06
「へえ、お前のその悪趣味にも引かないなんて、東雲は結構ツワモノだな」
「悪趣味とは失礼な。貧乳はステータスなんだぞ。お前にあのよさがわかるのか? 控えめな主張がおしとやかさを強調してだな……」
「あー、はいはい。わかったわかった」
「絶対わかってないだろ!」
ぼくが自分の性癖を東雲に暴露した日の夜、ぼくはまたしても晴人の家に押しかけていた。小学校からの仲なので、親同士も仲が良く、お互い自分の家のように気兼ねなく行き来することができるのだ。
まあ、それはさておき。
「晴人には一生わからないだろうね、貧乳のよさは」
「わかりたくもねぇよ。そもそも、胸の大きさとか関係なくね? 俺は別にすきな人ならどんな大きさでも構わんが」
「えっ、じゃあ貧乳でもいいってこと? なら、貧乳談義ができ」
「お前ほどのこだわりはねぇよ。そこまで熱いと狂気を感じるっつーの」
(狂気を感じます)
晴人の一言で、東雲の言葉を思い出して肩を落とす。それに気付いたのか、晴人は怪訝そうなカオで声をかけてきた。
「何だ? 急におとなしくなったな」
「いや、東雲にも同じこと言われたのを思い出してさ……」
「狂気を感じるって?」
「うん」
「引かれなかっただけましだろ」
今度は呆れたようなカオをしてため息をつく晴人。確かに、変態だとか言われなかっただけ全然いいと思うんだけどさ。
でも、ぼくとしては、ただ貧乳に対する愛がちょっと重いだけじゃないかと思っているんだけど――愛、か。
「でもまあ、何だかんだで上手くやってるみたいだな。あんな条件から始まったからどうなることかと思ってたけど、お前ら意外とお似合いなんじゃねぇの?」
「ああ、うん。聞けば答えてくれるし、たまにはそうやって東雲からも質問してくれるしね。会話は普通に成立してるよ」
「へえ、そりゃあよかった。じゃあ、その調子で仲良くなっていけば、そのうち条件がゆるむ可能性もあるんじゃねぇの?」
けらけらと明るく笑った晴人は、ぼくを元気づけようとしてそう言ってくれたのだと思うけれど、ぼくは力なく「うん、そうかもね」と言うことしかできなかった。そのあからさまな変化に、再び晴人の表情が曇る。
「何だよ、また何か東雲に同じことでも言われたのか? それとも逆に、条件がゆるむことはないって言われたとか」
「いや、条件についてはあれ以来触れてないよ」
「じゃあ、どうしたんだよ」
ゆっくりと首を横に振ったぼくを、しかめっ面で眺める晴人。いつも面倒くさそうにしているくせに、こういうときはちゃんと心配してくれるから、嫌いにはなれないんだよなあ。ぼくが女だったら、ここで泣きついてるね。
自分で考えておいて少し気持ち悪くなったので、その思考を追い出し、ぼくは晴人からの質問に答えるために口を開いた。
「前にも晴人は『長い目で』って言ってくれたけどさ、そもそもこれって付き合ってるって言えるのかな?」
ぼくは東雲に告白して、色んな条件はあったけれど、それを飲んだことによって、東雲はぼくの告白を受け入れてくれた。そこからぼくたちのお付き合いはスタートして、今まで一週間過ごしてきたわけだ。その中で色んな話をして、東雲の意外な一面を知ることができたし、東雲もぼくの性癖を受け入れてくれた(はず)。
そうやって、ささやかながらも東雲と近づけた気がして、ちょっとは恋人っぽくなってきたんじゃないかな、と思っていた。でも、
「でもさ、それは昼休みの間だけなんだよ。いくらその間に恋人っぽくしていても、チャイムが鳴って屋上を出れば、まったくの他人で、ただのクラスメイトに戻るんだ。そんなわずかなつながりしかないぼくたちに、明るい未来なんて本当にあるのかな?」
きっと今、ぼくは酷く歪んだ笑みを浮かべているに違いない。それを見た晴人は瞠目してから、ばつが悪そうに顔をそらした。
もちろん、ぼくは今のままでも十分幸せだ。まだ高校生だから、結婚とかそこまで先のことを考えているわけではない。
だけど、高校生だからこそ、今を楽しみたい、青春を謳歌したいという願望があるのだ。ぼくは東雲と手をつなぎたいし、キスだってしたい。男としては、やはりその先だって夢に見るだろう。とにかく、ぼくはもっと東雲と一緒にいたいのだ。
時間の長さだけが、あるはそういう行為だけが「恋人」というものを定義づけるのではないことはわかっている。わかっているけれど、簡単に割り切ることができるほど、ぼくは大人ではない。
それに、ぼくは東雲のことがすきだけど、思えば東雲からは「すきだ」と言ってくれたことは一度もなかった。東雲が「友達から」という意味で付き合ってくれているのならそれでいいけれど、東雲なら最初にはっきりとそう言うはずだ。
なのに、そうじゃないということは、東雲もぼくのことがすきで、告白を受け入れてくれた――なんて、ぼくはそこまで周りが見えないほどバカじゃない。今までの態度からして、東雲はぼくに好意的ではあるけれど、それはあくまでクラスメイトとしてというレベルであって、決して恋愛的なものではないだろう。
そして、おそらくこの先も――そう考えると、自然に浮かんでくる疑問が二つ。「ぼくは東雲と本当に付き合っているのだろうか」、そして「何故東雲はぼくと付き合うことを了承してくれたのか」だ。
「あーあ、付き合うのって難しいのな」
両手を伸ばし、そのまま床に転がろうとしたが、背後にあった晴人のベッドに妨げられて、そうすることはできなかった。仕方がないのでそこにもたれかかっていると、机の上に視線を落としていた晴人が顔を上げて、ゆっくりとこちらを向いた。
「それ、本人に言ってみたらどうだ?」
「え?」
「俺に言われても、俺は東雲じゃないからわかんねぇし、何のアドバイスもできねぇからな。本人に言ったほうがてっとり早いだろ」
「いや、まあそれはそうなんだけどさ……それで別れることになったりしたら嫌だなって思って」
「あっそ。今の曖昧な状況をずるずると続けたいならそうすれば? 悩んでるのはお前なんだから、自分の悩みは自分で解決しろ」
「うーん……」
ぼくはしぶしぶうなずいたのだが、晴人はそれで自分の役目が終わったと思ったらしく、早くもゲームの電源をつけていた。切り替え早っ。こういうところはやっぱりムカつく。
だけど、晴人の意見はもっともだった。ぼくの悩みはぼくが自分で解決するしかない。そして、これはぼくと東雲の問題なのだから、ぼくと東雲で話し合うしかないのだ。
「ありがとな、晴人。ぼく、そろそろ帰るわ」
「おう。――あ、雪」
「ん?」
立ち上がってドアの前まで行くと、晴人に呼び止められたので振り返る。すると、晴人はゲームをしながら、
「それ、台所に返しといて」
と言って、あごでテーブルの上にあった飲み物とコップを指した。まったく、人遣いが荒いな。
ぼくは「お前、いつか覚えとけよ」と負け犬のようなセリフを吐きつつも、指定されたそれらを抱え、今度こそ本当に部屋を出ようとすると、
「ま、頑張れよ」
という声が聞こえた。くそ、だからぼくはこいつを嫌いにはなれないんだ。