07
「――というわけなんですが」
あくる日、ぼくは早速昨日晴人に吐露したことを東雲に伝えることにした。自分に行動力があるのかチキンなのか、よくわからなくなってくる。
「つまり、鷹羽さんは何が言いたいのでしょうか」
「はいっ! ですからあの、つまりですね」
何だろう、上司に頭の上がらない会社員にでもなったような気分だ。
でも、もしそうだとしたら、ぼくは今日、そいつに辞表を突きつけるような気持ちでやってきたのだ。だから、今日はもう思い切って言ってやる!
「だから、東雲は、何でぼくと付き合ってくれたのかな、と思い、まして……」
真っ直ぐにこちらを見つめる東雲に尻ごみしてしまい、結局威勢がいいのは最初だけで、最後のほうは消え入るような声になってしまった。我ながら情けない。
「それでしたら、答えは簡単です」
「え?」
「鷹羽さんがあの条件を飲んでくれたから。ただ、それだけです」
東雲はいつものような真顔で、きっぱりとそう言い放った。その目に迷いはなく、今言われたことがウソではないのだということがはっきりわかる。
でも、
「じゃ、じゃあ、もしぼくが条件を飲んでいなければ、付き合わなかったってこと?」
「ええ、そういうことになりますね」
「じゃあ、じゃあさ、――東雲は、別にぼくのことなんかすきじゃないってこと?」
力が抜けて垂れ下がっていた頭をゆっくりと上げ、東雲と視線を合わせる。
違う、とただ一言そう言ってほしかった。否定してほしかった。だけど、東雲は表情一つ変えずに、無慈悲な言葉を告げる。
「はい。そういうことになりますね」
――死にたい。ぼくは真っ先にそう思った。ぼくの恋心をもてあそんだ東雲に対する怒りよりも、東雲がぼくに何の気持ちもなかったショックのほうが大きかったからだ。
真実は残酷だ。世の中には知らないほうがいいこともあるって、本当だったんだな。
「――ふ」
「はい?」
「ふふふふ」
「……鷹羽さん?」
突然不気味な笑い声を発したぼくを、怪訝そうにのぞきこんでくる東雲。そのカオは、ぼくが貧乳について熱く語ったときよりも変なものを見るような目をしていた。
いや、でもこれはもう笑うしかないだろう。東雲はぼくのことなんかこれっぽっちもすきじゃなかったのに、勝手に舞い上がって、ハンバーグとか作ってきちゃったりして。ああ、何て滑稽なんだ。でも、
「何だよ、そういうことは先に言ってくれよなあ」
「え?」
んー、と両手を挙げて、ベンチの背にもたれる。だらしなく両足も広げて伸ばし、ぼくは全身の力を抜いた。
「東雲って言いたいことははっきり言う性格だろ? だったら、告白したときにきっぱり断ってくれればよかったのに。そしたら、ぼくだって変に夢見たり、悩んだりしなくてよかったのにさ」
「すみません」
でも、これで一応ぼくの悩みは解決したのだ。そりゃあまあ、結果としては最悪だったけれど、胸のつかえは取れた気がする。
少しの沈黙を挟んでから、ぼくは東雲をちらり、と一瞥し、一番の疑問をぶつけた。
「で? 何ですきでもないやつの告白なんかオッケーしたの?」
ベンチの背もたれから離れ、前かがみになって東雲の顔をのぞきこむと、東雲はぽつりとつぶやくように言葉を紡ぎ始めた。
「わたし、あまり人から好意を向けられたことがないのです。特に、男の人からの告白なんて初めてだったので、どうしていいのかわからなくて……だから、とっさにあんなことを言ってしまいました」
「いやいや、わからなさすぎじゃない? それに、前も言ったけど、東雲の隠れファンって結構いるんだよ? 今度自分から声かけてみなよ。高確率で喜ばれるからさ」
「それはよくわかりませんが、鷹羽さんには本当に申し訳ないことをしたと思っています。すみませんでした」
「いいよ。いや、ホントは全然よくないけどさ、一応ぼくを気遣ってくれたんでしょ?」
「いえ、あのときはパニックに陥っていましたので、失言に近いです」
「失言とまで言っちゃう? ぼくの告白全否定じゃん!」
「すみません」
「うん、もう何でもいいや……」
泣きたい。本当に泣きたい。深々と頭を下げる東雲としては誠意を見せているつもりなのだろうけど、つまり、それだけ東雲は今までのことを本気で言っているということで、余計にぼくの胸が抉られるんですけど。
そうしてぼくが感傷に浸っていると、東雲はゆっくりと頭を上げた。
「あの、申し訳ないついでにもう一ついいですか?」
「申し訳ないついでなんて悪いことしか想像できないんですけど!?」
「ええ、まあ、最低な話ですね。そしてきっと、最悪な話でもあります。おそらく、あの条件よりももっと酷い」
おいおい、今までの話よりも最低で、あの条件よりも最悪だなんて、どんな話だよ。これ以上傷つきたくないし、絶対聞きたくないんですけど。
そう思ってぼくが黙っていると、東雲がたたみかけるように先を続けた。
「もちろん、聞きたくなければそれでも構いません。わたしに鷹羽さんへの気持ちがないとバレた今、わたしたちは本当に無関係になってしまったのですから」
容赦のない言葉がぼくに突き刺さる。「無関係」だなんて、聞きたくなかった。でも、思えば屋上に初めて来たときから、東雲はぼくには関係ないって言っていたじゃないか。ああ、そうか。ぼくたちの間には、最初から何の関係もなかったんだな。
でも、「本当に無関係になった」ということは、今まではそれなりに、何か「関係があった」と思っていいのだろうか。ならば、
「もし、その話を聞いたら、関係は続くの?」
「わかりません。それは鷹羽さん次第ではないでしょうか」
まただ。また東雲は選択肢を提示するだけで、決定権はぼくにあるはずなのに、そちらに主導権を握られている気がする。
でも、ぼくはやっぱり東雲のことがすきだから。少しでも望みがあるのなら、それにすがりつきたい。
「聞くよ。聞きます。聞かせてください!」
もうこの際何でも来やがれ! そんなヤケクソな気持ちで叫んだぼくを見た東雲は、ふう、と一息ついてから口を開いた。
「そうですか。では、お話しましょう。実はわたし、すきな人がいるのです」
「……はい?」