考えちゃいました
古代竜の中でも、時の古代竜ビルクーロは気性が荒く、時代によっては荒神として扱われた事もあったと言う。
当時の人々が、その光景を見たならば驚きの余り気絶したかも知れない。
人化してるとは言え、時の古代竜ビルクーロが猿人の少女に向かって頭を垂れているのだ。
場所は王都ヴァールにある宿屋の一室。
過剰な装飾やサービスがない代わりに食事や安全に力を入れており、旅の商人や冒険者に愛用されていた。
タツオが良く利用するのは、宿屋の中でもグレードが一番低い部屋である。
部屋にはベッドと机と椅子等の最低限の設備しか置かれていない。
早い話が、それ以外のスペースはかなり狭く人一人正座するのがやっとである。
「タツオ、なんでお姉ちゃんに怒られているか分かる?」
椅子に腰掛けたブルーメがゆっくりと口を開いた。
それは幼子を諭す様な優しい口調であり、彼女が本気で怒っていないのが分かる。
「勝手に飛び出して連絡を遮断した事です」
ブルーメが椅子に腰掛けてる為、タツオのいる場所は必然的に床であった。
気性が荒い頃の彼ならば烈火の如く怒りヴァールを壊滅させたかもしれない。
「本気で心配したんだからね。それにフロルとチャライーは何の関係もないの。むしろフロルはチャライーの事を嫌っているのよ」
「でも、チャライーの方が僕より格好良いよ」
タツオはドラゴンとしての能力には自信があるが、猿人男性としての魅力には自信が全くないのである。
「強いドラゴンの癖に恋愛はヘタレね。チャライーみたいに自信過剰はありえないけど、もう少し男として自信を持ちなさい」
「無理だってー。僕はモテた事が一回もないんだよ」
タツオはニョルズスタッドにいた頃は家の手伝いや勉強に時間を割いていたし、残った時間もフロルが独占していたのでモテる訳もなかった。
「お洒落もしないし、自分から女の子に話し掛けないんだからモテる訳ないでしょ。明日はフロルと会うんだから、ちゃんとお洒落をしなさい」
「まじっ!!明日、デート出来るの?」
タツオは嬉しさの膝立ちになり、ブルーメの顔を覗き込んだ。
「あー、デートは延期。タツオ、アムレートに行商に行ってるでしょ。ギガラグワームの調査に携わっているヴァルキリー候補生が、貴方の話を聞きたいんだって」
フロルはヴァルキリー候補生の一人なので、聞き取りにも参加するとの事。
「なんで、僕から話を聞くの?アムレートには王立魔法研究所があるから直接聞けば良いじゃん」
「あそこは私達ヴァルキリーをライバル視している魔法使いが少なくないのよ」
才能と努力を重んじる魔法使いにしてみれば、神託のみで規格外の力を手に入れるヴァルキリーは疎ましい存在なのである。
「魔法使いか、懐かしいな…。魔法使いならプライドより知識を得る機会やポーションに関するデータの入手を優先すると思うよ」
「チャライーが宮廷魔術師に質の悪い絡みかたをしたみたいだから協力してもらうのが無理なのよ。宮廷魔術師が余りの無礼さに怒って、ギガラグワームを一体差し出さなきゃいけなくなったんだから」
魔法使いサイドとしては、ポーションが原因で異常成長したゴカイギガラグワームは喉から手が出る程欲しい魔物なのだ。
「分かった、僕で分かる事なら何でも話すよ」
タツオとしてはデートが出来ないならば、預けていポーションを一刻も回収したいのだ。
「あら、随分と物分かりが良いのね」
「多分、問題が解決するまではアムレートはポーションの販売を自粛すると思う。つまり、高値で売れるチャンスなんだよ」
特に鉱山町のロックモールランドではアムレートのポーションは重宝されている。
実家の商売上、ロックモールランドとは仲良くしたいタツオにとっては又とないチャンスなのだ。
―――――――――――――――
翌日の早朝、ブルーメの部屋内に一人のヴァルキリー候補生が訪ねてきた。
「ニーア、こんなに早くどうしたの?」
少女の名前はニーア・ポメーラ。
フロルと同室の犬人の少女である。
「ブルーメさん、フロルがおかしいんですよ。夜が明ける前から何度も鏡を見てニヤニヤ笑って…正直言って僕怖いです」
ニーアは髪と同色の薄茶色の尻尾をプルプルと震わせていた。
「今日の午前中に私の弟が本部に来るの。フロルは昔から弟が絡むと、ちょっと周りが見にくくなるのよ」
「ブルーメさんの弟さんが来るんですか?きっと、凄く格好良い方なんですね」
美少女のブルーメの弟で同じく美少女フロルが惚れているんなら、きっと格好良い筈とニーアは思ったのだ。
「残念ながらタツオを格好良いと思うのはフロル位ね。人畜無害で目立った特徴は黒髪だけし。期待していたら、がっかりするわよ」
ブルーメの情け容赦のない扱き下ろし振りに、ニーアは驚いてしまう。
「ブルーメさんは弟さんの事を嫌いなんですか?」
「身内だからこそ客観的に判断できるのよ。情けない見た目をしていてもタツオは私の可愛い弟なんだし。手広く行商をしているから、欲しい物があったら頼んで見たら?」
ふとニーアが部屋を見渡すと、机の上に大きめのバスケットが置かれていた。
「あれ?ブルーメさんどこかに出掛けるんですか?」
「ああ、これね。弟のご飯よ。あの子、昔からバケットサンドが好きだから」
ブルーメは籐で作られたバスケットを持ちなが優しく微笑む。
「それでフロルもバケットサンドを作ってたんですね。でも、そうしたらかなりの量ですよ」
「フロルはタツオが好きな物しか挟まないのよ。私のは野菜サンドが中心、タツオは好き嫌いが多いから栄養が偏らない様にしないとね」
タツオは実家を拠点に行商をしているが、行商に出ると何日も外泊する事が少なくない。
いくらマナで栄養を補給出来るとは言え、姉としては心配になるらしい。
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ドラゴンとしては訪れた事があるが、猿人としてのヴァルキリー隊の本部を訪れるのは始めてであった。
ヴァルキリー隊の本部は国の重要施設だけあり、規模も大きく設備も整っている。
(猿人の体で見ると大きいな…やべっ、緊張してきた)
正門には門番のエインヘリャルが威嚇をする様に仁王立ちしており、タツオは更に緊張させる。
タツオは、人が良さそうな猿人を選んで話し掛けた。
「すいません、行商人のタツオ・トキノです。アムレートのポーションの事で呼ばれて来たんですけが、ブルーメ・トキノかフロル・メーヴェを呼んでもらえますか?」
タツオはエインヘリャルは貴族の子弟で構成されているのを教えられたので、
深々と頭を下げてお願いをした。
「お前はみたいな貧相な行商人がブルーメさんやフロルちゃんと何で知り合いなんだ?」
しかし、先に反応を示したのは、別のエインヘリャルである。
「いや、ブルーメは姉ですしフロルとは同じニョルズスタット生まれですので」
「嘘をつくな!!ブルーメさんは銀髪なんだぞ。お前の髪は黒いじゃないか。帰れっ」
男は一喝すると、タツオをにべもなく追い返そうとした。
「それならせめて預けてあるポーションでも返してもらえませんか?」
「くどいっ!!殴られたくなければ帰れっ」
猿人になって丸くなったとは言え、タツオにも古代竜としてのプライドがある。
タツオがニヤリと笑ったかと思うと、辺りの空気が重苦しく変わっていった。
その余りのプレッシャーにエインヘリャルの顔が見る見る青ざめていく。
「猿人の小僧が我に命令するとは片腹痛い…己の愚行をこうか…」「あらあら、うちの愚弟がお邪魔してすいません。タツオ、行くわよ!!」
エインヘリャルが誰一人動けない中、ブルーメは駆け付けると同時にタツオの耳を掴みながら正門の中へと連れていった。
「お姉ちゃん、痛いって」
「このお馬鹿!!あんな所でドラゴンに変わったらどうなるか分からないの?ブオさんが気を利かせて連絡してくれたから良いようなものの」
ブオとはタツオが話し掛け様としたエインヘリャルの事である。
「だって、あのままじゃポーションを取られそうだったし…僕にもドラゴンとしのプライドが…」
「最近、ヴァルキリーの身内を語る詐欺が増えているからエインヘリャルの人達も気が立っているのよ。さっ、行くわよ」
タツオも反論を諦め、ブルーメの後に従って歩き始めた。
赤茶色のレンガが敷き詰められた道は掃き清められており、すれ違うヴァルキリーも物静かで辺りは静寂に包まれている。
しかし、それを破ったのは大きな足音とそれに負けない位の大声であった。
「たっ君、見っけー!!」
タツオは見つけたフロルが全速力で駆け寄って来たのだ。
朝からセットした髪は乱れてしまい、手に持っているバスケットはシェイクされまくっている。
「ふ、フロル久しぶりだね。元気そうで安心したよ」
「うん、たっ君の顔を見たら元気になったの」
周りにいたヴァルキリー達は驚きの余り固まっていた。
普段のフロルは物静かで大人びている候補生なのだ。
しかし、今のフロルは子犬の様にはしゃぎまくっている。
(これはずっと尻に敷かれそうね)
ヴァルキリー候補生とドラゴンになっても、変わらぬ二人を見てブルーメは微笑んだ。
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会議から数日後、行商をしているタツオの耳に二つの善からぬ噂が流れてきた。
アムレートがラグーナを買い取り、住民を強制移住させたとの事。
目的はポーションをたっぷりと吸い込んだ干潟とポーションを体に溜め込んだギガラグワーム。
そしてヴァールはラグーナの側に新な刑務所を建てるらしい。
(死刑囚をギガラグワームの餌にするつもりなんだな…これだから人は)
それはタツオの中に人に対する不信感が芽生えた瞬間でもあった。