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泣いちゃいました

 昔のビルクーロを知っている者がその姿を見なたら、呆気に取られ己の目を疑っていただろう。

 狭量、尊大、増上慢…それがかつてのビルクーロの性格である。

 同じ古代竜でもビルクーロが笑っている所を見た者は少ないと言う。

 笑顔を見たとしても、それは嘲笑か冷笑。

 しかし、今ビルクーロは顔に満面の笑みを浮かべている。

 正確に言えばニヤケているのだ。

 目尻をだらんと垂れ下げて、頬はだらしなく緩んでいた。

 情けない位にニヤケた顔で鼻唄を歌い尻尾をリズミカルに動かしながら、空を飛んでいるのだ。

 

「タツオ、そんな締まらない顔をしてたらフロルに嫌われるわよ」

 

「分かったよ…」

 姉ブルーメの忠告を受けてタツオは顔を引き締めてみせる。

 引き締めてみせたが、何分もしない内にまた締まりのないニヤケ顔に戻っていた。

 

「もう、デレデレしちゃって。フロルとのデートが嬉しいのは分かるけど、今はギガラグワームをヴァールに運ぶのを優先しなさい」


「分かってるよ。この位の重さはなら平気だって」

 ヴァルキリー本部からの指令で、タツオ達はギガラグワームをヴァールまで移送する事になったのである。

 ギガラグワームは後発でやって来たヴァルキリーの持ってきた巨大な網の中でのたうち回っていた。

 タツオは軽いと言っていたが、ギガラグワームが十数匹となれば、かなりの重さである。 

 他のドラゴンでは持ち上げる事さえ敵わかったので、タツオ一匹での移送となったのだ。

 

――――――――――――――――


 ヴァールに着いたタツオを出迎えたのは目を眩ませる程の金属の乱反射であった。

 

(なんだ、あの無駄に派手な鎧は?鎧の価値を考えれば貴族の子弟なんだろうな) 

 タツオの目を眩ませた原因は眼下にいる猿人の少年であった。

 正確には少年が着ている派手な鎧である。

 軽いバルサ材に金メッキや銀メッキを施した見た目重視の鎧だ。

 鎧のいたる所に細かな装飾が施されており肩には大きく湾曲した角が着ている。

 しかし、戦いをする上で一番守らなければいけない頭には何も被っておらず、朝焼けを連想させるオレンジ色の長髪をこれ見よがしにたなびかせていた。 

 只でさえ人目を惹く格好をしているのに、オレンジ色の髪をした少年は十数人の取り巻きを連れていた。

 成年男性も入れば、タツオ達と同じ年頃の少女もいる。

 共通しているのは皆容姿が整っていると言う事。

 オレンジ色の髪をした少年は肩で風を切りながら、我が物顔で王都を闊歩していた。

  

(あんな鎧は礼装にし使えないな。でも貴族には好まれるんだよね。是非とも作った職人とお知り合いになりたい)

 昔のタツオであれば嘲笑を浮かべながら、戦いに役立たない鎧を着けた男の事を(あざけ)っていただろう。

 しかし、今の彼は行商人である。

 高く売れる商品は仕入れておきたい。

 何しろ彼の父鉄義と兄シュミットは腕は良いのだが、頑固一徹な職人でお飾りの鎧はタツオの頼みでも作ってくれない。


「タツオ、あの人はエインヘリャラルのドーキュン伯爵の次男チャラーイ様よ。色々と面倒な人だから気をつけなさい」

 エインヘリャルは元々ドラゴンが側いない時に、ヴァルキリーを守る為に作られた騎士職である。

 しかし、今となってはヴァルキリーと仲良くなろうと企む貴族の子弟しかいなくっていた。


(ドキュン伯爵?それってザイツが言ってたあれの事だよね…犯人はロキ様だな)

 ロキはユミールを創った神の一柱だ。

 他の神に命じて貴族の姓を変えさせる位は容易い事である。

 何しろ自分が楽しむ為に、異世界の少年を召還した過去があるのだ。

 タツオを異世界から召還された少年の結婚式に親友イ・コージと出席してから何度か話をした事がある。

 正確には使いっぱしりした時に、ロキに振り回されっ放し同士で愚痴りあう仲になったのだ。


(きっと俺は誇り高きドーキュン伯爵の次男だって騒いでるのを見てほくそ笑んでるだろうな)

 

「行商人の僕がお偉い貴族様と関わる事はないから大丈夫たよ」

 もしタツオがドーキュン伯爵と商売をするとしても、伯爵家の使用人としか関わらないのである。


「そうね、それじゃ何時もの訓練所に降りて」

 この時はタツオはフロルとのデートを妄想してまだ受かれていた。

 

―――――――――――――――


 タツオは訓練所で寝そべりながら薄目を開けて、無関心そうに事の展開を見守っていた。

 そうでもしなければ泣いてしまいそうなのである。

 事実、タツオの目は既に潤み始めていた。


(嘘?なんでフロルが彼奴と一緒にいるの?しかも肩を抱かれてる…)


 タツオが訓練所に降り立つと、チャラーイ・ドキューン達が近づいて来たのだ。


「その魔物は俺達エインヘリャルが預かりヴァルキリー候補生と共に研究する事になった。だから早く寄越せ」

 チャラーイはフロルともう一人のヴァルキリー候補生の肩の手に回しながらブルーメに言い放つ。


「分かりました、どうぞご自由にお持ち下さい」

 チャラーイには正規のヴァルキリーであるブルーメに命令出来る権限等ない。

 ブルーメは命令を拒否する事は容易であったが、泣くのを必死に堪えている弟が心配なのである。


「それとお前が保管しているのアムレートのポーションを研究用に押収する。有り難く思え」


「あれは行商をしている弟から預かっている物です。欲しいなら弟から買って下さいませんか」

 ヴァルキリー候補生のフロルはチャラーイに逆らう事は出来ないが、ブルーメは貴族と変わらぬ権力を約束されている正規のヴァルキリーである。


「なら、その弟を早く呼んで来い。言い値で買ってやるよ。卑しい行商人なら涙を流して喜ぶだろさ」

 タツオの名前を聞いたフロルは泣きそうになっていた。

 無理矢理肩を抱かれてるいるとは言え、大好きなタツオには絶対に見られたくない光景なのである。

 

「弟は遠い地にいるので、後日伺わせます。それと私はブルーメに用事があるので解放してもらえますか?ここは神聖なる訓練所と言う事をチャラーイ様もお分かりですよね」

 ブルーメの言葉にチャラーイの顔が歪む。

 貴族と言えどもミーズガルでヴァルキリーと敵対するのは愚策でしかない。

 しかも相手は規格外のドラゴンをパートナーに持つヴァルキリーなのである。


「分かった、今日の所は解放してやる。だが研究には参加してもらうからなっ」

 チャラーイは訓練所に唾を吐くと忌々しそうに立ち去って行った。


「ビルクーロ、タツオを呼んで来てもらえるかしら…ビルクーロ?」

 ブルーメが呼び掛けてもタツオの返事は返って来ない。


「ブルーメさん、あそこにいるのはビルちゃんじゃないですか?」

 フロルの指差す先にはフラフラと力なく飛ぶ漆黒の竜の姿があった。


―――――――――――――――


 目的もなく飛び立ったはタツオはフラフラと空中をさ迷っていた。

 あの場一刻も早く居なくなりたかったのである。


(そっか…フロルはああいう男が好きだったんだ…僕と違って格好良いし当たり前だよね。デートもお姉ちゃんに頼まれたからなんだろうな)

 さっきまで受かれていた自分が恥ずかしくて悔しくて、漆黒の竜は泣きながら空を飛んでいた。


「おやおや、そこにいるのはビルクーロじゃないですか?」

 タツオに話し掛けてきたのは空中を歩く一人の紳士。


「ロ、ロ、ロキ様。どうされましたか?」

 タツオはそう言うと、両手で目を擦って無理矢理涙を拭いた。


「ビルクーロ、気分転換には旅が一番ですよ。ジガンテ山脈の向こうに大勢のドラゴンが住む場所があるそうです。そこに行ってみてはどうですか?」


「旅ですか?分かりました」

 ヴァールでフロルに会ったら、どんな顔をして良いか分からないタツオは直ぐに了承する。

 タツオの姿が見えなくなったのを確認すると、ロキはゆっくりと口を開いた。


「私が貴方を転生させたのは人と親しくさせる為だけじゃないんですよ…貴方は人と竜のどちらを選らんぶでしょうね」


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