てポールが口を開く。
「ここは俺達行商人の救いの宿だ。泊めてもらったらお礼として掃除をするのがルールだから忘れるなよ。まぁ、時期に全てを忘れるがな」
そう言ってポールは邪悪に微笑んだ。
同時に闇のマナが濃くなっていく。
「体が動かない?」
「ポールさん、何をしたんですか?」
少年達の体は闇の輪で縛られ、身動きが取れなくなっていた。
「お前らあの方の贄になるのさ…おい、連れて行けっ」
ポールの合図で現れたのは青白い顔をした山賊…正確には元山賊である。
(どうする?ここでドラゴンになったら正体がばれちゃう。ここは様子を見た方が得策か)
幸いな事にタツオ達は一人ずつ違う牢屋に入れられた。
「ポールさん、なんでこんな事をするんですか?」
「タツオ、分かんないのか?金だよ、商人が動く理由は金しかないだろ。餓鬼一人を連れて来るだけで三十万貰えるんだぜ」
(これだから人間は…もう良い。全てを誅してやる)
そんな時、タツオに暖かく甘いマナが流れて来た。
『ビルクーロ様、お願いです。たっ君を助けて下さい。たっ君は大切な幼馴染みなんです』
フロルの祈りが届いていなかったら、タツオはデスベア城を少年達ごと灰塵に帰していたであろう。