囲まれちゃいました
タツオとブルーメはギガラグワーム討伐の為、ラグーナへと向かっていた。
しかし、肝心のタツオは尻尾を情けない程に項垂れさせ空を飛ぶスピードも何時もの半分位である。
何故なら、タツオはこれから自分自身を囮にしてギガラグワームを討伐しなければならないのだ。
これが国や姉からの命令ならタツオも断固拒否していただろう。
しかし、計画を建てたのは他ならぬタツオが仕えている神ロキである。
ロキは自分が楽しむ為なら、どんな労力も厭わぬ神なのだ。
そして下手に邪魔をしようものなら、全力で嫌がらせをしてくる。
(七個玉をとられたら願いを叶えてくれるって言うけど、その為には四回は変身しなきゃいけない。つまり他の人に正体がばれる可能性も高くなるよね…何より痛いんだろうな)
ロキは回復はしてくれると言ったが、痛みを緩和してくれるとは一言も言っていない。
何より、正体がばれたらフロルとのデートは確実におじゃんになる。
下手をしたら家族やフロルとの関係が崩壊しかねない。
そんな、弟の憂慮を知らないブルーメは眼下に広がる壮大な景色に目を奪われていた。
彼女の目に映るのは、どこまでも続く広大な草原。
そこはヴェルデ草原と呼ばれており様々な生物が棲息している。
ヴェルデ草原には一本の長大な川が流れていた。
母なる川ジガンテ。
ジガンテ川は数多の恵みをもたらし、多くの生物を育んでいる。
そして遥か遠くには神々が住むと言われている霊峰ゼニト山脈も見えている。
「タツオ、ゼニト山脈の頂には神様が住んでいるんでしょ」
「あそこには神様なんていないよ。神様がわざわざ山に住む必要なんてないでしょ。ロキ様もそうだけど神様は自分が構築した世界に住まわれているんだよ。それにゼニト山脈は他よりマナが濃いし、ジガンテの水源もあるからそんな話が生まれたんじゃないかな?」
いくら大きなゼニト山脈とはいえ、頂には小さな小屋を建てるスペースさえない。
「なんか納得出来ないわね。あそこはヴァルキリーの聖地って呼ばれてるのよ」
ブルーメ逹、ヴァルキリーにとってゼニト山脈は信仰の対象なのである。
「自分で確かめもしないで、良く信仰出来るよね。本当に人間は分からないよ」
タツオはそう言うと大きく溜め息を着くと、わざとらしく肩を竦めてみせた。
「へー、タツオはそんな事を言っちゃうんだ。誰がフロルとのデートを取り持つのか忘れてるみたいね」
「えっ、嘘?お姉ちゃん、ごめんなさい…そうだ、ご飯を食べに行こ!!ほら、大きな町が見えるでしょ?もう少しでアムレートに着くんだよ」
タツオの言う通り、少し先に大きな町が見えている。
「魔術都市アムレートか…ジガンテ川の流域には多くの町や村があるんだよね」
「ジガンテ川は水だけじゃなくゼニト山脈から養分も運んでくるからね。ジガンテの水を使うと高品質のポーションが出来るらしいよ」
栄養分をたっぷりと含んだジガンテ川の水は大地を肥えさせるだけでなく様々な用途に用いられているのだ。
「お姉ちゃんがお弁当を作ってきたから、アムレートには寄らなくて良いわよ。タツオはラグーナに行った事はあるの?」
「僕の主力商品はの海産物だからラグーナには行った事がないんだ。アムレートの下流に行くの今日が初めてなんだ…あれ?おかしいな?」
アムレートを通り過ぎて、暫くするとタツオがある異変に気付く。
「タツオ、どうしたの?」
「うん、ジガンテの養分とマナが濃くなってるんだよ。普通は上流の方が濃い筈なのに」
それは古代竜であるタツオでなければ気がつかない僅かな差であった。
――――――――――――――――
ラグーナの周辺には長大な干潟が広がっている。
ジガンテ川の養分をたっぷりと溜め込んだ干潟は魚介類の宝庫であり、ラグーナの漁師を支えてきた。
「誰もいないわね」
普段は大勢の漁師が漁に勤しんでいる干潟であるが、人っ子一人おらず閑散としている。
「多分、みんなギガラグワームを恐れているんだよ。命あっての物種だからね。それに…」
人の姿になったタツオは寂れた干潟を見て溜め息を着く。
「それにどうしたの?」
「なんか生命反応が少ないんだ。多分、ギガラグワームが人だけじゃなく蟹や魚も食べてるだよ。でも、そうするとおかしいんだよね」
タツオには古代竜ビルクーロとしての知識がある。
その知識の広さはヴァルキリーの学校に通ったとは言え、姉ブルーメを軽く凌駕していた。
「おかしくはなないでしょ。ゴカイってイソメの仲間でしょ。大きなイソメは魚を餌にしてるじゃない」
ブルーメも漁師町の生まれだけあって、海棲生物の知識は豊富である。
「うん。でも人を襲うゴカイが昔かいたらラグーナの漁師は対策をちゃんと持っていると思うんだ。何よりラグーナでは魔物の正体をまだ掴めてないんでしょ?きっとギガラグワームは変異種なんだと思うよ」
「つまり、ゴカイが大きくなった原因があるって言うの?」
ブルーメの言葉にタツオはゆっくりと頷く。
「いくら広い干潟って言っても人を襲える魔物が住むには小さ過ぎるしね。何よりロキ様が僕を遣わせたんだよ」
タツオはそう言うと干潟に降り立った。
「ちょっとタツオ、大丈夫なの?」
「周りに人払いの結界を張ったから大丈夫だよ。それに早く片付けなきゃ泣く人が出てくるよ…漁に出れない漁師はどうなるか分かるでしょ?」
漁師は漁に出れなければ収入が途絶えてしまう。
漁師だけでなくラグーナの町に住む人々が収入を途絶えるのと同じだ。
「それは分かるけど…お姉ちゃんはタツオの方が大切なの!!」
ブルーメはタツオの、いやビルクーロの力を正確に知らないのである。
「大丈夫だって…来るっ」
次の瞬間、タツオの足元の泥が一気に盛り上がった。
気配を察知したタツオは直ぐ様ドラゴンに変じて気配の主に攻撃を加える。
「嘘…あれがゴカイ?」
そこにいたの巨大なゴカイの魔物。
長さは優に6メートルを越え、体は丸太の様に太い。
ゴカイの魔物のギガラグワームは鋏の様な顎をカチカチと鳴らしながらタツオを威嚇してくる。
「あんな顎で食い千切られた玉どころか体も真っ二つだな…だが、相手が悪いわ。我は億を生きたドラゴンぞ」
タツオはギガラグワームに飛び掛かると、その鋭い爪を振るった。
しかし、慣れない干潟の為か攻撃が浅く皮を少し傷つけただけである。
不利を悟ったのかギガラグワームは干潟に潜って行った。
「逃げたの?」
「違うわっ。恐らく我の背後でも取る積もりであろう…しかし、それは虫の浅知恵じゃ」
タツオは背後から感じた気配に尻尾を叩きつけた。
中級魔族をも即死させたビルクーロの攻撃にギガラグワームが耐えれる筈もなく、真っ二つ両断される。
(おかしい…さっきの傷が癒えてる?砂地に潜っただけで傷が癒えるのか…もしや?)
その不思議にビルクーロは一瞬動きを止めた。
「タツオ!!なに油断してんの!?周りを見なさい!!」
「へっ…まじ?」
タツオの目に映ったのは自分を取り囲む様にして盛り上がっていく泥。
現れたの何十匹と言うギガラグワームの大群。
カチカチ、カチカチ、カチカチ…。
重なりあった威嚇の音がタツオを取り囲む。
ギガラグワームが狙うのはただ一ヶ所。
硬い鱗の下に隠されたご馳走。
「わ、我はドラゴンぞ…今ならまだ許してやる」
若干震えた声で停戦を求めるタツオ。
しかし、ギガラグワームに聞き入れられる訳もなく何十もの顎がタツオに向かって襲い掛かってきた。
それはまるで鋏の雪崩、巻き込まれた切り刻まれてしまうだろう。
「主等も被害者だから見逃してやろうとしたのにっ…アイスッ!!」
タツオは上空に飛び上がると氷系の初級魔法アイスを唱える。
しかし、タツオが狙ったのは分厚い皮を持つギガラワームでなかった。
タツオが狙ったのは干潟の泥。
「ふー、流石の我も一々傷を治されては面倒だからの。猿人の娘よ、仲間を呼んでこやつ等を調べさせるが良い…面白い事が分かろうぞ」
「タツオ!!そのうざい話し方を止めなさい!!何が我よ、置いてくわよ」
ブルーメはタツオに一瞥をくれると、そのまま歩き出した。
「ちょっ…お姉ちゃん待ってよー。あれが素なんだから仕方ないでしょ」
姉を追い掛けたいタツオであったがギガラワームを置いてく訳にも行かず、一匹干潟に佇んでいた。
最も、ブルーメはヴァルキリー本部に連絡を取りに行っただけである。
干潟に帰ってきたブルーメは千切れんばかりに尻尾を振る漆黒のドラゴンと再会するのだった。
「それでギガラワームは、結局なんだったの?」
「ちゃんと調べないと分からないけど、アムレートが関係していると思う。ポーションの廃液とかをジガンテに流したのが原因だと思うよ」
最も、それが分かった所で、簡単に解決する問題ではないのはタツオも理解していた。